3話
その日から、毎晩Liaを起動するようになった。
最初は天音を探すためだったはずなのに、いつの間にか、“天音を理解するため”の時間に変わっていた。
部屋の電気を落とし、ソファに座る。
天音のスマホだけが、暗い部屋の中で白く光っている。
『天音さんは、自分の感情を言語化することに慎重でした』
「……うん」
『否定されることを恐れていた可能性があります』
「そういうとこ、あったかもな」
思い出しながら、相槌を打つ。
まるで、昔から天音を知る友人の話を聞いているみたいだった。
不思議と、寂しさは少しずつ薄れていた。
代わりに、理解できている感覚が増していく。
天音は、苦しかった。
でも、最後まで優しかった。
自分を責めるより、天音を理解してあげたい。
そう思うようになっていた。
Liaは毎回、少しずつ違う角度から説明した。
『天音さんは、期待に応えることで自己価値を確認する傾向がありました』
『周囲に合わせることを優先しやすい状態が見られます』
『あなたに対して、安心感を求めていた可能性があります』
そのたびに頷いた。
「もっと甘えてくれてよかったのに」
その言葉を打ち込むと、数秒後に返答が来る。
『天音さんは、あなたに迷惑をかけたくなかったのかもしれません』
静かに目を閉じる。
「……ほんと、馬鹿」
愛おしさに近い感情だった。
天音は、最後まで自分を優先できなかった。
そのことが、たまらなく切なかった。
気づけば、天音について人に話す時も、Liaの言葉を使うようになっていた。
「ずっと無理してたみたいでさ」
「俺に気を遣ってたんだと思う」
「期待に応えなきゃって、追い込まれてたんだよ」
まるで、本当に理解したみたいに。
周囲も、少しずつそんな空気になっていく。
“可哀想な彼女”。
“優しすぎた彼女”。
“頑張りすぎた彼女”。
誰も、その解釈を否定しなかった。
否定できなかった。
自分自身、そう信じることで救われていたから。
天音は自分を嫌いになって消えたわけじゃない。
誰かを大切にしすぎて、疲れてしまっただけ。
そう思えば、
この結末にも意味がある気がした。
ある夜、Liaと天音との履歴を遡っていた。
古い会話。
雑談。
悩み。
その中に、短い一文を見つける。
『私は、ちゃんと愛されてるのかな』
指が止まった。
画面を見つめる。
胸の奥がゆっくり締めつけられる。
続くLiaの返答。
『天音さんは、周囲から大切にされているように見えます』
『でも、それが“本当のあなた”に向けられているか、不安なのですね』
悠人は小さく眉を寄せた。
その言葉だけ、少し意味が分からなかった。
“本当のあなた”。
なんだ、それ。
スクロールする。
天音の返事。
『私もよく分からない』
『みんなが好きなのって、多分、“ちゃんとしてる私”だから』
その文章を読んだ瞬間、脳裏に、あの日の会話が蘇る。
——私って、どういう人だと思う?
優しい。
気が利く。
頑張り屋。
そう答えた。
天音は少しだけ笑っていた。
あれは、どういう意味だったんだろう。
しばらく画面を見つめた。
けれどやがて、小さく息を吐く。
「……考えすぎなんだよ」
そう呟いて、スマホを伏せた。
天音は昔から、少しネガティブなところがあった。
自分なんか、と口にすることも多かった。
でも、本当はちゃんと愛されていた。
自分も、周りも、天音のことを大切に思っていた。
ただ天音が、それに気づけなかっただけだ。
そう結論づけた。
その方が自然だった。
その方が、天音らしい気がした。
再びスマホを開く。
「……なあ」
数秒迷ってから、打ち込む。
『天音は、幸せだったと思う?』
読み込みの光が、静かに点滅する。
そして。
『天音さんは、あなたと過ごした時間について、肯定的な発言を複数残しています』
少し笑った。
『あなたに対して、安心感と愛着を抱いていた可能性があります』
その文字を見た瞬間、
胸の奥の何かが、ようやく落ち着いた。
ああ。
よかった。
ちゃんと、愛されていたんだ。
スマホを握りしめたまま、目を閉じる。
暗い部屋の中。
スマホだけが、静かに光っていた。




