カタコンベにて
「マシーンゴーレムまで来てくれるとは。態々探す手間が省けた。それにそっちはヒース家の次男坊じゃないか。まさか私たちホワイトナイツに喧嘩を売るわけではないだろう?」
マシーンゴーレムとルルを見て、イリネスは獰猛な笑みを浮かべる。その狂気にルルは一瞬のまれそうになるが、マシーンゴーレムとオフィーリアに背中を支えられて、すぐに正気を取り戻す。
「話は聞きました。父さんの仇を取ります」
ルルが銃口をイリネスに向ける。ヒース家は不老不死の技術研究の隠れ蓑にされたのだ。そしてマシーンゴーレムも、このイカレた狂人集団に仲間を大量に狩られた。つまりこれは復讐なのだ。そのルルとマシーンゴーレムの横にオフィーリアが立ち並ぶ。まるで生命の輝きをしっかりと見届けるように。
「機械工場の中で、茫然と立ち竦むマシーンゴーレムとルルさんを見つけました。彼らを狂わせた元凶は貴方ですね?」
「だったらなんだ?怒り狂って突っ込んでくるか?」
「そうさせてもらいます」
オフィーリアの問いにイリネスはとぼけてみせる。だがその応えに、オフィーリアは怒りのままイリネスに殴りかかる。距離を詰め、オフィーリアのパンチをイリネスが剣の腹で受け止めるが、そのままオフィーリアは拳を振りぬき、イリネスは吹っ飛ばされ、壁に激突する。自らの手の甲から血が流れ出るのも気にしない捨て身の攻撃を見て、カケルは、オフィーリアが本当に怒っていることに気付く。全力で殴られたイリネスは頬に傷をつけるが、瞬く間にその傷が癒えていく。
「それはまさか・・・」
「そうだ、エルフの自己再生だ。ゴーレムの自己修復技術とは比べ物にならない、正しく森の神の祝福だよ。だが治りが少し弱いな。やはりエルフの聖域と呼ばれるウオアムにある、リンギルの木がないと効果が弱まるのか?これはまた実験をしないとな」
カケルの呟きをイリネスが肯定する。その顔に張り付いた笑みは薄暗く、カケルに怒りを覚えさせる。だがイリネスはすぐに冷静になり、目の前の、ティラキア王国への反逆者を粛正するために動き出す。
「さて、粛正開始だ」
そう言ってイリネスがスケルトンとマーメイドに斬りかかる。戦いの基本は、弱いものから潰すこと。そうやって数的不利を埋めるのだ。だが今まで召喚したモンスターを多く死なせて、それを嘆き悲しんだカケルが、今度ばかりは守ってみせるとばかりにイリネスの斬撃を「地喰い」の剣で受け止める。カタコンベの中に重いものがぶつかり合う鈍い音が木霊する。
「今度こそ守ってみせる!」
咆えるカケルに応えるように、スケルトンとオフィーリアがイリネスに攻撃を仕掛けるが、イリネスはバッと後ろに飛び退いてそれを回避する。その回避した一瞬のスキを見逃さず、ルルが引き金を引き、イリネスの肩を打ち抜く。
「やった!」
思わずルルが、弾丸が命中したことに喜ぶが、イリネスはすぐに立ち上がり、ルルをギロリと睨みつける。その睨みつけにルルがビクリと肩を震わせ、思わず一歩退く。だがイリネスはそんなルルに容赦なく斬りかかる。
「させない!」
ルルに向けて振り下ろされる剣をトゥグリが弾く。その様子を見たホワイトナイツはルルが弱点だと悟り狙いをルルに定めるが、マシーンゴーレムがその巨体でホワイトナイツの剣を一気にまとめて弾き飛ばす。そうやって隙が生じたところに、今度こそギドが矢を命中させ、マウリとバルコが縦横無尽にカタコンベという戦場を駆け抜ける。
「ホワイトナイツがどんなもんだ!ただプライドが高いだけのシノビみてぇなもんだろ!シノビは個人的な恨みがあんだよ、一人も生きて帰さねぇぞ!」
