寄り道1。
とりあえず富士さんの話を信じるとして。
俺とロキは戦いに身を投じることを告げた。
「では早速移動しましょうか。あ、いや、その前にー」
「え、いや、移動って何処にです!?」
『さっきから聞いてるとさ、サネの喋り方コロコロ変わりすぎだろ。テンパってんの丸わかりじゃねぇか。』
ククク、と笑いながら言う。
『ま、不安なのはわかるがな。俺がいるんだから大丈夫だろうよ。俺に任せな。』
「テンパってんのは認めますよ。でも任せなって何だよっ!なにを任せるんだよっ!」
何の根拠もない言葉に俺は疑いしか持てなかった。
この後に俺の身に降りかかる厄を実際に体験するまでは。
「まずはこの部屋を元の空間座標に戻しますね。」
そういえばこの部屋から出られないようになってるんだった。
「この空間が、私の制御から離れることになりますから私とロキは会話できなくなりますので。ご了承ください。」
「あ、はい。」
勢いで返事しちまったよ。
それよか、空間を制御下に置くってどんだけなんだよ…。
能力ってすげぇなぁ、としみじみ思う。
これで本当に、この部屋から出られるようになる、且つ富士さんがロキと会話できなくなれば。
俺は能力の存在を認めざるを得なくなるわけだ。
「では、解除。」
パキンッ。
富士さんは自らの左手の指を鳴らした。
その瞬間、振動がこの部屋を襲う。
あまり大きなものではないが、肌で感じられる程度の振動。
富士さんの言葉や動作をみていなければ地震だと勘違いしていたかもしれない。
「あなたの家の廊下で間違いないですね?」
富士さんは部屋の扉を開く。
その先には見慣れた廊下や扉。
まさしく俺の家である。
『戻ってきたみたいだね〜。』
「全然実感ないけどな。自室に監禁ってどうよ。」
「監禁だなんてそんな。わたしはただ、あなたの後ろに憑いている彼と会話がしたかっただけですよ。」
それはあれですか、罪の意識がないということですか。
こっちは監禁されていた気しかしないんですけど。
『監禁とかおま、やっぱラノベとかのー』
「ここでそれは関係ないだろ。」
言われると思った。
先が読める展開ほど面白くないものはない。
「そろそろ話を先に進めてもよろしいでしょうか…?」
そう富士さんは控えめに聞いてくる。
俺が独り言を喋っていて、可哀想な子にみえたのか?
違ったみたいだ。
どうやら俺たちの邪魔をするのは気が引けたらしい。
いらぬ気遣いをしたものだ。
つまり、富士さんにはロキは見えていない。
富士さんが空間操作の能力を使っていることは明白となった。
なんて考える暇も無く、話を進めさせろと言われたので俺はこう答えるしかなかった。
「あ、はい、頼みます。」
家に戻ってきたのはいいが、いきなり旅の準備をしろと言われても何を持って行けばいいのかすぐには思い浮かばない。
「今から超人界へと飛びます。ですから旅の準備をしてください。30分だけ待ちます。今は拒否権も質問も認めませんから。さぁ早く。」
富士さんにそう言われて部屋を追い出されたが。
俺がカードを引いた時の交換条件、忘れてないだろうなあの人。
「てかなにを持って行けばいいんだ?」
俺は腕を組み、自室の前で立ち尽くす。
『ベッドの下のあんな本とかこんな本とかだろ。』
ククク、と嫌な笑い方で言ってくる。
「お前、バカにしてんのか?」
俺はベッドの下になど本は隠していない、断じて。
そういう類の本でさえ、きっちり本棚に並べてある。
いやいや、そういうことじゃなくて。
「割と本気で、持って行けばいいものがわからない。」
俺はこの家には、必要最低限の家電用品やらしか置いていない。
