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婚約破棄された銀髪令嬢は泣かない~だって王宮スイーツが美味しいから~  作者: 山田 バルス


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第十一話 お祖母様、悪徳商会に宣戦布告します

第十一話 お祖母様、悪徳商会に宣戦布告します


「……それが――」


 ピエールは、震える声で話し始めた。


「大会に出す予定だった材料を……仕入れ先から、すべて断られてしまったんです」

「すべて?」


 マドレーヌの瞳が、わずかに細くなる。

 ピエールは俯いた。


「はい。今までずっと取引してくれていた店まで、突然です」

「理由は?」

「教えてくれませんでした」

「他の仕入れ先は探したの?」

「はい。でも……」


 ピエールは苦しそうに首を振った。


「どこへ行っても、同じことを言われるんです」

「何と?」

「……カルトシュガー商会と揉めたくない、と」


 その名前を聞いた瞬間。

 ルミアンドの表情が険しくなった。


「カルトシュガー商会……」

「さらに……」


 ピエールは言葉を詰まらせる。


「店の前にまで嫌がらせが……」

「嫌がらせ?」


 カヌレンが眉を寄せた。


「『コンテストを辞退しろ』という紙が貼られていたり……夜中に店の扉へ石を投げられたり」

「そんな……」


 カヌレンが息を呑む。

 グラッセの表情も、険しいものへと変わった。


「証拠は?」

「ありません……」


 ピエールは悔しそうに拳を握った。


「だから、誰も取り合ってくれません」


 店内に沈黙が落ちた。

 マドレーヌは、何も言わなかった。

 ただ、ピエールを静かに見つめている。

 その横顔を見て。

 カヌレンは、胸の奥が少しだけ冷たくなるのを感じた。

 ――お祖母様が、怒っている。

 マドレーヌは、本当に怒ったときほど声を荒らげない。

 むしろ、静かになる。

 だからこそ、カヌレンには分かった。

 今のお祖母様は――とても怒っている。


「僕は……」


 やがて、ピエールが小さく呟いた。


「ただ、ケーキを作りたいだけなんです」

「……」

「小さい頃、母が誕生日に作ってくれたケーキがあって……」


 ピエールは、少しだけ笑った。


「とても不格好なケーキでした」

「まあ」


 マドレーヌが優しく相槌を打つ。


「でも……家族みんなで笑って食べたんです」


 ピエールの瞳が遠くを見る。


「そのとき思ったんです。僕もいつか、誰かを笑顔にできるケーキを作りたいって」

「……素敵ね」


 マドレーヌが静かに微笑む。ピエールは唇を噛んだ。


「だから、パティシエになりました。そして、優勝したいです。王都一のパティシエにもなりたい」


 拳を握る。


「……だから、参加したかった。なのに……」


 声が震えた。

 ピエールは俯いた。


「もう、無理なのかもしれません」


 その言葉に。

 マドレーヌはしばらく何も言わなかった。

 やがて。


「ピエールさん」

「……はい」

「あなたは、この大会に出たいのね?」

「……はい」

「優勝したい?」

「もちろんです!」


 今度は、迷いのない声だった。

 マドレーヌは微笑んだ。


「なら、顔を上げなさい」

「え……?」

「あなたが諦めていないのに、どうしてあなた以外の人間が、あなたの夢を諦めさせるの?」

「……!」


 ピエールが顔を上げる。


「でも、材料が……」

「材料なら探せばいいわ。新しい仕入れ先を探しましょう」

「でも、カルトシュガー商会が……」


 そこで。

 マドレーヌは、ふっと笑った。

 いつもの優しい祖母の笑顔。

 けれど――。

 その瞳には、一切の笑みがなかった。


「夢を諦めないで」


 静かな声だった。

 マドレーヌの指が、テーブルの上で一度だけ止まる。


「……私は、人を困らせる商売が一番嫌いだわ」

「マドレーヌ様……」

「商売は、人を幸せにするためにあるものよ」


 優しい声だった。

 だからこそ。

 その言葉には重みがあった。


「誰かの夢を踏みにじるような商売は。商売じゃないわ?」


 ピエールの目に、涙が浮かんだ。


「でも、僕には何も……」

「あるわ」


 マドレーヌは即答した。


「あなたには、ケーキを作る才能がある」

「……!」

「それに――」


 マドレーヌは、テーブルの上に残されたケーキへ目を向けた。


「人を笑顔にしたいという気持ちもある」


 そして。

 ピエールをまっすぐ見つめる。


「それだけあれば、十分でしょう?」


 ピエールの目から、涙がこぼれた。


「……ありがとうございます」

「お礼はまだ早いわ」


 マドレーヌは笑った。


「コンテストは、これからでしょう?」

「……はい!」

「あなたは最高のケーキを作りなさい」

「はい!」

「材料は私が用意するわ」

「え……?」


 カヌレンが目を丸くした。


「お祖母様、本気ですか?」

「もちろんよ」


 マドレーヌは楽しそうに笑った。


「百人分でしょう?」

「はい……」

「なら、私なら用意できるわ」

「ほ、本当ですか?」

「私に任せなさい」


 マドレーヌは立ち上がった。

 そして、ピエールの肩にそっと手を置く。


「あなたはケーキを作りなさい」

「……はい!」

「あなたの夢を守るのは――」


 マドレーヌは微笑んだ。


「私の仕事よ」

「……!」


 その言葉に。

 カヌレンの胸まで熱くなった。

 ――やっぱり。

 お祖母様は格好いい。

 困っている人を見れば、迷わず手を差し伸べる。

 でも、それだけではない。

 誰かの夢を踏みにじろうとする人間には――決して負けない。

 カヌレンは、そんな祖母を心から誇りに思っていた。


「お祖母様」

「なあに?」

「……やっぱり、格好いいです」

