137 氷の神殿(4)-奥の手-
項垂れているジルとは対象的に、アイナが騒ぎ出した。
「この壁、白くなってきてるかもです!」
前面が見えづらくなって、イシュルミットが気づく。
「こ、これって、ボクらは閉じ込められているんじゃ!?」
この言葉を聞いて、冒険者達が騒ぎ出した。
考えてみれば、すぐに分かることである。
入って来た大扉は閉まり、前面には氷壁が形成されている。
戦っているカル達が、逃げられないよう閉じ込められたというよりは、自分らの方が窮屈な状況に陥り閉じ込められているのだと、ここにいる全員が理解した。
「おい!」
「おお!!」
焦った冒険者達は、手持ちの獲物で氷壁の破壊を試みるも、傷さえも容易にはつけられない。
無理もなかった。何せ、ガルツを始めとした力自慢の者達が先行して破壊しようとしているのに、今もって壊すことが出来ないでいるのだ。
ジルの飛び蹴りも、跳ね返されて効果がない。
「火系統の魔剣術を扱う奴はいないのかよ!」
「さっきからやっているだろうが!」
怒声が飛び交う。皆が焦り出している証拠である。
そんな中でも、マーレはカルの窮地を祈るように見続けていた。
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カルよりも手前で戦っているのは、モンティ・レ ことゼリハネイトである。
氷雪女騎士は、間断なく、レイピアを突き続けてくる。
敵が繰り出す攻撃は大半が突きであって、ゼリハネイトは敵の速さに順応し始めていた。
払いのけるのに苦労はしているものの、決して反応が出来ないほどの速さではなかったのだ。
ただ、彼女には気になっていることがあった。
先程の氷雪淑女は冷気によって生み出され、致命傷を負うと再び冷気に戻り霧散する。
魔石にはならない。
そもそもが、魔力を感じない。
そして、目の前の氷雪女騎士にも魔力を感じない。
ゼリハネイトはダンジョンの中であるのに、魔力を感じない敵がいることに戸惑っていた。
本当に、敵を倒せているのかが分からないのである。
迷う中、彼女が魔力を感じる箇所が一点だけあった。
その一点には、魔力が凝縮されていたのである。
当然、氷雪女騎士にではない。
凝縮された魔力の一点は、目の前で襲いくるレイピアの先端である。
直感ではあるが、この先端であれば、ノヴァごと自分は貫かれるに違いない。
刺突の連続攻撃への対応で体力を消耗し、彼女は知らず、知らずの内に至近距離で迫りくる氷の細剣の重圧に屈し始めていた。
(こ、このままではジリ貧だ。躱し続けるにも限度がある!)
ゼリハネイトは迷いを吹き払い、攻撃に転じようと足運びを変えた時である。
足を滑らせてしまった。
「し、しまった!」
敵のレイピアは寸前で躱せたものの、如何せん体勢が悪い。
レイピアを下から見ることになっている。
咄嗟に左手をついたので、倒れ込むことはなかったが、その左手さえも背中とともに滑った。
敵の左膝が彼女の顔の上を通り過ぎて行く。
互いの位置が、背中越しに入れ替わっていく。
ゼリハネイトは左足で踏ん張り、振り返ると、互いの視線が交差した。
「100年、早えんだっ、つーーの!」
彼女は不敵な笑みを送りつけると、ロッドソードを力強く引ききった。
パキ―――ンッ
ガシャ、
ガラッ、ガラッ、ガラッ
氷雪女騎士のレイピアを握る右腕が崩れ落ちた。
彼女のレイピアは空を突いたのに対して、
ゼリハネイトのロッドソードは、形状を変え鞭となって、右腕を捉えていたのであった。
ゼリハネイトは、幾重もある刃で構成される鞭を敵の右腕に巻き付かせた後、一部を更に鋭い刃状に切り替えて引き抜いたのである。
濃密な彼女の魔力で操作された、ロッドソードはいとも簡単に敵の氷の腕を引き千切り、砕ききった。
氷雪女騎士は片腕を失うと、バランスが取れなくなり、立っているだけでも不安定な感じである。
「お前の勝ちの目なんか、端からないんだよ」
そう言うと、振り返ったゼリハネイトは鞭を振り上げると、無数の豪打で敵を粉砕し、一瞬にして氷塊へと変えてしまった。
(ふう。ちょこちょこ、動き回ったから、少し足にきてるな。疲れた)
氷塊が冷気となり消えていく中、腰を下ろした彼女はさらに呟く。
「魔力もないくせに抵抗してきやがって…そんな奴……たまらないと思えるのはカルだけ…だな。うんんんmmmm。なんだか、少し興奮してきたぁ。。。」
ゼリハネイトは、少しばかり厭らしい目つきでカルを探す。
すると、傷ついた得物が獣に狙われ、攻め立てられているようなカルの姿が見えたのである。
「うううっ。むふう。たまらないっ! 出来るのならあの氷雪女騎士と代わりたい!!」
