修行3。
「…ぃぃぃってぇぇぇぇぇっ!!!」
それはそうでしょう。
あれだけボコボコにされていたんですから。
いや、俺は何も見えなかったけど。
「キララちゃん、やっぱり無謀だったじゃんか〜。」
「だったら今度はあんたが行きな。」
いやいやそれは無茶振りにもほどがありますよ。
か弱い乙女にー
「って言われてますよ実親さん〜。」
そう来たかぁっ!
「まさかの変化球かよ…。いいよ、行けば良いんだろ行けば。」
女にばかり無理をさせたとあっては男が廃る。
俺のプライドがそう告げる。
「田中さんならあっちにいますよ〜。頑張ってくださいね〜。」
うわぁ、凄い他人事だなこの人は。
指をさされた方を見るとなるほど、それっぽいものがいる。
だが遠いな。
『ホントに行くの?』
「お前が言ったんだろ?戦ってみたいって。」
『お、マジで?戦らせてくれんの?アザーす。』
どこまでいっても呑気な奴である。
迷惑はしていないが、少し鬱陶しい。
「んじゃまぁ、ボクちょっと行ってきますんで。」
佐々木さんの介抱をしている春日井さんの背中に向かって声を掛ける。
俺は返事を待たずにその場から駆け出した。
「俺が、何で、走らなきゃ、ならんのだ。」
走りながら喋るのは余計に苦しくなる。
『だって俺らの変移は制限時間があるっしょ。あれさえなきゃ、今頃もう田中の目の前ですよ。』
だろうな。
てか距離がありすぎて、俺の体力が保つか心配。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。」
最初と比べるとだいぶ息が上がっている。
俺はどうして走っているのだろうか。
今更ながらに疑問に思う。
『運動不足解消のため?』
とロキは言うが、何か釈然としない。
「もぅ、限界…。」
足が棒になる、とはよく言ったものだ。
今はまさにその状態。
もう一歩も動けない。
ケツに根が生えたように動けない。
『オイ、まだほんの700mくらいしか走ってねぇぞ…。』
いや、半径が700m以上ある広場ってどうなんですか。
まだ進行方向の端が見える気配がない。
それよか、最初に見た田中さんっぽいシルエットが一向に大きくならないのだが。
気が遠くなりそうだ。
田中さんは本当にこの方向にいるのだろうか。
なんで一人で田中さんの所へ向かって行ってるんだろう。
俺はホント馬鹿でした…。
『おいサネっ!あれって…!』
「何か飛んで来てるねー…。」
ロキの指差す方を見ると、何かが空を飛んでこちらへ向かってくる。
だけど、俺は休みたい。
休ませてくれ。
『ちょ、やべぇんじゃねぇのこれ。お前何も使えねぇしその上疲労困憊だろ。俺に変われっ!』
もう、喋るのも億劫だな。
日向ぼっこでもするか。
『この状況で大の字に寝転がれるあんたの度胸がすごいわ…。』
さっきのやつがもうあんなところにいるよ…。
でもダリィしめんどくせぇしやってらんね。
消えてくれよ。
『な、うお、ちょ、サネ、お前の身体から何か出てる!黒いのが出てるっ!』
俺が思うにこれが怠惰の力ってやつですかねぇ。
どうでもいいんですけど。
「絶好の獲物だと思ったのに、まさかハズレ!?」
飛んで来た何者かも、ロキの言う黒いやつに困惑してるんだろう。
「もう全部呑み込んじゃえ〜…。」
めんどくさいので、全部まとめてなくなればいいんだ。
あの飛行体も周りも何もかも。
『黒いのが…?あ、なんか飛んで来た奴に襲いかかってる。』
あなたは何でそんなに落ち着いてるんですかねぇ。
俺には関係ないけど。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ぁぁぁぁ…ぁぁ…ぁ…。」
実親の身体から溢れる黒い何かに呑まれ、悲鳴を上げる何者か。
必死に足掻くも逃れられず、その全身を覆われる。
黒い何かによって、悲痛な叫びと共にその存在は消失してしまった。
声の高さからして恐らく女性であった彼女の正体を確かめる術をも根絶した。
目標を排除した黒い何かはすぐさま実親の手の平に集約し、何かを形作ろうとしている。
「だんだんコツがわかってきたかも…。」
『え、お前何もしてなかったじゃん寝転がってただけじゃん現に今もそのままだし。』
「おやおや。何事かと思って来てみれば、まさか一瞬で消してしまうとは…。恐ろしいですねぇ。」
『あ、田中。』
未だ実親の手で何かを形取ろうとして蠢く何か。
それを制御しようとしているのか、田中さんの来訪に目もくれない。
「怠惰の力、ですか。全てを呑み込み消し去る原初の闇。まるでブラックホールですね。原理は全く違いますが。」
『あ、立ち上がった。』
「ふぎぎぎぎぎぎぎぎ…!」
この手の中で蠢く何か、こいつを制御できさえすれば俺だってあの二人に遅れをとることはないんだ…!
