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婚約破棄された銀髪令嬢は泣かない~だって王宮スイーツが美味しいから~  作者: 山田 バルス


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第十八話 騎士団長視点 銀髪の魔女に恋をしています

第十八話 騎士団長視点 銀髪の魔女に恋をしています


 ――小麦騒動が、ようやく落ち着いた。

 王都の市場には、少しずつ活気が戻っている。


「小麦の価格は、ほぼ適正水準まで戻りました」


 マルセイユ侯爵家にあるマドリーヌの客室。

 グラン商会の支店長、ナッツが報告に訪れていた。


「そう」


 マドレーヌ様は、帳簿を閉じた。


「農家の方々も、これで一息つけるかしら」

「はい」


 その横顔を見つめながら、私は静かに息を吐いた。

 ――やはり、この人は凄い。

 ただ儲ければいいという商人ではない。

 高くなりすぎれば、人々が苦しむ。

 安くなりすぎれば、今度は農家が苦しむ。

 その両方を見ている。

 そして。

 自分が得られるはずだった利益を捨ててでも、市場を守った。

 そんな女性を。

 私は――。


「グラッセ様?」

「……はい?」


 マドレーヌ様が振り返る。


「どうかしましたか?」

「いえ」


 私は慌てて視線を逸らした。


「少し考え事をしていただけです」

「そう?」


 マドレーヌ様は不思議そうに首を傾げた。

 銀色の髪が、さらりと揺れる。

 その姿を見て。

 また胸が苦しくなった。

 ――私は、いったい何をしているのだ。


     ◇


 最初は、ただの尊敬だった。

 それがいつから変わったのか。

 今となっては、もう分からない。

 初めて会ったときから。

 マドレーヌ様は、美しい女性だった。

 それだけではない。

 商人としての強さがあった。

 誰かに頼るのではなく。

 自分の力で道を切り開いていく。

 それなのに。

 誰かが困っていれば、手を差し伸べる。

 ピエールのケーキを見たときもそうだった。

 優勝したピエールを。

 まるで自分のことのように喜んでいた。

 そして、小麦騒動でも。

 農家が困れば小麦を買い。

 市場が落ち着けば、そこで手を止めた。

 自分だけが儲かればいいとは考えない。

 ――そんな人だった。

 気づけば。

 私は彼女を目で追っていた。

 困っていれば、助けたいと思った。

 危険があれば、守りたいと思った。

 笑っていれば、自分まで嬉しくなった。

 そして。

 誰か別の男が彼女の隣に立っていると。

 なぜか、胸がざわついた。

 その理由に気づいたとき。

 私は、自分自身に驚いた。

 ――私は、マドレーヌ様が好きなのだ。


     ◇


「グラッセ様」

「はい」

「カヌレンのことですが」

「……!」


 一瞬、心臓が跳ねた。

 やはり。

 そうなのだろうか。

 マドレーヌ様は私が、孫娘のカヌレン嬢に恋していると勘違いしている。

 私は少しだけ苦笑した。


「カヌレン嬢なら、心配はいりません」

「まあ?」

「彼女はとても強い女性になりますよ」

「そうでしょうね」


 マドレーヌ様が嬉しそうに笑う。


「私の自慢の孫ですもの」


 その笑顔を見ると。

 胸の奥が温かくなる。

 カヌレン嬢を大切に思っている。

 それは本当だ。

 けれど。

 それは――。


「……マドレーヌ様」

「何かしら?」

「私は」


 言葉が止まる。

 言ってしまえば。

 もう後戻りはできない。

 私は騎士団長だ。

 そして、マドレーヌ様より二十五歳も若い。

 周囲から見れば。

 おかしな関係だと思われるかもしれない。

 そもそも。

 彼女には孫がいる。

 世間から見れば、普通ではない。

 だから。

 これまで言わなかった。

 言ってはいけないと思っていた。

 ――けれど。

 もう、自分の気持ちを誤魔化すことはできない。


「……どうしましたの?」


 マドレーヌ様が心配そうに私を見る。


「いえ」


 私は小さく笑った。


「少し、緊張していただけです」

「緊張?」

「はい」


