↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/17

第7話 美談

 私の問いかけにアンネーゼは狼狽していた。

 だから私は親切に言ってあげた。


「私を傷つけた回数ですよ。あの日の夜、傘で突いたものを含めて21回……私はあなたに傷つけられている。全部合計すれば、銃弾一発ぐらいにはなりませんかね?」

「ひぃっ! わ、悪かったわよ! 悪かったって!」

「…………そうですね。許して差し上げましょうか。21回も“ごめんなさい”と言えたご褒美として」


 馬車はようやく停止する。山道の中腹で辺りは既に闇に包まれており、目が慣れていない状態だと二歩先の足元も見えない。

 しかし馬車が停止するやいなや、アンネーゼは息を荒げながら飛び出した。


 案の定、石ころに(つまづ)いて転倒。その際に右足のヒールが折れて、暗闇の中に転がっていく。


「フレデリック義兄さま! 助けてください! フレデリッ……」


 その間に私は眼帯を右目から左目に付け替え、静かに馬車から降りた。そして黒いローブで全身を隠しながら荷台のフレデリックを引きずり落とす。

 眼帯をしていたのは片方の目を暗闇に慣らすためだ。


 布団から飛び出たボロボロのフレデリックは虚ろながらも、落ちた衝撃でようやく目を覚まし始める。が、怪我のせいで身動きは取れないままだ。


 同時に、馬車を取り囲むように松明の炎が上がった。

 ここは山賊の縄張りとなっている場所だ。そこに無防備な貴族を乗せた馬車が入ってくれば、間違いなく標的になるだろう。

 私は黒の仮面をつけて【山賊の1人】に変身し、馬車の松明を手に取って、包囲している山賊たちに紛れる。


「おい! 貴族どもの馬車を見つけたぞ! 話で聞いた通りだ!」

「よくやってくれた! 身ぐるみ剥がせ!」

「くそっ! 男のほうは裸かよ! 殺しとくぞ!」

「女も生きてると厄介だ! 探せ!」


 少し困っているようなので、山賊の方々を助けるとしようか。


「女のほうは馬車の左側に隠れてる! 美しい金髪をした女だ、逃すんじゃねぇぞ!」


 そう叫んでやった。私がアンネーゼの外見を褒めるのは、後にも先にもこれだけだろう。

 山道に女の悲鳴と男の呻き声が響き渡る。しかし暗闇の中でハッキリとは何も見えないし、興味すらもない。


 悲鳴が聴こえなくなったのを確認すると、私は早々にその場を立ち去った。

 そして予め用意していた馬に乗ってイオスクリア王国の街まで戻る。


 夜の街道、復讐を成し遂げた私は変身を解除し、胸の内に広がる不思議な感覚に酔いしれていた。恨みを晴らせてスッキリしたとか、逆に復讐は何も生み出さないという虚しさに包まれたとか、そんなものではない。

 不安が消えた。


 まるで自分の部屋の中に転がっている二本の果物包丁を見つけて、危ないなぁと溜息をつきながら台所へ戻すような。

 自分の世界から、虐げて傷つけてくる者を2人取り除いただけで、これだけ安心できるものなのか。


「ああぁっ……生きている感覚だ……久しぶりに、私は生きているんだ」


 自然と涙が零れ落ちる。

 他の誰かにとっては当たり前のことかもしれない。だが今日、私は初めて生きていることを実感できた。


 ここからだ。

 私は少しずつ幸せというものを手にしていくんだ。


『リーゼロッテ、お疲れ様』


 馬に乗っている私の後ろから、アザゼルの優しげな声が聴こえた。まるで心臓をそっと撫でるように、その声は私の全身に広がっていく。


 暗闇に目が慣れていたとはいえ、何もなしに山道を駆け抜けるのは危険だった。なのでアザゼルに前もって逃走ルートを確保してもらっていたのだ。

 彼は夜闇の中でも問題なく活動できるらしい。


『君は今夜、運命を変えた。自らの不遇な人生を、己の強い意志で乗り越えたんだ』

「ありがとう、でもまだ変えなきゃならない運命がたくさんあります」

『共犯関係はまだ続くか。楽しみにしているよ』

「ええ、次は――」


 王太子との婚約関係にあり、私が橋の上から突き落とされる原因となった異母妹、エリシアが最後の標的だ。







          ◆

 フレデリック男爵とアンネーゼの死は王宮を賑わせた。

 片や国内の軍事産業において重要なポジションにいる男、片やベルフォレスト家という断絶寸前ながらも次女が王太子との婚約を結び再興しつつあった公爵家の令嬢、話題になるのは必至だ。


 さらに屋敷の執事との会話を誰かに聞かれていたのか、それとも執事本人が漏らしたのか定かではないが、フレデリック男爵は近々アンネーゼに婚約を申し込もうとしていたという情報が王宮に伝わると、よりいっそう話題になった。


 愛を誓い合った2人が、不幸な死を一緒の場所で迎えた。

 そこに「屍になってもなお、その手は繋がっていた」という作り話も合わさって、人々の涙を誘う“美談”として語られている。


 そもそもフレデリックには婚約者がいたんじゃないかって?

 どうやら私が橋から落ちて死んだという話は、いつの間にか貴族の方々の幸せな頭からは綺麗さっぱり無くなっていたようだ。


 まぁむしろ私の存在は忘れられたほうが都合はいい。


 そんな美談の誕生から10日が経過した日、私は王宮にいた。

 もちろんリーゼロッテとしての姿で居られるわけないので【下級貴族の男】に変身して、王宮の廊下を歩いている。(この際、本物とバッタリ会ってしまわないように、変身対象の予定は常に把握していた)


 とはいえ存命中の人間に変身して歩いているのだから、極力目立つ行動は控えていた。声をかけられても軽く会釈するぐらいで、他人の目線は常に把握するよう心がけている。


 奇しくも虐げられていた日々で、周囲を警戒するのには慣れていた。


『情報はある程度揃いました。成り代わるための計画も練ってあります』


 私は後ろを浮遊しているアザゼルに思念でそう言う。

 この10日間、王宮にてエリシアやその周囲の情報収集に勤めてきた。いくら異母妹であったとはいえ、彼女の行動を完全に把握しているわけではない。


 成り代わるための計画行動、成り代わった後の行動指針、その両方に必要なのは1にも2にも情報だ。


『ならば、あとは実行するだけだな』

『ええ。しかしそれにはエリシア自身が動いてくださらないと』


 色鮮やかな薔薇の花が咲き乱れ、美しい緑が一面に広がる王宮の中庭。その中央噴水の近くにその姿はあった。


「どうして結婚を決断してくださらないのですか、ステラーシュさま!」


 エリシアの表情には焦燥が浮かんでいる。実の妹が死に、異母姉も死んだとなれば悪い噂が流れかねない。王宮では美談となっていても、反対する口実になってしまう可能性もあるのだから、エリシアが焦る気持ちも分かる。


 しかし……と、私は物陰に身を潜めつつ、もう一方の人物を見た。


 燃えるような紅の髪に透き通った碧眼(へきがん)。顔立ちこそ幼さを残した中性的なものだが、スラリとした長身が目立つ。飾りすぎない紺色のジャケットを着込んだ青年で、気品を感じさせる立ち姿をしていた。


 彼こそがこの国の第一王子、すなわち王太子、ステラーシュ・フォン・イオスクリア。エリシアの婚約者である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。