終焉。
俺はオーディンから距離を取りながら立ち上がる。
「ぅわぁ、死ぬかと思った〜…。」
これが今の俺の本音。
今のはマジで危なかった。
『バカだろお前。』
ロキに何を言われてもとりあえずは無視をしよう。
今はそれどころではないのだ。
オーディンの発する雰囲気がガラリと変わって、今までの面影がなくなってしまった。
「この間のも含めて貴様、よくも…!」
彼の顔をよく見ると、なかったはずの右眼が、あった。
「よもやここまで私の怒りを買うとは…!許さんぞ貴様ぁ…!」
右眼が怪しく紅く光る。
と思った瞬間、俺の目の前には拳を構えたオーディンが。
その拳が振り抜かれ、俺の無防備だった腹に直撃する。
「ぐぼっ…!」
俺の身体はくの字型に後ろへ飛ばされ、更に背中に衝撃が襲う。
オーディンの作り出した森の一部の木にぶつかったのだ。
俺は木にぶつかった衝撃で一瞬、目の前が真っ白になった。
木からずり落ちる間にオーディンは俺との距離を詰め、今度は脇腹に蹴りを入れて来る。
俺はなす術なく吹っ飛ばされる。
俺が飛んでいく軌道上へ、オーディンは先回りしていた。
足を振り上げたオーディンが視界に入った。
俺はせめて顔は狙わせまい、と両手を交差させ顔にガードをかけ、目を閉じる。
だが俺は甘かった。
オーディンの足はそのまま真下へ勢い良く降ろされ、再び俺の腹部へと当たる。
「が…!」
その威力は尋常ではなかった。
俺を地面に叩きつけ、地面にどでかいクレーターを穿つ。
俺はたまらず口から血を吐いてしまう。
そのままオーディンは飛び上がり、槍を構える。
「出番だ、魔槍。」
どうやら俺を狙っているらしい。
意識が朦朧としているからか、その程度にしか認識できなかった。
そして予想通り、俺に向かって槍が飛んでくる。
『おいっ!やべぇってっ!聞いてんのかサネっ!おいっ!』
うるさいよ耳障りだよもういいんだよ。
俺の人生はここで終わりなんだよ…。
俺は残る精一杯の力を使い、手を空へと掲げる。
「こんなことならずっと家にいれば良かったなぁ…。」
半ば諦めに屈して俺は目を閉じる。
「法王。」
春日井さんの声がしたと思えば、一向に槍が俺の身体を貫く気配がない。
「カスはここでしばらくおとなしく寝てろボケ。」
次いで佐々木さんの声がしたと思えば、身体痛みが何故か薄れてゆく気がする。
「キララちゃん、なるだけ早くお願いします〜っ!こっちは足止めだけで限界です〜っ!」
「クソ、こんな時に戦闘に混ざれない自分が憎い。だけど、こんなところでくたばって勝負を諦めて寝ているこいつの方がもっと憎い…!」
誰がくたばってる、だ。
俺だってここで寝てたくて寝ているわけじゃねぇんだぞ…。
『半分以上諦めてたけどな。』
「にしてもひどいやられようだな。あたしも気絶してた身だからあまり言えた義理じゃないが。」
「オーディンの野郎、マジギレしやがった…。俺も気付いたら一瞬でこの状態さ。しかも何の魔術もなしで、単なる体術だけでだぜぇほごほっ…。」
喋るだけでも辛い。
だが俺にはまだやるべき事が残っている。
「ちょ、何してんだテメェ!?まだ動くなっ!」
力を振り絞り、立ち上がろうとするが足の踏ん張りがきかず倒れてしまう。
どうしてこの身体は動いてくれないのだ…?
