第5話 演欺
さてここで問題。
呼んできたのはどんな女でしょうか? 金髪のスレンダーな美女? それとも健康的な肉体美を持つ銀髪の美少女?
「おら、貴族様なら金持ってんだろォ!?」
正解は刃物と鈍器を持って路地裏で殴りつけてくる、貧民街の女盗賊たちだ。
酒に酔ったフレデリックは案内されるがまま、人気のない下層近くの路地裏まで誘導された。無警戒にもほどがあるが、おそらく腰のホルスターにしまってある装填数6発の回転式拳銃を過信していたのだろう。
しかし物陰から襲われれば、即座にリボルバーを引き抜くことなど不可能。結果、ご覧の有様だ。
フレデリックの煌びやかな金と黒のジャケットは泥で汚れ、彼の折れた前歯が周囲に転がっている。何度も殴打され立ち上がることもできないほど衰弱したフレデリックは、恐怖で歪んだ顔をこちらに見せてきた。
「ひぃっ……もうやめてくれぇ! 金か!? 金ならやる! だから――」
ちなみに私は【女盗賊たちのリーダー】に変身し、彼を見下ろしているところだ。ホルスターとリボルバーを手に取り、いささか私には似合わない力強い声調で言った。
「いいもん持ってんねー! 最新式のリボルバーか」
「そ、それは売り物では――」
「うるさいねぇ。手に入れたからにゃ、あたしのもんなんだよ!」
痛快だ。こういう荒々しい口調で喋ることなど普段はなかった。気持ちがいい。
その相手がフレデリックであればなおのこと。
「ママから裏社会のルールを教わってこなかったようだねぇ。お前ら、こいつの服を脱がしな! 服は高く売れる! 時計も! 靴下も! ああ、下着もだ!」
「「へい、姉貴!」」
そう言って身ぐるみ剥がされたフレデリックを私は縄で縛り、
「剥いだ服はすべてお前らのもんだ。ただし時計は私のものだからな」
「はいはい、分かってますってぇ……」
「売り払ったあと、あたしの部屋に代金置いとくんだよ!」
ちなみに本物のリーダーは今頃、拠点の廃屋で体調不良で寝込んでいることだろう。悪いことをしたので、時計分の代金は迷惑料として渡しておこうと決めていた。
女盗賊たちには後々、今の私が別人だったとバレるだろうが、彼女らが憲兵に垂れ込むことはないだろう。
犯罪をしている身だ。わざわざ捕まりに行くような真似は絶対にしない。
せいぜい“奇妙な噂話”として貧民街で広まる程度だろう。貴族や憲兵が真面目に聞くはずがないことだ。
私は女盗賊たちを拠点に戻らせ、路地裏に転がったフレデリックを前に変身を解除し、
「久しぶりですね、フレデリック」
「り、リーゼロッテ!? どうして生きているんだ、君が!」
生きていたのだな、良かった!
婚約者であれば、大根役者じみた演技でもいいからそう言って欲しいものである。
「生きていて不都合でも?」
「い、いや、いやいやいや! そ、そんなことはない! 良かったと思っている!」
「そうですか」
「それよりも、足が痛くて痛くて仕方がないんだ! 歩けない! さっきから気分も悪い、吐き気もする! どこか安全な場所に運んでくれ!」
どうやら私が女盗賊たちのリーダーに変身していたという発想に至らず、こちらへ駆けつけたと勘違いしているようだ。目の前で変身を解除したのに……よほど取り乱している様子。
「まだ気づかないのですか? 私は――」
黒の仮面をつけて、私は【アンネーゼ】に変身して、その憎たらしい顔で言葉を吐く。
「欺いたのです、あなたを」
「そ、そんな……」
「あなたとの婚約、解消させていただきます」
「騙したなぁ! り、リーゼロッテぇっ……!」
怯えつつも、弱々しく吠えるフレデリックに向かって、私は黒の仮面をはずして、
「騙されるほうが悪いのですよ」
私はそう言い放ち、すがりつこうとしてくるフレデリックの手を蹴り払った。やがて彼は冷たい路地裏の地面に意識を沈めていく。
この世界は嘘によって創られている。
建前、世辞、偽善、隠蔽、欺瞞―――それらによって純粋無垢な真実はベールに包まれ、誰かにとって都合の良い事実がこの世の正義となる。
もはや絆も友情も、ましてや男と女のロマンスなど信じられるはずもない。
信じられるのは自分だけ。
自分の手で嘘だらけの世界を生き抜くしかないのだ。
心ではそう思っていたはずの私だが、体は小刻みに震えていた。
盗賊たちの中におり、そこでリーダーを演じ続けていたことへの恐怖……もあるだろうが、一番は孤独と不安だ。
もう後には戻れない。
これから先、たった1人で戦わなければならないのかと思えば、底知れぬ不安が胸を貫いてきた。
そんな怯える私を、後ろから抱きしめてくる温もりがあった。優しい鼓動が響き、彼はそっと耳元で囁く。
『俺だけが君の味方だ。だから不安になることはない、リーゼロッテ』
アザゼルの言葉が胸に刺さる。
こんな言葉をかけられたことなかったので、私は戸惑いを覚えた。
誰にも大切にされてこなかった私が、はじめて大切にしてくれたのは魔法の仮面の精霊だった。
その優しく甘い声に逃げ出したいとさえ思ったが、グッと奥歯を噛み締めて私は前を向く。逃げるな、戦え。戦わなければ勝ち取れない。
エリシアと成り代わり、彼女の掴んでいた幸せを手にする。
これは私の物語だ。
私が前進しなくてどうする。
「……当然です。あなたは共犯者なのですから」
『ああ。そうだったな』
「行きますよ、アザゼル。本当に面白いのはここからです」
《黒の仮面のルール》
3:変身できるのは実際に「顔」を見たことがある人物のみ。




