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俺が嫁だ!  作者: リゼ
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タイトル4 前回までのあらすじ:次々と現れる嫁を自称する男共にポカーンとしていたら、ようやくまともに話し合えそうな自称嫁少年がやって来たが、何で僕が嫁ぐべきなのか……?

 

 三ツ葉はゆっくりと語り始めた。


 そもそも三ツ葉を始めとする、伊織の前に現れた『嫁』を自称する男達は、人間ではないらしい。ごく一般的なホモサピエンスに壁通り抜けやら瞬間転移など不可能である為、「我々は人間ではありません」と告白してきた三ツ葉に、伊織はどこかホッとしてしまった。

 この状況で正直に話さず適当に言いくるめようとしているのではなく、むしろ真摯な対応に見えたからだろうか。

 三ツ葉は現代日本と重なり合って存在する異空間、狐狸の里で暮らす妖狐の中でも一番若い個体だという。


 事の起こりは、あまりにも遥か昔の出来事であり、何故そうなるに至ったのか、今となっては定かではない。

 古来、地球と異空間は全く近付く事も無く、独立して存在していた。いつしかそれが頻繁に重なるようになり……現代では、妖怪の住む異空間との境界線がつかず離れず重なり合っているのだと言う。


「我々は決して争い事を望んではおりませぬが、全ての個体がこちらの地球に興味を持っていないとも言い切れぬのです」


 数百年掛け、狐狸の里と地球・日本の上層部は慎重な交流を重ねてきた。お互いの文化と尊厳を尊重し、平和交流を実現するべく。


「しかし、こちらの世界で……約七、八十年前でしょうか。異変が起こり、我々と地球の交流が断絶してしまったのです」


 重なり合っている為、異空間と地球を結ぶ道そのものはある。しかし、地球側に起点となる『夫』が見当たらない。異空間側からの『嫁』となり得る妖怪達は幾人も居るというのに、地球側に『夫』が居なくては安全に地球に降り立つ事さえままならない。

 このままでは、地球の人間から頂戴していた精気が得られず、異空間の妖怪側は緩やかに衰退していってしまう。事実、狐狸の里では三ツ葉を最後に新たな仔が生まれていないのだ。



「うーん、重大な問題だね。

ねえ、お兄ちゃん。何かさ、押し掛け嫁希望にしては、この人達の言い分、何か変じゃない?

向こうが口にする名称が『嫁』だから、何かややこしいイメージになってるけど……」

 喋り続けて乾いた喉を一度湿らせるべく、カップを傾ける三ツ葉の話を反芻しているのか、彩音は腕を組んで唸った。


「一族滅亡の危機だなんて、そりゃあ三ツ葉君や十二人衆さん達が焦るのも当然だよ」

「待て。今、何か変な単語があったぞ。

異空間で妖怪達が暮らしてるのは良いとして、地球の人間の精気って何だ!?」

「……それを、より適切な言葉にて表現する事が難しいのです」


 伊織のツッコミに、三ツ葉は眉をしかめた。


「一言で我らは『精気』と表現しておりますが、それを正しく日本語の言葉に直すと……

『異性間同性間問わず、混じり気無しに純粋かつ好意的であり、尚且つ肉欲を伴わぬ親愛と庇護と家族愛と恋愛感情に近く、親近感と傾倒と執着、独占欲を伴いつつも、胸の奥底から湧き上がって押さえ切れぬ強き興奮や衝動を伴う感情』

つまり、人間のある種、特定された感情を強く抱いた際に大気中に発散される『気』なのです」

「……何ソレ?」

「説明されてもどんな感情か分かんねえ……」


 三ツ葉はそうだろう、と言うように頷いた。


「しかし、七、八十年前の異変ねえ。その頃は……世界大戦があったな」


 それで、伊織以外の『安全に地球に降り立つ為の起点となる夫』とやらが、少なくなってしまったのだろうか。


「あくまでも、必要なのはその『精気』を発する感情を、きちんと受容出来る個体と人間の交流が重要なのです。

妖怪同士で『気』を受け渡しし合う事は比較的簡単ですが、人間からとなると、適性が必要となります」

「分かった! その『人間から精気をちゃんと受け取れる適性を持つ妖怪』が、『嫁』って名乗ってるんだ?」

「そうです。流石は妹君様!

次代の主人候補様でいらっしゃいます!」


 更に、三ツ葉が聞き捨てならない言葉を発し、伊織は「待て待て!」と、手を伸ばして物理的に向かい合う二人の間を遮った。


「人の妹を、訳わかんねえ役目に巻き込むなよ!」

「しかし、『嫁』と『主人』は代々血筋によって能力が引き継がれます。

今代『主人』たるあなた様の血を分けた妹君となれば、時期がくれば次世代の『嫁』らが希う事は必定」

「きっと、妖怪の皆に『精気』を渡しやすい人間が、『主人』とか『夫』って呼ばれてるんだね」

「まさにまさに」

「流石は妹君様!」

「聡明でいらっしゃる!」

「素晴らしい!」


 閃いたとばかりに指をパチッと鳴らす彩音に、我が意を得たり、と首肯する三ツ葉。あと壁、黙れ。


「ああなるほど、地球に降り立つにも『夫』の精気を利用して安全性を確保して……って、だから『自称嫁』の連中は僕の近くに次々現れやがったのか……」


 ガックリうなだれる伊織に、三ツ葉が「驚かせて申し訳ない」と、両手を合わせた。


「あれらも、断絶している間に変遷したこちらの文化を、異空の地にある里から一心に眺めて独学で吸収し、夫君の関心を買おうと懸命だったのです」


 伊織は例のコスプレイヤー達を思い浮かべる。参考にしてはいけない方面でのサブカルを教材にしたのが、よく分かる仕上がりだった。お笑い路線では中々良い線にいけるのだろうが。


「でも、何でだろうねお兄ちゃん?

