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第四章 稲妻と白き炎(3)


「でも、そうした祟りを及ぼす存在もちゃんと祀れば大丈夫って考え方。いかにも日本人的というか、いい加減だよねー。西洋だったら、絶対悪魔として排除されてるって」

 一神教の彼らにしてみれば、到底受け入れがたい話だろう。わたしの素直な感想に、ちとせも大きく頷いてみせる。


「まぁ神道の根底にあるのは、自然崇拝だからね。自然というのは僕たちに様々な恵みを与えてくれる一方で、ときに地震や雷、嵐といった人々の生活を脅かす猛々(たけだけ)しい一面を見せることもある。もともと、日本の神様はそういった二面性を持つものなんだ」

 そう言って、ちとせはピッと人差し指を立てる。

「僕たちが崇拝しているのは、その暴力的ともいえる圧倒的な生命いのちのエネルギー。そして、これが特徴的なところなんだけれど――そのエネルギーというのは、負のエネルギーも含まれる」

 わかる? というように、ちとせはわたしの顔を覗き込む。


「負のエネルギー、例えば代表的なものが疫病えきびょうだね。有名な京都の『祇園祭ぎおんまつり』というのは、まさにこの疫病の神様を祀ったものなんだ。そうした病気や災いなどの負のエネルギーでさえもきちんと鎮めて、お祀りすることで逆に僕たちを強く守護してくれる……というのが、神道の考え方」

「なるほど……?」

 イマイチぴんと来ないながらも、言っていることは辛うじて理解できるので頷いた。


 そして、とちとせは言葉を続ける。

「この考え方は怨霊おんりょうについても当てはまるんだ。菅原道真すがわらのみちざね崇徳院すとくいんといった非業ひごうの死を遂げた人物も、魂を鎮めて神社にお迎えすることで神となる。それが、『御霊ごりょう信仰』。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「だから、祟り神であっても祀るんだ……!」

 今まで『祟り神』という単語をイメージだけで口にしていたけれど、その裏にはそんな複雑な意味合いが込められていたのか。

 そんな新鮮な驚きを感じながら、あらためて八叉様のことを振り返った。


「結局、やっぱり八叉様は『祟り神』なのかな……祀られてるとしても」

 祟り、という言葉に過剰なまでに反応していた彼の姿を思い出す。切なくて、哀しい八叉様の悲痛な声。

「実際に祟りを及ぼしたかは別にして……今の仮説だと、扱いとしては……」

 結論まで言わずに、ちとせはそっと目を伏せる。


 そっかぁ、とわたしは無理に明るい声を上げた。

「八叉様、自分のことがあまりわからないって話だったからさ。いろいろ調べたら本人に教えてあげようかと思ったんだけど……うーん、これじゃ伝えない方が良いかも?」

「え……八叉様がそんなことを……?」




 驚くちとせに、日曜日の出来事をかいつまんで話す。

 八叉様と二人で行った映画、その帰りに出会った意外な人物、そして襲われた八叉様――ちとせに報告をしているうちに、自分の中でもあらためて整理がついてくる。

 てか、今更だけど、この話の方がさっきのわたしの思いつきよりよっぽど重要だったのでは? あまりに衝撃の大きい出来事に、自分の中でも命の危機に瀕したことを受け止めきれていなかったことに気がつく。


 しかし驚いたことに、ちとせがまず口にしたのは白火主命の存在についてでも八叉様の記憶喪失についてでもなかった。

「へぇ、あの八叉様がつぅちゃんを誘ったんだ? なんだアイツ、つぅちゃんに対しては幼稚園男児みたいな精神年齢かと思ってたのに……意外とやるじゃん」

 少し意地悪く唇を吊り上げて呟いたのは、そんな外出についての感想。珍しい反応に、わたしの方がたじろいでしまう。

「ち、ちとせにしては随分と辛辣しんらつな言い方するんだね……?」

「そりゃ、つぅちゃんは家族みたいなものだからさ。神様相手でも、つぅちゃんを泣かせるようなら何か言ってやろうと思ったんだけど……」

 そう言って、ちとせは目に好戦的な光を宿したままにっこりと笑む。

「まぁ、二人が仲良くやれているのなら良かった」


「べ……別に、仲良くってほどでは……!」

 カァっと頬に血が上るのを感じた。何かやましいところがあるわけではないのに、妙に挙動不審な反応になってしまう。

 あれ、とちとせは不思議そうに首を傾げた。

「どう見ても八叉様は、つぅちゃんのことを好きだと思うんだけど……」

「八叉様が? ナイナイ。だってわたし、毎回毎回色気がないって馬鹿にされてるんだよ?」

 ドキ、と胸をつかれながらも勢いよく手を振って、思いっきり否定する。でも、ちとせは懐疑的な表情のままだ。


「うーん……むしろさ、八叉様が『色気がない』としかつぅちゃんの悪口を言わないの、ほかに悪口が思いつかないからじゃないかって思うんだよね。確かに最初の頃の八叉様はかなり態度悪かったけど、最近は結構素直につぅちゃんに好意を見せるようになってきてるっていうか、懐いてる感じを見せてるし……。そう思わない?」

「…………」

 何も言えなかった。

 そんなことはない、と否定しようとしたのに、喉に何かが引っ掛かったように声が出ない。じわじわと顔が熱くなっていく。

 もうっ、これじゃまるで、わたしが八叉様の特別になりたいみたいじゃない……! いくら顔がととのっていても、中学生くらいの見た目の相手に恋愛感情なんて持つはずないのに……。


「その反応じゃ、つぅちゃんも満更でもないのかな」

 くすくすと笑うちとせが、だんだん小憎らしくなってきた。余裕ぶった態度で、知った顔しちゃって! ちとせだって、彼女できたことないくせに。

 そこまで心の中で毒づいてから、容赦ない現実に気がついてやさぐれる。……まぁ人生で一度も告白をされたことがないわたしと、男女問わずひっきりなしに告白を受ける彼を同列に扱うのは不適切か。

 そんなことを考えたら、だんだん腹が立ってきた。えぇい、忌々しい。その澄ました顔、ひっぱたいてやろうかしら。





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