3話、彼と彼女の事情
真壁探偵事務所はビルの最上階に位置し、贅沢にもフロアを丸ごと使用していた。
ビルのオーナーだから出来る特権である。
顧客からはそれなりの手数料を頂いてはいるが、探偵ごときの収入でビルを買えるものではない。
それを可能としたのは肉親から生前贈与という形でいくつかのビルを相続してた結果であり、当事務所が入るビルもそのとき手に入れた。
探偵であり魔術師もある俺にとって、都市の死角となる屋上近くに居を構えるのは何かと都合が良い。
結界やらで隠蔽したとしても限界があり、目立たない場所は何かと好ましい。
最上階ともなると喧騒から離れているため思いのほか居心地が良く、今では住居も兼務している。
そう、喧騒から離れていたのだ。
最近までは。
「征志郎。麻人を魔法士学校に転入させるとは、どういうことなのでしょうか」
所長室に入ってきたブレザー姿の少女は、穏やかな口調だが怒りを込めた視線で俺を問い詰める。
必ず反対すると分かっていた。
外堀を埋めてから説得を試みるつもりだったのだが、内通者により暴露されてしまった。
女性特有の感で事態を察知してマイヤーに事情を聞いたのだろう。
有能かつ忠実な我が執事マイヤーは女性全般、特に彼女には甘い。
「征志郎、私は言った筈ですよね? 第一世界『ウーヌス』から人員を増員できないため、貴方の力だけで実態調査、救出をしてくださいと」
バレてしまったものはしようがない、その通りだと悪びれずに断言する。
「私の話をちゃんと聞いていましたか、征志郎叔父様」
金髪の美少女に迫られるのは悪くはないが、首に両手を掛けられるシチュエーションは御免こうむる。
少女の名は、真壁 アリア。
今回の依頼人であり、世間的には姪ということになっている。
名義上の姪にしているだけで、勿論、本当の姪などではない。
止むに止まれぬ諸事情により預かる事になり、以来、我が家では喧騒が堪えない。
『実力行使に直ぐ出るのはお嬢の悪い癖だ』
軽く締め付ける手を剥がそうとせず視線でアリアに意思を伝える。
軽い締め付けであってもそれなりに息苦しい。だが、このようなケースではやりたいようにさせておく方が、被害が少ない事を経験で知っている。殺す気はなくジャレているだけだと、最近はその思うようになってきた。
抗議の意思を伝えるつもりだったが、偶然お互いの目を見つめる形になる。
「……」
予想していなかった反応にアリアの顔が赤くなっていき、締め付けられていた手がようやく緩む。
両手を離し可笑しげな挙動をするが離れようとはしない。
ブレザー越しながらアリアの女性の象徴を間近で見る事ができたが、まだまだ成長が足りないなと改めて思う。
一応断っておくが決して故意ではない。
いつまでも離れてくれないが、だからといっても突き放す訳にもいかない。
ならいっそ、このまま抱きしめたら驚いて離れるのではないか? という他愛もない事を思いつく。実行したら色々取り返しのつかない事態が発生するような予感がした。なにより名義上とはいえ叔父として間違っている態度だと一蹴する。
いくつか浮かんだ考えが却下されたため、対応に苦慮していたところに少年が所長室に入ってきた。
「真壁さんとジャレるのは、出来れば僕の見ていないところでして貰えませんか」
予想もせず声をかけられたため、アリアは後ろに倒れる。
勢いよく机に頭をぶつける直前、俺は浮遊の魔術でそれ以上倒れないように支えてやった。
倒れそうになったとき一瞬スカートの中が見えたが、見なかったふりをする。
見なかった事になっているので、生憎何色だったかは答えられない。
「ありがとう、征志郎」
俺には謝辞を少年には敵意のこもった視線を送り、アリアは俺から離れ向かいのソファーに腰を下ろす。
「丁度良かった。麻人、君にも関係のある話だ」
「聞いてましたよ、僕を魔法士学校に転入させる件ですね。お願いしていた件ですから異存はないですが、条件があるのですよね」
