第31話 失敗したデートたち
スターは、追い詰められたような気持ちになっていた。
仲間たちは容赦なかった。彼の心の奥を見透かすかのように、次々と踏み込んでくる。
アリアナの心臓は、不意に早鐘を打ち始めた。まさか、こんなにも急に話が深くなるとは思わなかった。
スターは言葉に詰まり、口を開くまでに時間がかかった。
「……うまく言えないんだ」
ぽつりと漏れた声は、どこか迷いと戸惑いを含んでいた。
「でも……あの日、君と別れてからずっと、心のどこかが引き戻されてる感じがして……。忙しくすれば、その気持ちは消えると思ってた。でも、全然消えなかったんだ」
アリアナの頬がほんのり赤く染まった。周囲の仲間たちは、固唾を呑んで見守っている。
「君がいない寂しさだけじゃない。もっと複雑で……はっきり言葉にできないけど、君のことを考えるたびに、胸の奥が痛んだ。まるで、何かが終わっていないみたいでさ」
その静寂を破ったのは、アリアナの小さな声だった。
「……わたしも、同じような気持ちだったかもしれない」
一瞬、世界が止まったかのようだった。
仲間たちは思わず口を開けたまま凍りつき、いつも軽口を叩くケイドでさえ、言葉を失っていた。
スターはゆっくりと瞬きをした。「本当に……?」
アリアナは視線を落としてから、再び彼を見つめた。
「わたしも……気持ちを抑え込もうとした。仕事に集中して、日々の忙しさに紛らわせようとしたけど……やっぱり消えなかった」
──ずっと言えなかった言葉が、今ようやく形になった。
それが何と名付けられる感情か、ふたりにはまだ分からなかった。
けれど、そこに流れていたのは痛みではなく、優しい緊張感。まるで、長い間土の中に埋もれていた何かが、静かに芽吹こうとしているかのようだった。
仲間たちはその空気を敏感に察し、目配せを交わして静かにその場を離れていった。
そして、最後の一人──ケイドでさえ、冗談を言わずに無言で立ち去った。
大きな窓から夕陽が差し込み、床に長い影を落としていた。
スターが築いた豪華な邸宅と、その中で揺れる繊細な感情。その対比が、不思議と心に残った。
やがてアリアナが、くすっと笑った。
「なんだか……私たち、大人なのに気持ちの整理が下手だね」
スターも思わず笑ってしまう。
「ほんと、そうだな」
そして、ふたりの間には今度こそ、穏やかな沈黙が流れた。
アリアナは窓の外を見つめながら、ふと思い出したように口を開いた。
「スター、あなたのこと……本当に誇りに思ってるよ」
スターは目を瞬いた。「え……?」
「もちろん。だって、昔のあなたを知ってるから。人と目も合わせられなくて、カップ麺しか食べられなかった子が、今じゃこんな立派になって……。自分の夢を叶えて、大勢の仲間にも恵まれてる」
彼女の声には、一切の嘘がなかった。
スターの胸が熱くなった。
「……みんながいたからだよ。君も……」
アリアナは、ふいに顔を背けて照れたように微笑んだ。
その瞬間──
「ルナ! だから触るなって言っただろッ!」
遠くの部屋からケイドの怒鳴り声が響き、賑やかな笑い声が邸宅全体に広がっていった。
スターは肩をすくめ、アリアナと視線を交わす。
「……また、みんな好き放題やってるみたいだな」
アリアナは微笑んだ。「でも、あなたが言ったでしょ。ここは、みんなの“家”なんだって」
スターは、彼女の瞳を見つめた。
「君にとっても……ここは、いつでも帰ってこれる場所だよ」
アリアナの心が、少し跳ねた。
「……それって、もしかして──」
「ち、ちがう!」スターは慌てて手を振った。「そういう意味じゃなくて! ただ、君がもう無理して離れている必要はないって……そういうこと」
アリアナの笑顔は消えなかった。
「分かってるよ、スター」
そして、長い年月を経て、ふたりはようやく……少しだけ前に進んだ。
──まだ名前のない感情。
──けれど、確かにそこにある何か。
彼らはもう、過去に縛られていない。
逃げない。
隠れない。
そして、これからの未来を──共に歩んでいくのだ。
スターの屋敷の奥、騒がしい言い争いが廊下に反響していた。ケイドとルナ、そして他の仲間たちが、何を壊しただの、誰が悪いだのと声を上げている。