でもこいつ、力が強すぎて制御できない。
俺の、俺自身が放つ力のはずなのに…!
なんで言うことを聞かないんだ…!
「何を考えているかは知りませんが、全身に力が入りすぎですよ大倉さん。」
不意に何者かに肩を叩かれた。
この声は恐らく田中さんだろう。
彼の言う事はたぶん正しい。
でも全身に力をいれていないと、この黒い何かは拡散してどこかへ消え去ってしまう。
そんな気がしてたまらないのだ。
『てか走って疲れてるはずなのに、さっきの奴が来ても立ち上がろうともせずにむしろ寝転がるという偉業を達成させたはずなのに、何で今はこんなに頑張っていらっしゃるんですか。この人の頑張りのベクトルは一体どこを向いてるんですか。』
「いやぁ、きっかけが必要だと思って暴走させたかいがありましたね。おかげでこの成長ぶり。自分の物にしようとまでできるなんて…。」
周りの声も耳に入らない。
いや実際は入ってるけど、聞く耳持たないってやつか?
今はただ、集中していないと今にもこの手の中の物が弾けてしまいそうになる。
「ただ漠然と支配下に置こうとしても、それは無理があるってなもんですよ。何か抽象的でも具体的でもいいから思い浮かべないと。例えば鉛筆とか消しゴムとかボールペンとか。」
なんで文房具なんだよ。
「のわ、しまった…!」
集中が欠けた。
田中さんの発言に、口には出さなくともツッコミをいれてしまった。
途端、力が暴走しようと暴れ出す。
それをさらに上回る力で追い返そうとする。
でも思ったよりも力が出なかった。
弾ける。
そう思った直後に田中さんの手がのびて来た。
「ここで暴発でもされたらこっちにも被害が及ぶんですよ…。」
その手には何かが握られていた。
「これも模造品の醍醐味の一つですな。力は力で相殺する。」
え、今なんと仰いました…?
思わず彼の顔を見上げてしまう。
「ほら余所見しない。」
「あ、はい。」
怒られた。
「しっかり手の平に集約しといて下さいよー?でないと腕が吹っ飛びますからね。」
ちょっと今この状況でそんな脅し文句を…ってあぁぁっ!!
