136 氷の神殿(3)-氷雪女騎士(アイスナイトレディ)-
四体の女騎士からは、足音だけで鎧から生じる金属音がほとんど聞こえてこない。
どうやら、鎧は肉体と一体化しているようである。
周囲の冷気が避けるようにはけていき、四体の姿が露わになっていく。
「あ、あれは氷雪女騎士ですわ!!」
イットは叫びながら、氷壁が完成する前に飛び込んで来た。
彼女の咄嗟の行動は、ラダやスコット、マルコの身を案じたものであった。
氷雪女騎士4体の内3体が夫々、カル、パルー、モンティの3人の方を向いている。既に相手を選び終えたようである。そして、残った1体は、どうやら手負いのスコットらを纏めて相手にしようと向かっている。
イットは三人の様子を見て、戦うには厳しいと思い行動に出たのであった。
イットの判断は正しかった。
彼女からは見えなかったが、実はスコットの剣には罅が入っていたのである。
スコットは天塔迷宮に入る予定ではなかったため、帯剣していた剣は魔物退治用ではなく、護身用のものであったのだ。
そのため、強度補強のために普段よりも魔力を使い過ぎ、彼自身も疲弊していた。
そのスコットに、十数本の氷の矢が襲い掛かってきた。
スコットは傷ついたマルコを立たせようと、肩を貸していたところを狙われたのだ。
氷の矢が、唸りを上げてスコットとマルコの背を襲う。
カルも射られた矢に気付いたものの、間に合うはずもない。
二人は振り向くと、もう避けられないと覚悟した。
だが、その覚悟も杞憂となる。
矢が届く寸前、突風が巻き起こったのである。
二人は目の前で起こる急な展開に反応が出来ない。
襲い掛かってきた氷の矢は、全てがあらぬ方向へと吹き飛ばされ、地に叩きつけられ、折れ曲がり、粉々になってしまった。
この突風、カルには見覚えがあった。
「確か、あれは」
振り返ると、パルーが左腕を突き出していたのである。
「やっぱりそうか」
パルーは魔道具・風盾を使ったのである。
カルは以前、エンデルの森でホーンラビット戦の際に見たことがあった。
最悪の事態は免れたものの、気が付くと戦いの構図は決まりつつあった。
既に四体の内の三体は歩み寄り、カル、パルー、モンティの傍で正対していた。
三体それぞれが、相手を決めている。
対して矢を放った残りの一体も、今、自分に相応しい相手を見つけたのであった。
ニヤリと笑うその先には、今、走り込んできたイットがいる。
弓使いの氷雪女騎士は、鋭い目で照準を合わせ、再び矢を射ってきた。
矢は途中で分裂すると十本となり、イットに襲い掛かっていく。
まだ、敵との距離もあって、一射目は躱しきったものの、敵はすぐさま二射目、三射目を射ってきた。
イットは距離を詰めようとしたが、矢が分裂する機が一定していないために容易には近づくことが出来ない。
他のカル達三人は、弓使いの妨害をしたいところではあるが、今にも相対している敵が飛び掛かってきそうなために、その場から動けずにいた。
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ゼリハネイトの前に現れたのは、ラダの前に現れていたのと同じようなレイピア使いである。
もっとも、氷雪淑女とは格が違う。
敵は、いきなり、飛び込んでくると刺突の連撃を繰り返してきた。
ゼリハネイトの手にしている剣は、ロッドソードといい、剣の刃である上身部分の全部またはその一部が分割し鞭状に湾曲させることが出来る武具である。
この武具は、鞭として敵を斬りつけるだけでなく、先端で敵を貫くこともできる。
彼女は、先程まで多くの『氷雪淑女』を貫いてきた。
その彼女を逆に貫こうと、レイピアの氷雪女騎士が彼女に戦いを挑んできたのであった。
距離を取ろうと引いても即座に、間合いを詰めてきての連撃に彼女は戸惑う。
ゼリハネイトの魔術属性は『火』であり、本来このような面倒な相手であれば、相手との間合いを測り、近距離で火魔術を使うのであるが、この40層では魔術が使えない。
いつもと違う戦い方に苛立ちが募っていく。
正面からの高速の突きに対して、彼女は防戦一方となり躱すので精いっぱいになっていた。
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パルー目掛けて駆けて来たのは、二刀流の氷雪女騎士である。
余裕がないにも拘わらず、無駄に話し掛けるパルー……。
「前に来た時には会わなかったね。大人数でくると歓迎してくれるってことかな? って、問答無用かよ!」
二つの剣がパルーを襲う。
彼は仲間三人との距離を取ろうと逆方向へと走り出した。
二つの剣に加えて、この近距離であの弓使いにも狙われたら、躱し切れないと踏んだのである。
