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第33話 闇を調和する光

冷たい錆びた椅子に縛り付けられたアリアナの身体は、痛みと共に新たな傷から血を流していた。腕や顔には無数の痣が浮かび、肉体的苦痛は言うまでもなく——それ以上に、精神的な拷問が彼女を追い詰めていた。


「覚えてるか?あの、みすぼらしい“マジシャン”のこと……スター、だったか?」


ロジャー・レイラーは不快な笑みを浮かべ、手にナイフをくるくると弄びながらアリアナの前を歩いていた。かつて整っていた彼の容姿も、今や狂気に侵されたように荒れ果てている。


「アイツが俺の銃を弾き飛ばした?フッ、あんなのただのまぐれだ」


アリアナの心臓がその名に反応して締めつけられたが、彼女は口を閉ざしたまま、睨み返す。


ロジャーはその一瞬の表情の揺らぎを見逃さなかった。


「まさか、まだアイツが助けに来ると思ってるのか?英雄気取りで、ここに飛び込んできてくれるとでも?」笑い声が薄暗い部屋に響き渡る。「ここは学校じゃない。これは俺の世界だ」


彼はアリアナの髪を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「仮に来たとして——何ができる?また銃を弾き飛ばすのか?」声にはあからさまな侮蔑が込められていた。「あんなのはただの安物手品師にすぎない」


だが、アリアナの胸の奥で何かが燃えた。


スターがどんな男か、彼女は知っていた。地獄のような師の元で生き延び、己の闇と向き合いながら人を助ける術を選び、何も持たずに始めた人生を、自らの力で築き上げた男——


ロジャーは知らない。スターの“本当の姿”を。


彼女の裂けた唇が震え、そして、弱々しくも確かな声が漏れた。


「……お前は……スターの足元にも……及ばない」


ロジャーの動きが止まった。その言葉は彼のプライドを真っ向から叩き潰した。


「……何だと?」


アリアナは血まみれの顔で睨みつけ、震える声で言い放つ。


「お前なんか……スターにはなれない」


その瞬間、ロジャーの理性が崩れ落ちた。顔を歪め、荒い息を吐き、手に握ったナイフが震える。


「この……クソ女がッ!!」


怒りのままに、彼はアリアナを殴りつけた。狂ったように、何度も、何度も。


床に血が飛び散り、視界が赤く染まっていく中——それでもアリアナは、悲鳴を上げなかった。


「お前なんか、ここで終わりだ……俺のものにならないなら、誰のものにもさせない!」


彼の叫びが響く中——アリアナの心は、たった一人の名前を呼び続けていた。


《……スター……来て……》


◇ ◇ ◇


その頃、スターは闇のオーラを纏いながら、敵の拠点を無言で突き進んでいた。


その目は鋭く、燃えるような決意に満ちており、彼の黒魔法はまるで意思を持つかのように道を切り開いていく。


ブラックウルフ団の兵たちは、恐怖に震えながら倒れていった。催眠で操られた者、魔力により昏倒した者、あるいは爆風の如き魔力で吹き飛ばされ、遠くの空へと消えていく者たち——


「うわぁ……手も足も出ないな……」


ケイドが思わず口笛を吹く。


「マジでスター、汗すらかいてねぇな」とジェイクが苦笑交じりに呟く。


「油断しないで。これは戦場よ」と、ルナが冷静に釘を刺す。


ニアは心配そうに眉を寄せた。「でも……このままじゃ、魔力を使いすぎて……」


アリアナの父は、信じられないというように呟いた。


「本当に……同じスター、なのか……?」


ケイドは力強く頷く。


「そうさ。だけどな、アイツが本気になるのは——“大切な人”を傷つけた時だけだ」


スターの魔法は無駄がなく、感情に飲まれることもなく、冷酷なほどに正確だった。


銃を構えた敵が現れても、指先をひと振りするだけで武器は空中で砕け散る。背後から襲いかかってきたナイフ持ちの賊さえ、反射的に展開された魔力障壁によって壁に叩きつけられ、気絶した。


