第十四話 お祖母様、王都一のケーキを決めました
第十四話 お祖母様、王都一のケーキを決めました
「それでは!」
司会者が再び舞台に立つ。
「審査を開始します!」
十人の審査員の前に、十種類のケーキが並べられていく。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
どれも素晴らしい。
「これは美味い」
「香りが素晴らしい」
「食感が面白い」
「見た目も見事だ」
審査員たちは、一つ一つを丁寧に味わっていく。
会場は静まり返っていた。
そして。
「十番!」
ピエールのケーキが運ばれる。
「ピエール=ピカソンさんの作品です」
審査員がケーキを切り分ける。
一口。
「……」
審査員が黙る。
二口目。
「……これは」
別の審査員も食べる。
「美味しい」
さらに一口。
「……不思議だな」
「どうしました?」
「派手な味ではない」
審査員はケーキを見る。
「なのに、もう一口食べたくなる」
「確かに」
「甘さが強すぎない」
「果物の酸味もいい」
「そしてクリームが軽い」
次々と審査員が食べていく。
「もう一口……」
「私も」
「これは……止まらないな」
会場から笑いが起こる。
ピエールは信じられないような顔で、その様子を見つめていた。
「……食べてくれている」
カヌレンが笑う。
「当然ですよ」
「カヌレンさん……」
「だって、ピエールさんが一生懸命作ったケーキですから」
その言葉に。
ピエールの目が少し潤んだ。
◇
すべての試食が終わった。
審査員たちは別室で最終協議に入る。
会場には緊張が漂っていた。
「今年は誰だ?」
「やっぱり王都一の老舗か?」
「いや、新進気鋭の店も凄かったぞ」
「十店舗しかいないから、余計に読めないな」
ピエールは黙って立っていた。
「怖いです……」
小さな声。
マドレーヌが隣に立つ。
「どうして?」
「もし負けたら……」
「負けたら?」
「……僕のケーキは、駄目だったってことですよね」
「違うわ」
マドレーヌは即答した。
「優勝しなかったことと、あなたのケーキが駄目なことは別よ」
「……」
「今日、あなたは自分のケーキを作ったでしょう?」
「はい」
「だったら、それだけで十分立派よ」
ピエールはマドレーヌを見る。
「でも――」
「ただし」
マドレーヌが笑う。
「私は優勝してほしいと思っているけれどね」
「……!」
ピエールが笑った。
「はい!」
◇
「皆様!」
ついに司会者が舞台へ戻ってきた。
会場が静まり返る。
「お待たせいたしました!」
十人の審査員が舞台に並ぶ。
「今年の王都春季ケーキコンテスト!」
司会者が封筒を開く。
「優勝者は――!」
ピエールは息を止めた。
カヌレンも両手を胸の前で握る。
マドレーヌは、静かに笑っていた。
「――ピエール=ピカソン!」
「……え?」
一瞬。
何が起きたのか分からなかった。
「え?」
ピエールが目を瞬く。
司会者がもう一度叫ぶ。
「優勝は、ピエール=ピカソンさんです!」
「――――!」
次の瞬間。
会場が大歓声に包まれた。
「おおおおおおっ!」
「ピエール!」
「すごいぞ!」
「新しい王都一のパティシエだ!」
ピエールは呆然としていた。
「僕が……?」
カヌレンが駆け寄る。
「ピエールさん!」
「カヌレンさん……」
「おめでとうございます!」
「……っ」
ピエールの目から涙がこぼれた。
「ありがとうございます……!」
そして。
ピエールはマドレーヌを見る。
「マドレーヌ様……!」
「おめでとう」
マドレーヌは優しく微笑んだ。
「あなたが勝ち取った優勝よ」
「でも……」
「私は材料を用意しただけ」
マドレーヌは首を横に振る。
「ケーキを作ったのは、あなたでしょう?」
「……はい」
「だったら、胸を張りなさい」
「はい!」
ピエールは涙を拭い、満面の笑顔になった。
「ありがとうございます!」
観客から拍手が鳴り響く。
その中で。
グラッセも静かに拍手していた。
隣ではルミアンドも拍手をしている。
「やったね、カヌレン!」
「はい!」
ルミアンドが笑う。
「やっぱり、君のお祖母様はすごいね」
「はい。私の自慢のお祖母様です」
その言葉を聞いたグラッセは、思わずマドレーヌを見る。
舞台の上では、ピエールが優勝杯を受け取っている。
そして、その姿を誰より嬉しそうに見つめているマドリーヌ。