カルを窮地に陥れて鞭打ちしたい衝動に駆られ、ゼリハネイトは小刻みに悶えるのであった。
…ある意味。鞭に憑りつかれた変態なのである……。
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エレンは氷壁越しに、必死で叫んでいた。
「パルー! 閉じ込められるーーーー! 速く、助けに来てよーーーーーーーーー!!」
(そうはしたいんだが…)
決死隊四人の中で一番消耗していたのはパルーであった。
噴き出す汗が蒸発し、体全体が湯気に包まれている。
一方で、敵は全身が氷で出来ているため、汗をかくこともなく、平然と剣を構え直す。
単純に氷雪女騎士の手数が多いのが苦戦の原因である。
敵の二つの剣を打ち返しつつ、隙があれば一撃を放つも決め手とはならない。
十数合と斬り合う中で、パルーのみが消耗していた。
(これは、出し惜しみをしている場合じゃないよな)
パルーは、最初に得意の二連斬を防がれてから、思うことがあった。
それは、自分の剣の腕を披露すればするほど、その技を防げる魔物が出て来るのではないかということである。既に二連斬については、ダンジョン内で何度も繰り出している。
目標は60層に辿り着くことである。40層などで手の内を見せたくはない。それが本音であった。
さらには、氷壁の向こうで自分の戦いを見ている者達もいるのだ。
彼らに対しても、自分の手の内を見せたくは無い。
けれども、もう、そんなことも言っていられなくなってきたのである。
無尽蔵ともいえる敵の手数に反撃が出来ずにいるのだ。
(ジルフリード様のいっていた再戦………こんなところで命を落とす訳にはいかない)
彼はそう呟くと仕切り直しとばかり、飛び掛かった。
パルーは再び数合打ち合った後、大きく下がりながら風盾を使って、敵との間に風を巻き起こして、さらに距離をとった。
一度、仕切り直しをしたかったのだ。
今、敵を誘うかのような、弱い風がパルーを守るように、彼を中心に廻りを流れている。
氷雪女騎士は身構えたままである。
この風盾が起こす風の渦は、敵を斬り刻むことが出来る。
それを知っているのか、敵は突っ込んではこなかった。
氷雪女騎士は打ち合えないことに不満そうである。
剣を握りしめるその手に、力が入っているのが見えるのだ。
それだけではない、巻き起こる風が触れても、瞑ることのない、その氷の瞳は真っ直ぐにパルーを睨み続けている。
少しすると、氷の瞳はウインドエッジの動きを見切ったのか。
ニヤリと笑うと、迷いなく、突進してきた。
「全く。少しは遠慮してくれないものかね。直ぐに突っ込んでくるなんてな。嫌な感じだよ!」
パルーは相手に聞こえるように声に出すも、風の音が消し去って敵の耳に入ることはない。
彼は冷静に敵の踏み出しを見ていた。
風を一段強くする。
渦の中に敵の全身が入ったタイミングを見計らい、更に強くした。
氷雪女騎士はいきなり、強風のあおりを受け、ややバランスを崩す。
狙いどおりである。
敵の足の速度が落ちたところに、ここぞとばかりに素早い動作で、パルーは再びダブルスラッシュを放った。
「受けて見ろっ! 二連大斬っ!! っとこれもだ!!」
渾身の力で放たれた二連大斬とは、高速スラッシュであり、通常の二倍の大きさ、かつ威力のあるものであった。
氷雪女騎士は決着をつけようと、猛進してきたところに想定外の攻撃を受けて、一瞬は驚くも、冷静に腰を下ろして対処に移る。
敵は受け止めることが出来ないと、瞬時に判断すると、両の剣で払い上げて斜め上へと受け流した。
「うぉ! 両サイドとも払うのかよ!!」
咄嗟の判断である。
対処として問題はなかったが、ここは風の中である。
足を止めてしまったことと、受け流すのに両腕の剣を使ってしまったことが、彼女に災いした。
パキンッ
ゴトッ、ゴトッ
伸びきった両の腕。
そして、胴体がずれ落ちた。
「ふうう。これ以上、打ち合うと、こっちがやられるのは明らかだからね。慣れない大技に奥の手までも使っちったよ」
風盾が巻き起こす突風の横風の中に、敵を斬り刻めるウインドエッジのようなものが仕込まれており、この刃が攻守にわたり役目を果たしている。
この風の中にある刃の横の動きを、氷雪女騎士は少し見ただけで見極めてしまった。
別の言い方をすれば、瞑ることのない氷の瞳は、横の動きに慣らされてしまったのである。
そこに渾身の『二連大斬』、高速かつ角度のあるスラッシュを受け、これに対処した直後に奥の手でやられたのであった。
彼の言う奥の手とは、横っ風に隠して放った身幅の広い横薙ぎのスラッシュである。
パルーはダンジョンでは未だ一度も見せたことのない、風に隠して放つ水平の一撃であった。