「まだダメージが抜け切ってねぇんだ、動くんじゃねぇよアホがっ!」
そう言われて俺はその場に押さえつけられる。
でもこんな事をしている場合じゃない。
だって春日井さんが一人であいつの相手をしているんだ。
女を一人で戦場へ赴かせたとあってはこの俺のプライドが許さない。
こんな俺にもプライドなどという小洒落たものがあったことには驚きだ。
だが、今はそんなことを言っている場合ではないのだ。
実際、目の前でオーディンなる者と春日井さんが一対一で闘っているのだ。
「もう、大丈夫だ佐々木さん…。」
「どこが大丈夫なんだ!?言っておくが、今のお前がミツキの元へと行っても足手まといにしかならないぞっ!下手すりゃ二人とも即殺でハイ終了だ。」
「くっ…。」
彼女の言う事も一理ある。
いや、そもそも俺の言い分が間違っていることはわかっているんだ。
だがそれでも俺は行かなければならない、そんな気がしてならないのだ。
「それが嫌ならここで大人しく治癒受けとけ。ミツキもそれを望んでる。あと少しで終わるからここにいろ。」
「まだなんですかキララちゃん〜。」
私はオーディンの攻撃を躱すことに尽くしている。
たとえ体術だと侮るなかれ、喰らえば一撃K.O.は免れない。
今は魔術師のおかげで炎を操ることが可能になってはいるが、攻撃に転じることができないでいる。
力、運命、魔術師の順でカードが出てくれたのは良かった。
けど、さっきはカードの力を過信し過ぎてしまって、私の攻撃が通じないことに大きなショックを受けて一時的にとはいえ戦闘不能までに陥ってしまった。
「ちょこまかと逃げ回るだけか小娘ぇっ!」
逃げなければ命が危ないので当然だ。
だけど私は返答している余裕さえない。
今使える炎も、回避不能な拳や脚の威力を殺すためだけに特化させている。
状況は極めて劣勢。
「早く、早く来て下さい〜…。」
オーディンの踵落しを喰らった直後と比べ、身体がだいぶ楽になってきた。
でも俺には自分の回復にかけている時間すら煩わしいのだ。
「まだかよ…!?」
「あたしもこの能力をマスターしたわけじゃないんだ、辛抱しろ。」
「とか言ってる間に春日井さんがやられたらどうするんだよ…!」
俺の焦りはこの点から来ているも同然であった。
「そもそもお前がこんな状態じゃなけりゃあたしもこんなことしてねぇんだ。お前の焦りも痛いほどわかる。だけど結論から言えばこれは全部お前の自業自得。それに付き合わされているあたしらの身にもなってみろよ。」
確かにそうだけど、それで春日井さんが失われてしまう可能性があるのであればそれを消し去る努力をすべきではないのか。
その努力とやらが今現在の回復時間も内包されていると言うのか。
「よし、終わった。さっさと行ってやれ。」
やっとか…!
「ってお前はどうすんだよ。」
「あたしは能力的に見て戦闘に加わるべきじゃない、ってのは前の対田中戦で言われたし。それに、あたしは相手の攻撃を全部躱しながら且つダメージを与えられる自信はないのでね。」
俺には俺の考え方があるように、佐々木さんにも佐々木さんなりの考えがあるのだろう。
「わかった。ダメージ受けたらまた戻ってくるからそん時にはよろしくな。」
「戻ってこれたら、だろ。てか、んなことあってみろ、ボロボロの身体に追い打ちかけてやる。」
この人は魔性のドSだと改めて実感した。
だけどこれが彼女なりの励まし方なのだろうと俺は納得し、戦場へ走る。
その時の彼女の顔が、物凄く寂しげだったのは俺の気のせいなのだろうか…?
走りながら俺は武器を取り出す。
取り出す、という言い方が正しいのだろうかは今はともかくとして。
流石に三度目の作業、慣れてきた。
目を閉じずともできるようになってきたのだ。
「ここに我が欲を、ここで我が力にっ!」
そして握りしめる、発現した武器を。
『ほぅ、慣れてきたんだねぇ。』
その武器を頭上に振りかぶりながら宙へ飛び上がる。
狙いはもちろん、オーディン。
彼の死角からの一撃。
「闇狩鎌・怠惰…。」
できるだけ静かに、気付かれずに背後から。
「喰らえっ!
