↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された銀髪令嬢は泣かない~だって王宮スイーツが美味しいから~  作者: 山田 バルス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

第十九話 お祖母様、二十五歳年下の騎士団長に告白される

第十九話 お祖母様、二十五歳年下の騎士団長に告白される


 ――王妃陛下のお茶会。

 その日を数日後に控えた朝。

 私は王都のグラン商会支店で、いつものように帳簿を確認していた。


「この小麦の取引については、こちらで進めてちょうだい」

「承知しました」


 ナッツが頭を下げる。


「砂糖の仕入れについては?」

「予定通りです」

「そう。なら問題ないわね」


 帳簿を閉じる。

 小麦の騒動は、ようやく落ち着いた。

 この後、カルトシュガー商会がどう動くのかは分からないけれど、今は王都の人々が安心して暮らせることのほうが大切だ。


「マドレーヌ様」


 そのとき。

 背後から声がした。


「グラッセ卿?」


 振り返る。

 そこには、騎士団長のグラッセ様が立っていた。


「お迎えに参りました」

「まあ。わざわざ?」

「王都ではまだ騒ぎが完全に収まったわけではありませんから」


 グラッセ様は穏やかに笑った。


「護衛をさせてください」

「ありがとうございます」


 私は微笑んだ。

 相変わらず、優しい方だ。

 小麦騒動の間も。

 ずっと私たちのそばにいてくださった。

 カヌレンのことも、とても気にかけてくださる。

 だから私は、すっかり安心していた。

 ――きっと、カヌレンのことを気に入っていらっしゃるのね。

 そう思っていた。


     ◇


「マドレーヌ様」

「何かしら?」

「少し、お時間をいただけませんか?」

「ええ」


 王妃陛下のお茶会について話があるのだろう。

 私はそう思っていた。

 けれど。

 グラッセ様は、いつもと少し違っていた。

 妙に真剣な顔をしている。


「どうしましたの?」

「……大切なお話があります」

「大切な?」

「はい」


 私は首を傾げた。


「カヌレンのことかしら?」

「……」


 グラッセ様が黙った。

 やはり。

 そういうことなのね。

 私は少しだけ迷った。

 ルミアンド殿下とグラッセ様、どちらがカヌレンを幸せにしてくれるのかしら。

 孫娘のことを大切に思ってくださる男性が二人もいる。

 祖母として、これほど嬉しいことはない。


「カヌレンなら――」

「違います」

「え?」


 思わず目を瞬いた。


「カヌレン嬢のことではありません」

「……まあ」


 では、一体何の話なのだろう。

 グラッセ様は、しばらく黙っていた。

 やがて。

 ゆっくりと私を見つめる。


「私は……」


 その瞳が、いつになく真剣だった。


「マドレーヌ様に、お伝えしたいことがあります」

「私に?」

「はい」


 なぜだろう。

 胸の奥が、ほんの少しだけ騒いだ。


     ◇


「私は、あなたを尊敬しています」

「まあ」

「商人としても」


 グラッセ様が続ける。


「一人の人間としても」

「ありがとうございます」

「あなたは素敵だ」

「……」


「誰かが困っていれば手を差し伸べる。

悪意を向けられても、それ以上の力でねじ伏せるのではなく、商売という方法で相手を負かす」


 私は少し笑った。


「商人ですもの」

「そして」


 グラッセ様の声が低くなる。


「誰かが成功すれば、自分のことのように喜ぶ」


 ピエールのことだろう。

 ケーキコンテストで優勝したとき。

 私は本当に嬉しかった。


「私は、そんなあなたを見ているうちに――」


 グラッセ様が一歩近づく。


「あなたを、守りたいと思うようになりました」

「……」


 胸が。

 どくん、と鳴った。

 どうして?

 どうして、そんなことを言うの?