俺の部屋にもベッドと、天井につくくらいの高い本棚、あとは机とそれに付属していた椅子くらいなものだ。
この、今の大倉邸、という言い方は大袈裟すぎるが、この家と言うのも面倒なのでそう呼ぶことにする。
で、この大倉邸は三年前に世界を襲った地球震の後に国の援助によって建てられた二階建ての一軒家の一つだ。
俺が地球震が起こる前に住んでいた家は二次災害、つまり火災によって全焼。
そこにあった思い出や写真など全てが炎によって灰と化した。
故に今の大倉邸には思い出も写真もない。
そもそも家族で過ごした日が一日もないのだ。
だから思い出なんてあるわけがない。
俺に残る家族に関する記憶は、両親と姉がいたこと、ただそれだけだ。
家族で過ごしたという記憶はほとんどがすり減ってしまって、無いに等しい。
さっきの富士さんの言葉は、
「ここにはもう戻ってこれないから。」
という雰囲気を帯びていた。
別に戻ってこれなくてもいい。
ここにいてもロクな日々の過ごし方をしないから。
戻ってくるかどうか。
生きてるかどうかすらわからない家族を待つだけの日々はもう飽き飽きだ。
そして30分後。
俺は自分の部屋に戻った。
富士さんは俺の本棚を物色中だった。
「お荷物は…それだけですか。」
いや、素の顔して聞いてくんなよ。
まずはその手に握っている本をなんとかしてから言えよ。
「生憎、持ち出せるものはこれくらいしかなくてねぇ。」
富士さんは本棚の物色をやめて再び机の椅子に座っている。
俺が持っていたものは、工具セットだ。
ドライバーやらペンチやらが入っている箱。
『寂しい奴だよなぁ、サネは。』
中途半端に同情なんかしてんじゃねぇよ、逆に気持ち悪いわ。
「まぁ何だっていいでしょう。こういうものは人によりけりですからね。」
「ふん。」
「何に使うんだ、という感じがしますがここは置いておきましょう。」
そうですか。
「超人界に飛ぶ前に、少し寄り道しますね。」
別に構わないが。
てか飛ぶってどうやって?
まさかこの部屋ごと飛ぶのか?
「だって沢山の人をそれぞれ飛ばすのは面倒、というより疲れますから。一発で済ませた方が肉体的にも精神的にも楽ですのでね。」
物事の効率化、ってやつなのか。
その割には無駄が多い気もするが。
能力を使う人の考えはわからんな。
俺も能力を使うようになったらわかるようになるんだろうか。
是非ともわかりたくないものだ、とつくづく思う。
そういえば、今の彼の言葉には何か違和感があった。
「沢山の人?」
ロキも気付いていたようだ。
『俺たちだけじゃないのか?』
「だからさっき言ったでしょう?寄り道をする、と。」
そう言って彼は右手の指を鳴らす。
パキンッ。
束の間の浮遊感と、いつぞや聞いたガコン、という音。
「部屋ごと移動とか…。やること無茶苦茶だな、オイ。」
「お褒めに預かりまして光栄です。」
「褒めてねぇっ!」
富士さんは閉まっている俺の部屋の扉をノックした。
まるでその先に誰かがいるかのように。
「この家には俺以外誰もー」
「開けますよー?」
はい?
この人、頭アレなのか?
などと考えてるうちに扉の向こうから声が聞こえる。
「いいよ〜。どうぞどうぞ〜。」
そこはかとなく明るい女の子の声。
え、女の子!?
「だから言ったでしょう?寄り道する、と。」
その寄り道の行先は聞いてませんでしたが?
肝心の富士さんは勝手に扉を開けて中に入ろうとしている。
扉の先に広がるはまさに秘密の花園。
引きこもり系男子には刺激が強すぎる…!
というのはまぁ、置いといて。
どうして俺の部屋と女の子の部屋がつながっているんだ?
