ローテンの記憶
フランシスカは、ローテンの腕をしっかりと見つめる。きっと彼女の頭の中では、楽しかったころの思い出が蘇っているのだろう。そんな光景を見て、ポールがポツリと呟く。
「なんかやりきれないね。せめてローテンはフランシスカと少しでも長くいれればいいけど。幸いにもカケルが大障壁を張ってくれたし、暫くの間はここは安全地帯じゃないかな」
そう言ってポールは辺りを見渡す。気付けば、イリネスが死んだことによってスケルトンとマーメイドは瘴気を取り戻している。未知の森にいたモンスター達もぞろぞろと元のところに戻っている。オフィーリアはと言えば、マウリとバルコが全力で押さえつけていた。
「どうどう!」
「バルコ、それは人に向けて言う言葉じゃない」
バルコの言葉に対して、マウリが冷静に突っ込んでいるのがシュールである。それを見てポールはクスリと笑うが、ギドが水を差す。
「ポール、リッチっていうのは、太陽が完全に昇りきると、日の光に焼かれて灰になるんだ。このカタコンベにいる間は大丈夫だが、外に出るのは無理だ」
「え?それじゃあ・・・」
「・・・人生っていうのは、いつかは別れが来るものだ」
全てを悟ったポールに、ギドは辛い現実を突きつける。ローテンはこの洞窟から出ることは出来ない。だがフランシスカは人間なので、当然食事も必要だし、カタコンベで眠り続けてはいつスケルトンに殺されるか分からない。ずーっとここに居続けるというのは、どちらにしろ無理なのだ。フランシスカもそのことに気付いているようで、くるりとローテンに向き直り、話し始める。
「ローテン、不謹慎だと思うけど、私は今ちょっとだけ嬉しいんだ。パーティーが解散した日、もう会うことは無いと思ってた。でも、またこうやって再開できたのが嬉しいんだ」
そのフランシスカの語りに、リッチとなったローテンが何も言わずに、自らの手をフランシスカの頭に置く。ローテンになでられて、フランシスカはふと笑う。
「懐かしいわね。ローテンのこういう優しいところが私は好きだったんだ。変わっていないんだね。でも、だからこそ・・・。ここでさよならだね。丁度もうすぐ朝日が昇るわ。最後にローテンが好きだった朝日でも見に行かない?」
そう言ってフランシスカがローテンの手を取り、カタコンベの外に出る。思わずポールの口から制止の声が漏れかかるが、二人が選んだ道なら止める意義はないと感じる。死者にとっての安らぎは成仏、それのみだろう。思わずフランシスカとローテンにつられて、冒険者たちもカタコンベの外に出る。激しい戦闘があったせいか時間はあっという間に過ぎ去り、暗闇の地平線が微かに白みがかっている。だが空にはまだ満天の星空が、懸命に輝いている。思わずポールは感嘆の声を漏らす。
「綺麗だ・・・」
その言葉を否定するものは、この場にはいない。地上ではくだらない理由で多くの命が消えていくが、空は何事もなく輝いている。ふと、カタコンベから光の玉が無数に現れ、空に帰っていく。それはまるでスケルトンたちの魂が、ローテンのところに帰っていくようで・・・。気付けば、ローテンの体も次第に薄くなっていく。それを見て、フランシスカが涙ぐむ。
「もう、行ってしまうのね」
その言葉に、ローテンは無言で頷く。だがそこで、カタコンベからオフィーリアとカケルが出てきて、カケルがスペルを唱える。
「薄明」
〇薄明[スペル] コスト白 ☆1
効果・貴方のモンスターが3体以上いて貴方の陣地が3枚以上ある時、貴方は今回のターンが終わった後に追加の1ターンを獲得する
―夜が明ける、その瞬間を切り抜き自分だけのものにする―
そうカケルが唱えると、世界が止まった気がする。一瞬フランシスカとローテンは驚くが、カケルの粋な計らいに二人は微笑む。時間にして一瞬、だがそれは永遠にも感じられる。そんな時を過ごして、遂にローテンの体が灰になっていく。
「さよならローテン」
消え入るようなフランシスカの言葉が、妙に冒険者たちの心に残ったのは、言うまでもない。カケルは投影装置を眺める。そこでは役目を終えたように、獣の通り道が消えていく。機械工場を見つけるために獣の通り道の近くを通った時に、所有権がカケルに戻ったのだ。過去にプレイした陣地でも、近くに行くと所有権が戻るのは新しい発見だ。それに今、マシーンゴーレムも投影装置には映し出されている。薄明を使うための条件として、カケルはマシーンゴーレムに命名の儀を行う事を願い、マシーンゴーレムはそれに快諾した。後は、青の魔力はその昔、ユタの村の魔道具屋の店主に渡されたものを、赤の魔力は日付が変わってからオフィーリアに渡されたものを使った。さしずめこの薄明は、皆が繋いでくれた、宝物であろう。
(薄明は強いスペルだ。でも、これで良い気がする)
スペルを使ったカケルは満足気である。スペルとは戦いのためだけに使うものではない。確かに魔王の様に薄明を使えば、どんな戦局でも逆転できるだろう。だがカケルは、ガナスの村で学んだのだ。きっとカケルがここで薄明を使わなければ、カケルはこの先、一生後悔する。だからカケルはフランシスカとローテンのためにスペルを使ったのだ。太陽が昇り、後に残されたのはフランシスカ一人のみ。もうこの世にはシュテルガルドもローテンもいない。フランシスカは強がって笑い、バルコたち冒険者に、最後に別れを告げる。
「ありがとう、皆。宣言通り、私は冒険者をやめるわ。墓参りをしてやらないといけない奴が二人もいるしね」