──何があっても、ふたりはもう、ひとりじゃない。
それを象徴するような、にぎやかで、どこか温かな音だった。
***
スターの屋敷から戻ったアリアナは、玄関の扉を静かに閉めた。胸の内には、今もなお整理しきれない感情が渦巻いている。あの言葉たち、あの視線、あの沈黙――すべてが心に残り続けていた。
だが、その感情を両親に話すことはなかった。
リビングでは母が雑誌をめくり、父はいつもの椅子に腰掛けてニュースを見ていた。アリアナが部屋に入ると、ふたりは同時に顔を上げる。
「で? あの魔法使いの友達とはどうだったの?」
先に口を開いたのは母だった。
「……普通だったよ。彼、すごく成長してた。ショーも成功してたし、新しい家も見せてもらった」
「家?」
父が眉をひそめる。
「お屋敷。自分だけじゃなく、仲間のために建てたって」
母と父は視線を交わしたが、特に何も言わなかった。その沈黙は、かつてのような緊張ではなく、むしろ自然なものだった。
少しして、父が椅子にもたれながら口を開いた。
「アリアナ……もう私たちの問題じゃないよな」
「えっ?」
母が雑誌をそっと置き、ため息混じりに言った。
「あなたももう26歳でしょ。自分の人生くらい、自分で決めなさいな」
父も頷く。「教師までやってる娘に、あれこれ指図する方が滑稽ってもんだ」
アリアナは一瞬、言葉を失った。あの支配的だった両親が、今はこんなにも……穏やかに距離を取っている。
「ただし、ひとつだけ言わせてもらうとすれば──そろそろ結婚のことも考えなさい」
母の言葉に、アリアナは小さく笑い、首を振った。
「もちろん」
父も肩をすくめて笑った。「もう商売目的の縁談は持ち込まないから安心しろ。だけどな、ちゃんとお前が選ぶ相手と出会ってほしいんだ」
彼の表情が、少しだけ真剣になる。
「そのときは……一度くらい会わせてくれ。親として、娘を託せる相手か見たいだけだ」
アリアナの胸に、様々な感情が渦巻いた。驚き、安堵、そして……自由。
「わかった」
母は微笑んだ。「アリアナの幸せが、私たちの願いなのよ」
その言葉が、ようやくアリアナの心を縛っていた鎖を解いた気がした。
でも──心が自由になったからといって、感情のもつれが消えるわけじゃない。
彼の言葉、彼の瞳、彼が言った「ここは君の家でもある」──その余韻は、なおも心を占めていた。
***
数日後。
アリアナはついに、スターの仲間たちに連絡を取った。今なら、自分の意志で動ける。だからこそ、彼女は言ったのだ。
「私は……ちゃんと気持ちを確かめたいの。自分のも、スターのも」
ケイドはニヤリと笑った。
「つまり、スターとデートしたいってこと?」
アリアナは頬を赤らめながらも、目をそらさずに答えた。
「そういう表現でもいいけど……私はもう、26歳なの。これ以上、曖昧なままじゃいられない」
ルナがくすっと笑った。「それもそうね」
エリックが真剣な表情でうなずく。「でも、スターの気持ちはどうなんだ?」
「まだ聞いてない。でも、聞きたいと思ってる」
その後、仲間たちはスターに相談した。スターは最初こそ戸惑ったものの、明確に「嫌だ」とは言わなかった。
──それだけで、十分だった。
こうして、最初のデートが決まった。
■ 第一のデート(カフェ編)
街の喧騒を離れた静かなカフェ。ファンに見つからないよう、予約した個室はほどよく落ち着いていた。
しかし二人が着席すると、なんとなく雰囲気が“ずれて”いる。スターはメニューを何度もめくりながら落ち着かず、視線はアリアナ以外を彷徨っていた。一方のアリアナも緊張のあまり、言葉ひとつひとつに意識を集中させすぎてしまっていた。
ウェイターが注文を取りに来ると、スターの声はあまりにも小さく、二度も聞き直された。アリアナは焦って目についたものを頼んでしまい、終始ぎこちない空気に。
会話は天気、スターのショー、アリアナの授業の話に及ぶが、どれも表面的でぎこちない。沈黙と気まずさが交錯する中、スターは水のグラスを倒す。慌てた彼は魔法で水を宙に浮かせようとするも制御できず、一気に水が飛び散ってしまった。
ウェイターに冷たい視線を送られ、アリアナは顔を手で覆って半泣き半笑い。二人とも言葉なく解散、帰り際どちらも「変なデートだった」と切り出せずに別れた。
