旅立ち。
ギャグのつもりなのであろう。
いきなり富士さんが放った衝撃の一言。
「鳥、和えずにドレッシングを加えます。」
「先生、意味がわかりません。わかりたくもありません。てか帰ってください。」
本当にわけがわからない。
いきなり何なんだコイツは。
『右に同じく。』
「本音が混じっていた気がしなくもないですが、掴みはオッケーって感じですね。」
「『どこがだっ!』」
俺とロキは同時にツッコミを入れるが、ロキの声は、もちろん俺以外には聞こえていない。
こんなやつに付いて行くくらいなら人生つまらないほうがいい、と。
心の底から思ってしまった。
「そんなわけのわからんことをわざわざ聞かせるためにこの私をこんなむさ苦しくてイカくさくて狭苦しく汚い部屋に連行してきたのか貴様。」
「いや、違いますよ。」
「それは流石に言いすぎだろ常考っ!」
けっこう口が悪い人なのでしょうか、佐々木さん。
今のは流石の俺でも傷つきましたよ。
言葉って時に武器になるんですよ、それをわかってるんですかね、佐々木さんは。
俺の後ろでは例の如くロキが笑っていた。
「早く行きましょうよ〜。」
あなたはいつも呑気で明るいですね、羨ましい限りです。
「それよりもどうして皆さんお揃いでジャージ姿なんですか?」
確かにみんなジャージである。
何この構図。
富士さんだけ浮きまくってるよ。
最初からだけどな。
改めて言ってやる、心の中で。
はは、ざまぁみろ。
口に出して言えないあたり、俺は相当なチキンであることを言うまでもなく実感する。
「今、何時だと思っているんだ貴様。」
富士さんの質問に答えたのは佐々木さんだった。
「へ?午前1時でしょう?」
「この時間は皆寝ているのが普通なんだよコノゲス太郎。てめぇには常識がないのかポンコツが。」
佐々木さんー…、それは少々口が悪すぎるのでは…?
「そうだよ、みんな寝てる時間なんだよ〜。」
春日井さんはどうして笑顔なのにその身に纏う殺気が凄いのかな?
ここにいる人達はそんな遅くまで起きてたんだけどねぇ、と喉の奥まで出かかった言葉を飲み込む。
あの殺気を目の当たりにしたら下手なことは言えない。
絶対殺される。
何この現状…、僕もう帰りたい…。
『ここお前の家だろ。』
「わかっとるわ。いちいち冷静に突っ込んでくるなバカモノ。」
そう言ったらロキは拗ねて姿を消してしまった。
「…とまぁ、改めて説明するとざっとこんな感じです。わかりましたか実親さん?」
へ?あ、はい。
「では質問がある方は挙手お願いします。」
これまた勢いで返事しちゃったけど。
もしかしてこれって。
いつの間にか話が進んでる!?
しかも現状説明的なやつ!?
この俺がウトウトしている間に、だと!?
誰か起こしてくれてもいいではないか!
放置プレイとはこれまた卑怯なっ!
ふと、目の端に動くものが見えた。
そちらに目をやると、佐々木さんが手をあげていた。
「はい、キララさん。何でしょう?」
彼女はいたって真面目な顔で尋ねる。
「貴様はいつ死んでくれるのだ?」
空気が一瞬にして凍りつく。
静寂が訪れてからおよそ十秒経っただろうか。
十秒が永遠に感じられる。
この場の空気をなんとかして欲しい。
もうさっきと同じ説明がなくてもいいからこの場の空気、誰か何とかして下さーい。
それだけが俺の心からの願いです。
「そ、そのうちですかねー。」
空気に耐えきれなくなったのか、それとも真剣な眼差しで佐々木さんに見つめられることに耐えられなくなったのか。
引きつった笑顔で答える富士さん。
答えになっていない気もするがここは保留にしておこう。
佐々木さんの表情がなんだか険しくなったような気が。
「というかさ〜、超人界に早く行こうよ〜。」
グッジョブです春日井さんっ!
空気読めてない感が逆にイケてますっ!
今だけですが。
俺は心の中でサムアップのポーズをとる、春日井さんに向けて。
「そうですね、行きましょうか。」
そう言うなり富士さんはおもむろに右手を取り出す。
え、取り出す?
「ぃぃぃぃいぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぅわぁぁぁぁあ!?」
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
富士さん以外のその場にいた三人は絶叫し、彼から一目散に離れる。
その彼は、左手で、右手を持っている。
「ふふふふ富士さんんんん、そそそ、それはいったい…?ままままままさかとはお思おもいままままますが…。」
彼の持つ右手を指差して問う。
その右手は、肘から上がなく。
傷口には多量の血が付着している。
その事実にビビりすぎて自分の声が震えているのがわかる。
この状況を見たら誰だってビビる。
だって自分の右手を千切ってそれを左手で持っているなんて…!
「あぁ、これですか?通信機ですよ。リアルでしょ?」
「「「え?」」」
三人とも同じ反応だった。
「あ、別に自分の腕を千切ったわけじゃありませんよ。ほら。これだってただの血糊ですし。」
富士さんは自分の右手を見せてくる。
もちろん、左手で持っているものとは別である。
『んだようるせぇなぁ。…ってうおお!?』
さっきの絶叫を聞いて出てきたらしい。
流石のロキも富士さんの状態を見て焦ったようだ。
ロキが焦るところを見るのは、なんだか新鮮な気がする。
『腕が、分身、した…!?』
って驚くところそこかよ!