パルーは、これ位離れれば充分と思い、振り返って見ると、敵は真後ろに迫り、斬りかかってきていた。
危うく背を斬られるところを間一髪で防ぐ。
ゼリハネイトの敵同様に足が格段に速い。
足運び同様に、腕の振りも鋭く、交互に剣が襲ってくる。
一度でも、受けた際に剣が流されたりでもすれば、もう片方の剣で斬られてしまう。
パルーは何とか躱すと、無理な体勢から攻撃に転じた。
「二連斬!!」
放った斬撃は得意の剣技であったが、敵に物の見事に防がれたのであった。
「40層ともなると、俺の二連斬を初見で防ぐのか!」
驚く暇もなく、一度距離を取った敵が、再び猛然と距離を詰めてくる。
今のこの剣技は、彼の一番得意とするものである。近距離、中距離関係なく、スラッシュを放つと同じタイミングで、逆方向からもスラッシュが放たれるものである。つまりは両サイドからの攻撃で、確実に敵を仕留めるというものなのである。
「こいつ……尋常じゃないな」
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イットは全力で走り続けていた。
途中で分裂する氷の矢を躱し、打ち払い続けながら敵との距離を縮めようとしている。
スコット達になるべく矢が及ばないよう、右に展開していた。
彼らも矢がくることを知ったのだ。そうそう餌食になることもないだろうとは思ったものの、心配性の彼女は注意を惹きつけながら駈けていた。
氷壁で仕切られた向かい側にいる『氷の乙女』のメンバーが、固唾を呑んで見守っている。
三人は出来るものなら、援護をしたいが、この空間内では魔術が使えない。そのため、彼女らを仕切る目の前の氷壁でさえも、破壊が出来ないでいた。
今、ガルツ達が魔力を込めた武具で必死に氷壁を破壊しようとしているが、見た目よりも分厚くできていて叩き壊すにはまだ掛かりそうである。
躱し続ける中で、少しではあるが、イットの中に余裕ができ始めていた。
矢がよく見えてきていたのである。
そのため、矢そのものはそれ程の脅威とは感じなくなり始めていた。
それに、敵は弓使いである。
接近戦に持ち込めば何とかなる筈。その信念で突き進んでいた。
徐々に、距離を詰めていく。
一気に勝負を賭けられると思い、イットが剣を抜いたその時である。
突然、弓使いの氷雪女騎士は、弓を投げ捨てて向かって来たのである。
(弓を捨てるだなんて! 魔力のない、あなたに何ができて?)
虚を突かれるも、イットは剣を向ける。
弓を投げ捨てた理由が直ぐに分かった。敵はナイフ使いでもあったのだ。
氷雪女騎士が、またしてもニヤリと笑う。
と同時に両の手元に現れた二本のナイフを投げつけてきたのである。
まだ少し距離がある。
その程度の投げナイフなど、容易に跳ねのけてみせると思った瞬間である。
目を疑った。
ナイフまでもが分裂したのである。
比較的近づいていたこともあって、本数などは把握出来ず、剣を盾代わりに前に押し構えながら、右に回転して躱すのが精一杯であった。
片膝を付きながら、構え直すと痛みが走った。
左腕に一本刺さっていたのである。
彼女はナイフをすかさず抜くも、自分のノヴァが破られたことに驚きを隠せなかった。
「なんて、敵ですの。こんな簡単に私のノヴァを破るだなんて…」
直接斬りつけられるなら、まだしも、ナイフのような小さな得物で、しかも投げられたもので、深い傷を負う等とは、イットは思ってもいなかったのである。
彼女の中で焦りが生じ始めていた。
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冒険者達からして一番奥で、氷雪女騎士と対峙していたのはカルであった。
「何で、俺の相手は槍使いなんだ……やりづらい」
俺の声に反応して、勢いよく、左腕から声がした。
声の主はルバートである。
『主よ。我を使え、あのような劣悪な槍、即座に粉砕して見せようぞ!』
「使えって、って! お前、そんな! ああっ!」
左腕に巻き付いていたルバートは、カルの返事を待たずに形質変化して、本来の姿である槍斧となった。
急ぎ、剣を収めて、ルバートを握る。
「おい、俺は槍術どころか、槍なんて、碌に持ったこともないんだぞ!」
『主よ。全く問題ない。握っているだけで構わぬ!』
ルバートが珍しく興奮している。
槍身に熱を帯びているのが伝わってくる。
「どうしたんだ! 一体!」
ルバートは槍の矛先を向けられて我慢がならない。
カルはというと、槍を手に棒立ちとなっていた。
構えがなっていないのである。
ジルやマーレらが、奥に見え隠れするカルの姿を凝視していた。