スターは、振り返りすらしない。


仲間たちは、ただ圧倒されていた。


——これは救出のための戦いではない。彼の心には、ただひとつの想いがある。


『アリアナを、絶対に助け出す』


その一心で、彼は闇の中を進み続ける。


たとえ——その先に、何が待ち受けていようとも。


基地は終わりのない迷路のようだった。延々と続く廊下、上下に伸びる階段、そしてどこに繋がるのか分からない隠し扉。侵入者を惑わせ、翻弄する仕掛けだ。スターは黒魔法でアリアナの"気配"を追っていたが、それでも道は捻じ曲がり、数歩進むごとに新たな警備の壁が立ちはだかった。


その間にも、アリアナはロジャーの手中にあり、時間は刻々と過ぎていく。その思いだけが、スターの胸を締めつける。もし、あと一秒遅ければ――そんな最悪が頭をかすめて、彼の拳は自然と硬くなる。


そして、黒魔法の奔流が再び爆発する。衝撃波が走り、通路に集まっていた山賊の一団が一瞬で吹き飛び、床にその身を投げ出した。


仲間たちは後ろから追う。ケイド、ルナ、ジェイク、ニア――彼らはもう、何も言わない。スターが一言も発しなくても、その意図は明確だった。


「俺は、止まらない――

 アリアナに会うまでは。

 そして、彼女を守るまでは。」


彼が基地を蹂躙する姿は、もはや“人間”ではなかった。暗闇の中で、黒い魔力の嵐が廊下を走り、怯える山賊たちの顔に浮かぶ恐怖。彼らの抵抗は無意味だった。


迷路がより複雑であるほど、山賊がより多く襲いかかってくるほど、スターはその力を怯まず発揮し続けていく。魔法は通路を断ち、その威力と精密さは一瞬の無駄もなく、すべてが"一点"――アリアナのもとへ向けられていた。


その目は「怒り」を越えた何かで燃えていた。――「絶望」だ。


迷宮が彼を遅らせるたび、時間の浪費が彼の胸を刺す。魔法はますます鋭く、早く、強くなり、まるで基地そのものを切り裂くかのように走り抜ける。


追う仲間たちにも、戦慄の色が浮かぶ。彼らは言葉を失う。聞き慣れた“優しいスター”ではない、何か新しい“獰猛な守護者”がそこにいた。


そしてアリアナの父親――彼もまた、震えていた。顔は土気色で、初めて分かったことを呟く。


「……これが……昔のスターなのか?」


ケイドは息を切らしながら、しかし強く頷く。


「そうさ。でもこれは――“誰かを本気で守りたい”ときのスターだ。」


ジェイクも頷いた。


「昔、師匠と呼ばれる暗黒魔術師と戦ったときのことを見ればな……アイツは、師匠を打ち破ったんだ。」


ニアが小さく言葉を足す。


「強制的に仲間を犠牲にしようとした師匠を、スターは……壊したの。」


アリアナの父が目を見開いた。


「自分の師匠を……?」


ルナは視線をずらさずに、スターの背中を見つめていた。


「ただ破っただけじゃない。超えたの。そして今は……もっと、強くなった。」


その瞬間、前方の扉が蹴破られ、黒魔法の衝撃波が新たな敵集団を吹き飛ばす。


「ガシャーン」と石のひび割れる音が廊下中に響いた。


アリアナの父は喉を鳴らし、呟いた。


「――これまで、俺は山賊より恐ろしいのは人間だと思っていた…… でも今――俺が恐れているのは、奴だ。」


---


深い闇に包まれた奥の部屋で、アリアナは意識を失いかけていた。


血が顔を伝い、張り裂けんばかりに裂けた服の隙間から滴る。身体中が痛みに焼かれて、痛みすら感じることができない。だが、瞼の奥には鋭い瞳が光り、ロジャーを睨みつけていた。


