第6話 応報
私は馬車の荷台に布団でくるんだフレデリックを載せると、雇っていた大柄な男の用心棒に馬車を見張らせる。もちろん用心棒と接するときは、生娘だと舐められるので【いかつい裏社会の男】に変身して取引と交渉を行った。
この用心棒は山賊と手を組んでおり、金を払えば女子供でも容赦なく殺すと評判の筋金入りの悪党だ。しかし逆に言えば仕事に忠実ともいえる。
そんな用心棒に私は変身したまま指示を出した。
「しばらくしたら馬鹿な貴族の男女がこの馬車に乗せてほしいと頼んでくるだろうから、王国の外の“約束の場所”まで連れて行ってやれ。報酬は前に言ったとおり、その貴族どもの所有物全てだ」
「ヒュー……。いいねぇ。貴族の身につけてるモンは大金になる」
「よろしく頼むぞ」
ひと通りの準備を終えた私は【フレデリック男爵】に変身し、忌まわしき実家―――ベルフォレスト公爵家の屋敷へと向かう。玄関ではメイドたちが出迎えてくれて、執事が常に横について歩いてくれた。
執事に「今夜はアンネーゼと外出する。程よい時期だ、婚約の指輪を渡したくてね」と言うと、彼は笑顔を浮かべて静かに一礼をして下がった。
この屋敷の中にいる全員が、私とフレデリックの関係が建前であることを承知している。フレデリックが親密なのはアンネーゼのほうであり、婚約者である私が死んだ今、気兼ねなく彼女と婚約を結べる……ということだ。
そのおかげで、アンネーゼを連れ出す口実にできた。
こんなに大広間のど真ん中を堂々と歩いたのは初めてだ。
黒髪はいつも部屋の壁際を目立たないように歩くようにと、異母妹たちから言われていた。しかしこうして歩いてみることで、あらためて屋敷の広さを感じることができた。
『随分とご機嫌じゃないか』
『ええ、屋敷の空気がこれほど美味しいとは、今まで気づきませんでした』
アザゼルと思念でそんな会話をしつつも、私はフレデリックとしてアンネーゼの部屋を訪れた。彼女は二つ返事で頷くと急いで身支度を済ませ、私に手を取られて屋敷の外へと赴く。私はフレデリックが部屋に置いていた高級鞄を手にしている。
これから襲い来る山賊たちへの土産にしてやろう。
そして用心棒が御者となっている馬車に2人で乗りこみ、隣り合って座る。
アンネーゼと恋人繫ぎをしている左手は常に嫌な感触だったが、私は我慢し、
「王国の外に満天の星空が見える素敵な場所があるんだ。そこで君に愛を誓いたい」
「フレデリック義兄さま……私、そんな」
「リーゼロッテが死んだ今だからこそ、君に堂々と囁ける愛があるんだよ」
私はそんな口説き文句を言いつつ、アンネーゼの心を惑わせていく。アンネーゼはとろけたような瞳で寄りかかってきた。
本物のフレデリックは布団にくるまれた状態で、荷台に置かれているというのに。
ここまでは計画通り。
馬車は王国を出て、街道を走っていく。馬車から漏れるランタンの光と、松明の炎が夜闇を照らしていた。
「でも、こんな夜に王国の外まで出て大丈夫なのですか?」
「心配いらないよ。こいつがあるからな」
私は懐からフレデリックの使用していたリボルバーを取り出して、右手に持ちアンネーゼの前に出した。
「オルトSAAと呼ばれる回転式拳銃だ。装填数は6発。こいつから発射される黒色火薬を用いた45口径の弾丸は、人の腕を丸ごと吹っ飛ばす威力がある」
「きゃあ~、怖い~。男の人ってこういうのが好きなのですかぁ?」
「シングルアクション式で連射も可能。誤作動も少なく、安定して対象を撃ち抜ける」
「……フレデリック義兄さま?」
怪訝な表情を浮かべたアンネーゼの目の前で、私は変身を解除した。
黒髪に赤い瞳、右目には眼帯を付けた私の顔がアンネーゼの前に現れる。
「なので動かないほうがいいし、声も上げないほうがいいですよ」
「り、リーゼロッテ……!?」
咄嗟に退こうとしたアンネーゼを、恋人繫ぎした左手で掴んで動けなくさせた私は、リボルバーの銃口を向けて静かに語る。
「殺したはずの人間がこうして銃口を向けている。その意味があなたには分かるでしょう?」
「ど、どうして!? さっきまでフレデリック義兄……」
「この世界には1つだけ魔法が存在するのですよ」
それこそが仮面の力。
「う、嘘ッ! いや、やめて! 助けて、フレデリック義兄さま!」
「安心してください。次の世でも巡り会えるように、一緒に死なせて差し上げますから」
「嫌! 死にたくない! 馬車を止めてください! 止めて! 止めなさいよ!」
馬車は止まらない。アンネーゼの叫びもむなしく、馬車は山道へと入っていく。
「そんなに死にたくないですか」
「当たり前でしょう!」
「なら謝ってください。21回ほど」
「21……!? そ、それだけ謝れば許してくれるの?」
「ええ」
私がそう言うと、アンネーゼはよっぽど命が惜しいのか、眉間に血管を浮き出させながらも大きく口を開いて、
「…………ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいッ!!! ……はぁッ、はぁッ、はぁッ。こ、これで許してくれるの……ね!?」
息を切らしながら私の目を見つめるアンネーゼに、もはやプライドのようなものは感じられなかった。そこに一言でも謝意を感じるものがあれば許そうとも考えていたが。
どうして私がこんなことをしているのかすら理解していないようだ。
「21回。それがなにか分かりますか?」