バルコが叫び声をあげる。それは悲痛な叫びだ。辛い過去を思い出すかのようなその叫びは、彼らが歩んできた道のりを示唆している。モンスターから見れば冒険者もホワイトナイツも、敵に変わりない。どちらもモンスターを狩る天敵である。だが、冒険者とホワイトナイツの狩りは、根本的に異なるものである。冒険者は仕事のためにモンスターを殺すし、殺される覚悟もしている。必要であれば殺すが、ただ殺したいから殺すという事はしない。ドゴールたちも改心したので、そんな冒険者はこの王都グーンラキアには一人もいない。冒険者たちは基本的にダンジョンにいるモンスターを狩る。ダンジョンで生成されたモンスターは、ダンジョンから出ることは叶わない。当然家族などもおらず、ダンジョンで生まれ、ダンジョンで死んでいく。だがホワイトナイツはどうだ?彼らにはそんな大層な覚悟はない。あるのはただ一つ、自分たちは正しいのだという自己暗示のみ。正義の名のものとに、非人道的な実験も平気で行う。彼らには罪悪感もなければ、命を奪うという事への葛藤もない。それがバルコを苛立たせるのだ。
「魂殺しもクーガも、バカばっかりだ!主従関係がそんなに大事か!死ぬことが美徳か!?世の中にはローテンみたいに、死んでから生にしがみつく奴もいる!テメェの命より大事なモノが、この世のどこにあると言うんだ!」
それはホワイトナイツへの説得ではない。ただ沸き立つ怒りが、ホワイトナイツを飲み込む。そのバルコの怒りにホワイトナイツの何人かが動揺する。戦闘の際には一瞬の油断が命取り。その動揺を見逃すことなく、人間の心を取り戻したホワイトナイツから、冒険者たちが各個撃破していく。そして最後に残ったのは、イリネスのみとなる。イリネスは周りに転がる仲間の死体を前にして、吐き捨てる。
「敵の言葉に惑わされて・・・軟弱者どもが」
「遺言はそれでいいかよ」
そんなイリネスにバルコが剣の切っ先を向ける。いやバルコだけではない。冒険者たち全員がそれぞれの武器を向ける。だがそのプレッシャーを受けて尚、イリネスは不敵に笑う。そしてイリネスは徐に左手の籠手を取り外す。何をするのかと注目する冒険者たちを他所に、イリネスは左手を見せる。その左手に彫られている入れ墨を見て、フランシスカが目を見開く。
「その入れ墨、シュテルガルドの!何でお前が!」
「人体実験の賜物だ。あの落ちぶれた冒険者も、この国の礎となれたのだ。きっとあの世で喜んでいるに違いない」
そう言ってイリネスはスペルを唱える。
「私一人では勝てそうにないから、奥の手を使わせてもらうぞ。呼び寄せの波紋」
〇呼び寄せの波紋[スペル] コスト青・青・青 ☆2
効果・敵のモンスターを全て一つの陣地に集合させる。陣地の体力を超えた分は墓地に送られる
―モンスターさえ操るのが人の技術だ―
イリネスがスペルを唱えると、入れ墨が入っている手から波紋が生まれる。そしてその波紋がカタコンベの外まで広がり、空気が振動する。木々がざわめき、大気が鳴動する。カケルが召喚したスケルトンとマーメイドの様子が可笑しくなり、それだけではなく、数多のモンスターの足音がカタコンベに向かっているのが分かる。事態を悟った冒険者たちは顔を曇らせるが、反対にイリネスが勝ち誇る。
「もうすぐ日が沈む。モンスター達が活発に動き出す時間だ。国王様、私は大義のために、この逆賊たちと運命を共にすることをお許しください」
「冗談だろ、お前と死ぬつもりは毛頭ない」
勝ち誇るイリネスに悪態をつき、ギドは様子が可笑しくなったスケルトンとマーメイドに向けて弓を向ける。先ほどまでマーメイドとスケルトンはモンスター使いであるカケルの味方だと思っていたが、イリネスのスペルで様子が可笑しくなったのなら殺すという、冒険者らしい合理的判断だ。だがスケルトンとマーメイドはカケルの仲間だ。それに、スペルというのは使用者がスペルを唱えた後も、暫くは効果が残るものだ。それはスペルの余波と呼ばれるものだ。つまり、少しの間だけ時間稼ぎを出来れば、スケルトンとマーメイドばかりではなく、この未知の森にいる暴走したモンスター達も元に戻るのだ。そこまで考えてカケルは投影装置をチラリと見た後、オフィーリアに手を伸ばす。
「オフィーリア!」
「っ!」
カケルが叫ぶと、オフィーリアにはそれだけで伝わったのか、オフィーリアもカケルに向けて手を伸ばす。そして手が触れると同時に、オフィーリアは火の魔力をカケルに渡す。