田中さんは握っていた何か、それは俺の手の平にある力と同じ物であった。
そいつを思いっ切り俺のやつとぶつけた。
「何するんですかぁぁぁっ!!」
同じ力同士がぶつかり合い、混じったり反発し合ったりしながら分散する。
もちろん、俺の顔面にもそれは当たることとなり。
「いだっ、いだだだ、痛いっ!」
「それだけで済んだぁいたっ!だけでもまだマシだと思ったいっ!思うことですよ。」
そんなものなのだろうか。
とにかくこれは痛い相当痛い。
だけどすぐにおさまった。
「まったくもう。何をやってるんですかあなたは。」
いやぁ、何と申し上げて良いのやら…。
「えーと、走って来て、しんどくなって座って休んでいたらなんか飛んで来て、でも動くのも怠いしいいやって大の字に寝転がって、俺からなんか出て来て、そいつが飛んで来た奴を食って、その最中になんかピンときて、今に至ります。」
自分でも何言ってんだかわからんくなってきた。
絶対に呆れられるよ、俺。
「だいたいわかりましたよ。でもなんでピンときたんですか。今までそんなことなかったのに。」
んな、理解しちゃったよこの人。
どういう神経してんだいったい…。
自分でも支離滅裂だって思いながら話してたのに。
「いやぁ、なんかこう、ピーンと。ね?」
小さな子どもの言い訳かっ!
「まぁいいでしょう。それであなたはここへ一人で何しに?」
そうだそうだ、忘れるところだった。
本来の目的は、俺の背後霊の欲望もとい望みを叶えてやることだったんだ。
『背後霊言うなっ!』
「てなわけで。変移。」
相変わらず、この感覚は慣れない。
なんかふわふわとした、それでいてゴツゴツとするような…?
言っててわけわからなくなってきたので形容するのはやめておく。
「誰ですかあなた。」
てかいつでも冷静ですな、この人。
ホントどんな神経しているのかとつくづく思う。
てか何回目だろうこのフレーズ。
世の中ECOですリサイクルです。
何回も使えるなら使おうではないか〜。
『愚かな人間よ。我が誰かわからぬ、と申すか。』
ロキさん、心なしかあなたの口調が変わっているように存じますが…?
それだけテンションが上がっているってことにしておこう。
だっていちいち突っ込んでたらキリがないもの。
「大倉さん、ではなさそうですが。まぁ、彼と入れ替わりで出て来たということは、彼の別人格ということですかね。」
『ちょいと違うが、まぁ、それでいい。』
著しくあなたの口調が変化してるのに気付いているのはもしかして私だけですか。
あれ、さっき突っ込まない宣言したばかりなのにもう破っちゃったよ。
『んじゃ、始めますか。』
「やっぱりそう来ますか。私としては不本意なんですけどね。」
『その割には顔がだいぶにやけているが?』
「愛想笑い、というものをご存知ですか?」
なんでこの二人は貶し合い的なことを始めているのでしょうか。
俺に直接的な害はないので構わないけどさ。
『先ずは手始めに、この辺一帯を氷にしてみようか。』
「冗談はその顔だけにしておきなさいな。」
『いちいち人の機嫌を逆撫でするのがお好きなようで。ふん。』
掛け声と共にロキは右手に力を込める。
田中さんは隙あり、とばかりにロキに斬りかかる。
いつも思うのだが、あの剣はいつどこから取り出しているのだろう。
「おい、来てるぞっ!」
反応を示すどころかより右手に集中していくロキ。
「隙だらけです、よっ!」
黒い方の剣で横に一閃。
俺は不意に背後に無理矢理引っ張られる感覚。
この感じがするということはロキが移動したということ。
『俺を侮っちゃいけませんよ実親殿。』
実親殿、ってあんたねぇ…。
左手を対象、すなわち田中さんの方へ向ける。
『対象絶対凍結っ!』
いつか見たロキの技。
そういえば、あの夢の世界にいたのが遠い昔に感じられるようにここ最近、色々あったなぁ。
あの時見た単発だけの氷塊製造ではなく、今回は何個も何個も出てくる。
その氷は田中さんを捉えることなく、全て空振りに終わっている。
田中さんの移動先と思われる場所に次々に氷塊を放つ。
氷塊が現れるたびに、その背後から田中さんの姿が現れる。
「ワンパターンですね、そんなもので私が捉えられるとでも?」
『くははっ、思っちゃいねぇさ。だがお前も油断は大敵だぜ?わかったらとっととあの人格出しな。』
何の話だろう。
あの“人格”、だと…?