黒天覇閃っ!」
左手の火傷のひどい腕を斬り落とさんと、狙いを定めて武器を振るう。
武器からは黒い不定形の何かが染み出している。
ギャィン、という音が響く。
オーディンがこちらを振り向きもせずにグングニールでこちらの攻撃を防いだのだと感じ取る。
それだけでも凄いというのに、春日井さんのほうへ右手をかざし、魔法陣が宙に描かれる。
「背徳の水精霊。」
魔法陣から細い一筋の水流が飛び出す。
それを見て俺が想像したのは、ウォーターカッターとか言うやつ。
水圧を限界まで上げ、勢いよく放たれた水は岩をも切り裂くという、まさにそれ。
俺は未だ地上に着地できていない。
春日井さんは半ば呆然としてその場を動こうとしない。
確実に彼女を救うのは間に合わない、と察した俺はまたもや大きな賭けに出る。
「余波一閃っ!」
グングニールと触れ合っている俺の武器である、大鎌の刃から黒い斬撃が放たれる。
正しくは黒い斬撃ではなく、重力波。
これに触れるだけで、触れた物全てを切り裂く刃なのである。
黒天覇閃の醍醐味は一撃目を防がれることにある。
それにより、相手との距離を置かずに重力波を放つことができるからだ。
つまり、不意打ちに近いものとなるのである。
「…!」
先ずはグングニールが真っ二つとなる。
その重力波は止まることを知らず、まっすぐにオーディン目掛けて突き進む。
だが、その重力波がオーディンの身体を裂くことはなかった。
オーディンがグングニールの残骸を離したと思えば次の瞬間、その手を開き、重力波を受け止めたのだ。
俺は驚きを隠せないまま着地し、距離を取る。
春日井さんの方は、と思いそちらを向くとその場には彼女はいなかった。
恐らく避けたのだろう。
俺が安心してオーディンの方へ視線を戻すと、彼は既にこちらを向いていた。
重力波を受け止めた左手から煙をあげながら。
俺を睨んでくる。
その視線だけで人を殺せそうなくらいの凄み。
だがそれに屈するわけにもいかない。
『マジギレしてますよあの方。どうしますよ。』
「マジギレしてるのは前からわかってただろうに。どうしますと聞かれてもどうにかします、としか答えられんでしょう今のところ。」
「…雷撃魔槍、装填。」
くすぶる左手をこちらに向けてくる。
今までと違い、今回の魔法陣は三つ重ねて現れる。
切られたはずの魔槍グングニールが魔法陣の中へと、自分の意思で動いているかのように入り込んで行く。
「なんだかヤバげな予感…?」
魔法陣からは電気が目に見えるほど溢れ出している。
『予感、じゃなくてガチでヤバいと思われ…。』
溢れ出している電気の量はあからさまに膨大となる。
「原初の闇、逸盾。」
オーディンが割とヤバい空気を醸し出しているので、俺は防御に徹する事にした。
鎌から発する闇を集約し、自分の前を覆う盾にする。
「発。」
盾の完成直後、その盾が文字通り一瞬で消えた。
「…は?」
俺は全くもって意味がわからなかった。
何故盾が消えた…?
その自問自答の隙を付き、オーディンは攻め入る。
『おい、来てるって…!』
オーディンはこちらへ走り寄りながら、その両手にはそれぞれ別々の魔法陣が既に準備されていた。
「有毒の火精霊。
隠匿の土精霊。」
オーディンの右の魔法陣からは足元を這う、蛇の姿をした炎が何匹も出現する。
左の魔方陣からはいつか見たことのある槍が現れる。
「歪め。
変革重球。」
鎌を片手で持ち、空いた方の手で闇を集約させ、それを野球の硬式ボール大の球状に圧縮して。
それをオーディンに向けて放る。
彼の両手の魔法陣は既になくなっていた。
それどころか、俺を殴らんと構えてさえいた。
飛んで来た黒い塊をオーディンは難なく避け、俺に殴りかかってくる。
俺にその拳が届く寸前、オーディンはその場にいきなり倒れ伏す。
「…!?」
躱されて向こうへと飛んで行ったはずの黒い球はいつの間にかオーディンの頭上に浮かんでいた。
俺を襲わんと隙を伺っていた蛇の姿をした炎たちは、ぐしゃっという音と共に潰れ消え去った。
「これで何とか試合終了、てか?」
『止めを刺すまで油断は禁物だぜ…。』
「わかってる…。」
だが本当にこれでいいのだろうか。
目を閉じて考えてみる。
『おい、何してんだよ…!?』