「それは……騎士団長として?」

「いいえ」


 即答だった。


「一人の男としてです」


 息が止まった。

 私は何も言えなかった。


「マドレーヌ様」

「……はい」

「私は、あなたを愛しています」


 ――愛しています。

 その言葉が。

 頭の中で何度も繰り返された。


「……私?」


 思わず呟いていた。


「はい」

「本当に?」

「本当です」


 グラッセ様は迷いなく答えた。


「カヌレン嬢ではありません」

「……」

「あなたです」


 その言葉に。

 胸の奥が熱くなる。

 私はこれまで。

 ずっと勘違いしていた。

 グラッセ様がカヌレンに優しいのは。

 カヌレンを好きだからだと思っていた。

 けれど。

 違った。


「私は……」


 言葉が出てこない。

 こんなこと。

 想像したこともなかった。


     ◇


「グラッセ様」

「はい」

「私は、六十歳ですわよ?」

「存じています」

「あなたより、二十五歳も年上かしら」

「それも知っています」

「私は……」


 自分でも何を言おうとしているのか分からなかった。


「あなたが思っているほど、若くありません」


 すると

 グラッセ様が、少しだけ笑った。


「それは知っています」

「……」

「ですが、私が好きになったのは、年齢ではありません」

「え?」

「あなたです」


 また。

 胸が大きく鳴った。


「銀色の髪も」


 グラッセ様が私を見る。


「笑った顔も」


 一歩。

 近づいてくる。


「誰かを助ける優しさも」


 そして。


「商売のことを語るときの、強い眼差しも」


 まっすぐな瞳。


「全部、好きです」


 ――困ったわ。

 本当に。

 どうしましょう。

 こんなこと。

 久しぶりに思い出す感覚。

 胸が。

 ずっと落ち着かない。

 まるで若い令嬢のように。

 どきどきしている。


「……グラッセ様」

「はい」

「ずいぶん、困ったことをおっしゃるのね」

「申し訳ありません」

「謝らないでください」


 私は扇で口元を隠した。


「ただ……少し、驚いているだけですわ」

「……」

「まさか、あなたが私を――」


 そこで言葉が止まった。

 自分で言ってしまうと。

 なんだか恥ずかしい。


「……好きだなんて」

「はい」


 グラッセ様は、優しく笑った。


「ずっと伝えたかった」

「ずっと?」

「ええ」


 その声が。

 妙に優しくて。

 胸の奥が、また熱くなった。


     ◇


 しばらくして。

 グラッセ様は私から少し離れた。


「すぐに答えをいただこうとは思っていません」

「……」

「考えてください」

「私が?」

「はい」


 私は驚いた。


「私の気持ちを、迷惑だと思われても仕方がないと思っています」

「そんなこと……」


 ない。

 そう言おうとして。

 私は口を閉じた。

 だって。

 自分でも分からないのだ。

 迷惑だとは思わない。

 むしろ。

 嬉しい。

 胸が、こんなにも温かい。

 でも。

 それが恋なのかは。

 まだ分からない。


「少し……考えさせてください」

「もちろんです」


 グラッセ様が微笑んだ。


「ありがとうございます」


 そして。

 深く頭を下げると。

 部屋を出ていった。

 扉が閉まる。


「…………」


 私は一人になった。

 静かな部屋。

 机の上には、先ほどまで見ていた帳簿。

 けれど。

 もう。

 数字など頭に入ってこない。


「……私のことが、好き?」


 自分の胸に手を当てる。

 どくん。

 また。

 心臓が跳ねた。


「まあ……」


 思わず頬に手を当てる。


「こんなに、どきどきするなんて……」


 私は六十歳だ。

 若い令嬢ではない。

 これまで、商売に人生を捧げてきた。

 恋愛など。

 とうの昔に忘れたと思っていた。

 それなのに。


「……どうしたらよいのかしら」


 思わず笑ってしまう。

 胸の奥が。

 くすぐったい。

 嬉しいような。

 恥ずかしいような。

 不思議な気持ち。


「グラッセ様……」


 名前を呟く。

 すると。

 また、胸が跳ねた。


「……本当に、困った人ね」


 私は鏡を見る。

 そこには。

 銀色の髪をした、自分の姿。

 六十歳の女性。

 けれど。

 頬はほんの少し赤くなっていた。


「……私も、まだこんな顔ができたのね」


 そう呟いて。

 私は思わず笑った。


     ◇


 その日の夕方。

 カヌレンが部屋へ入ってきた。


「お祖母様?」

「何かしら?」

「今日は、なんだか嬉しそうですね」

「そう?」

「はい」


 カヌレンが不思議そうに私を見る。


「何か良いことがあったんですか?」

「……」


 私は答えられなかった。

 すると。

 カヌレンが首を傾げる。


「グラッセ様と何かあったんですか?」

「――っ!」


 思わず扇を落としそうになった。


「な、何もありませんわ!」

「……?」


 カヌレンが目を丸くする。


「お祖母様?」

「本当に何もないのよ!」

「でも……」


 カヌレンは少し考えて。

 にっこり笑った。


「お祖母様、顔が赤いですよ?」

「…………」


 私は黙った。

 鏡を見る。

 確かに。

 少し赤い。


「……もう」


 私は扇で顔を隠した。


「困ったものね」


 けれど。

 口元は。

 どうしても緩んでしまう。

 そして。

 私はまだ知らなかった。

 数日後。

 王妃マリーアンヌ様とのお茶会で。

 この気持ちが。

 さらに大きく動き始めることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。