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第四章 稲妻と白き炎(2)


「ちょっとちょっと、つぅちゃん、急にどうしたのさ……もう……」

 ようやく迎えた、昼休みの時間。何が何だかわからないという表情のちとせを引っ張って、わたしは部室へと一直線にやって来ていた。


 勢いよく建つけの悪い扉を開け放つ。昼休みに部室へ来るのは、実は今日が初めてだ。

 今まで知らなかったが、この陰気な教室にも昼の太陽は優しい光を平等に注いでくれていた。放課後の薄暗い空気とは異なる柔らかい明るさが、部屋を満たしている。その光に照らされて、ホコリがキラキラと舞い上がる。

「まぁまぁまぁ、とりあえず座って、座って」


 建物の裏の細い隙間は、どうやら体育館につながる抜け道になっているらしい。バッシュを手にした生徒が数人、すり抜けるように駆けていく影が窓から見えた。

 そんな光景を新鮮に感じながら、不審げなちとせを部長席へと促す。呆れた顔をしながらも、ちとせは大人しく椅子に腰かけてくれた。


「はい、これ。どーぞ」

 ひとまず彼の機嫌をとろうと、ポケットをまさぐりフィギュアを取り出す。

「あ……『ねこじゃねこじゃ』だ。僕が好きなの、覚えていてくれたんだね」

 ちとせが嬉しそうに目を細める。はい、と軽く投げて渡すと、彼は大切そうに両手でそれを受け止めた。

「猫じゃ猫じゃと、おっしゃいますが……」

 わたしにはわからない呪文じみた唄を口ずさみながら、ちとせはくすくすと笑う。どうやらこのプレゼントはかなりの当たりだったらしい。




「で、突然呼び出してごめんね。実はわたし、気づいたことがあってさ!」

 勢い込んで、報告を始める。お弁当を広げながら、ちとせは何を、と首を傾げた。

「ほら、さっき西野先生の雷による窒素固定化の話、あったじゃん? あれを聞いてて、思いついたんだ。この前、ちとせが白火主命しらほぬしのみことと八叉様の由緒について話してくれたときの疑問。『白火主命は何故神様としてこの土地に受け入れられたのか』ってやつ。その答えが、これじゃないかと思って」

「どういうこと?」

 コロッケにかぶりついていたちとせが、それを聞いてようやく目を上げた。


「白火主命は豊穣の神様と言われている。そして、八叉様との戦いでは稲妻を落としていた。つまり……」

 ひと息おいてから、わたしは胸を張って己の説を主張する。

「彼のご神威は『雷』なんだ。彼は雷を操ることで、この地に豊穣をもたらした。白火主命の名前にある白い火、というのは稲妻のことだったんだよ!」

「あっ……!」


 ちとせの目が、驚きで開かれる。わたしの説に、大きな衝撃を受けたらしい。その反応に、むふふと唇が緩んでいく。

 しばらくあごに手を当てて考えていたちとせは、やがてぽつりと呟いた。

「それと、鉄器」

「鉄器?」

 わたしの発見を受けて、ちとせは思いがけない方向に思考を巡らせる。その意味を読み取り損ねて、わたしはオウム返しに聞き返した。


「そう、鉄器だ……!」

 この一瞬の思考でどのような確証を得たのだろう。ちとせは自信に満ちた瞳で大きく頷く。

「覚えていない? 八叉様との戦いでは、雷と共に鉄輪かなわが用いられていたことを。一方の八叉様については武具の描写がないことを考えると、この鉄輪というのは重要な要素なんだと思う。鉄器、つまりは新しい技術。農業においては、革新的なひとつのターニングポイント」


「つまり白火主命は、雷による豊穣と鉄器による農業技術の向上をもたらしたということ……?」

 思ったよりも即物的な神の御業みわざで、信仰を勝ち取ったわけだ。

 そして、人々は古い農耕生活と共に八叉彦命を捨てた。その後ろめたさを隠すために、彼らが八叉様に『祟り神』という不名誉を着せたのだとしたら。

 ……なるほど、筋が通っている。


「あれだけの短い伝説でも、隠された意味合いがあるんだね……」

 しみじみと万感の思いを込めて呟いた。

「神話を読み解くというのは、その隠された意味を暴くということだからね。それに気がついたつぅちゃんは、すごいよ」

「えへへー、そう? まぁ、鉄器についてまでは、わからなかったけどね」

 でも嬉しいな、とニマニマした笑みを浮かべる。神話関連のことで、ちとせに先んじることができるなんて。

「僕はつぅちゃんの発想に乗っかっただけだからね。今回の発見については、完敗だ」




 ちとせの言葉に気を良くして、わたしはさらに言葉を続ける。

「それにしても、わざわざ祟り神を祀ることに意味なんてあるのかなぁ。どうせなら古い神様のことなんて忘れて、スッキリ無かったことにしちゃった方が良かったんじゃない?」

「いや、むしろその結果、八叉様は祟り神にされたのかもしれない」

「どゆこと?」

 くっ、一歩先んじていたはずのわたしのリードが、早くも追いつかれてきているのを感じる。


「いや、ちょっと待って! わたしにも、なんとなく見えてきたから」

 そう思うと悔しかったので、今にも解説を始めそうなちとせを片手で制した。

 ちとせの切れ長の眼が、少しだけ丸くなる。普段わたしは彼の話を遮ることをしない。だからこそ、この反応が意外だったのだろう。

 そんな彼を尻目に、わたしは急いで頭を回転させる。


「八叉彦命から乗り換えて、新しく白火主命を信仰するようになる。そうして八叉彦命のことを捨てたとして……もしその後で大きな災いが起きたら、それは八叉様の祟りの所為ってことになる……?」

 思いついたことをとにかく声に出していき、次の思考の糸を手繰たぐり寄せていく。


「えっ、えっ、でもだとしたら、本当は八叉様は白火主命に敗れた結果、祟り神となったんだよね? これじゃ伝説で言われている因果が逆転してない? だって……」

 頭の中が混乱する。あらためて時系列を考えなおすことにした。

「この地に祟りを及ぼす八叉様とそれを退けた白火主命、という伝説。けど、今の考え方だと原因と結果が全然逆ってことになるよね。白火主命が来て、八叉彦命が祀り捨てられて、災いが起きて、八叉彦命が祟り神になる――この本来の時系列の結末と発端が、伝承では結びついちゃっている……」

 それはまさしく、己の尾を呑み込むウロボロスの蛇のようだ。


「白火主命を選んで八叉彦命を捨てて……それでも、八叉様を捨てた罪悪感から逃れられなかったのかな……」

 その後ろめたさから、祟り神という形ではあるが再び八叉様を祀りなおした。これも一種の信仰心なのかもしれない。

 ぱち、ぱち、とちとせが感嘆を表すように手を叩いた。どうやら、正解だったようだ。





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