第十七話 王妃様、銀髪の魔女をお茶会に招く
第十七話 王妃様、銀髪の魔女をお茶会に招く
話は王都が、小麦問題で騒いでいた頃に戻る。
朝から、王城へ届く報告は悪いものばかりだった。
「小麦の価格が、昨日よりさらに上昇しております!」
「市場では買い占めが起きています!」
「パン屋の中には、販売量を制限する店まで……!」
「民衆の不満も高まっております!」
次々と告げられる報告に、私は額を押さえた。
王妃として、こんなに頭が痛くなる朝は久しぶりだった。
「……小麦が、そこまで?」
「はい」
侍女から渡された報告書に目を通す。
小麦。
パン。
菓子。
王都で暮らす人々にとって、どれも欠かすことのできないものだ。
ところが、その小麦の価格が異常なほど跳ね上がっている。
原因は一つではない。
商人たちが買い集めている。
さらに、一部の貴族までが投機目的で小麦を買い占めているという。
――なんてことを。
食料を使って儲けようとする者までいるなんて。
私は深く息を吐いた。
「これでは、民が怒るのも無理はありません」
実際、すでに王都では騒ぎが起きていた。
食料を買えなくなった民が商店へ押しかける。
店の扉を壊す。
倉庫へ押し入ろうとする。
いわゆる、打ちこわしだ。
そして、それを止めようとした衛兵と衝突し、逮捕者まで出ている。
このままでは――。
「王都で、暴動が起きます」
思わず口に出していた。
暴動。
その先にあるものを、私は知っている。
民の怒りがさらに膨らめば。
王城へ向かう者が現れるかもしれない。
そして――。
王国そのものを揺るがすことになる。
「……革命なんて、絶対に起こさせてはいけません」
私は王妃だ。
この国で暮らす人々を守る責任がある。
けれど。
今の私には、何もできない。
それが悔しかった。
◇
私は国王に相談するため、執務室に移動した。
国王執務室では、夫のルイーモンドが頭を抱えていた。
「……どうすればいいのだ?」
「陛下……」
「価格を統制するべきか?」
「しかし、商人たちが反発するかと」
「では、王家が買い取るか?」
「王都全体を支える量となりますと、莫大な費用が……」
「では、他領から運ばせれば?」
「輸送にも時間がかかります」
「……」
夫が黙り込む。
議会でも、同じような状態だった。
「価格を下げろ!」
「しかし市場を無理に操作すれば、商人が小麦を売らなくなるぞ!」
「では、買い占めを禁止すればいい!」
「すでに買った小麦をどうする!」
「王家が没収するのか!?」
「そんなことをすれば、今後の商取引に影響が出る!」
「では、どうすればいいのだ!」
「それが分からないから困っている!」
会議室は怒号に包まれていたという。
私はその報告を聞いて、ため息をついた。
「……誰も答えを持っていないのね」
国王も。
議会も。
商人も。
そして私も。
皆が困っていた。
このまま小麦の価格が上がり続ければ、民の生活は破綻する。
そうなれば――。
王国そのものが危うい。
そのときだった。
「王妃様!」
侍女が慌てて駆け込んできた。
「どうしたの?」
「グラン商会の会頭、マドレーヌ=マルセイユ様がお見えです!」
「……え?」
私は目を瞬いた。
マドレーヌ様。春の舞踏会で、孫と勘違いされて婚約破棄された話は有名だ。
先日のケーキコンテストでは、息子の第二王子ルミアンドと一緒にいたらしい。
「なぜ、マドレーヌ様が?」
「陛下との面会を希望されております」
「すぐにお通しして」
私は立ち上がった。
もしかすると。
この方なら――。
何か手を持っているのかもしれない。
◇
ほどなくして。
扉が開いた。
「失礼いたしますわ」
現れた女性を見て。
私は思わず目を見開いた。
「……まあ」
何度見ても。
信じられない。
銀髪。
紫色の瞳。
そして、まるで二十歳そこそこの令嬢のような美しさ。
――この方が、六十歳?