そう言ってフランシスカはカタコンベを見やる。その横顔は何処か晴れやかだ。カケルは最後にフランシスカにお願いをする。
「フランシスカ、一度だけ「竜殺し」を握らせてくれないか?」
その言葉にフランシスカは「竜殺し」をカケルに手渡す。カケルがしっかりと「竜殺し」を握ったその時、いつものテロップが流れてカケルは意識を手放す。
(報酬としてローテンの記憶を獲得します)
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ローテンはウオアムの世界で目を覚ます。幸いにも、ディープワールドカードゲームについている自動翻訳機能があるので、異世界の人との交流に苦労はしていない様だ。だが、地球で育ったローテンは「竜殺し」を持て余していた。
「困ったな。「竜殺し」は大剣だ、私では使いこなせない。今のままでは「竜殺し」は具現化できないな。モンスター使いとして、細々とやっていくか」
そうローテンが結論を出した時だった。ローテンの背後から声がかかる。
「おいお前、スライムを引き連れてるってことはモンスター使いか?このティラキア王国で珍しいな!悪い事は言わねぇ。俺たちと一緒に来い!」
「ちょっとシュテルガルド。いきなり先走り過ぎよ。ごめんなさいね、コイツはシュテルガルド。自分で天才魔法使いだって言い張る奴よ。私はフランシスカ。見ての通り職業は盗賊よ。それで良かったら、私たちの冒険者パーティーに入らない?この王都はモンスター嫌いが多くて、モンスター使いに理解のある冒険者は限られてるわ」
シュテルガルドは自らを天才魔法使いだと名乗るお調子者だ。いや、事実青の魔力を3つも所有しているのだから天才なのだが、どこか抜けているところもある。反対にフランシスカはしっかり者だ。自由奔放なシュテルガルドの手綱をうまい具合に握っているようだ。その凸凹なコンビに思わずローテンは笑顔を見せる。こんなに愉快な奴らに出会うのは、ローテンにとっては初めてだったのだ。
「おぉいローテン!モンスターが俺のスペルの射線に被ってやがるぞ、馬鹿野郎!」
「すまん、気を付ける」
「シュテルガルドは口は悪いのに、ローテンのモンスターを気遣っているのが隠せてないわね」
三人は仲良くやっていた。何より、互いが互いを大切に思っているのだ。上手くいかないわけがない。だが、その優しさが仇となった・・・。
「ローテン、お前フランシスカの事好きだろ?」
「だったらなんだ?」
「とぼけるなよ。お前の事だから、俺もフランシスカが好きだって事、とっくの昔に気付いてるだろ。何で抜け出したりしないんだ」
「それは、私はフランシスカの事は好きだが、同じくらいにシュテルガルドの事も大事だからだ」
ある日、ローテンとシュテルガルドが喧嘩をしている。喧嘩の理由は、二人が同じ人を好きになってしまったため。ローテンは優しさから、まだ フランシスカに告白していない。だがローテンの言葉を聞いて、シュテルガルドは顔を赤くする。
「何言ってんだ!言っとくが、俺はフランシスカを諦めるつもりはねぇぞ。好きな人はフランシスカ、ただ一人だ。例えライバルがお前でも、絶対に退かねぇ。フランシスカ以外を愛するつもりは毛頭ねぇ。だからお前も全力で来いよ」
そのシュテルガルドの言葉に、ローテンはシュテルガルドの本気具合を察する。結局、フランシスカが選んだのはローテンだった。フラれたシュテルガルドは、何も言わずに王都の雑踏に消えていった。
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カケルが再び意識を取り戻すと、そこには歪な模様が浮かんでいる。カケルが言う所の、自称神だ。開口一番、神がカケルに文句を言う。
『月を落とすとは、好き放題暴れてくれたな』
その言葉をカケルはのらりくらりと躱す。
「俺はガナスの村の皆が不幸になるのを見たくなかっただけだ。それに、未来だって変えられることを証明できた。後俺もアンタに言いたいことがある。ガルガンさんが言っていたけど、魔王はとっくの昔に死んでいるっていう話じゃないか。どういうことだ?」
だがその質問に神は何も答えない。神がこの調子なのはカケルも知っている事なので、カケルはイラっとしながらも、仕方ないと考える。そしてまたカケルの意識が薄れていく時、神が確かにカケルに向かって忠告をする。
『魔王は確かに死んだ。だが、人というのは死んでも、その遺志だけは残るものだ。忘れるな、私は魔王を倒すことは、このウオアムの世界を救う事だと考えている』
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再びカケルの意識は覚醒する。別れ際に神は何か重大なことを言っていた気がする。魔王の遺志を継ぐ者、それが本当にいるとしたら、カケルには思い当たる節がある。魔王は亜人への思い入れが強かったという。つまり、魔王の遺志を継ぐ者は、少なくともティラキアⅡ世の様な人間至上主義者ではないということだ。そこまで考えて、カケルは「竜殺し」をじっと見つめる。
(その力のなさから最後まで「竜殺し」を握ることは叶わなかったローテンが、死の間際に遺した物、か。道具というのはそれを有効活用できる人が持つものだとよく言うが、俺はそうは思えないな)
そしてカケルは「竜殺し」をフランシスカに返す。それを受け取ったフランシスカは最後に冒険者たちに礼を告げ、カタコンベの中に帰っていく。




