第四章 稲妻と白き炎(4)
「それでさ、今の話聞いてて思いついたんだけど……」
そろりと手を上げかけたわたしを見て、慌てたようにちとせは話題を転換した。
むぅ、流石は幼馴染。わたしのキレるタイミングをしっかりと把握している。
「今度の週末は八叉様と御坐山にハイキングに行ってみるってのはどうかな?」
「御坐山に?」
ちとせの言葉の意図にしばらく考えてから、気がつく。
「ああ、なるほど。白火主命の所縁の地を訪れるってこと? 確かに何か見えてくるかもしれないね、良い考えだと思う。……じゃあさ、ちとせは週末、土曜と日曜どっちが空いてる? わたしは、どっちでも良いけど」
「今の話の流れから、八叉様と二人で行こうとか考えないのがつぅちゃんだよね……」
心底呆れた口調でちとせは肩を竦めた。
知らないし、とわたしは吹けもしない口笛を吹くふりをしながら目を逸らす。この流れから八叉様と二人でハイキングに行けるほど、わたしの人生経験は豊かじゃない。
「まぁ僕も、御坐山については興味を惹かれる部分はいろいろあるから、つぅちゃんが誘ってくれるならお邪魔虫になること覚悟でついていくけどさ」
「ちとせがお邪魔虫なわけ、ないでしょ。……えっと、よく知らないんだけどウチの奥木神社の御坐祭って、そこでやってるんだっけ? 同じ名前だもんね」
これ以上つつかれるのも嫌で、話題を転換する。
そうだね、とちとせは真面目な顔に切り替えてゆっくりと頷いた。
「つぅちゃんの言う通り、御坐祭というのは御坐山でおこなう八叉様の荒御魂をお迎えする祭祀のことだよ」
「でも、あそこって龍田神社の土地じゃないっけ……?」
「うん、御坐山はウチが管理している土地だよ?」
キラ、とちとせの細い眼が光る。語りたいことがあるという、無言のアピール。その誘いに乗ることにして、少し考えてから口を開いた。
「そうやって考えると、変な話だよね。ウチの神様を迎えに行く先が、龍田神社の敷地なんて。やっぱりこれも……神様の力関係がなせる技、ってこと?」
わたしの指摘は、どうやら彼の望む内容だったらしい。嬉しそうな表情を隠そうともせず、ちとせはそこだよ、と解説を始めた。
「今でこそ御坐山はウチの山ということになっているけれど、おそらく昔、あそこは八叉様の山だったんじゃないかと思うんだ。あの綺麗な円錐型の山は、蛇神信仰でよく見られる特徴だからね」
「へぇ?」
ちとせの声には徐々に熱が籠りはじめる。この様子だと、下手に相槌を打つよりも黙って耳を傾けた方が良さそうだ。そう判断して、わたしは静かに彼の解説の続きを待った。
「古い皮を脱ぎ捨てて、新しい身体を手に入れる――そんな蛇という生き物は、古くから不死や再生のシンボルとして広く崇められている。古い身体を脱ぎ捨て、新しい存在となる死と再生の象徴。……ただ一方で、その特異性は畏怖や嫌悪の対象となることも少なくない。だから、蛇神信仰であっても実のところ蛇そのものを祀っているところは、あまりないんだ。そして、大概は形を変えて蛇を象徴するものを信仰の対象としている」
さて、とちとせは言葉を切った。
「ここで、つぅちゃんに問題です。実は、神社にも蛇神信仰の名残があるのですが……それは一体何でしょう?」
ジャジャジャン、とクイズ番組の効果音のような音を口ずさんで、ちとせはわたしの答えを待つ。
「蛇の象徴が神社に……?」
唐突なクイズに、頭をフル回転させて考える。しかし、答えはまったく浮かんでこない。神社にある、ニョロニョロしたもの……?
はい時間切れ、と何も思いつかないうちに、ちとせは無慈悲に告げた。
「答えはいくつかあるけれど、一番有名なのが注連縄だね。あの太い縄、二匹の蛇が捻れあってるように見えない?」
「なるほど……じゃあ、さっき言ってた山っていうのは?」
「円錐型の山は、とぐろを巻いた蛇を表していることが多いんだ」
「へぇ……よく知ってるねぇ……」
呆れたようなわたしの感嘆は、この解説の合間に挟む相槌としては悲しいほどにレベルが低い。しかし、ちとせにそんなことを意に介する様子はなかった。キラキラとした目で、楽しげに話を続ける。
「さらに面白いことに、龍神信仰というのも蛇神信仰が形を変えたものだという説があるんだ」
「龍神信仰? そういえば……白火主命も龍神様じゃないっけ? 神社の名前も龍田神社っていうくらいだし」
そう言葉にしたところで、ふと先日の嵐で目にした龍の影のことを思い出した。……もしかして、アレが白火主命だったのだろうか。
「まぁ白火主命様が龍神なのは、八叉様よりも上位の存在……という主張が根底にあるんじゃないかな」
「あぁ、そうやって旧来の土地神である八叉様との立ち位置の違いを暗に示しているのね……」
そうして支配関係に合理性を持たせているわけだ。そうやって考えると、随分いやらしい。
「まぁ確かに、蛇よりも龍の方が格上って感じするもんね。海千山千の蛇が龍になるんだっけ……」
二千年掛けないと、蛇は龍になれないのだ。
お弁当をつまみながら話に興じていると、やがて午後の授業の予鈴が聞こえてきた。
「それじゃちとせ、週末は御坐山に山登りってことでヨロシク! また土日のどっちにするかは連絡してね」
ハイキングの予定をあらためて確認すると、ちとせは親指を立てて了承の意を示す。
「じゃ、先に教室戻っててー。わたし、鍵返してから行くから」
次の授業は、現代国語。一番眠くなる時間だ。先生が来る前に、授業中の内職を用意しておこう。
小柄な現国教師がまだ隣の学年主任とお喋りに興じているのを横目で見ながら、わたしは足を急がせたのだった。




