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婚約破棄された銀髪令嬢は泣かない~だって王宮スイーツが美味しいから~  作者: 山田 バルス


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第四話 大陸一の商会頭を救った騎士団長は、恋に落ちた

第四話 大陸一の商会頭を救った騎士団長は、恋に落ちた



 第二王子から婚約を申し込まれた翌日。

 カヌレンは、朝から落ち着かなかった。


「……婚約、ですか」


 昨日の出来事を思い返す。

 第二王子殿下――ルミアンド殿下。

 王族でありながら気取ったところがなく、何よりカヌレン自身を見てくれた。

 けれど。


「さすがに、すぐにお返事はできないわよね……」


 窓辺で呟く。

 婚約を破棄されたばかりなのだ。

 もう一度、誰かを信じることには、まだ少し勇気が必要だった。


「お嬢様」


 侍女が声をかける。


「マドレーヌ様がお呼びです」

「お祖母様が?」

「はい。中庭にいらっしゃいます」

「分かったわ」


 カヌレンは立ち上がった。

 屋敷の中庭。

 そこには、色とりどりの花が咲き誇っていた。

 そして、その中央にある白いテーブルでは――。


「まあ! この焼き菓子、とても美味しいわ!」


 マドレーヌが嬉しそうに笑っていた。


「お祖母様……」

「カヌレン。こちらへいらっしゃい」

「はい」


 向かいに座る。


「昨日のことだけれど」

「……はい」

「第二王子殿下のお話、どうするの?」

「まだ決めていません」

「あら」

「もう少し考えたいと思います」

「そうね」


 マドレーヌは意外にもあっさり頷いた。


「あなたの人生だもの。あなたが決めればいいわ」

「ありがとうございます」


 その言葉が嬉しかった。

 すると。

 マドレーヌが、にこりと笑う。


「ただし」

「はい?」

「もし断るなら、私がもっと素敵な殿方を探してあげるわ」

「お祖母様!」


 カヌレンが頬を膨らませる。


「昨日から、そればかりではありませんか」

「だって、あなたには幸せになってほしいもの」

「私は一人でも――」


 その瞬間だった。

 ――カタン。

 庭の奥。

 木の枝が揺れた。

 カヌレンが顔を上げる。


「……?」


 風は吹いていない。

 なのに。

 何かがおかしい。


「お祖母様」

「どうしたの?」

「今、あそこに……」


 カヌレンが指を向けた。

 次の瞬間。

 ――シュッ!

 空気を裂く音。


「危ない!」


 誰かが叫んだ。

 銀色の刃が、マドレーヌへ向かって飛んでくる。


「お祖母様!」


 カヌレンが立ち上がる。

 しかし。

 間に合わない。

 そう思った瞬間――。

 ガキィン!

