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第四章 稲妻と白き炎(5)


「今回も、もちろんやるよーテスト壮行会! 今日ヒマな人、集まれー!」

 放課後の教室に、梓の元気な声が響く。おぉ、とそれを受けてクラス全体がどよめいた。


 ――去年の二学期から始まったテスト期間の恒例イベント、テスト壮行会。壮行会とはいうものの、その中身はストレス発散のカラオケ大会である。

 当時入学して一学期が過ぎてもまだ余所余所よそよそしさの残るクラスの空気を案じて、梓が発案したこのイベント。想定以上にこれがクラスメイトに受けたことで、今ではテスト壮行会は二年五組の恒例行事としてしっかり定着してきている。カラオケ店にも団体名を告げるだけで、すぐ大部屋が用意される得意客となっているらしい。


 言い出しっぺだった当時の梓は参加者を集めることには尽力したものの、それ以降の準備にはまるで手が回らず……それを見かねたわたしが、スケジュール調整や会場予約を取り仕切ったのが彼女と仲良くなるきっかけとなった。とはいえ、わたしがカラオケ大会に参加したのはその最初の一回きりだったけれど。


 ヒョイっと、わたしの視線に気がついたように梓がこちらを向く。バッチリ目が合ってしまった。

「司紗! たまには司紗もカラオケ参加しようよ。最初の一回目に参加して以来、一度も来てくれないじゃん」

 グイグイと来る梓の勧誘に、つい腰が引ける。

「いやぁ……あの一回で、もう身に染みてわかったんだよね。わたし、カラオケ向いてないなーって……」

 あははーと乾いた笑いを浮かべながら、そろそろ後退あとじさる。しかし、梓は逃してくれない。

「えーそんなこと、ないって! 一生懸命歌う司紗、めっちゃ可愛かったよ? ねっ、だからおいでって。今日は八叉様も参加するしさ?」

「八叉様が?」

 その言葉に視線をやれば、わいわい楽しげに固まる人だかりの中心に……なるほど、八叉様の明るい笑顔が見える。確かに彼のカラオケにのぞむ姿は見たいかも。っていうか八叉様、カラオケ行って果たして何を歌うのだろう?


 一瞬ぐらりと心が動いたが、そのタイミングで視界の外れでそっと教室を後にする後ろ姿を捉えた。

「うーん、やっぱりパス! 梓、また今度ね!」

「えっうん、まぁ良いけど……」

 慌ててその後を追って、教室を飛び出す。――ごめんね、梓。梓と二人きりだったら、カラオケも付き合うんだけど。




「ちとせーっ!」

 昇降口のところで、ようやく先程目にした後ろ姿に追いついた。

「ちとせ、今回は壮行会に参加しないんだね? それなら、一緒に帰ろ!」

 あぁつぅちゃん、と振り向いたちとせは柔らかく笑う。

「今回のテスト範囲は苦手分野が多いからね。あんまり壮行してる余裕はないんだ」

「壮行してる余裕って……」

 独特の表現が面白い。


「そう言うつぅちゃんこそ、いつもあの壮行会は不参加だよね」

「うーん、わたしは自分が音痴なのに気づいてる音痴だから……歌っててどんどん居た堪れない気持ちになってきちゃうんだよねぇ……」

「別にそこまで下手な感じ、しなかったけど」

「こればっかりは、自分の感覚だから。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱり無理なんだよねー」


 そんなことを話しながら、バス停へと向かう。彼の背負うリュックの右側面で、白い生き物が跳ねた気がした。

「あ、『ねこじゃねこじゃ』じゃん! さっそく、つけてくれたんだね」

 昼休みにあげたフィギュアが、誇らしげにちとせのリュックでゆらゆらしている。気に入ってもらえたようで、嬉しい。

「アレ、反対側にも何かつけて……っと」

 左側面にも白い何かが揺れたような気がして言い掛けたわたしは、そこで不自然に言葉を切った。


「? つぅちゃん、どうしたの?」

 バチっと目が合った小動物。『ねこじゃねこじゃ』のフィギュアを真似するように、側面のチャックにぶら下がっていたそれは。

「お狐さんがキーホルダーのフリしてくっついてる……」

 なんとも微笑ましい狐の行動。白いふさふさの尻尾が、ちとせの歩みに合わせて歌うように揺れていた。


 その可愛らしい光景を存分に堪能してから、ちとせの生温い視線にようやく気がついた。それと同時に、自分のおかしな行動を遅まきながら自覚する。

「すっごい今更だけれどさ、ちとせは神様が見えるとか白火主命に殺されそうになったとかいうわたしの話に、よく真面目に付き合ってくれるよね。今まで疑われた記憶が無いけど、何でこんな荒唐無稽な話を信じてくれるの?」




 ちとせには昔からこんな話をしていたから深く考えたことがなかったけれど、『神様が見える』なんてかなり危ない発言である。厨二病患者の発言としても、自称霊能力者よりさらに重症度は高そうだ。

 一瞬ぽかん、とした顔を浮かべてから、本当に今更だね、とちとせは呆れたように首を振った。

「つぅちゃんは、神様が見えるようになったきっかけを覚えてないんだ?」

「きっかけ? 何かあったかな……?」

 うーんと唸って首を捻るが、思い当たる節がない。


「僕はね、覚えているんだ。だから、つぅちゃんの言葉を疑ったことなんて、一度もないよ」

 キッパリとした口調。ほぉ、と意外なものを見るような目でちとせを眺め、その続きを待った。しかし、ちとせはそう言ったきりそれ以上語ろうとはしない。

「アレ? この話の続きは?」

「秘密」

 ふっと笑うように、息を漏らす。


 ――そしてわたしが何度重ねて訊いても、本当に彼は黙って微笑むだけでその続きを教えてくれることはなかった。

 ただひとり、その過去を懐かしむような郷愁の混じった視線を遠くに向ける。寂しげな、それでいて幸せそうな遠い表情を見せながら。


 わたしが神様が見えるようになったときのことを、もう一度深く味わいなおすように。




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