4話、全ての始まり - 前篇 -
◇ジュリエッタ
今年もこの季節がやって来てしまいました。
この時期、ジュリエッタはお父様の手紙を貰う度に思うのです。
こんな恒例行事いらないのに、という想いは叶いませんでした。
恒例行事は残念ながら恒例行事ゆえに回避することは出来なかったのです。
ジュリエッタは新年度が好きではないです。いえ、厳密には嫌いなのは新年度ではないです。
今年で4回目の体験となりますが、微妙に浮ついた学園の空気はジュリエッタも本当は好きなのです。
どこかの王族が入学したとか、ルックスのいい彼はどこから来たとか。
私だって年頃の女性なのです。
素敵な男性との出会いを新年度に期待したりします。
在校生としては3回目となる新年度ですから、いい加減顔なじみばかりで新鮮味がない行事と思うかもしれません。でもその認識は誤り。何故かと言いますと学園都市エレンに入学してくる生徒の半数は転入生によって構成されているからです。つまり新年度には転入してくる生徒が相当数いるので、在校生も新年度の浮ついた雰囲気を毎年体感できるのです。
この行事さえなければ。
ジュリエッタも新年度を心から満喫できたのに。
「ジュリエッタ君、聞いているのかね。お父様からのお手紙は確かに渡しましたからね」
担任教師の声で私は現実に引き戻される。
「すいませんでした、物思いに浸ってしまいまして」
「気にすることはないさ、久しぶりのご両親からのお手紙だ。私の娘もこのくらいの反応してくれれば可愛げあるのだが。聞いてくれないか……」
わずかの間ではあったけれど現実逃避したことに気恥しくなりました。伏せ目がちに返答したので担任教師の方は別の意味で受け取ってくれました。その代償として、娘さんの愚痴を聞かされることにはなったけれど。
ようやく解放されましたので、毎年私の心を沈めてきた行事に取りかかることにしました。
手紙を開けると学業は進んでいるのかとか、恋人は出来たのかとか、いつものように探りを入れるような文面から始まります。お父様の近況などを読み終えると、最後に今年度からパトロンとなるべき生徒の名前が書かれたところまできました。
お父様、ジュリエッタは思うのです。
また今年も毒にも薬にもならない人物に大金を投じるのですか、お父様?
いえ、そんなことはないです。教育に対して理解ある姿勢、権益のみを求めない御心を私はご立派だと思います。
ですが一人なら何も言いませんが、どうして五人も六人もパトロンになるのですか。
そのような大判振る舞いをするほど、我が家は裕福ではないのですよ。
大体、そのようなお金があるのなら、その幾らかを私の学費に何故もう少し回してはくれないのですか!
パトロンになっている家の子弟が奨学金を頂く身の上なんて。この冗談みたいな状況はどういう事なのですか、一体!!
抑えようとしても抑えきれない負の感情が込み上げてきます。いけません、このような醜態を他の方に晒すわけには。
我に返って辺りを見渡してみますが、幸い、事前に予想して一目につきにくい場所で手紙を読んでいたので通りかかる人は誰もいませんでした。或いは、他の方が危険を察知して避けたのかもしれませんが、この際良しとしましょう。
ようやく心が落ちついてきたので、忌々しい新たな金食い虫の名前を確認する事にしましょう。
今年の悪意なき侵略者は、『葛宮 麻人』という方でした。
◇
ジュリエッタの名誉のために弁護しておかなければならないが、ジュリエッタは鬼ではないし金の亡者でもない、一介のティーンエイジャーに過ぎない。
彼女の境遇を理解するにはエレンで行われているパトロンと呼ばれるシステムと、その背景について理解しなければならない。
ライトの運用の事例から分かるように、魔術師や魔法士養成は資金を要する事業である。
一般に魔術師や魔法士となるには家庭教師などによる特別講義を受けるか、エレンのような専門機関で学ぶかの二者択一。
どちらがより良い教育を受けられるかと問われれば見解が別れるところだが、前者だと一般的には考えられている。前者を採用するには投じる経費もかなりの額を要し、相応の家でなければ家庭教師となる優秀な師を用意できない。
それでも前者の例は少数ながら存在するが、大多数の人物は学園で学ぶことにより魔術師や魔法士として成長していくこととなる。
尚、この二者に属さない形としては然るべき師に弟子入りする例もあるにはあるが、それらの人物もある年齢、レベルに達すると専門機関に送られる。師も暇ではない上、あるレベル以上は文献や資料、機材が整った場所で切磋琢磨したほうが色々都合が良かったりするからだ。
専属の家庭教師を雇っている場合や弟子入りをしてある段階まで進んだ者達は、転入生として専門機関にやってくることが多い。在校生の半分が転入生で構成されるのも、このような理由のためだ。
彼らは道場破りの感覚で転入してくるが、大抵の場合その鼻っ柱を成績上位者や上級生に叩き潰されるのも新年度の恒例行事となっていた。
恒例行事を勝ち抜いた猛者は、名前の前に『あの』と称号が付くこととなる。
話題が逸れたが、問題は一年分の授業料だけでも一般的な家庭の一年分の年収に匹敵することだ。
無論、成績上位者への奨学金制度は存在し、そのような生徒達は授業料を免除されている。奨学金に漏れた生徒でも各都市が行っている助成制度により、授業料の三十パーセントまで補助される。
それでも多額の費用を用立てしなければならないが、経済的な理由で人的資源を喪失しないようにするためパトロンと呼ばれる個人による経済的支援制度が存在する。
この制度を利用できた者達は自らの将来を質草とし、その代わり助成制度の利用者と異なり授業料の返済を必要とせず生活費まで支給される。
将来を質草にと聞けば奴隷階級に身を落とす、と想像するかもしれないがそれは違う。
彼らはパトロンとなった人物や組織に卒業後所属することを契約する、学生の青田買いと言えなくもない制度だ。パトロン制度を利用する生徒は金銭的に裕福でない背景を鑑みれば、借金に塗れることなく将来を保証されるパトロン制度は双方に利点があり、決して阿漕な制度とまではいえない。
とはいえ売り手市場でなく買い手市場であるが、成績上位者は奨学金を受けることもあり、パトロン制度を利用する生徒は一枚落ちるというのが一般的な認識だ。それでもパトロンになるものが絶えないのは、それだけ多くの都市や組織が魔法士の価値に気が付き始めたからだろう。
また教育道楽者も一部であるが存在し、ジュリエッタの父親はその典型的な例である。
少なくともジュリエッタはその様に考えていた。