「貴様ぁ、こんなことして、ただで済むと思ってんのか?」
手の骨をパキパキと鳴らしながら怒りオーラマックスにして富士さんに歩み寄る佐々木さん。
後姿からでもスタイルの良さが伺えますな。
バニーさんとか似合いそうだな。
「女の子の純情を弄びましたね〜。」
こちらも手の骨をパキパキと以下略。
いやいや、どちらかというと純情は関係ないと思うぞ春日井さん。
『てかそれ何?なんなの?すげぇ気になるんだけど!』
この状況下で1人だけ好奇心丸出しにして富士さんの右手(通信機)に興味深々なロキ。
空気読めよ、と呆れる俺だが、ロキは俺以外には見えてもないし声も聞こえないので無視することにしよう。
俺はめんどくさいことは嫌いなので、目の前の惨劇については見て見ぬ振りをする。
「ひええぇぇぇえぇぇえぇ!!お助けへぶっ!」
とか、
「死んで詫びろっ!」
とか、
「これで済むと思わないことですよ〜。」
とか、なんだかとても痛々しげな音が聞こえてきたりとか。
女って怖いですね、いやホント。
十数分後、再び席について話し合い的なものが再開されることになった。
さっきと違うのは、なぜ殴られ蹴られされたのかわかっていない顔面その他諸々ボコボコにされた富士さんになっていること。
痛々しいその顔はまさに蜂に刺された、と形容するのが相応しい。
興奮したのか、顔が真っ赤な春日井さんと佐々木さんになっていること。
少々息がきれているみたいである。
「とりあえず帰還報告したいので、通信機使ってもよろしいでしょうか。」
ボコボコの顔故に、口が動いていることさえわからない。
それくらい顔が腫れているのである。
少し可哀想だな、とは思うが同情はしない。
「さっきの右手ですね。どうぞ。耐性ができていれば何ら怖くありませんから。」
「恐れ入ります。」
いやしかし本当によくできているな、その通信機。
人の右手にしか見えない。
手のひらに1〜9の数の書かれた直径1cmくらいの小さなボタンと発信ボタンがあることに気付けなければ、人の腕そのものであろう。
通信機というより携帯電話に近い。
デザインはその、アレだが。
「いつ見ても怖いですね〜、アレは〜。」
春日井さんが話しかけてくる。
「いや、でも何回か見てたらそのうち慣れますよ。」
「そんなものですかね〜。」
そんなものですよーアハハハ、と笑っていたら、
「うるさいので少し静かにしていただきたい。」
と富士さんに怒られた。
そういえば春日井さんについて、いくつか気になっている点がある。
この際だから聞いてみるか。
「春日井さん。」
「美嗣でいいですよ〜。」
「んじゃぁ、美嗣。」
「いきなり呼び捨てかよ馴れ馴れしいなこの糞虫が。」
えー…。
勇気を出して、いや、それほど出してはないけど、名前で呼んだのになんか凄い対応だな。
「あ、今のは私が言ったんじゃないですよ〜。キララちゃんですよ〜。」
あ、そうなの。
言われて佐々木さんのほうを向くと、睨まれた。
俺あなたに睨まれるようなこと、なんかしました?
「で、何ですか実親さん〜。」
「え、あ、それはぁぁあ痛てててて!」
「どうしたんですか〜?」
と、不思議そうな目でこちらを見てくる。
あ、足が痺れた…。
てかなんでみんな正座?
これって何て拷問?
「二人とも平気なんですか、正座。」
「けっ、男のくせにさっきから弱音ばかりだな。」
あんたの前では弱音吐いたのこれが初めてだよちくしょう。
「毎日正座で過ごしてたら平気になっちゃいました〜。」
この二人と会話してると、会話のギャップの大きさに目眩がしそうになる。
だが耐えろ、耐えるんだ俺。
何事も慣れが大事なんだからな。
「ちょ、マジでうるさいんですけど?もういっそのこと黙っててもらえません?」
また怒られた。
微妙にキャラが変わっていることについては触れないでおこう。
「ふぅ、やっと報告が終わりましたよ。」
結局富士さんに怒られたあとは皆黙り込んでしまい、春日井さんに聞きたかったことが聞けなくなってしまった。
聞きたいこととは。
その一、その顔の布はどういう意味があるんですか。
その二、お歳はおいくつですか。
その三、何でそんなに反転世界へ行きたいんですか。
の三つだ。
まぁ、そのうち聞く機会があるだろうから今は置いておこう。
「帰還についての報告にしてはやけに長かったが?」
確かに長かった。
「今からそちらに帰ります、ってだけじゃないんですか?」
「帰省するんじゃあるまいしそんな簡単にすみませんよ。」
いや、あんたにとっては帰省も同然だろ。
「ま、まぁ、兎に角。これで向こうへ渡るための条件は整いました。それでは参りましょうか。あなたたちの世界の裏側へ。」
今まで通り、富士さんは右手を鳴らす。
これから俺たちに待ち受けるのは楽か苦か、はたまた厄か。
何にせよ、この音から俺たちの、いわゆる第二の人生が始まりを告げたのである。