 甲高い金属音が響いた。

 一本の剣が、飛来した短剣を弾き飛ばした。


「下がってください!」


 低く鋭い声。

 次の瞬間。

 庭へ一人の男が駆け込んできた。

 黒銀の髪。

 鋭い灰色の瞳。

 鍛え抜かれた長身。

 銀色の騎士服には、王国騎士団の紋章が刻まれている。


「騎士団長……?」


 カヌレンが呟く。

 男の名は――。


「グラッセ様!」


 侍女たちが声を上げた。

 フィルモル王国騎士団長。

 グラッセ=マロンディア。

 王国最強の騎士の一人として知られる男だった。


「マドレーヌ様、お怪我は?」


 グラッセが振り返る。

 その声は、先ほどまでの鋭さとは違っていた。

 驚くほど穏やかだった。


「ええ。大丈夫よ」


 マドレーヌは、いつも通り微笑んでいる。


「それより……」


 マドレーヌは、テーブルの上を見る。


「ケーキが倒れてしまったわ」

「…………」


 グラッセが固まった。

 カヌレンも固まる。


「お祖母様……」

「だって、せっかく綺麗に盛り付けてあったのに」

「今はケーキより、お命の方が大切でしょう!」

「もちろん分かっているわ」


 マドレーヌは胸を張った。


「でも、ケーキも大切よ」

「…………」


 グラッセは、しばらくマドレーヌを見つめていた。

 そして。

 ふっと。

 口元が緩んだ。


「……なるほど」

「何がですか?」


 カヌレンが尋ねる。


「いや」


 グラッセは首を振った。


「噂とは違う方だと思っただけです」

「噂?」

「大陸一の商会を率いる、冷徹な女傑だと聞いていました」

「あら」


 マドレーヌが笑う。


「誰がそんなことを言ったのかしら」

「商人たちです」

「まあ。失礼ね」


 マドレーヌは頬を膨らませる。


「私はただ、良い商品を適正な値段で売っているだけなのに」

「それで大陸中の商会を傘下に収めたのですか?」

「結果的にそうなっただけよ」

「……」


 グラッセは再びマドレーヌを見る。

 そして。

 なぜか、目を逸らせなくなった。

 柔らかな紫の瞳。

 穏やかな笑顔。

 どれほど大きな力を持っていても、それを誇ることなく。

 ただ、美味しいケーキを嬉しそうに食べている。

 ――綺麗だ。

 その言葉が、グラッセの胸に浮かんだ。

 今まで。

 これまでに、これほど興味を持った女性はいなかった。

 騎士団長という立場もあり、毎日が仕事で終わる。

 社交界の令嬢たちから声をかけられても、あまり関心がなかった。

 なのに。

 今。

 目の前の女性から、目を離せない。


「……グラッセ様?」


 マドレーヌが首を傾げた。


「どうかされたのかしら?」

「いえ」


 グラッセは慌てて視線を逸らした。


「何でもありません」

「そう?」

「はい」


 けれど。

 耳が、ほんの少し赤くなっている。

 カヌレンはそれを見逃さなかった。


「……?」


 どうしたのだろう。

 騎士団長様は、なぜかお祖母様を見るたびに少し様子がおかしい。

 そのとき。

 庭の向こうから、騎士たちが駆けてきた。


「団長!」

「どうした?」

「賊を一名、確保しました!」

「そうか」


 グラッセの表情が一気に引き締まる。


「誰の指示で動いた?」

「まだ何も話していません」

「分かった。王宮へ連行しろ」

「はっ!」


 騎士たちが男を連れていく。

 グラッセはマドレーヌへ向き直った。


「マドレーヌ様」

「はい?」

「しばらくの間、警備を増やさせていただきます」

「まあ、大丈夫よ」

「いけません」


 即答だった。


「今回の賊は、明確にあなたを狙っていました」

「でも――」

「あなたに万一のことがあれば、王国だけの問題では済みません」


 グラッセの瞳が真剣になる。


「グラン・マルシェ商会の取引先は、大陸中にあります。あなたが倒れれば、各国の交易にも影響が出る」

「まあそうかしら?」


 マドレーヌが手の平を頬に当て、小さく首を傾げた。


「そこまで考えてくれているのね」

「当然です」

「本当に頼もしい騎士様かしら」

「……」


 その一言で。

 グラッセの表情が僅かに緩んだ。


「ありがとうございます」

「こちらこそ」


 マドレーヌは微笑む。


「カヌレンのことを心配してくださっているのでしょう?」

「……え?」

「孫を心配して、わざわざ駆けつけてくださったのね?」

「…………」


 グラッセが固まる。

 違う。

 彼が駆けつけたのは、マドレーヌが狙われていると聞いたからだ。

 もちろんカヌレンの身も心配だった。

 だが。

 本当に気になったのは――。


「いえ……」


 グラッセは言いかけた。


「私は……」


 マドレーヌを見る。

 その紫の瞳と目が合う。

 胸が、大きく鳴った。


「……あなたを」

「え?」

「…………」


 言えない。

 まだ。


「あなた方を、お守りするためです」


 結局、そう言った。


「まあ」


 マドレーヌは嬉しそうに笑った。


「本当に優しい方ね」

「……」

「カヌレン」

「はい?」

「グラッセ様は素晴らしい騎士ね」

「ええ……そう思いますわ」


 カヌレンは頷いた。

 けれど。

 どうしてだろう。

 グラッセの視線は。

 さっきから一度も、自分に向いていない。

 ずっと。

 お祖母様を見ている。


「……まさか」


 カヌレンが小さく呟く。


「どうしたの?」

「い、いえ!」


 慌てて首を振る。

 まさか。

 そんなはずはない。

 けれど。

 グラッセが帰るために馬車へ向かったあと。

 カヌレンは、ふと祖母の隣へ座った。


「お祖母様」

「なぁに?」

「グラッセ様って……」

「とても立派な騎士ね」

「そうではなくて」

「?」


 カヌレンは祖母の顔を見る。


「……いえ。何でもありません」


 まだ、確信はない。

 けれど。

 カヌレンには、なんとなく分かってしまった。

 あの騎士団長は。

 きっと――。

 お祖母様に、特別な感情を抱き始めている。

 そして。

 その日の夕方。

 マドレーヌの屋敷に、一通の手紙が届いた。

 差出人は――グラッセ。

 内容は、たった一言。


『明日の警備について、直接ご説明させていただきたく存じます』


 カヌレンは、その手紙を見つめる。


「……お祖母様」

「なぁに?」

「明日もグラッセ様がいらっしゃるそうですよ」

「あら」


 マドレーヌは嬉しそうに笑った。


「まあ。カヌレンを心配してくださっているのね」

「…………」


 違うと思います。

 カヌレンは心の中で呟いた。

 けれど。

 その隣で、マドレーヌは嬉しそうにチョコレートケーキを頬張っている。


「まあ、美味しい」

「……もう」


 カヌレンは小さく笑った。

 ――どうやら。

 婚約破棄をきっかけに始まった新しい人生は。

 自分だけではなく。

 大好きな祖母の人生まで、大きく変えようとしているらしかった。

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