夢現…。
キィ、バタン。
扉が開いて閉まる音。
見たことのない人物が俺の方へと歩いてくる。
「目を覚ましたようですなぁ、んふふ。」
なんだこの人、もしかして医者かそうなのか。
目を覚ましたのはあんたが扉を開けて音を立てるからだ。
それまでは実に安らかな眠りにつけていたんだよコノヤロウ。
「おやおや、お前は誰だという顔をしていますな。まぁそれは仕方のないこと、んふふ。」
どっちかっていうと、気持ちよく寝てたのに起こすなよって顔してるつもりなんだが。
ベッドのそばにあるパイプイスに腰かける白衣の男。
何故か彼のヒゲの目立つその顔を見ているとなんだか安心する、気がする。
少し高めの鼻に、色黒な肌。
その顔の下半分にはたくさんヒゲがはえている。
そのヒゲはしっかりと整えられているのが見てわかる。
ヒゲよりもそのボサボサの髪の毛なんとかしろよ…。
「私はこの建物で医者という職業をやっております。」
自分の顎をさすりながら言う。
「名前はこの名札を見ていただけると有難い。」
彼が指差す方をみると、白衣の胸ポケット辺りに小さな札がついている。
そこには“田中 正生”と書いてあった。
「たなか、まさお…?」
「はい、正解。私の名前をまさきと読む人もいるんですよ。困ったものです。」
柔らかく微笑むお医者さん。
やべぇ、これ俺が女子だと完全に惚れちまっているレベルだぞ。
ある特定の趣味を持つ女子に受けそうだこの人。
だが残念だったな、俺は男だからな、ふん。
クス、と笑われたような気がした。
「そういや小学一年生で習う字ばっかりだなこの名前。あ、全部か?」
「…。」
俺の発言の直後、お医者さんはなんだか物凄い眼力で睨んでくる。
やべ、一瞬ちびりそうになっちまった。
さっきの表情からは考えられないほどの剣幕。
なるほど、名前は一応気にしているのか。
これからは気をつけよう。
「それが正しい選択ですよ、んふふ。」
「え?」
今の言葉、口に出してはいないぞ。
ということはもしかして今、心を読まれた…?
まさかね、あるわけないよそんなこと。
「彼は心理読者だからですよ、実親さん。」
いつの間にか病室に入って来ている富士さん。
驚いた、いきなり声を掛けるものだから心臓が止まるかと思った、のは言い過ぎだとは思うがここはあえてこの表現を使うことにしよう。
個室、ではあるがおっさん二人が入るとさすがに狭く感じる。
その上富士さんの後ろには見た顔の女子が二人。
「では先程のお話の続きをしましょうか。」
ぞろぞろと人が入ってくる。
まだあと何人かは入れるのだろうが、それも無理だと思ってしまうくらい狭苦しく感じる。
何だか言葉にし難い感覚である。
「ロキ、あなたも参加するのですよ?」
『へ?』
次に聞こえたのは扉を閉める音。
それとほぼ同時に指を鳴らす音が聞こえた。
何時ぞや聞いたガコン、という音と震動。
その小さな震動すら傷に響く。
「あぁ、起きたのか。…そのまま死ねば良かったのに。」
「今何て言った!?怪我人前にして死ねばいいとか言った!?」
「病院では静かにすべきですよ実親くん〜。」
キララちゃんも悪気があったわけじゃないんだよ〜、とフォローを入れる春日井さんではあったが、凄い悔しそうにしている佐々木さんを見ると、そのフォローが無駄なことにしか思えない。
『てかここもう病院じゃねぇだろ。』
確かにそうですね、ここはもう病院じゃない、空間が。
病室であることに変わりはないが。
「で、ロキ。あなたには聞きたいことが山ほどあるんですが。」
『はいはい、何なりとどうぞ聞いてやってくれ。』
あからさまに嫌そうな雰囲気を醸し出すのはやめた方がいいのではないだろうか。
「ではまず最初はー」
『あー、ちょっと待った。』
ロキは手をあげて制止させる。
『そこの自称医者のおっさん。』
不意に呼ばれた田中医師は困惑した表情になる。
「わたし、ですか?」
『おう、お前だ。何も考えずにここから出ていけ。』
