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第34話 彼女のそばを離れない

黒狼ブラックウルフ団が壊滅したという報せは、まるで爆風のように街中へと広がっていった。


組織の幹部も、下っ端も──すべての構成員が一網打尽にされ、逮捕された。隠されていた本拠地も徹底的に捜索され、違法な武器、盗難品、そして数々の犯罪記録が押収された。


長きにわたって人々を恐怖に陥れていた彼らの支配は、こうして終焉を迎えた。


だが、もっとも世間の注目を集めたのは、他ならぬ──**ロジャー・レイラー**だった。


かつて「完璧な婚約者」として振る舞っていた彼が、今や凶悪組織の支援者として晒されている。


「大企業CEOの御曹司、裏で犯罪組織を支援」──その見出しが、ニュースを賑わせた。


世間の怒りは大きく、彼の父親が経営する企業も慌てて声明を発表。「息子の行為に関して一切関与していなかった」と距離を置いた。


ロジャー自身はというと──スターの魔力による締め上げと、アリアナの父からの鉄拳によって顔は腫れ上がり、かつての傲慢さなど見る影もなかった。


今の彼は、ただの囚人に過ぎない。裁きを待つ、孤独で無力な男。


しかし──**スターにとって、それはどうでもよかった**。


彼の全ては、ただひとつのことに縛られていた。


アリアナの命。



病院の一室。淡い灯りの中、静かに響く心電図の音だけが、時の流れを示していた。


アリアナは未だ意識を取り戻さず、包帯と打撲に覆われた身体でベッドに横たわっている。医師は「命に別状はない」と言ったが──


目を覚ます兆しは、まだなかった。


そして、**二日**が経った。


スターは、その間一度も部屋を離れなかった。


ベッドの横の椅子に座り、肘を膝につけ、前屈みの姿勢でずっとアリアナを見つめていた。乱れた髪。落ちくぼんだ瞳。普段の落ち着いた姿は、どこにもない。


ただ、ひとつだけ変わらないものがあった──**彼の意志**だ。


彼の元には、仲間たち──ジェイク、ケイド、ルナ、ニア、エリック──が訪れた。


食べ物や着替え、枕まで持ってきたが、スターは彼らに反応を見せなかった。


「スター……休んで」

ニアが優しく肩に手を置きながら言う。


しかし、スターは返事をしなかった。


ケイドが軽口を試みるも、その声にいつもの軽快さはない。

「おいおい……まるで幽霊みたいだぞ。せめて水くらい飲めって」


……沈黙。


ルナが唇を噛み締め、ジェイクは彼女をそっと見守る。


エリックが口を開く。

「……ごめん、スター。俺も、あのとき一緒にいれば……」


ニアが彼の肩を叩く。

「今は後悔より、目の前のことを見ましょう」


エリックが頷き、スターに言う。

「アリアナはもう独りじゃない。俺たちがいる。皆で支えるから」


……それでも、スターはアリアナから目を離さなかった。


仲間たちは部屋に留まった。スターをひとりにしないために──彼がアリアナをひとりにしないように。



その頃、離れた場所では別の会話が交わされていた。


ジェイクは廊下で携帯を握り、通話していた。


「……どうだ、ふたりは?」と、電話の相手──ヘンリーが問う。


ジェイクは一瞬黙り、静かに返す。

「……まあ、大丈夫だ。状況はそんなに悪くはないよ」


しかし、ヘンリーの声が鋭く返る。

「俺をこれ以上騙すつもりか? 声の調子で分かる。お前、2日間同じこと言ってるじゃないか」


ジェイクは慌てて通話を切り、小さく呟いた。

「ちくしょう……ただでさえ張り詰めた空気なのに、あの天才まで相手にしなきゃなんねぇとはな」


近くにいたメイが尋ねる。

「何て言ってたの?」


ヘンリーは携帯を見つめ、深く息を吐いた。

「……たぶん、無理してる。でも、俺たちが行けば余計に負担になる。そう思って、黙ってるんだろうな」


メイはお腹をそっと撫でながら、不安げに言った。

「……でも、私たちも会いに行きたいよ」


ヘンリーは彼女の手を取り、優しく微笑んだ。

「分かってる。でも、今のお前を置いて俺が行くわけにもいかないし……かといって、一緒に行くのもリスクがある。君が一番大事なんだよ」


しばしの沈黙。


そして──


「なんで……こんなに人生って残酷なの……なんで……なんで、私たち……何もできないの……?」


メイの嗚咽が漏れた。


ヘンリーは彼女を強く抱きしめ、そっと頭を寄せた。


「……俺だって、平気なわけない」


──彼女の肩に、温かい涙が落ちた。


ヘンリーの涙だった。


「何をどうすればいいか分からない。君を守りたい、でも、友達も助けたい。でも、どちらも……」


メイは彼の腕をぎゅっと握りしめる。


「……私は……私は最低だ……あなたの苦しみに気づけなかった。……ごめん……」


ヘンリーは小さく笑い、そして震える声で言った。


「僕たちはみんな……利己的なんだ。友達より、未来を選んだ。でも、それでも……それでも俺たちは、ただの友達じゃない。**家族**だ」



そして病室では──


ルナが涙を流しながら震えていた。


「……こんなの、嘘だよ……スターが、あんな姿に……アリアナも……もう……お願い、誰か……誰か、助けてよ……」


ケイドが彼女の隣に座り、そっと肩に手を置く。


エリックも静かに口を開いた。

「メイが妊娠してる以上、巻き込むべきじゃなかった。今ここにいるのは正しい判断だった。もしものことがあったら……スターは、もう耐えられなかったと思う」


ニアが重く言った。

「彼の状態、見て分かる……もし、アリアナがこのまま目を覚まさなければ──スターは、自分を保てない。光を失えば、闇に呑まれる。……それは最悪の結末になる」


ケイドが頷いた。

「だからこそ、彼女は目を覚まさなきゃいけない。スターのために──私たちのために」


ルナが震えながら微笑んだ。


「……人生がどんなに残酷でも、誰かが耐えて、前に進まなきゃいけないのね」



そのとき──


病室の扉が静かに開いた。


アリアナの父が現れ、部屋の空気を見つめながら、娘の枕元で座り込む青年を見つめた。


何も言わず、しばらくその姿を見ていた。


そして──


「スター……」と、静かに呼びかける。


しかし、返事はない。


彼の目は、ただアリアナの顔だけを見つめていた。


「君も、限界だろう。少しは休んでくれ」


だが──スターは、震える声で言った。


「……彼女は、俺を置いて行かなかった。……あのとき、俺が闇に落ちかけたときも、手を離さなかった」


「だから俺も……置いていかない」


アリアナの父は目を見開き、息を呑んだ。


それは……**愛**だった。


もはや疑いようもないほど、強く、純粋なもの。


ようやく彼は理解した。


この男は──アリアナを、心から愛している。


「……本当に、愛してるんだな」


スターは何も言わなかった。


だが、その眼差しが全てを語っていた。


そして──


その瞬間だった。


アリアナの指が、かすかに動いた。


スターは、夢かと思った。


しかし──もう一度。


今度は、確かに、彼の手を握り返したのだ。

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