まるで田中さんが二重人格であるかのような物言い。
「おやおや、あなたは知っていたのですか…。あまり知られたくはなかったんですがね。」
ここで生死をかけた?戦いを繰り広げている人らの凄いところと言えば、この会話のやり取りの間も氷と回避のやり取りが行われているということ。
平然を装っているが果たして。
『こんなとこで死にたくはないだろう若造。』
「後悔するのはあなたですよ。」
この人たち絶対普通じゃない。
なんでこんなことができるんだ…。
「ですが私もただ避けているだけじゃつまらないのでね、一撃だけでも入れたいわけですよ。」
一瞬にしてロキとの距離を詰め、懐に入る。
その速さにロキは対応していた。
事前に、このタイミングで相手が動くことを知っていたように。
彼の接近に合わせて、力を貯めていた右手で殴りにかかる。
「これを狙っていたのか、初めから…?」
『拳撃絶対凍結っ!』
「のわっ!」
想定外の出来事だったのか、ロキの拳を躱そうとして体制を崩す。
そこに容赦無く襲いかかる拳。
田中さんは顔の前で腕をクロスさせ、顔を守ろうとする。
『油断は大敵っつったろぅが。』
そのガードをすり抜け、彼の頬に一撃。
「ぐぶぅ…!」
『ガードして安心し切ってるからだよ。目を閉じてるのがいい証拠だ。』
俺から見て左方向へ派手に吹き飛ばされていく。
何とか受け身を取り立ち上がろうとするが、彼はその身に起こる異変に気付く。
「こ、これは…!?」
『ただのパンチじゃねぇっての。それだったら技名とか付けねぇし。』
いやごもっともでございます。
田中さんの左頬がキラキラと輝いている。
あれは…。
「氷…?凍っていってるのか…?」
『ご明察。いわゆる絶対凍る冷凍パンチってとこだね。威力はあれの比にならないがな。』
比にならないって、あれより強いってことだよな。
一撃で20mは吹っ飛んだだろう。
見れば田中さんの左の瞼が中途半端に固まったまま、動いていない。
どうやら、殴られた箇所だけが凍るのではなくて、殴られた箇所から凍っていくタイプのようだ。
そしてそれはしばらくの後、全身に及び、やがては凍死へと至るだろう。
なんてえげつない技なんだ…。
「だんだん身体が動かなくなってきてますね…。これはもうどうしようもなくヤバい感じですか。」
『早く身体を温めることだな。ま、そんなこと俺はさせないが。』
「そうですね、そうすることにします。」
『おいおい、まさか炎系統の能力まで使えるのか…?使えるんだろうな、模造品なんだからな。今の今まで忘れてたぜ。』
「そういうことは忘れちゃいけないんじゃ…。」
『うるせぃ。こうなったら…!』
「ヤケだけは起こすなよ?」
『うわ、先読みされた…。ロキたんショック〜。』
気持ち悪い、気持ち悪すぎる。
破壊力が想像を絶する域に達している。
今にも胃の中のものが逆流しそう…、ってあれ?
そういえば俺、こっちの世界に来てから何か口にしたっけ?
してないです、はい。
さっきからシュゥゥゥ、という水が蒸発するような音が聞こえてくる。
自分の身体にまとわりつく氷を溶かしているのだろう。
『よォし、とっておきだ。とっておきを使ってやる。』
はぁ、とっておきですか。
まだ早くないですかね、出すのは。
『行っくぜぃ…!世界凍結っ!』
叫ぶなり、地に両手をつくロキ。
あのぅ、技名から推測するに、それは氷の技なんじゃないですかね。
そして今目の前で白い煙を放っている田中さんは、炎系統の能力を使ってるのではないですかね。
すると、その氷の技は溶かされてしまうのではないですかね。
『関係ない。』
そういうもんなんですかね…。
「無駄ですよ、氷技なんて。私が今何を…!
