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41.悪の覇王

「ぐひっ……何で、何でぇ……吾輩何もしてないのに……!」

「ちょっとガジュ!いくら何でも暴力はよくないよ暴力は!確かに僕もクソうるせぇなこのガキと思ったけどさ!」

「いや本当ごめんって。ちょっとびっくりしちゃったんだよ。言っただろ?俺うるさい奴嫌いなんだ。」


 地面に倒れ込む着ぐるみ少女。茶色いもふもふの体と大きな丸い耳からして熊の魔物を模したものだろうか。声の高さで勝手に少女と判断しているが、顔どころか皮膚の一片も見えはしない。その奇抜な格好が功を奏し、ガジュのパンチに対しても痛いというより驚いたという反応のようだ。ガジュは流石に申し訳なさを感じ、少女の背中をさする。


「ごめんな。流石にやりすぎたよ。」

「ぐすん……よい、この程度で挫けていては何も為せないからな。吾輩の名前はクルト、シャルルの幼馴染であり、悪の覇王をやっている。」

「悪の覇王?何、可愛い着ぐるみ着て危ない薬売ったりお金騙し取ったりしてるの?」

「そんなことするわけなかろうが!普段はみんなでパンを作って売っている。人気商品はチョココロネだ。」


 着ぐるみを着て街を歩き、パンを作って生活している。ここだけ聞くとただのマスコットキャラクターでしかないが、果たしてこんな奴がシャルル救出の糸口になるのだろうか。ガジュ達は一抹の不安を抱きつつ、クルトから話を聞いていく。


「で、クルトちゃんは何でそんな格好なの?法と秩序の国で悪の覇王をしてるとは思えないプリティさだけど。」

「吾輩は悪の覇王だからな。素顔で街を歩いた瞬間警吏に捕縛されるんだ。だからこうやって着ぐるみを被り、風船を配る優しいマスコットとして生活している。」

「なんだ、ちゃんと悪人扱いされてるんだな。悪いこともやってるのか?」

「あぁ!親を亡くした子供達を保護したり、路上で暮らす人々にパンをあげたりだな!」

「へ?それのどこが悪いことなの?」

「今のイリシテアでは人を殺すのと同じぐらい重罪だ!孤児はバーゼの私兵として訓練を受ける義務があるし、路上で暮らす人々には人権がないから、餌を与える事は犯罪だ。」


 なるほど、クルトのいう悪の覇王というのはあながち間違いでもなく、イリシテアという常軌を逸した地域では実際そう扱われているのだろう。アンラで同じことをやれば聖人君主と崇められるだろうが、ここでは外を素顔で歩けないほどの大犯罪者。何とも可哀想な話だ。


「まぁお前が良い奴なことはわかった。で、シャルルとは本当に知り合いなのか?」

「うむ。今でこそバーニュ家は街を支配する有力者だが、幼い頃はただの商家。シャルルもちょっとお金持ちな子供ぐらいの扱いだったからな。吾輩のようなただの近所の子供ともよく遊んでいた。」

「ってことは……あの事件のこともご存知なの?」

「うむ……まぁ細かいことは吾輩のアジトで話そう。こんな所でチマチマ話していては捕まりかねんからな。ゆくぞ、我が同胞よ!」


 そういってクルトは歩き始め、ほんの数メートル先の古びた建物へと入っていく。軒先には『クルクルパン!』と書かれた可愛いらしい看板が掲げられているが、ここが本当に悪の覇王の家なのだろうか。関われば関わるほどガジュの頭に不安が募っていき、足取り重く店に足を踏み入れる。


「「おかえりなさいクルト様!」」

「うむ、ただいま帰ったぞ(しもべ)達!此奴らは吾輩達の同胞だ。奥を借りるからな、静かにしておくんだぞ。」

「「はーい!」」


 店内に漂うパンの匂いと、店員らしき格好の子供達。シャルルよりも若そうだから八歳とかそれぐらいの年齢なのだろうか。恐らくこの子達がクルトの言っていた救出した孤児達という奴なのだろう。ガジュが子供達に軽く頭を下げると、店の奥の住宅部分へと案内された。


「よっこいしょ。ちょっと待っておれ。吾輩も流石にこの格好だと疲れるからな。着ぐるみをパージさせてもらう。」


 クルトは手早く着ぐるみを脱いでいき、ようやく中の少女の顔が現れる。シャルルと同年代ということはもう少し大人びていても良いはずだが、シャルルと同じぐらい幼げな顔と、貧相な体。そして何よりも目立つ長さのツインテールを見て、ガジュの体は勝手に動いていた。


「白髪……!殺す!」

「うわぁー!待って待ってガジュ!落ち着いて!この子は銀髪!ほら、よく見て!流石に着ぐるみも着てない素の美少女を殴るのはまずいから!」

「ひぃ!何!?何で吾輩殴りかかられてるの!?怖い怖い!」


 ガジュの嫌いなもの、騒音と白髪の人間。クルトのツインテールがその地雷を踏み抜き、ユンが必死に制止する。ガジュは基本的に温厚に生きようとしているが、この二つに直面した時だけは冷静さを失ってしまう。ガジュは必死に息を整え、倒れ込んだクルトに手を差し伸べる。


「悪い……。ちょっと諸事情あってたまに気が狂うんだ。よければ頭だけでも着ぐるみをかぶって話してくれ。」

「わ、分かった……。こ、これでよいか?」


 今回は殴られることこそなかったものの、ガジュほどの大男に襲い掛かられて大層驚いたのであろう。クルトは見るからに怯えながら着ぐるみを被り、本題について話し始めた。


「えーとそう、シャルルの件だったな。はっきりというが、シャルルが両親を殺したというのは間違いだ。確かに手を下したのはシャルルだが、あの時のシャルルは実兄であるバーゼに操られていた。」

「やっぱりそうか……。」


 頭だけ着ぐるみを被り珍妙な見た目になったクルトから確かな真実が告げられ、絶望が加速していく。

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