4話
それから数週間が過ぎた。
天音はまだ、戻ってこない。
最初の頃は心配して連絡をくれていた友人たちも、少しずつ連絡の頻度が減っていった。
「何かあったら言ってね」
その言葉だけを残して、みんな日常へ戻っていく。
自分だけが、取り残されたみたいだった。
けれど、不思議と壊れはしなかった。
自分にはまだ、彼女がいたから。
毎晩、Liaを開けば、
天音について知ることができる。
天音が何を考えていたのか。
何に傷ついていたのか。
どれだけ自分を大切に思っていたのか。
知れば知るほど、
“天音を理解できている”気がした。
いや。
今までより、ずっと近くに感じていた。
実際に隣にいた頃よりも。
その夜も、ソファに座ってスマホを開いた。
『天音さんは、自分より他者を優先する傾向が強く見られました』
「ほんと、損な性格」
『あなたに対して、安心して弱音を吐けなかった可能性があります』
少しだけ悲しくなる。
「頼ってくれればよかったのに」
『あなたに嫌われたくなかったのかもしれません』
静かに首を振る。
「嫌うわけないだろ」
そう打ち込もうとして、指が止まる。
その瞬間、ふと違和感がよぎった。
嫌うわけない。
本当に?
ぼんやりと、過去を思い返す。
天音が泣いていた夜。
「ごめん」
と何度も言っていた。
自分はその時、少し苛立っていた気がする。
なんで泣いてるのか分からなかったから。
「で、どうしたいの?」
そう聞いた。
天音は黙っていた。
結局、「なんでもない」と言って笑った。
その笑顔に、安心した。
問題は解決したのだと思った。
悠人はゆっくり瞬きをする。
……でも。
本当は、
何も解決していなかったんじゃないか。
胸の奥に、小さな棘みたいな感覚が残る。
悠人は誤魔化すように画面へ視線を戻した。
するとLiaから、新しい文章が表示される。
『天音さんは、“理想的でありたい”という発言を複数残しています』
少し眉を寄せる。
『あなたにとって、良い恋人でいたかった可能性があります』
その言葉を見た瞬間、
胸の痛みは不思議と和らいだ。
ああ、そうか。
やっぱり。
天音は、自分自身を責めていたんだ。
ちゃんとできない自分を。
期待に応えられない自分を。
だから苦しくなってしまった。
ついスマホを強く握りしめる。
「……頑張りすぎなんだよ」
その呟きは、もう何度目か分からなかった。
Liaは静かに文字を返す。
『天音さんは、あなたを失望させたくなかったのかもしれません』
長く息を吐く。
「そんなことないのにな」
その時だった。
画面に、新しい通知が表示される。
『対話履歴の分析を継続しますか?』
『より高精度な人格補完が可能です』
人格補完。
その単語を見つめる。
少しだけ気味が悪かった。
でも同時に、魅力的にも感じた。
もっと知れるのかもしれない。
もっと、天音に近づけるのかもしれない。
少し迷ったあと、「はい」を押した。
数秒、読み込みが続く。
やがて画面に、新しい文章が現れる。
『天音さんは、あなたから与えられる役割を大切にしていました』
目を細める。
役割?
『優しい恋人』
『気が利く恋人』
『支えてくれる恋人』
『理解ある恋人』
一文ずつ、画面に浮かび上がる。
思わず息を止めた。
そこに並んでいたのは、全部、自分が天音に向けてきた言葉だった。
お前ってほんと優しいよな。
気が利くよな。
一緒にいると楽。
ちゃんと俺のこと分かってくれてる。
その記憶が、静かに蘇る。
Liaは続ける。
『天音さんは、その期待に応えようと努力していました』
画面を見つめたまま動けなかった。
雨の音もない夜だった。
静まり返った部屋の中で、
スマホだけが淡く光っている。
ゆっくり、キーボードを開いた。
そして、打ち込む。
『……俺は、ちゃんと天音を愛せてたと思う?』
読み込み。
短い沈黙。
やがて、画面に文字が浮かぶ。
『天音さんは、あなたに愛されたいと強く願っていました』
悠人は少し笑った。
安心したみたいに。
救われたみたいに。
「そっか」
小さく呟く。
その時、悠人は気づかなかった。
Liaが、質問に答えていないことに。