これはどういうことだ…!?蒸気がまた凍っていく、だと…!?」
吐く息まで白くなっている。
それは只今絶賛幽霊中の俺も例外ではない。
吐いた息は白く、そして結晶と化して地に落ちて行く。
落ちた結晶は近くにある物体の温度を急速に奪い、再び水に戻る。
水に戻った後は、もう一回結晶になり近くにある物体の温度を奪いにかかる。
それの繰り返しで徐々に温度を失っていく生物たちは、自身の身体が動かなくなっていくのを感じ取り、恐怖する。
私は死ぬのか、と。
ややこしいことを言ったが、結論としてはものすごい寒いのだ。
「うわ、さぶ…。」
身体が震えるのがわかる。
「まさかこれほどまでとは…。ここを氷の世界へと、変えてしまわれ、るおつもりで、すか。」
田中さんもだんだんと口が動かなくなってきているのか、言葉が途切れ途切れになっている。
『んなつもりなんかねぇよ。俺はただ純粋に戦いを楽しみたいだけだ。それなのにお前ときたら。俺はお前ではなく、お前の中にいる別のやつとやり合いたいんだ。』
「ひゃはは、それは俺様のことかぁ?」
いきなり口調と表情が豹変する。
見たことのない田中さんの一面だ。
『やっと出てきたかクソ野郎。さて、ここからが本番だな。』
ロキは立ち上がり、構える。
「クケケ、クソ野郎はどっちだよこの腐れ頭が。」
寒いはずだ、寒いはずなのにロキはともかく田中さんver.2(何となくこう呼ぶことにした)でさえも構えをとる。
さっきまで寒さで動けなくなっていたはずなのに。
彼に一体何が起こってこうなったのだろうか。
人間とは不思議な生き物だな。
あ、俺もか。
幽体だからてっきり忘れていた。
「てかこれ止めてくんね?俺寒いから。」
『シャラァップっ!』
えぇ〜…。
そして束の間の静寂。
静寂を破ったのは田中さんver.2だった。
「キヒャヒャヒャヒャヒャっ!」
奇妙で奇怪な笑い声をあげながらこちらへ向かって来たのだ。
その両の手には例の黒と白の剣を携えて。
『ホント別人だな、あいつ。』
「感想はいいからっ!だから真面目に戦ってっ!」
『ったくうるせぇやつだなぁ。前世はハエだったんじゃねぇかお前。』
言ってる間に田中さん、あなたのすぐ前まで来てますよ…?
縦に横に斜めに、突いて払って叩いて蹴って。
対するロキも負けず劣らず…避けてるだけだった。
『んだよ、お前の芸当はそれだけかよつまらねぇ。』
全ての攻撃を、いい意味で紙一重に躱すロキ。
その姿はまるで踊っているかのよう。
長い金髪が揺ら揺らと、実に幻想的である。
揺ら揺らと揺れて、いや、違う。
キラキラと、舞い踊る髪の毛。
これは…、髪が切られているのではないだろうか。
明らかにあるべき場所から逸脱したところで輝きをはなっている。
当の本人は特に気にしていないご様子でございます。
気にしてないなら俺も気にしないでおくが。
髪の毛の事は置いといて。
田中さんは斬りかかって、ロキは避けてるだけ。
さっきからなんの進展もない。
と思いきや、至近距離で黒い刀を投げ付ける。
『芸が無い。そいつが戻ってきて後ろからズドン、だろ。』
「ちげぇよボケ。」
今度は口喧嘩を始めるおつもりですかあなた方は。
「まぁ見てな。そんでもって、ここで俺に殺られな。」
なんかもう主旨変わってるよね!?
『貴様如きに殺られる私ではないわっ!』
その台詞は殺られちゃう時の魔王とかがよく言ってるやつだよ!?