「あああぁぁ!!」
瞬間、激痛にさらされ、カケルは絶叫する。突然のカケルの雄たけびに思わずギドがビクリと固まる。だがカケルはふらつきながら、それでも意識はしっかりと、手札からスペルを使う。
「大障壁!」
〇大障壁[スペル] コスト緑・赤 ☆2
効果・1つの陣地を選択する。その陣地にモンスターは進軍不可
ー突如現れたその壁は生き物を拒んだー
それはガナスの村の村長であるヒハも使えるスペル。カケルがスペルを使うと、一瞬薄い膜がカタコンベを包み込む。そしてその膜にスケルトンとマーメイドなどのモンスターは弾かれる。その出来事に思わずその場にいるカケルとオフィーリア以外の全員が呆気にとられる。そしてその隙に、カケルは飛び出し、イリネスの肩に剣を突き立てる。
「うぐぁ!」
思わず悲鳴を上げるイリネスを、カケルは地面に縫い付ける。そんなイリネスにカケルは吐き捨てる。
「このカタコンベはローテンのものだ。モンスターに踏み荒らさせはしない」
カケルは断言する。このカタコンベは、世界大会優勝者であるローテンがプレイした陣地だ。ローテンは死後、未練がありリッチとしてこの世にしがみついた。それは恐らくフランシスカに遺品を託すため。ローテンとフランシスカの最後の一時を、邪魔させたくないのだ。そのためにはこのイリネスを殺すしかない。言葉では分かり合えないのだ。カケルは剣を持つ手に力を入れる。だがそこで声がかかる。
「カケル、出来れば私にやらせてくれない?」
そう言ってフランシスカが短刀を手に持って現れる。その後ろには、寄り添うようにリッチがついている。カケルは無言でトドメをフランシスカとローテンに譲る。フランシスカは地に縫い付けられたイリネスを見つめる。正確には、その入れ墨の入った手を。フランシスカは昔を思い出すように、ポツポツと古い記憶を紡ぎだす。
「シュテルガルドは魔法の天才だったわ。青の魔力を多く保有していて、そこかしこで天才だって持て囃されて。それでちょっと調子に乗っちゃっう所もアイツらしかった。ローテンは無口だけど、何処までも優しかったわ。二人はしょっちゅう喧嘩して、その喧嘩を止めるのは大変だったなぁ。結局私が原因でパーティーが解散したんだから、因果なもんよね。ローテンは変わり者だったから、王都から出ていったのは知ってたけど、シュテルガルドならどこに行っても上手くやれると思ってた。でも、まさかこんなことになるなんてね・・・」
カケルは、ローテンもシュテルガルドもフランシスカも、よく知らない。彼らの歩んできた道のりなど、見てもいない。だがそれでも、フランシスカの語りを聞いて心が苦しくなるのは何故だろうか。名前だけしか知らない他人の不幸に同情するのは何故だろうか。きっとその答えは、この世にはないだろう。人間は心があるから、悪魔にもなれるし仏にもなれる。悪魔も仏も人間が考えたものなのだから、当たり前だ。フランシスカは続ける。
「ローテンったらこんな趣味の悪い場所に閉じこもっちゃってさ。いつもならここでシュテルガルドが出てきて、馬鹿野郎って怒ってくれるんだよ。そこから喧嘩に発展するんだけどね。あぁ、あの頃は良かったなぁ。でも、もう過去には戻れないのかぁ」
そのフランシスカの頬を涙が伝う。イリネスはフランシスカが何故泣くかが分からないらしく、今も狂信的な笑みを張り付けている。だが最早、その態度に怒るフランシスカではない。彼女は前を向いて歩きだす覚悟を決める。最後に短刀をぎゅっと握りしめて、一言。
「さよなら、シュテルガルド」
そう言ってフランシスカは短刀を振り下ろす。終わりはあまりにも呆気なく、別れと言うのは一瞬で。だが物憂げな表情を浮かべるフランシスカを見て、カケルはそこに水をさしたりはしない。ローテンとシュテルガルドとフランシスカ。彼らの事を、カケルは深く知らない。だからこそ、彼らの別れの時にカケルは首を突っ込まないのが得策だと考えたのだ。