 そのときだった。


「お祖母さま!」


 カヌレン嬢がこちらへ駆けてきた。


「王城からお手紙が届いています!」

「王城?」

「はい。王妃陛下からです」


 マドレーヌ様が手紙を受け取る。

 封蝋には王家の紋章。

 彼女が封を開く。


「まあ」

「どうされました?」

「王妃陛下がお茶会に招いてくださるそうよ」

「お茶会……」


 私は思わず呟いた。

 王妃陛下。

 先日の小麦騒動の件だろう。

 おそらく。

 カヌレン嬢と第二王子殿下のことも話すはずだ。

 そう思った瞬間。

 胸の奥に、冷たいものが落ちた。

 ――カヌレン嬢とルミアンド殿下。

 もし、その二人の婚約が正式に決まったら。

 マドレーヌ様はこの国での用事を終わるかもしれない。


「グラッセ様?」

「……はい?」

「顔色が少し悪いですわ」

「いえ。問題ありません」


 私は笑った。


「王妃陛下のお茶会ですから。私も護衛として同行いたします」

「まあ。頼もしいわ」


 マドレーヌ様が笑う。

 その笑顔を見て。

 私は決めた。

 ――逃げるのは、もうやめよう。

 自分の想いを伝えようと。


     ◇


 その夜。

 私は一人、騎士団長室にいた。

 机の上には、王妃陛下から届いた茶会の案内状。

 その文字を見つめながら、私は考えていた。

 マドレーヌ様は六十歳。

 私は三十五歳。

 二十五歳も離れている。

 普通なら。

 誰もが無謀だと言うだろう。

 私自身も、そう思っていた。

 私がまだ知らないものを、彼女はたくさん知っている。

 それでも。

 私は惹かれてしまった。

 美しいからだけではない。

 強いからだけでもない。

 優しいからだけでもない。

 笑顔も。

 怒った顔も。

 誰かを心配する姿も。

 商売のことを語る真剣な眼差しも。

 全部、好きなのだ。


「……私は、何をしているんだ」


 思わず苦笑する。

 この歳になって。

 まるで少年のようだ。

 だが。

 胸の奥から湧き上がる気持ちは、消えてくれない。


「マドレーヌ様……」


 名前を口にしただけで。

 胸が熱くなる。

 そして。

 もう一つ。

 私は、ずっと勘違いされていることに気づいていた。

 マドレーヌ様は。

 私がカヌレン嬢を気に入っていると思っているのではないだろうか。

 確かに私は、カヌレン嬢を大切にしている。

 だが。

 それは――。


「好きな女性の孫だから、ですよ」


 誰もいない部屋で、呟く。

 もしカヌレン嬢が困っていれば助ける。

 危険があれば守る。

 笑っていれば嬉しい。

 それはすべて。

 彼女の祖母である、マドレーヌ様を大切に思っているからだ。

 だから。

 私は決めた。

 王妃陛下のお茶会が終わったら。

 ――伝えよう。

 自分の気持ちを。


     ◇


 翌日。

 王都の街を歩いていると、マドレーヌ様が私に声をかけた。


「グラッセ様」

「はい」

「王妃陛下のお茶会、楽しみですわね」

「……そうですね」

「カヌレンも、きっと喜ぶでしょう」

「ええ」


 私は頷いた。

 けれど。

 心の中では別のことを考えていた。

 ――私は、あなたのために行くのです。

 カヌレン嬢のためではない。

 王妃陛下のためだけでもない。

 あなたに。

 私の気持ちを伝えるために。


「グラッセ様?」

「何でしょう?」

「先ほどから、ずっと見られているのですが、何か御用かしら?」

「……!」


 しまった。

 私は慌てて視線を逸らした。


「気のせいです」

「そうかしら?」


 マドレーヌ様が首を傾げる。

 そして。

 くすりと笑った。


「変なグラッセ様」

「……申し訳ありません」

「ふふっ」


 その笑顔を見て。

 私は思った。

 ――やっぱり。

 この人が好きだ。

 たとえ二十五歳離れていても。

 周囲に何と言われても。

 この気持ちだけは、もう隠したくない。

 だから。

 王妃陛下のお茶会の日。

 私は――。

 マドレーヌ様に告白する。

 そう、心に決めた。

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