残りの白い刀までをも投げ付ける。
それを難なく躱す。
「無限にして夢幻。この剣、其の真価、ここに開放せしめん。」
いつの間にか互いの間には大きな距離が開いている。
「さぁさ一兆やりますか。黒白双連武。」
『名前だせっ。ぷふっ。お前ネーミングセンスねぇな。ふふふっ。』
「いや笑ってる場合じゃないからねっ!ていうか別に笑われるほど悪くもないと思うよ今のっ!」
その手になかったはずの剣が再び握られていた。
それを、自身を軸に対称となるように次々と投げる。
上へ横へ、まさに縦横無尽。
それらは全てロキを標的に襲いかかってくるのだが、彼は彼で全部避けている。
『っ!?』
「どうしたんだよ!?」
ついさっきまで、ひょいひょいと避けていたはずの剣が徐々にロキをかすめていく。
剣の放たれる量が増えたわけではない。
つまりはロキの動きが鈍っているのだ。
「なんで当たって…!?」
終いにはロキは何故か動けなくなっていた。
田中さんver.2は完全に動けなくなったロキを見て、攻撃の手を止める。
『これは…、ワイヤー!?いや、ピアノ線!?』
「どっちでもいいけどさ。どうよ、今度は自分が身動き封じられてみての感想は。」
ロキの身体をよく見れば、何かがキラキラと光っている。
それは彼の髪の毛ではなく、彼の身体にまとわりついている。
何本も何本も。
『あ、わりぃ。捕まっちった。てなわけだ。後は頼むわ。』
はい?
「後は頼むって一体どういー」
『変移。』
そういうことかァァアッ!!!
「お前、入れ替わっても状況は変わらないこと、忘れてただろ完全に。」
『あ、バレた?』
「バレた?じゃねぇよコノヤロウっ!何で俺がこんな目に合わなきゃならないんだよっ!」
『元はと言えば、お前が戦って倒さなきゃならない相手じゃん?俺が勝ったところで意味はないわけでさ。』
「至極まともな意見どうもありがとうっ!だけどこの状況で入れ替わりますかフツウ!?」
『だってお前なら殺されることはないじゃんアゼルバイジャン豆板醤。』
こいつ自分が危なくなったからって責任を人に丸投げかよっ!
てか語尾が腹立つなチクショウっ!
「あぁん?もうお終いかよつまんねぇな。」
そうだ忘れていた。
今の田中さんはいつもの温厚で変態な田中さんではなく、なんかよくわからんが人を殺そうとする田中さんだった!
これでは俺の身が危ないっ!
こうなったら覚悟を決めよう。
「おさらば御免、我が現世っ!」
『初っ端から諦め!?』
「元はと言えばお前が悪いんだろうがっ!」
『あ、さっき俺が元はと言えばって使ったからパクったんだろぅ。実親くんさ〜い〜て〜い〜。』
「今そんなこと言ってる場合か!?」
「んじゃま、さっさと逝ねや。」
両手に再び握られた剣を投げようと構える。
カチャ、という音が聞こえた。
「だぁぁっ!死刑宣告されたよどうしようっ!?」
『落ち着けよサネ。お前はもう、覚悟を決めたはずだろう?』
「何でこんな時だけいい顔でカッコ良い台詞吐くかなあんたはっ!それでもカッコ良く見えないのがこれまた憎いなチキショウっ!それと触れもしないのに肩に手を置くなっ!」
そして、彼の手から二本の剣が放たれた。
それはゆっくりと、確実に実親の元へと飛来していく。
「ゆっくりに見えるのは走馬灯を見ているからですかっ!?」
『グッバイ、俺の未来。』
「いちいちカッコつけてんじゃねぇよそろそろウゼェよってかアァァァァァァァっ!!!」
流石に怖い。
刃物が宙を舞い、尚且つ自分の方に向かって来ているのだ。
怖くない訳がない。
そんなわけで目を閉じる。
「やっぱり死にたくないよママぁっ!」
「誰がママですかぁ〜っ!」
へ?
