第十三話 お祖母様、ケーキコンテストを応援する
第十三話 お祖母様、ケーキコンテストを応援する
王都の朝。
いつもなら商人や旅人が行き交う大通りが、今日は朝からいつも以上に賑わっていた。
通りの先にあるイベント広場。
そこには大きな天幕が張られ、色とりどりの旗が風にはためいている。
広場の中央には、十台の調理台。
その周囲には大勢の観客が集まり、あちらこちらから期待に満ちた声が飛び交っていた。
「今年のケーキコンテストだ!」
「王都中の有名店が出るんだろ?」
「いや、今年は十店舗だけらしいぞ」
「十店舗?」
「例年なら、もっと多いだろう?」
「材料が手に入りにくくなっているからな」
「今年は出場を諦めた店も多いらしい」
そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。
例年なら、王都中から二十近い菓子店が参加する。
けれど今年の出展者は――わずか十名。
材料の高騰と品不足。
その影響で、出場を断念した店が多かったのだ。
そんな中。
「……緊張します」
調理台の前で、ピエールが小さく呟いた。
手には白い手袋。
目の前には、昨日グラン商会から届けられた材料が並んでいる。
小麦粉。
砂糖。
卵。
バター。
果物。
どれも一級品だった。
けれど。
最高の材料が揃っているからこそ、ピエールの胸には別の不安があった。
――本当に、僕に作れるだろうか。
「大丈夫よ」
背後から、穏やかな声がした。
「マドレーヌ様……」
振り返ると、そこには優雅に微笑むマドリーヌがいた。
隣にはカヌレン。
そして少し離れた場所には、グラッセも立っている。
「あなたが今まで作ってきたケーキを、いつも通り作ればいいの」
「ですが……」
ピエールは不安そうに手を見る。
「僕、本当に優勝できるでしょうか」
「さあ、どうかしら?」
「え、やはり難しいですか?」
マドレーヌは楽しそうに笑った。
「それは、やってみなければ分からないわ」
「……」
「でもね」
マドレーヌは、ピエールの目をまっすぐ見た。
「優勝できるかどうかを考えるより、自分が作りたいケーキを作りなさい」
「僕が作りたいケーキ……」
「ええ、そうよ」
マドレーヌは頷く。
「あなたは、どうしてパティシエになったの?」
「……」
ピエールはすぐに答えた。
「前にお話したように、母が作ったケーキが好きだったからです」
「そうよね。なら、お母さんが喜ぶケーキにしないと」
「で僕のために焼いてくれたケーキ……なら、お客様が喜ぶケーキ……」
ピエールは懐かしそうに笑った。
「食べると、疲れがとれるような元気が出るケーキが作りたいです」
「だったら」
マドレーヌが微笑む。
「今日も、そんなケーキを作ればいいじゃない」
「……!」
「食べた人が笑顔になるケーキを」
ピエールの目が大きく見開かれた。
しばらく黙っていたが。
やがて、その顔に少しずつ笑みが戻っていく。
「……わかりました」
「ええ、あなたなら大丈夫よ」
「僕、作ります!」
「頑張りなさい」
「はい!」
力強い返事が返ってきた。
カヌレンも嬉しそうに笑う。
「ピエールさんなら大丈夫です」
「カヌレンさん……」
「だって、ピエールさんのケーキを食べた人は、みんな笑顔になっていましたから」
「……ありがとうございます」
ピエールは照れたように笑った。
その様子を、グラッセは少し離れた場所から見つめていた。
マドレーヌは、人を励ます時、相手の気持ちを聞いて。
その人自身の答えを引き出して。
最後には、自分の足で立てるように背中を押す。
――だからなのだろう。
グラッセは、マドレーヌから目を離せなかった。
マドレーヌは、ピエールの肩からそっと手を離す、その仕草さえ優しい。
誰かを幸せにすることが、まるで当たり前のような人。
――本当に、素敵な人だ。
グラッセの胸に、また一つ。
マドレーヌへの想いが積み重なった。
その頃、少し遅れてルミアンドも到着した。
「カヌレン、お待たせ。執務がようやく終わって来れたよ」
「ルミアンド様、お疲れ様です」
「それで、コンテストの方は?」
「これから始まります」
◇
やがて、舞台の上に司会者が立った。
「それでは皆様、お待たせいたしました!」
大きな歓声が上がる。
「これより――フィルモル王国王都、春季ケーキコンテストを開催いたします!」
「おおおおっ!」
会場が沸いた。
「今年の出展者は十名!」
大きな拍手が起こる。
「王都を代表する菓子職人たちが、腕によりをかけた最高のケーキを披露いたします!」
観客の期待が一気に高まった。
舞台の中央には、十人の審査員が並んでいる。
王宮御用達の料理人。
王都の有力な商人。
そして、長年にわたって菓子職人たちを見てきた専門家たち。
今年も厳正な審査が行われる。
「審査方法は例年通り!」
司会者が声を張り上げた。
「十名の審査員が、それぞれ十種類のケーキを試食!」
「おお!」
「味!」
「香り!」
「食感!」
「見た目!」
観客が一斉に耳を傾ける。
「そして――もう一度食べたいと思えるか!」
会場から歓声が上がった。
「総合評価によって、今年の王都一のケーキ職人を決定します!」
ピエールは、ごくりと唾を飲み込んだ。
胸が早鐘のように鳴っている。
けれど。
もう迷いはなかった。
自分が作りたいケーキを作る。
母が作ってくれたような。
食べた人が笑顔になるケーキを。
「それでは――!」
司会者が右手を高く掲げる。
「始め!」
その瞬間。
十人のパティシエが、一斉に動き始めた。
◇
ピエールも作業に入った。
小麦粉を量る。
卵を割る。
砂糖を加える。
バターを混ぜる。
一つ一つの動作に、昨日までの練習が染みついている。
けれど。
周囲から聞こえてくる音が気になった。
隣の店では、高級な果物を惜しげもなく使っている。
反対側では、王都でも有名なパティシエが見事な飾りつけをしている。
さらに向こうでは、珍しい外国産のチョコレートを使っていた。
「……僕なんかが」
思わず手が止まりそうになる。
そのときだった。
「ピエールさん!」
客席から声が飛んだ。
カヌレンだった。
「頑張ってください!」
「……!」
その隣では、マドレーヌが笑っている。
そして、少し離れたところにはグラッセもいる。
ピエールは、ふっと息を吐いた。
大丈夫。
自分には、自分のケーキがある。
「あなたのケーキを待っている人がいるわよ」
マドレーヌの声が聞こえた。
ピエールは顔を上げる。
そして――笑った。
「はい!」
再び手を動かす。
混ぜる。
焼く。
冷ます。
一つ一つ、丁寧に。
最後に、果物を飾っていく。
完成したケーキは、派手ではなかった。
けれど。
真っ白なクリームの上に、赤い苺と黄色い果実。
中央には、小さな砂糖細工。
その形は――笑顔だった。
「完成です!」
ピエールが声を上げる。
観客から拍手が起こった。
ピエールは完成したケーキを見つめる。
――母さん。
心の中で、そっと呟いた。
僕。
ようやく、ここまで来たよ。
そして。
そのケーキが、審査員たちのもとへ運ばれていく。
「それでは!」
司会者が再び舞台に立った。
「審査を開始します!」
会場が静まり返った。