「あら」


 マドレーヌが目を細める。


「今頃、気づいたのかしら?」

「もう!」


 カヌレンが頬を膨らませる。

 マドレーヌは楽しそうに笑った。


「ふふっ」


 その笑顔は、どこにでもいる優しい祖母のものだった。

 けれど――。

 次の瞬間。

 マドレーヌは静かに振り返った。

 その瞳に、商人としての鋭い光が宿る。


「さて、カルトシュガー商会には、商人として話をつけましょう」


 空気が変わった。

 ルミアンドが目を細める。


「……カルトシュガー商会は、相手を間違えましたね」


 グラッセも静かに頷いた。


「ええ」


 その口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。


「最悪の相手を敵に回したようです」

「まあ」


 マドレーヌが振り返った。


「二人とも、私を何だと思っているのかしら?」


 ルミアンドとグラッセが顔を見合わせる。

 カヌレンは思わず吹き出した。


「お祖母様は、お祖母様ですよ」

「そうでしょう?」


 マドレーヌも満足そうに笑った。


     ◇


「私にできることがあれば言ってください」


 グラッセが静かに口を開いた。


「まあ、グラッセさん」

「材料を運ぶ馬車でも、人手でも。必要なら私が手配します」

「それは助かるわ」


 マドレーヌが微笑む。


「ありがとう」

「……いえ」


 たったそれだけの言葉なのに。

 グラッセの胸は、少しだけ熱くなった。

 マドレーヌに頼られる。

 それが、何より嬉しかった。

 ――マドレーヌ様のお役に立てる。

 それだけでいい。


 その様子を見ていたルミアンドは、別の意味に受け取っていた。

 ――やはりだ。

 グラッセ卿は、カヌレンを守ろうとしている。

 今日も彼女を守っていた。

 そして今も、彼女の祖母を助けようとしている。

 これは……かなりの強敵かもしれない。

 ルミアンドは、密かに拳を握った。


「僕も負けていられないな」

「……?」


 グラッセが首を傾げる。


「殿下?」

「なんでもないよ」


 ルミアンドは爽やかに笑った。


「僕にもできることがあるなら、手伝いたいと思っただけさ」

「そうですか」


 グラッセは素直に頷いた。

 そんな二人を見ながら。

 カヌレンだけが、不思議そうに首を傾げていた。


     ◇


 帰りの馬車。

 カヌレンは窓の外を眺めていた。

 今日一日のことを思い返す。

 王都。

 美味しいケーキ。

 コンテスト。

 そして――。

 ルミアンド殿下。

 人混みの中で守ってくれた腕。

 耳元で聞こえた低い声。

 そして。

 なぜか胸が落ち着かない。

 カヌレンは小さく息を吐いた。


「楽しかった?」


 向かいに座るマドレーヌが、優しく尋ねる。


「はい」

「それはよかったわ」

「お祖母様も?」

「もちろん」


 マドレーヌは満足そうに頷く。


「美味しいケーキも食べられたし、素敵な若者にも会えたもの」

「素敵な若者?」

「ええ」

「ピエールさんのことよ。あら、もしかして殿下のことだと思ったかしら」

「……!」


 カヌレンの頬が、一気に赤くなる。


「な、何を言っているんですか、お祖母様!」

「あら?」


 マドレーヌは楽しそうに笑う。


「違うの?」

「そ、それは……」


 答えられない。

 そんな孫娘を見ながら。

 マドレーヌは、満足そうに微笑んだ。

 ――やっぱり。

 これは、脈がありそうね。


     ◇


 その頃。

 別の馬車では。


「……グラッセ卿」

「はい」

「負けませんよ」

「……?」


 グラッセは本気で意味が分からなかった。


「何の話でしょうか?」

「とぼけなくてもいいよ」

「……?」


 ルミアンドは真剣な顔でグラッセを見る。


「カヌレンのことです」

「……」


 グラッセは、しばらく黙った。

 そして。


「……なるほど」


 どうやら、完全に誤解されているらしい。

 だが――。

 訂正するわけにもいかなかった。

 ――マドレーヌ様への想いを知られるわけにはいかない。

 グラッセは静かに窓の外を見る。

 胸の奥に浮かぶのは、たった一人の女性。

 今日も笑っていた。

 美味しいケーキを食べて。

 困っている若者を助けようとして。

 そして。

 自分に「ありがとう」と言ってくれた。

 その笑顔を思い出すだけで。

 グラッセの表情は、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 ――マドレーヌ様。

 いつか。

 自分の気持ちを伝えられる日が来るだろうか。


     ◇


 一方、その頃。

 マドレーヌは馬車の中で、一枚の紙を広げていた。

 王都の仕入れ先。

 砂糖。

 小麦。

 バター。

 果物。

 ナッツ。

 必要な材料を、頭の中で次々と組み立てていく。

 マドレーヌが楽しそうに笑った。


「さて……久しぶりに、本気で商売をしましょうか」


 その瞳には。

 かつて商売の世界で幾度も勝利してきた、伝説の商人の光が宿っていた。

 百人分の材料。

 夢を諦めかけている若きパティシエ。

 そして――。

 人の夢を利用して利益を得ようとする悪徳商会。

 マドレーヌにとっては、久しぶりに腕が鳴る相手だった。


「ふふっ、どんな商売を仕掛けてあげようかしら」


 その笑顔は、とても穏やかだった。

 だからこそ――怖い。

 こうして。

 王都の小さなケーキ店を巡る、甘くて少し辛い商売勝負が始まろうとしていた。

 そして。

 カルトシュガー商会は、まだ知らない。

 自分たちが今――。

 誰の夢を踏みにじったのか。

 そして。

 その代償を、これからどれほど払うことになるのかを。

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