投げられた剣はいつまで経っても当たってくれないし…。
あ、いや、当たって欲しいわけじゃないんだよ別に。
その上、なんか春日井さんの声に似てる幻聴まで聞こえだす始末。
俺は持ちうる限り全ての勇気を振り絞って目を開けて見る。
俺の目の前には何かしらのカードを持った、顔を半分ほど布で隠した美人さんがいた。
そしてその足元には何故か佐々木さんらしき人物が転がっていた。
『良かったじゃねぇかママが来て。寿命が伸びたな。』
「主人公補正キタコレーっ!
…って違うっ!元凶はお前だっつのっ!お前がこんな状況にしなければ今頃ー」
「さっきから何を一人でワイワイがやがややってるんですか〜。頭でもおかしくなっちゃいましたか〜?」
一人ではワイワイがやがやするのにも限界がありますがなっ!
てかその目やめて頂戴。
冷たくてまるで槍のように俺の心にグサリと刺さるからやめていやホントマジで。
さりげなく、それでいて大胆にロキもそれに便乗してるんじゃないよ。
「すっげぇ置いてかれてる俺。なんかついて行けねぇわ。ちょうどいいや、白けたしやーめた。」
なんか向こうでも一人でワイワイがやがやにはならなくても、ぶつくさ言ってる人がいますよ。
それでも何故俺だけをそんな冷たい目で見るんですか春日井さん…。
そしてどうして動けない佐々木さんがここに。
ここに連れてくるまでに気絶でもさせたんですかあなたは。
確かここに来るまでは意識ありましたよね彼女。
とかまぁ色々突っ込みたい事はあるが、先ずは礼儀として一言言っておかねばなるまいて。
「すまない春日井さん、助かった。」
「私はママじゃありませんけどね〜。」
まだそのネタ引っ張りますか。
そろそろ自分でも恥ずかしさがわかってきた頃なのでやめていただけると実に有難い。
「えーと、これは何がどうなって…?あぁそうだ、大倉さん、あなた大丈夫ですか?」
お、田中さんがver.2から普段モードに戻ったのか。
しかしあの豹変ぶりはすごかったなぁ。
「危うく生徒を殺してしまうところでしたね。」
あんた自覚あったの!?
驚き桃の木山椒の木ですよっ!
「でも私にもそれは解けません。だからご自分の力でfight。」
まぁいい笑顔ですこと。
惚れてしまいそうですわ、オホホホホ。
「って何ですとォっ!?」
「大丈夫です。あなたの憤怒の炎で萌えますから。」
「漢字が違ぁうっ!文面だからできるツッコミ出ました。じゃなくて、そんなの俺だってどう出していいかわかんねぇし。無理だろ。」
冷静に考えれば、そうなる。
無理である。
そもそも出せたとしてもそれは暴走してるか、その一歩手前なのだ。
できるわけがない、と俺の良心が訴える。
何せあれは周りの人に多大なる迷惑をかけるのだ。
「完全にコントロールできてないからこその提案ですよ。一考する価値は大いにあると思いますが。」
「なぜか凄くバカにされたような気分なんですけど。」
「完全にコントロールできてしまえば、不定形な使い方はできなくなっちゃうわけですよ。形が固定されてしまうから。」
そもそもこの人は自分がやった事なのにどうして対処できないのだろうか。
いつものように黒白番いの剣を出して、これを切ってくれればいいのに。
もう空が茜色に染まりかけてるなぁ…。
いつの間にか夕暮れになってたんだなぁ…。
空を見上げて俺は思うのであった。
こいつら(主にロキと田中さんなんだが)ホント無茶苦茶だ、と。
そういえば色々あって忘れてたけど…。
「寒ぶっ!」