あり得ない。
どう見ても私より年下にしか見えない。
むしろ。
「お祖母様」と呼ばれていることのほうが不思議なくらいだ。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
マドレーヌ様が優雅に礼をする。
「こちらこそ。お越しいただいて助かりました」
夫が答えた。
「どうぞ、お掛けください」
「ありがとうございます」
マドレーヌ様が席に着く。
そして。
いきなり本題へ入った。
「陛下」
「何でしょう?」
「現在の小麦価格について、どうお考えでしょうか?」
夫が眉を寄せる。
「どう、と言われても……」
マドレーヌ様は微笑んだ。
「このまま価格を釣り上げ、民を苦しめることをお望みですか?」
「まさか!」
夫が即答した。
「私は民に適正な価格で小麦を届けたい」
「そうですか」
マドレーヌ様が頷く。
「それなら、話は早いですわ」
その一言に。
私は思わず背筋を伸ばした。
「私どものグラン商会が、小麦を市場へ供給いたしましょう」
「本当か!?」
「はい」
夫の顔に、明らかな安堵が浮かぶ。
「ただし――」
マドレーヌ様が微笑む。
その瞬間。
私は思った。
――来た。
商人として、何か条件がある。
「いくつかお願いがございます」
「申してみよ」
「まず、王家には小麦の流通を妨げる命令を出さないでいただきたいのです」
「分かった」
「次に、買い占めを行っている貴族や商人への監視を強化していただきたい」
「それも約束しよう」
「そして、王家が必要以上に小麦を買い集めないことかしら」
「……なるほど」
「市場に王家が大量参入すれば、かえって混乱を招きますわ」
夫はしばらく考えた。
そして。
「分かった」
迷いなく頷いた。
「すべて了承しよう」
「陛下……」
私は驚いた。
これほどあっさり決めていいのかと思ったのだ。
けれど。
夫は静かに言った。
「私は国王だ」
その瞳に王としての覚悟が宿る。
「民が食べるものを、投機の道具にしたくはない」
マドレーヌ様が微笑んだ。
「素晴らしいお考えですわ」
そして。
静かに立ち上がった。
「では、明日からグラン商会は動きます」
「頼む」
「お任せください」
マドレーヌ様は優雅に礼をした。
「王都の皆様が、安心してパンを買えるようにいたしましょう」
そう言って。
彼女は王城を去っていった。
◇
「相変わらず……すごい女性だな」
夫が呟く。
「ええ」
私は窓の外を見る。
王城を出ていく銀髪の女性。
その姿は、とても六十歳には見えない。
むしろ――。
「あの姿は、どうみても二十歳くらいにしか見えませんわ」
「……そうだな」
「陛下は何も感じませんでした?」
「いや。私は商人としての迫力に圧倒されていた」
「まあ」
私は思わず笑ってしまった。
けれど。
次の瞬間。
別のことが気になった。
「……あの若さの秘訣」
「ん?」
「気になりません?」
夫が苦笑する。
「王妃が商人の美容法を気にするとは思わなかった」
「女性なら気になりますわ!」
六十歳なのに。
二十歳ほどにしか見えない。
あの美貌。
あの肌。
あの銀髪。
いったい、どうなっているの?
「……そうだわ」
私は手を叩いた。
「小麦の問題が解決したら、お茶会を開きましょう」
「お茶会?」
「ええ」
もちろん。
小麦を救ってくださったら、そのお礼もしたい。
けれど
それだけではない。
実は、以前から気になっていることがある。
息子のルミアンドだ。
最近、あの子はカヌレン嬢の話ばかりしている。
どうやら本気らしい。
――カヌレン嬢と婚約したい。
そうまで言っているのだ。
ならば。
祖母であるマドレーヌ様と、一度ゆっくりお話ししてみたい。
「侍女を呼んでください」
「かしこまりました」
侍女が入ってくる。
私は微笑んだ。
「一月後にお茶会の準備をお願いするわ」
「どなたをお招きするのでしょうか?」
「もちろん――」
私は窓の外を見る。
銀髪の女性が去っていった方向を。
「マドレーヌ=マルセイユ様です」
「まあ……!」
侍女が目を輝かせる。
「グラン商会の会頭様を?」
「ええ」
私は楽しそうに笑った。
「小麦の問題が解決したら、お礼をしなくてはならないでしょう?」
そして。
もう一つ。
「それから――」
私は少しだけ声を弾ませた。
「息子のことも相談しなくてはね」
「ルミアンド殿下の……?」
「ええ」
カヌレン嬢。
可愛らしい令嬢だった。
あの二人が並んでいる姿を思い出す。
もしかすると。
とても良い縁になるかもしれない。
そして何より――。
「マドレーヌ様の美容の秘訣を、ぜひ聞き出さなくては」
「……王妃様」
侍女が困ったように笑う。
「そちらが本音では?」
「まあ!」
私は扇で口元を隠した。
「もちろん、王妃としてのお礼が最優先ですわ」
少しだけ間を置いて。
「……その次くらいに、美容の秘訣ですわね」
侍女が笑う。
私も笑った。
こうして。
王都を救った伝説の女商人と。
王国を支える王妃との。
少し特別な茶会が――。
開かれることになった。
そして私はまだ知らなかった。
この茶会が。
小麦騒動だけではなく。
息子ルミアンドとカヌレン嬢の恋を、大きく動かすことになるとは。
もちろん。
マドレーヌ様の「若さの秘密」についても――。
私は絶対に聞き出すつもりだ。




