第四章 稲妻と白き炎(1)
そんなことがあっても、一週間は再びまわりはじめる。こちらの都合なんて、お構いなしだ。
そしてわたし自身もまた、その繰り返されるサイクルに喜んで身をゆだねている節があった。それが逃避なのだとわかっていても、慣れ親しんだ日常に浸かることで安心感が得られたから。
――そんなある種の弛緩した時間の中で。
思いがけないヒントは、化学の授業中になされた先生の雑談から現れた。
先生の雑談というのは、大きく分けると二種類ある。
すなわち授業、もしくは広く教養に関わる豆知識を話す雑談と、勉強とはまったく関係ない日常系のものと。
わたしの個人的な見解では、前者は男性教師に多く、後者は女性教師に多いように感じられる。
化学担当の西野先生もその例にもれず、傾向としては男性にありがちな豆知識にまつわる雑談が多い。
ただし、彼の場合はお喋りな性格が災いしてそこからとどまることを知らず、いつの間にか後者の日常の話に雪崩れこむのが通常運転。酷いときだと、授業終了のチャイムで終止符が打たれるまでひたすら雑談が続くというパターンもままある。
その所為で定期テスト近くなっても予定範囲が終わらず、最後の授業が怒涛の詰め込み教育に陥ることも珍しいことではない。だから、彼の雑談は要注意だ。
それでも、話が面白いのでそれを歓迎する生徒は多いのだけれど。
今回の雑談は今勉強しているベンゼン環からどう発展したのか、窒素について。
皆も心得たもので、雑談が始まるとノートを書く手を止めて様々な反応を見せる。頬杖をついてあからさまに興味をなくしたり、机に突っ伏して寝はじめたり、逆に何故か元気になって調子の良い合いの手で雑談を助長したり……。
「窒素が空気中の七十八%を占めていることは君たちも知っての通りだ。だが、その所為であまり珍しくない元素と捉えがちだが、実は大変重要な……」
西野先生の声を上の空で聞きながら、わたしは今日習った範囲の問題集に取り掛かる。
「窒素肥料というと当初は鉱石の硝酸ナトリウムが使われていたが、窒素の固定化の研究は……」
パキ、とシャープペンの芯が折れた。何回かカチカチと先端を押すが、なかなか次の芯が出て来ない。
「というわけで、空気中に強い電流が流れると窒素が固定化されると。つまり、自然界で言うと雷だね。実は昔の人はこのことをよく知っていて、『雷が多い年は豊作』という諺は世界各地に見られるんだ。日本でも稲の妻で稲妻、と言われているくらいだし、雷というのは豊穣のシンボルとして……」
無意識の内に力が籠もったらしい。
折角新しく顔を出した芯が、再びパキ、と軽い音を立てて折れる。
それと同時に何か大切なモノを掴み損ねた気がして、慌てて脳内で今の言葉を巻き戻した。
『雷』『豊穣』『象徴』。
引っ掛かったこの三つのキーワードを抜き出して、手近のノートに書きつける。
――この単語の並びを結びつけるもの。
しばらく考えてから、わたしははっと顔を上げた。
自分の脳内に電流が走り抜けたかのように、見る見るうちに思考が組み立っていく。
西野先生は、相変わらずの調子で雑談を続けている。その背後に掛かった時計は、授業終了まで後十五分の猶予を示している。
この後は、昼休み。そろそろお腹が減ってきた。
――授業が、終わったら。
ソワソワと西野先生の顔と時計とを見比べながら、わたしは落ち着きなく身体を揺らす。
――ちとせに、この発見を聞いてもらおう。
こぼれ落ちないように自分が思いついた内容をもう一度書きとめながら、わたしは自身のアイデアを慎重に検討しなおす。
そうしてわたしは自身の仮説に、あらためて高揚と確かな手ごたえを感じていた。