「貴方は、最初から見ていたのですか!」
「聞いていたとしか言ってませんよ。それとも、何か見られては困る事でもあったのでしょうか?」
いたずらを思いついた猫のような表情で麻人は言い、アリアは言葉に詰まり押し黙ってしまう。
静かになり事情を話しやすくなったのは歓迎すべき展開だ。
シンイチから聞いた全ての内容を話す。魔法士学校には何人もの『異世界に無意識に拉致された者達』が在校しており、全員が同じ人物を後援者にしていた。その人物から身柄を譲り受け、思惑を調査する必要が出て来たと説明する。
「僕は囮の餌になる代償として、学園に通えると言う事ですね」
「話が早くて助かる。幸い餌として麻人は上等だ、食いつくことは間違いない」
「餌だなんて、異世界に無意識に拉致された者達は犠牲者です。道具として扱っていい存在ではありません」
悪くない倫理観だが、協力者も無しに活動できるほど俺の仕事は簡単ではない。
「僕に異存はないですよ、真壁さん。利害の一致があったほうが話としてはシンプルですし」
一人反対をするアリアを置き去りに、俺達は阿吽の呼吸で話を進める。
俺達の会話に入って来れない事が不満らしく、私を無視しないで下さいと抗議をするが気にしてはいけない。
「対象者と真壁さんが共に名乗り出たら、どのように決めるのですか。競売のように競りでもするのですか」
「いや後援者候補同士が選手を出して戦い、勝った者が権利を得る制度だそうだ。資金力がある方が強力な選手を出せるため有利には違いない」
「そのルールなら真壁さんが負けることはないでしょうね」
少年の名は葛宮 麻人、事情があって保護している来訪者だ。
アリアより二歳年下の十四歳だ。
魔術に対してかなり高い素養もあることから弟子にしようかと思っていたが、本人は『ドォオ』で魔術学校に通う事を希望していた。
今回通うのは魔術学校ではなく、魔法士学校だが俺達にとっては大した違いはない。
本人は公的な機関で魔術が学べればそれで良いようだ。
「私は葛宮 麻人が学園に通うのは絶対許可しません! 今迄のように征志郎に師事すれば良いはずです」
「だが麻人の才能は俺の予想を超えていた。これ以上の魔術の上達は専門の教育機関に通うか、しっかりとした個人指導のいずれかが必要だ。生憎俺はそこまで付き合うほど暇ではない。だから麻人を学園に通わせるのは色々と都合が良い」
「そこまで学習が進んでいたなんて聞いていません! それなら今すぐに『ウーヌス』に帰るべきで、学ぶためにドォオに留まる等本末転倒です!!」
今まで無視されていたこともあり、アリアはややムキになり反対論を展開する。
もっともアリアはここまで強硬に反対するのは、彼女が『ウーヌス』の『管理者』だからなのだが。『ウーヌス』の管理は完璧だったので本人に責任はないが、発生した責任を突き詰めれば当事者の一人だとは言える。 他の世界に干渉するのは本来ご法度らしいのだが、例外規定条項とやらを適用することで、無茶な条件付きながらも救出と実態調査を依頼してきた。
本来、俺は仕事に私情を挟まない主義だ。
それでもまだ幼いながら何とかしようと奮闘する姿勢を評価するから、この依頼を受けている。
勿論、理由は他にもあるのだが、アリアの真摯な姿勢が俺を動かしたのも事実だった。
「真壁さんから聞きましたよ、『帰還する人物の希望を、出来る範囲で一つ叶えてやるようにと依頼人から言われている』と。僕の希望は魔術学校への進学であって、永住とまでは言ってないですよ」
「でも、でも、病院で伏せている貴方をご両親はきっと心配している筈です。そのこともよく考えてください」
「両親に親不孝をしているのは分かっています。ですが今帰っても、卒業後に帰っても戻ったときの時間はそれほど変わらないのですよね」
(征志郎、余計な事を教えましたね!)