ロキの忠告も無視して、この結末を如何にして迎えるのが一番良きことなのだろうかと思案する。
「…雷撃魔槍、獄雨。」
うつ伏せのオーディンは右の手のひらを空に向け、呪を唱える。
左手で持っていた魔槍グングニールが消えたことを感じ取る。
魔法陣の数は、念には念を込めて10。
グングニールに魔法陣を通す数が多ければ多いほど速度が上がり、威力も増すのだ。
これが最後の一撃、と言わんばかりにありったけの魔力を込める。
魔法陣から溢れ出る、電気と化した魔力をできるだけ抑える。
これが魔槍と呼ばれたグングニールの最強にして究極の型。
とくとご賞味あれ。
この技を放てば動けぬ我が身を数知れぬ雷撃魔槍が貫くのも道理。
てなわけで私はどうやらここまでのようだ。
計画の最後を見届けることはできなかったが、あとは若い者たちがどうとでもやるだろう。
ふふ、それではこれにて幕引きだ。
私にはこの縛りに対抗する技も知識もないのだから。
我が人生、悔いあればこそ憂いなし。
「発。」
ドン、と腹にまで響く低い音が奏でられる。
「…へ?」
音の元は、オーディンの右手。
魔法陣が崩れて行く行程を目に捉えたからだ。
『言わんこっちゃない。イタチの最後っ屁、にしてはでかすぎやしないか…。』
俺は上を見上げる。
俺たちのはるか上空で何かが弾けた。
と思うとたくさん何かが降ってくる。
「あれは…雷?」
『違うっ!グングニールだっ!電撃を纏った槍が降ってきてるんだっ!このままじゃお前もオーディンも串刺しに…、まさかコイツ、自殺覚悟でこの技を放ったのか…!?』
「そんなこと言ってる場合かっ!」
広範囲に降ってくると思われた槍はどうやら俺へと狙いを定めていたようだ。
空中で広がった槍が一斉にこちらへと加速しながら落下する。
まるで流星のようだ。
「これはヤバい…!」
見とれている場合ではない。
槍が電撃を纏っている、ということはつまり落雷と同じようなスピードで落ちてくるということ。
それを防ぐ術は俺にはない。
オーディンを押さえつけている重力球を制御しながらできることなどたかが知れてる。
やれることはあるにはあるのだが、さっきの盾みたく一発攻撃を受けただけで消え去るなど言語道断。
「よーし、こうなったら…!」
俺は自分の頭上で鎌をぐるぐると振り回す。
『何を…!?』
鎌から発せられる闇を、回転に乗せて盾を作り出す。
これで幾分かはダメージがマシになるはず、だと思いたい。
そして降って来た槍が振り回している鎌へと次々に直撃する。
でもやり過ごせないことはない。
ふとオーディンの方をみると、俺の鎌から弾き飛ばされた槍や狙いが逸れた槍が刺さりまくっていた。
その身体から血が出ることはなく、砂のようにサラサラと崩壊して行った。
「計画の完遂、楽しみにしているぞ若人よ…。」
笑顔だった。
そう言い残してオーディンは完全にその場から消え去った。
『余所見している場合かっ!』
段々と鎌を振り回す腕がだるくなってきた。
おかげでさっきから鎌の間をぬって俺に掠って行く槍が絶えない。
「ぐぅ…!あとどれくらいだよ…!?ロキ、見て来てくれ…!」
『仕方ねぇ。戻るまで死ぬんじゃねぇぞ…!』
そういってロキはすーっと空へ舞い上がる。
オーディンを縛り付けていた重力球の形を崩し、鎌へと戻してくる。
これで少しは楽になるはず。
脇腹、二の腕、頬、大腿、背中に肩…。
実に様々な箇所に切り傷が刻まれていく。
時に、何度も何度も同じ箇所を切りつけられて傷が更に深くなっていく。
それでも何とか耐えて鎌を振り回し続ける。
「ああぁぁぁぁぁ…!!」
そうしているうちにロキが戻ってきた。
『あと15秒もすれば終わるぞ。それまで頑張って耐えろ…!』
「お前は、いつも、他人事、だよな…。」
もう息も切れてしまっている。
腕もそろそろ限界だ。
どうもあと15秒も保ちそうになさげだ。
『次が最後だぞ、頑張れ…!』
なんだかんだ言いながら何とか耐えた。
やっと終わるんだ…。
そして最後と言われた槍が当たる感覚がした。
途端、身体の力が抜けその場に倒れこむ。
「ちょいとおねむでございまし…。」
鎌は無意識のうちに俺の中へと戻っていった。
また気絶オチか、とか思いながら俺はまどろみの中へ陥落していく。
ロキが耳元で何かを叫んでいるのも無視して。