■ 第二のデート(公園編)
仲間たちはリベンジを図り、今度は自然の中で散歩デートをセッティング。風に揺れる木々の下、初めは和やかに話し始めた。
しかし、スターだと気づいた通行人たちが集まり始め、あっという間に小さな人だかりができてしまう。スターは緊張し、視線を泳がせ、アリアナも静かに遮ろうと奮闘するも収拾つかず。
最終的にはケイドとジェイクが登場して救出。結局またもや普通に進まなかった。
■ 第三のデート(屋敷ディナー編)
仲間たちは再びプライベートな場を用意。今度はスターの屋敷で、ディナーとの名目で二人の時間を作る。
だがスターは焦りすぎた。皿を浮かせ、キャンドルを小さな炎で灯し、幻のバイオリニストを召喚するという演出まで。幻想的ではあったが、音量や浮かぶ皿の干渉であっという間に大混乱。
音楽が大きすぎ、皿が落ちて割れる。スターは震え、アリアナはただ沈黙。後片付けの時間が長く、気まずさが勝ったまま夜は過ぎた。
■ 第四のデート(市場編)
これでダメなら最後と、今度は地元の市場をゆるく散歩デート。果物や雑貨を眺めながら、ごく自然な会話を試みた。
しかし、路上のマジシャンを見つけたスターは「自分も勝負しなくちゃ」と変な使命感にかられ、無言で対抗魔法を開始。ちょっとした“魔法合戦”と化し、再び人だかり。
アリアナは呆れと苦笑いで引き離し、事態は収束。これも失敗。
■ 四回のデート後の反応
夜、スターは仲間たちと屋敷のリビングで静かに過ごしていた。
「もう、これに意味あるのかな…」と言う彼に、エリックが真剣な顔で返す。
「すぐ進展すると思っちゃだめだよ」とルナが付け加える。
スターは首を横に振りながら小さく呟く。「彼女といると、確かに“何か”を感じる。でもそれが正しい形なのか、わからない。過去と今を混同してるだけかも」
■ アリアナの苦悩
一方、自室で机を指先で叩きながら考えるアリアナ。
「どうしてうまくいかないんだろう…」
昔なら自然に溶け合っていた気持ちが、今はどうしても隔たりに感じる。お互いにちゃんと思いあっているのに、何かが足りない。
「何か大切なものが見えていないーー」
彼女はそれを見つける決意を胸に、次の展開を待ちながら集中力を保ち続ける。
■ アリアナ先生、学校襲撃に立ち向かう
ある日、誰も予想しなかった出来事が起きる。
その日は平常通り、高校の教室で授業中。突然、学校アナウンスが響く。
「ただ今より校内ロックダウン。各教室を施錠し、音を立てないように!」
生徒たちは一瞬凍りつき、アリアナは冷静さを保とうと努める。ドアを内側からロックし、キャビネットを押して補強。窓のブラインドを下げ、生徒たちを隅に寄せる。
彼女の声は静かだが強い。
「大丈夫。私が絶対守るから。静かにして、隠れて」
だが廊下には怒号と重い足音。普通の訓練ではない──誘拐目的の強盗か。さらに、学校の電話回線が遮断されていて、警察に連絡できない。
子どもたちの顔は震え、目には涙。ある少年が震える声で言う。
「先生…もし来られたら…どうしよう」
アリアナは真っ直ぐ目を見て答える。
「絶対に来させないから。約束する」
しかし物理的な盾がなく、時間は刻々と過ぎる。そして…
──ドアを激しく叩く音、バン!バン!バン!
ロックが壊され、3人の顔を覆った武装男が教室に突入。生徒たちを見下ろしながら「こっちに来い」と命令。
アリアナは反射的に前に出た。
「子どもたちには触らないで。私だけ連れて行って」
男たちは薄笑いを浮かべながらも、そこに隙があった――アリアナが振り回した椅子が一人の男の腕に当たり、銃が倒れた。
「逃げて!」と生徒たちへ叫び、彼女は再び体を張って抵抗。拳骨や肘打ちで応戦したが、最後には顔に一撃を受け、意識が揺らぐ。
見えたのは幼い生徒たちが一斉に教室を抜け出す姿。
「良かった…」
と微かに思ったのも束の間、誰かに髪を引かれ、立たされる。
「お前も連れて行くぞ」
遠くでサイレンが鳴り始める。警察が来る。しかしすでに時遅し。彼女は背後から引き出され、教室を後にする。
扉が閉まる直前、最後に見えたものは――
逃げた子供たちの無事な背中。