アリアから軽く睨まれたが、見なかったことにして煙草を吸う。
「征志郎の言葉は間違っていませんが、でも、正しくはありません。『ドォオ』から帰ったときのリスクは、帰還が遅れるほど高まる可能性があります。何故なら、精神が世界間の時差にどれだけ堪えられるかは未知数なのです」
「遠まわしな嘘はいけないですよ。世界間の時差にそれほど高いリスクがあるのなら、今日帰ったシンイチさんは二十年ですよ。彼に高いリスクを犯させてまでアリアさんは帰還させたのですか」
些か意地の悪い問いかけだ。
シンイチにその説明をしなかったのは俺だが、依頼を受けたとき説明しろとはアリアは確かに言っていなかった。
医者なら説明不足と非難されて然るべきケースだろう。
今回のケースが虚偽にあたるのか、或いは優しさ故の行為かは判断できない。
俺に分かるのは、シンイチはそのリスクを聞かされたとしても、間違いなくウーヌスに戻っただろうという事だけだ。
麻人の言葉を受けてアリアは俯いたまま言葉を発しなくなった。
髪で隠れているからよく見えないが泣いているのかもしれない。
言いすぎたのが分かり、麻人もそれ以上は言葉を発しなかった。
空気が重い。
二人とも言いたい事も言ったのだから、このくらいでいいだろう。
俺は吸っていた煙草を灰皿で消す。
「麻人、そのくらいにしておくんだ」
「すいません、言い過ぎました」
素直に謝れるのは麻人の美徳だ。
俺があのくらいの年齢だったときは、素直に非を認めない生意気なガキだった。
今では立派な性質の悪い大人だ。
「シンイチに説明しなかったのは俺だ、その責めは俺が甘んじて受けよう」
アリアの肩がビクンと震えた。
庇ってもらってくれたのが嬉しかったのだろう、表情に明るさが戻るのが分かる。
「ありがとう、征志郎」
怒られたり礼を言われたりと忙しい日だ。
礼には返答せず、用意していた書類をアリアに差し出す。
「お嬢、その書類に『上の方』としてサインをしてくれないか」
最初は報告書か必要経費の請求書とでも思ったのだろう、アリアはキョトンとした顔で書類を受け取った。だが渡された書類に目を通すにつれ、全てが事後承諾になっている事を理解すると徐々に怒りで顔が赤くなっていく。
「悪いが明日必要なので、今処理してくれると助かる」
書類は後援者になるための紹介状。
麻人は転入試験を今日中に済ませたが、紹介状に相応しい推薦人がどうしても見つからなかった。
『上の方』の推薦なら、学園がどれほど嫌がっても反対が出来ないから都合が良い。
問題は理事長が価値を理解できるかだが、仮にも魔法士学校の理事長なら知っている可能性はあった。
なにより俺を勇気付けたのは、シンイチが知っていた事だ。
シンイチが知りえたのなら『上の方』に関する知識を、エレンでは秘匿されている可能性がある。
「征志郎叔父様、サインを求める前に他に言う事はないでしょうか」
無いと即答すると、アリアがキレた。
キレはしたが暴力に訴える事はせず、部屋に何かを取りに行く。
「……征志郎さん、本当にこれでよかったのでしょうか」
流石の麻人も心配気味だ、安心しろ俺も良いとは思ってはいない。
『その責めは俺が甘んじて受けよう』と助け舟を出しながら、そこから突き落とすのは我ながら悪党だと思う。
パトロン申請期限が明日では、アリアの承諾を待っていては間に合わなかった。
だから、無断で麻人に転入試練を受けさせたのだ。
事前申請無しで転入試練が受けられなかったらどうなったことか。
「征志郎叔父様、私はサインをしますから、これに参加してくださいね?」
ブレザーから私服に着替えたアリアは、これ以上ない笑顔だった。
だが、それが返って怖い。
渡された用紙が婚姻届だったらたまらないなと思いながら確認すると、学校行事の案内だった。
「入学式ですね。そういえばアリアさんは中高一貫校に通っていましたが、エスカレーター式でも入学式はあるんですね」
「参加してくれますよね?」
「アリア、やはり卒業式に出席しなかったのを恨んでいたのか」
「私はそのような事で恨んだりしません。出ると言いながらマイヤーを代理出席させたとしても、私を騙したとは思ってはいませんよ」
他意があったわけではない。
偶然仕事が入って出席が出来なくなったが、偶然マイヤーだけ予定が空いていただけだ。
代理とはいえ、ちゃんと出席はしている。
……いや、嘘を言うのはよそう。
正直、俺は父兄として参加したくなかった。
黒を基調に上下が統一されたスーツ姿で赤いネクタイを身につけた姿は、どう見てもヤクザにしか見えない。この姿では白い目で見られるどころか、校門の警備員に止められる可能性すらあった。
似たような格好でサッカー選手が卒業生として後輩に授業をする番組に出てきたが、学校関係者がよく許したなと思っていた。
なにより服を変えればいいではないかと言う話ではない。
とにかく嫌なのだ、あの空間にわざわざ出て行くのが。
「入学式ですから、まさかその服装で参加しませんよね」
アリアは有無を言わせない迫力で俺の腕を取ると、服を新調するため街に連れ出そうとする。
(やられましたね)
(言うな)
麻人は手を振りながら俺達を送り出した。