これもアレか、能力か。
幻術とやらか。
『さっきからぶつぶつうるせぇなぁ、サネは。』
どうやら俺の思考は口に出ていたらしい。
扉を抜けた先には水玉模様の壁紙に、部屋の真ん中にピンクの机。
扉の正面の壁にはベージュのカーテンがかかった窓が。
ぬいぐるみが多数ベッドの傍に置いてある。
クローゼットは扉の右手側。
水仙の花柄のタンスは左側。
俺からみて、はっきり言って。
「センス悪…。」
『こればかりは俺もお前と同意見だ…。』
あまり余計なものを置いていないのはいいのだが。
何しろセンスが悪すぎる。
目がチカチカする。
俺は自分の部屋と、目の前に広がる秘密のままで良かった花園との境を越えられないでいた。
既に彼女の部屋に入り、机を挟んで彼女の正面に座っている富士さんはチョイチョイ、と手招きしてくるが、
「入りたくねぇ。」
心からの否定が口をついて出る。
俺は後ずさり、自分のベッドに座り込む。
「あちゃぁ、初対面の男の子にいきなり拒否られるとは〜。」
なんか凄いことを口走っている気がするが、声はいたって明るい。
しかし声の主は富士さんの背中に隠れて見えない。
どっちかというと、見えて欲しくない気持ちの方が強かったりする。
だってセンスの上に顔まで悪けりゃ俺は耐えられない。
確実に、現実の女に興味をなくす自信がある。
「ま、別に入ってくる必要はないんですがね。ましてや女の子の部屋に。」
…。
何だろう、とめどなく怒りが溢れて来るのは俺だけだろうか…。
「準備は、できているようですね。では行きましょう。」
富士さんは目の前に座っている彼女に声を掛ける。
そうですね〜、と彼女は答えるが俺は納得がいかない。
その上、嫌な予感がした。
行くってどこへ?
恐る恐る俺は聞いてみる。
「とりあえずはあなたの部屋ですね。」
嫌な予感的中ありがとうございます。
じゃなくて、どうして俺の部屋が集合場所みたくなってんだよ。
最近の若者は考えてることがわからん。
どうでもいいことだが。
俺は腕を組み、首をかしげた。
『お前のが見る限り若いわ。』
「んじゃ、行きましょか〜。」
彼女は立ち上がり、こちらの部屋へ入ってきた。
その背後からは富士さんが。
彼は後ろ手に、部屋と部屋を繋いでいた扉を閉めた。
なんだかんだで彼女をやっと、見る事ができた。
長い黒髪のストレート、垂れ目がちの目、布で覆った鼻から下。
あれ?
「私の名前は春日井 美嗣です〜。よろしくね〜。」
と、陽気に手を差し出してくる。
俺はこういう場合、どういう反応をすればいいのかわからない。
何故ならば。
つい先ほどまで引きこもり系男子を極めていたのだから。
『握手だろうが、バカ。そんなのもわからないのか。』
いや、わかってはいた。
が、こんな自分が、女の子の手に触れることが果たして許されるものなのかどうかが引っかかっていたのだ。
それと彼女の顔の布が凄く気になる。
「握手は社交辞令の基本中の基本ですよ〜?」
と言いつつ春日井は俺の手を無理やり握ってきた。
「ぬわっ!」
俺は心底驚いた表情で春日井の顔を見上げるが、彼女は笑顔だった。
「あなたのお名前は〜?」
「あ、大倉実親です…。」
勢いで名乗ってしまった。
が、女の子に話しかけられるのはなん年ぶりだろうか。
それはそれで嬉しい。
ロキはロキで、羨ましそうに俺を睨んでいる。
へへっ、ざまぁみろ、これが実体と幽霊の差だ、と言わんばかりに睨み返してやった。
その様子を春日井は不思議そうに見守っていた、律儀に俺の手を放さずに。
彼女の後ろではクスクスと笑いながら左手の指を鳴らす富士さんがいた。
ガコン、という音と共に部屋の扉は再びウチの廊下に繋がったらしい。