わぉ、ロキたん大胆だねぇ。
などと茶化そうと思ったのだが何せこの空気。
とても重苦しい、その上息苦しい。
人口密度のせいかとも思ったがどうやらそうではないようだ。
ロキは今までに見せたことのないような顔で田中医師を睨んでいた。
彼の態度によってこの病室の空気はどこまでも重苦しくなっていく。
『出ていけ、と言ったのが聞こえなかったのか低級悪魔が。』
「どうしてですか。私は医者ですよ?彼の容体を見なければなりませんしここから出るわけにはいきませんよ。」
彼、というのはつまり俺を指すのだろう。
この状況で医者に厄介になるべき者は俺しかいないわけだしな。
だが、医者である田中氏がここにいても俺らには何ら実害はないはずなのに、ロキはどうして彼をここから追い出そうとしているのだろう。
「おいロキ、そんな事言ったら田中医師に失礼だろ。」
『…。』
ロキは黙ってしまったが、その顔には明らかな怒りの色が浮かんでいる。
「で、では気を取り直して報告会を再開しましょう。」
この集まりは報告会という名目だったのか。
そんなことよりも今、富士さんの声にノイズのようなものが入っていたような気がしたが。
さっきから一言も発しない春日井さんと佐々木さん。
彼女らは二人とも部屋の隅っこでブスッとした顔のまま俯いていた。
その顔に一瞬、ノイズが入った…?
いや、俺の目がおかしいだけだろう。
「大倉さん、傷の方は大丈夫ですか。」
「え、あぁはい?まぁ大丈夫ですけど。」
突然の質問に俺の声は裏返ってしまった。
我ながら恥ずかしい。
「そろそろ包帯を変えたいのですが…。」
「え、今このタイミングで、ですか?」
明らかに言い出すタイミングがおかしい気がする。
ロキも大人しくなって、やっと報告会とやらを始められることができるというのに。
俺は少しだけ違和感を感じたが、医者の言うことに逆らうわけにはいかないだろう。
「わ、わかりました…。」
「では富士。あなたは外へ。そこのお嬢さん二人は手伝ってください。」
あれ?あれあれ?
お手伝いさんって普通逆じゃない?
なんで女の人にお手伝いさせるわけ?
富士さんは扉を開けて部屋の外へ出ようとし、女子二人はこちらへ歩み寄る。
『そろそろいい加減にしろよ…。』
今までしばらくの間静かだったロキが口を開いた。
その言葉はあまりにも冷たく、静かだったが、俺の頭に心地よく響いた。
誰もが今やっている行動を止めてしまうほどであった。
何か、というかもとより全てがおかしい。
なるほど、ロキはそれを暗示させていたのだろうか。
違和感が違和感を呼び、それが徐々に膨れ上がる。
違和感が大きすぎて気付けるものも気付けなくなる。
そんなわけで、さすがの彼も最初は気付いていなかったようだ。
今頃になってようやく確信がいったらしい。
今頃、というのは語弊があるが。
『もうわかったよな、サネ…。』
静かに、しかし怒りに満ちた声で俺に問いかける。
「ああ、悪かったなロキ。俺もやっと気付けたよ。」
何となく、本当に何となくだが、俺の今おかれている状況がわかったような気がしている。
「でも俺この状態だし。動けないし。実に不利な状況?」
包帯で顔以外の全身を覆われている俺はマジで動けない。
包帯がなくて動けたとしても、今度は俺が負っている何らかの傷が痛むので結局動けない。
「…。」
しばらく前から田中医師は沈黙を守ったままになっている。
その顔は最初見た時よりも少し険しいものになっていた。
今のこんな俺のことを一言で言い表すのなら、役立たず、という言葉がまさしくぴったりだ。
「笑えねぇよ…。」
『この間言っただろ、俺に任せろ大丈夫だ、って。』
いや、物凄く不安なんですけど。
とか言っても結局、あなたに頼るほかないのですが。
「今回ばっかりは任せるしかないよね流石に…。」
ここではロキも実体化して…、あれ?
『おわ、幽体に戻ってる…?』