グラッセの胸が、また熱くなった。
――あの人は。
誰かの成功を、自分のことのように喜べる人なのだ。
だからこそ。
自分は――。
「グラッセ卿?」
「……はい?」
「どうかしたの?」
ルミアンドが不思議そうに尋ねる。
「いや」
グラッセは小さく笑った。
「少し、嬉しくなっただけです」
「そう?」
「ええ」
その視線は、マドレーヌから離れなかった。
◇
その頃。
イベント広場の隅。
一人の男が、苦々しい顔で優勝者を見つめていた。
「……ピエールだと?」
カルトシュガー商会の関係者だった。
「なぜだ……」
材料は高騰していた。
出場者も減っていた。
小さな店は苦しんでいた。
それなのに。
ピエールだけが、最高の材料を使って出場し。
そして優勝した。
「いったい、誰が材料を……」
男が呟いた、そのとき。
「さあ」
背後から声がした。
男が振り返る。
そこには――。
マドレーヌが立っていた。
「誰が材料を用意したのかしらね?」
「……っ!」
男の顔が強張る。
「あなたは……」
「初めまして」
マドレーヌは優雅に微笑んだ。
「マドレーヌ=マルセイユと申しますわ」
「……!」
その名前を聞いた瞬間。
男の表情が変わった。
「ま、まさか……」
マドレーヌは何も言わない。
ただ、優しく微笑むだけだった。
「ピエール君は、今日とても素晴らしいケーキを作ったわ」
「……」
「だから、私は応援しただけ」
男は青ざめていく。
「あなたたちが材料を買い占めても」
マドレーヌの声は穏やかだった。
「私には、それに対抗できるだけの商売の力があるの」
「……グラン商会……」
「ご存じだったのね」
マドレーヌは笑った。
「では、話は早いわ」
男が息を呑む。
「カルトシュガー商会さん」
「……!」
「商売をするのは自由よ」
マドレーヌは優雅に扇を開いた。
「でもね」
その瞳から、笑みが消える。
「人の夢を潰してまで儲けようとする商売は――私は好きではないの」
「……」
「今回は、ピエール君が勝った」
マドレーヌは優勝杯を見つめる。
「そして、あなたたちは負けた」
「……まだ、勝負は終わっていない!」
男が吐き捨てるように言う。
マドレーヌは、ふっと笑った。
「ええ」
「……!」
「もちろん、終わっていないわ」
そして。
「むしろ――」
マドレーヌは楽しそうに目を細めた。
「これからでしょう?」
男の背筋に、冷たいものが走った。
この瞬間。
彼はようやく理解した。
自分たちが喧嘩を売った相手が。
ただの鬢髪の美魔女なお祖母様ではなかったことを。
そして――。
大陸最大級の商会を率いる、伝説の女商人銀髪の魔女であることを。
◇
夕方。
イベント広場を後にする馬車の中。
「お祖母様!」
カヌレンが嬉しそうに笑った。
「ピエールさん、優勝しましたね!」
「ええ」
「すごかったです!」
「本当にね」
マドレーヌも笑う。
カヌレンは少し考えてから尋ねた。
「でも……お祖母様」
「何かしら?」
「これで終わりなんでしょうか?」
「いいえ」
マドレーヌは窓の外を見る。
夕焼けの王都。
その向こうに、明日から始まる商売の戦いが待っている。
「むしろ、ここからよ」
「……?」
マドレーヌは微笑んだ。
「カルトシュガー商会が、どう動くか見ものだわ」
そして。
「ふふっ」
楽しそうに笑った。
「久しぶりに、少し本気を出してみようかしら」
カヌレンは目を輝かせる。
「お祖母様、格好いいです!」
「あら、そう?」
「はい!」
その向かいで。
グラッセも小さく笑った。
――マドレーヌ様。
あなたが本気を出すのなら。
自分も、あなたを守りたい。
そんな気持ちが、胸の奥で静かに強くなっていく。
そして。
王都のどこかでは。
「……グラン商会が動いた?」
「はい」
「誰が?」
「会頭本人です」
「……銀髪の魔女マドレーヌが?」
カルトシュガー商会の男が、ゆっくりと顔を上げた。
その表情から、余裕が消えていく。
――こうして。
甘いケーキから始まった小さな騒動は。
やがて王都の商会を巻き込む、大きな商売戦争へと発展していくことになる。
けれど今は。
ただ一人の若いパティシエが。
長年の夢を叶えた日だった。
ピエール=ピカソン。
王都春季ケーキコンテスト――優勝。
その隣には。
誰より嬉しそうに笑う、マドレーヌの姿があった。