血筋が重要なら、何でうちの両親や親戚は妖怪の皆の事何も言ってなかったんだろ?

もしくは、もっと早くに皆が家の両親の所に来ててもおかしくないのに」

「お二方のご両親や血族を存じ上げませぬが、我ら一族が感知しておらぬとあれば……恐らく、時期が来ても『精気』を発する感情を一度たりとて覚えなかったのでしょう」

「マジでか……どんだけ複雑怪奇な感情なんだよ、おい」


 紅茶のお代わりを淹れながら、彩音があっけらかんと言い放った。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。一度抱いた感情なら、状況から特定しちゃえば良いんだし。

そういや、時期がくれば私の所にも『嫁』さんが来るって、具体的にはいつなの?」

「生まれ落ちてより、二十の齢を重ねて以降、と教わっております」


 本日、より正確に言うと二十年前の本日の夕方に、伊織はこの世に生を受けた。


「……」

「……凄いねお兄ちゃん。時期が来たらソッコーで、複雑怪奇な感情を抱いちゃったんだね……」

「って言ってもなあ……別に、おかしな感情なんか抱いちゃいねえぞ?

ダチへの友情とか、お前が可愛いとか」

「流石お兄ちゃん!」


 軽く掲げられた伊織の手に、軽くパチンと叩いて共感を得る彩音。そしてすぐさまコタツの対面に座っている三ツ葉の顔色を窺った。


「どう? その精気とか言うの貰えた?」

「残念ながら……」


 三ツ葉は肩を落とし、首を左右に振る。


「他には無いのお兄ちゃん?

このままじゃ、わざわざ故郷から地球まで、はるばる会いに来てくれた三ツ葉君が可哀想だよ」

「すっかり肩入れしてるな、お前……」


 いたたまれない空気に、伊織は電車の中での感覚を思い起こしていた。あの時、確か自分は。


「後は、んー……『あずさは俺の嫁』?」

「それです! しかし、あなたの嫁はこのわたしですがっ!」


 半ば冗談で呟いた台詞に食い付かれ、伊織は思わずコタツのテーブルに額を打ち付けていた。


「え……つまり、複雑怪奇な感情って……恋愛感情を含まない類いの『萌え』?」

「なるほど、日本語でその感情を『萌え』と表現するようになったのですね……

お願いです夫君、どうか、我らに『萌え』て頂きたい!」

「夫君!」

「是非、我ら嫁に『萌え』の心を!」

「夫君!」

「夫君!」


 呆然と呟く彩音の発言を耳敏く聞きつけ、テーブルに突っ伏す伊織にねだる三ツ葉、はともかくとしてウザい壁連中。


「ええいっ、壁は黙れ!」


 コタツから立ち上がってリビングを見渡し叫ぶ伊織に、ピタリと静まり返る嫁十二人衆。


「あ、あは、あはははっ!

ちょっ、いくらなんでも、適性がある対象が『嫁』と『夫』って、ちょっと変だよなぁって思ってたら……そっちの方面でそのまんまの意味だったんだね、お兄ちゃん!

さ、流石は千年単位で変態民族日本人、昔の人もこの感情を『俺の嫁』って表現した人が居たんだよ、きっと!」


 お腹を抱えて大爆笑している可愛い妹が、非常に楽しそうで善きかな善きかな、である。伊織の心は暗澹としていたが。


 何故、親や血縁の元に『自称嫁』が現れなかったのか、伊織は嫌というほど納得していた。あの、お堅く娯楽にさほど触れない彼らは、きっと『萌え』を覚える機会も心構えも持ち合わせてはいなかったのだ。


「い、いくらなんでもあんな野郎共に萌えられるかぁぁぁぁっ!?」


 伊織としては、『男である』という時点で萌え対象に定めるのは難しい。特に、腹が突き出た全身黒タイツのオッサンだとか!


「お兄ちゃん、世界でも数人しか適合しない珍しい骨髄液の手術で、注射が嫌だから拒否してる人でなしに見えるよ……」

「ぐっ!」


 無言ながら幼い顔立ちに多大なショックを受けた表情を浮かべる三ツ葉と、ジト目な妹から遠回しに責められ、伊織は言葉に詰まった。


「ねえ、三ツ葉君。お兄ちゃんの『嫁』候補って、皆こっちに来てるの?」

「いえ、里にも幾人かおりますが……」

「現状の『嫁』候補じゃ難しい……そして、異空間を渡る適性のある人を『嫁』と称するのなら」


 彩音は両手をポンと叩いた。


「つまりはさ、お兄ちゃんが『嫁』として三ツ葉君の里に向かえば問題は全て解決だよねっ?