「あれっ?! カル様が槍を持っています。一体どこから?」
ジルはルバートの存在を知っていたので、そこに関心はなかったが、カルが槍を持ったところなんて見たことがない。
「彼奴、なに考えているんだ! 相手が槍だからって、持ったこともない槍で戦うなんて!」
「えっ、そんな!」
驚いたのはジルとマーレだけではない。
氷壁の内側にいるスコットも、無謀だと思い、立ち上がろうとするも上手く立てない。
彼は右足を捻っていた。
「し、しまった」
さらに、スコットは自分の剣が見当たらないことに気付く。
先ほどの、パルーの風盾で飛ばされてしまっていたのだ。
マルコは大剣を支えに、何とか立とうとしていた事もあり、しっかりと握っていたため手元にはある。
だが、彼もカルを助けに行けるほどの状態ではなかった。
槍使いの氷雪女騎士が、寄せてきた。
『主よ、来たぞ!』
ルバートはそう告げると、敵の突きに合わせて突きを放った。
カルは握っているだけで、ただ引っ張られた形である。
ガキン
ガシャ、ガシャ、ガシャ
鋭く、高速で放たれた一突きは、ルバートの言葉どおり、見事に敵の氷槍を粉砕した。
カルを心配していた者達は、目を丸くした。
とりわけ、比較的近くにいたラダは驚いた。
あれだけの剣術を体得しているにも拘わらず、槍術までも極めているのかと。
敵の槍に合わせて、一点突きで矛先を突き、破壊したのだ。
正確さ、速さ、タイミング、全て初見で敵に合わすなど、奇跡としか言いようのない出来事を目の当たりにして茫然となった。
「ふあっ、ふぁっくしょん! さ、さむっ」
ラダは両の手で腕を摩った。
氷雪女騎士が現れてから、寒さが一段と増していたのである。
目にした槍撃戦に、流石にイシュルミットも驚いていた。
「……まるで、ニチカ姉様じゃないか」
ニチカというのは、公爵の護衛についているニチカ=シュトラウスのことである。
公爵家で、槍と言えば彼女の右に出る者はいない。
そのニチカのように見えたのである。
槍を粉砕されても、氷雪女騎士の表情は変わらない。
だが、さすがに敵は一度下がった。
それを見つつ、ルバートも満足したのか、元どおりに腕に巻き付いてきた。
氷雪女騎士はゆっくりと腰の剣を抜いてきた。
あわせるように、カルも抜く。
(腰に剣があるのだから、やっぱし剣でとなるよな。これで、終わりとはならないよな。やっぱり。ははっ。っていうか、ルバートは何で戻ってくるんだよ! このまま……)
カルの呟きが終わらぬ内に、敵が飛び掛かってきた。
カルは敵の剣を弾き返す。
『…………』
敵が飛び掛かってきては、カルが弾く。
幾度と続く。
『主よ。足が動いておらぬ。なぜ、先の戦い同様に疾風脚を使わぬ!』
「使いたくても、使えないんだよ!!」
『古来剣術で足が封じられては、力は半減であろう。なぜ、使えぬ』
「足の感覚が弱いんだ。下手に使うと怪我をする」
実は長い間、冷気にさらされていたこともあって、彼の本来の足の感覚は無くなってきていたのである。
カルだけが冷気の影響を受けているのには原因があった。
カルは皆と違いノヴァが使えないのである。
他の三人はノヴァが使えるために足の感覚がなくなるということはない。だが、魔力が、ほぼほぼ無いカルや、魔力を使い過ぎたラダにとっては結構な冷えを感じていた。
スコットが足を捻ったのも、ラダと同様の理由である。
普段以上に剣に魔力を注ぎ、疲弊していた彼は無意識にノヴァが弱まっていたのだ。
幾度と襲ってくる剣には対処できるものの、床に漂う冷気は厳しいものがあった。
カルは集中力を欠き始めていた。
底冷えする足元に、意識がどうしてもいってしまうのである。
「くっ、必ずしも、充分な条件で戦える訳じゃないってことだよな。床に足が取られないってだけでも、ましってところか! 滑らないのはエッダ様の防具のお陰なんだろうな」
前向きに考えるも、集中力を欠いた剣は後手に回っていた。
その証拠に、少しづつではあるものの、傷を負わされていたのである。
氷雪女騎士は一撃を受け止められると、引き際にまた剣を振るう。その時に負う小さな傷により、床が徐々に赤く染まりつつあった。
廻りから見れば、カルの姿は獣に狩られる手負いの獲物のように映っている。
「カル様は足に傷を負わされているんじゃ!」
「騎士の旦那が、動けないのは間違いないですぜ」
「ガルツ! この壁、未だ壊せないのかよ!!」
ジルは叫ぶも、直後に無情な現実を知らされて膝を折った。
ガルツ達がやっとのことで貫通させた穴は、すぐさま、その場に冷気が再び立ち上がり、いとも簡単に修復してしまったのである。
「結局、俺様は見ていることしか、できないのかよ~、カルーーーーーッ」