氷雪女騎士は、ギロチンのような横薙ぎの一撃に、氷の肉体を寸断されたのである。
「瞑ることのない、その目をもってしても見切ることが出来なかったようだね。……あれっ、何か、さっきエレンの声がしていたよ…な」
パルーも魔術に頼らない、剣だけでの戦闘経験はこれが初めてであったため、全身疲労から膝にきていた。
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イットは苦戦を強いられていた。
左腕からは血が流れている。
普段であれば自分で魔術を使い、治してしまうのだが、それも40層では出来ない。
彼女は立ち上がりながら、ポーションの瓶を左腰のポーチから取り出し、傷口に振りかける。
このポーションという治療薬だが、液体で飲んで治すことも可能なのであるが、今、敵への目線を切る訳にはいかないため、彼女は傷口へと振ったのである。
イットは、敵のナイフ投げに、これ迄にない脅威を感じていた。なぜなら、敵の投げたナイフが途中で分裂して襲ってくるのである。
しかも、彼女のノヴァを何も無かったように破る。だが、これは当然のことでもあった。
40層は魔力の効果がない階層であるのだ。ノヴァも物理攻撃においては効果が薄いのである。
彼女は自身のノヴァに自信を持っていたこともあり、この状況に恐怖に駆られていた。
全身が緊張し、流れ出ている汗の全てが、冷や汗に感じるほどである。
(……弓よりもナイフの方が、よっぽど厄介ですわ)
イットは自分に言い聞かせるように呟くと、ナイフ使いに対して自分から距離を詰めていこうと決心した。
敵目掛け、低い姿勢で飛び込む。
通常、エルフは長剣をもたず、通常よりも、やや短い中剣を帯剣しているものである。
彼女も例外ではなかった。
距離ができて、ナイフを投げつけられるのが嫌なので、イットは積極的に前に出ていく。
接近戦となれば、当然にナイフ使いの方が有利である。
変則的かつ窮屈な戦いを余儀なくされてくる。
それだけではない、敵のナイフには魔力が施されている分だけ、切れ味がいいのである。
ゼリハネイトの敵同様に得物の切っ先に魔力が溜まっているのである。
エルフである彼女にとっては、自分の魔力量が敵よりも格段に劣る戦闘なんて、これまで経験したことがなかった。
不利な状況化で斬り合いが続く中で、敵が少し後退すると、イットがすかさず距離を詰める。
息つく間もなく、剣で斬りつけ、応酬が続く中、どこをどう斬ったのかは分からないが血飛沫が舞っている。
勿論、全てイットの血である。
イット自身、最悪でも、刺し違えて倒そうと思っている。
なので、離れる訳にはいかない。
追い詰めようと必死である。
(離れれば、投げナイフを使われ、不利になる!)
彼女の意識がそこにあるために、どうしても下半身への防御が優先して攻撃度合いが弱くなってしまっていた。
鋭い刃物の応酬の中、故意になのか、態とであるのか、氷雪女騎士の右手からナイフがすり抜けた。ナイフはイットの顔付近で宙に浮く。
イットは咄嗟に避けるよう低い姿勢をとったとその時、氷雪女騎士の手元が光り、あらたなナイフが現れ、彼女の左太腿へとナイフを突き刺してきたのであった。
ブシュッ
沈み込んだナイフの廻りから、血が噴き出す。
「はあうっ!!」
イットは苦悶の表情をするも、敵を見ると、バックステップをしようとしている。
足の痛みどころではない。すぐに後を追う。
案の定、氷雪女騎士は後退しつつ、ナイフを投げる動作に入っていた。
イットは剣を振るった。
敵が投げようとしたところを、左手首を斬りつけ、何とか防ぐものの、右からは投じられたナイフが襲ってきた。案の定、至近距離でも分裂した。
イットの左半身の、耳、肩、胸部、腹部、太腿へとナイフが刺さる。
半身が痛みに支配され、彼女は握力が弱まり剣を失う。
剣は氷雪女騎士の左腕を斬りつけたまま、イットの手から離れていく。
二人はイットが押し倒す形で床に倒れ込んだ。
氷雪女騎士の右手には新たなナイフが現れ、そのまま覆いかぶさっているイットの背を突き刺そうとした時、肉体は冷気となって霧散した。
カシャン
ナイフが落ちた音である。
………。
先程、イットが剣を失ったのは痛みからではなく、実は意図的に手放したのであった。
彼女は中剣で敵の左手にあるナイフ投げを封じて、倒れ込むと同時に自身の懐剣で、止めを刺したのであった。だが、代償も大きく、耳は一部を切り裂かれ、肩、胸部、腹部に1本と太腿に2本のナイフが刺さり倒れ込んでいた。
(ふふっ。ナイフを持っているのは、貴方だけではないのでしてよ…)
そう独り小声で言うと、冷たい床に伏したまま、彼女の意識は薄れていった。