ロジャー・レイラー――かつて彼女を束縛し、支配しようとした狂人が、その冷笑を浮かべて彼女を見下ろしている。


「──あいつが助けに来ると思うか?」

ロジャーの声音は嘲るようで、まるで彼の世界が延々と続いているかのようだった。


アリアナは答えず、ただ唇を噛み締める。


ロジャーは髪を乱暴につかみ、無理矢理顔を向けさせながら言った。

「あの“魔術師”は俺を止められなかった。銃を弾いたのはたまたま。今度も同じだ。山賊たちに引き裂かれているさ」──その言葉に、彼女の頬をつたう血が震える。


しかし、弱々しくも彼女の声が漏れる。

「彼は……あなたが想像するより、ずっと強いのよ」


ロジャーの瞳がわずかに揺れる。その反応だけで、アリアナは拳を固めた。


しかし、止まらなかった。

ロジャーは鞭を振り上げ、次の暴力に手をかけようとした──その時だった。


──遠く廊下から、鈍い音が響き渡った。


「ドン……ドン……ドン……」


木霊こだまのように続く足音の連打。

ロジャーは動きを止めて、まるで凍りついたかのように見えた。


アリアナは痛みに顔をゆがめながら──それでも唇を薄く裂けさせ、笑みを浮かべていた。

「……来るって、わかってた」


バンドたちは怯え、武器にしがみついたまま動けなくなる。


そして──


「ドォォォンッ!」


鋼鉄の扉が轟く音を響かせ、厚い壁が揺れた。

破れたスチール製の扉が次々と崩壊し、まるで導かれるかのように部屋に飛び込んできた。


そして──


そこにいた。


スター。


黒魔法の幕に包まれ、燃える嵐のような目で立つ。


ロジャーは後ろへ仰け反り、目を見開いた。


「な、なんだ――そんなことが……」


アリアナは半分閉じたまぶたから――目尻の血を輝かせながら、ただ一言だけつぶやいた。


「…──来たのね」


──本当に、来た。


ロジャー・レイラーは錯乱し、己の運命に気づいていない。

だが、スターが部屋に立つ姿は、すでにロジャーより“怪物”だった。


部屋は静寂に飲み込まれ、黒魔法の気配だけが霧のように漂う。


スターの魔力が、ロジャーを捕らえた。

周囲から黒い鞭のような気配が伸び、悪意に満ちた者を宙に吊り上げる。


ロジャーの顔は、畏怖と狂気の混じった色に変わっていった。

身体がねじれ、手足が宙でもがく。

目には恐怖と苦悶が渦巻く。


スターはまるで人間ではなく――操り手のような表情で立ち尽くしていた。


──静寂の中で、ロジャーの喘ぎ声だけが響く。


そして、スターが口を開く。低く、冷たい、

「お前が…彼女にしたことだ」


視線はアリアナの血にまみれた身体に注がれる。


「銃口を向けた男が今度は鞭か。お前は……変わっていない」


魔力が緩やかに絞る。ロジャーの目は歪み、肌が紫潮を帯びてくる……。


「痛みが足りないな……お前にも苦しんでもらおう」


──黒い魔の蔓は、より鋭く締め上げる。

ロジャーは呻き、何かを訴えるように口を開くが、言葉にならなかった。


だが、スターは無言のまま魔力を支配していた。


その時、ルナの震える声が響いた――

「スター…!」


仲間たちの悲鳴にも、スターは動かない。


だが、ケイドの顔が曇る。

「怒りなんかじゃない……あれは、違う」


ジェイクの視線はアリアナに注がれ――そして彼の唇も震える。


だが、部屋で唯一――声を上げられたのはアリアナだった。


「スター……やめて……」


それでも魔の蔓は止まらない。けれど──


アリアナは必死に手を伸ばした。

震える手が、スターの背に触れる。


彼女のそのぬくもりが、闇をひび割れさせた。


「スター……私、ここにいる…… 私を失わないで……」


──そして静かに、魔力が解けていった。


黒い蔓が空気と化したように消えて、ロジャーは乱れ落ちた。


部屋を包むのは静謐せいひつそのものだった。


スターは立ちすくんだまま、荒い息をつく。肩が震えている。

視線はロジャーを残し、ただアリアナだけを見つめている。


「アリアナ……ごめん……」

その声は震えていた。


アリアナは崩れるように、彼の腕に──寄りかかった。


彼の手が、震えていた。


「来てくれて、嬉しい……スター」


そのひと言が、世界のすべてを止めた。


スターは見つけた。彼女を見つけた。


──だが、ロジャーはまだ、絶望的な笑みを浮かべていた。


「もう……終わりだ」

スターに届かぬ声で、そう呟く。


しかし、次の瞬間——


バキッ


悲鳴と打撃音が重なり、部屋が揺れる。


ロジャーが吹き飛ばされている。

拳を固めたアリアナの父が叫ぶ──

「テメェ! この屑野郎が……娘に手をかけるんじゃねぇ!!!」


その拳は止まらず、ロジャーを床に叩きつけた。


スターはまだ動かない。

世界が崩れた先に、彼女がいた──


「アリアナ……お願いだ……生きて……」


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