きっと、向こうで歓迎してもらえば萌え要素も見つかるよ!」

「おお、流石は妹君様でございます!」

「ご慧眼!」

「名案!」

「素晴らしい!」

「だから壁共、勝手に喋り出すな!

それからっ! だ・れ・が、男に嫁ぐかぁぁぁぁっ!?」


 全身全霊の叫びを発し、ハアハア、と、荒くなった呼吸を静めようとする伊織の傍らに、三ツ葉がコタツを回り込んで正座し、スッと三つ指をついて頭を垂れた。


「どうか、我らの里にお越し下さい。誠心誠意、お持て成し致しますゆえ」

「う、ううっ……

分かった……」


 いたいけな幼子に頼み込まれ、断れる非人道的な感性を、伊織は持ち合わせていないのだった。



 結論から言って、狐狸の里で本来の姿である仔狐に戻った三ツ葉に、伊織はあっさりノックアウトされ、ついでに、地球に降り立った『自称嫁』達も、本来の狸や狐の姿だと、中々可愛らしい奴らが多かった事を記しておく。

 伊織はモフモフにも萌えなのである。





◇◇◇◇◇◇


 それから約五年後。彩音の誕生日。


「主様、我ら狐狸の里より参りました嫁一堂、主様に精一杯お仕えさせて頂きます」

「きゃあああああっ!!」

「……」


 妹の記念すべき二十歳の誕生日、いったい彩音はどうなる事かと心配になり、誕生日プレゼントを手に実家に足を運んでいた伊織は、予想外の状況を目の当たりにし、無言のまま黄金色の艶々毛並みな仔狐……抱っこしていた三ツ葉を撫でる手を止めた。


「や~ん、キツネ耳っ娘にタヌキ耳っ娘、ウサギ耳にネコ耳~!」


 傍目にはやや半狂乱で、跪くケモミミっ娘達に抱き付く彩音。大喜びで萌えに萌えている様子である。


「……居るか、壁?」

「はっ。ここに」


 この五年間で、すっかり呼び名が『壁』で定着してしまった伊織の嫁十二人衆のうち、一番手の炎 (ほむら)が、音もなく伊織の傍らに控えた。彼らは十二人も居るので、ローテーションで伊織のそばに控えているらしい。正義のヒーローと悪の軍団も、やっぱり定期的に顔を出す。


「これはいったいどういう状況だ?」

「はっ。妹君様の下へ、嫁候補がご挨拶に……」

「そうじゃなくて。彩音の嫁候補が全員、女の子に見えるんだけど?」


 訝しむ伊織の腕から、三ツ葉がスタッと降り立った。人間の姿に変身しすっくと立つその姿は、五年前と同じく十歳前後の鴉の濡れ羽色の長髪少年だが、纏う着物は少女物の華やかな晴れ着である。

 どうやら、五年前の伊織の「野郎に萌えられるか」発言を気にして、せめて見た目だけでもと男の娘への道を歩み始めてしまったようで、初対面の日以降人間の姿に化ける際は常に女装されている。性差の曖昧な年頃だけに本当に女の子にしか見えないが、伊織は幼子に萌える属性は持ち合わせていないので、何を着ていようが精気は受け取れておらず、意味は無いと思うのだが。


「伊織殿、我らの求める『萌え』の定義、覚えていらっしゃいますか?」


 伊織は特に三ツ葉のファッションに口を挟んだ事もなく、「気に入って振袖に慣れてしまったので、他の服となると大人の姿になるしか……」だの、「振袖はとても繊細で美しいと思います」と、嫌々ではなく本人も好んで着用しているとなれば、親でもない自分が強制的に変更させるのもおかしいしなあ……と、服装も変身の一部となると「男物の服を着てくれ」と頼むのも今一つ気が進まず、今に至る。

(だいたい、三ツ葉の人間大人Ver.サラリーマンって、初対面の印象がアレだったしなあ……)


「んーと……」

「『恋愛感情や肉欲を伴わない、萌え』にございます。

さすれば、『主人』と異なる性別の『嫁』は避けるのが定石」

「ああ、なるほど……」


 思考が少し横道に逸れてしまったせいで生返事になった事を特に気にした様子もなく、丁寧に説明する三ツ葉に、伊織は合点がいって頷く。

 理屈の上では非常に納得がいくが、誕生日当日に驚倒した身としては、可愛いケモミミっ娘達とキャッキャはしゃいでいる楽しそうで幸せそうな妹が、ほんのちょっと羨ましくなる。


 微妙な感情を発散させるべく仔狐に戻った三ツ葉を撫で回し、久々に顔を見せた翡翠の嫁騎士 (すらっとした格好いい狐)と、ヨメレンジャーピンク (仔狸)を心ゆくまでモフる伊織であった。


(取り敢えずお前等は、流石にもうちょい違う服装での変身を練習してきてくれ……)



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