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第30話 六年ぶりの再会

あれから六年——。


アリアナの家の前で別れた、あの痛ましい瞬間から、スターとアリアナの人生はそれぞれの道を歩んでいた。


二十六歳になったアリアナは、今では高校の教師として静かに生徒たちを導く日々を送っていた。しかし、心のどこかには、あの日助けた少年、そして彼が大人へと成長した姿が、今も色濃く残っていた。


そんなある朝、学校中に放送が響き渡る。


「皆さん、本日は特別ゲストとして、有名な魔術師・スター様をお迎えしています!」


生徒たちは歓声を上げ、スマートフォンを構えて写真を撮る者、動画を録る者、ステージの内容を想像して騒ぐ者で溢れかえっていた。


その中で、アリアナは放送に固まっていた。


「スター……?」


まさか、と思いながらも、胸が高鳴るのを止められない。


そして、生徒たちが集まった講堂のステージに現れたのは——


かつての少年、今や二十八歳になったスターだった。


彼は以前よりも背が高くなり、自信に満ちた立ち振る舞いでステージに立つ。かつての臆病でぎこちない雰囲気は消え、黒いマントをひるがえしながらも、柔らかな笑みを浮かべていた。


その隣には、今や全国レベルのサッカー選手となったカイド。そして、有名なミュージシャンとして活躍するルナがいた。


スターの魔術は、もはや子供だましの手品ではない。


星空を模した光の魔法が空中に広がり、幻想的な獣たちが姿を現し、空を舞う鳳凰が観客の目の前で煌めきながら消えていく。


カイドとの連携で見せた、浮かび上がるサッカーボールのトリック。ルナとの共演では、音符が宙を舞い、魔法と音楽が見事に融合した幻想的な光景を作り出していた。


会場は歓声と拍手に包まれていたが——


アリアナの視線はただ、彼だけを追っていた。


話す姿、笑う表情、その一つひとつが、あの頃の彼とは違っていた。


だが、変わらぬものもあった。


その眼差し。その優しさ。


「……私のこと、覚えているのかな?」


そんな想いを胸に抱えながら、彼の目線が一瞬、自分に向けられたとき——


ふと、視線が交わった。


それはほんの一瞬だった。


けれど確かに、何かがそこにあった。


―――認識? 驚き? それとも、気のせい?


ステージが終わり、拍手の嵐が巻き起こる中、スターの目は人ごみの中を探していた。


そして、見つけた。


人混みの奥に、控えめに立っているアリアナの姿。


彼は仲間たちに一言なにかを告げると、ファンたちを穏やかに誘導し、ゆっくりと彼女のもとへ向かった。


そして——


「……アリアナ」


久しぶりに聞くその声は、懐かしさと、優しさに満ちていた。


「スター……ずいぶん、経ったわね」


言葉にならない想いが、二人の間に漂っていた。


「もう、会えないと思ってた」


「私も……」


やがて、静かにスターが尋ねる。


「少し、話さない? 静かな場所で」


頷いたアリアナとともに向かったのは、街の外れにある小さなカフェだった。


---


静かな時間が流れていた。

カップのぶつかる音と、カフェの片隅で流れる微かなラジオの音だけが、空気を揺らしている。


アリアナとスターはテーブルを挟んで向かい合っていた。

その間には、不思議な緊張感が漂っていた。決して悪いものではない。ただ、どこか——重い。


長い沈黙のあと、アリアナが口を開いた。


「……それで、あなたはこの数年間、何をしていたの?」


スターは少しだけ背もたれに寄りかかり、言葉を探すように息をついた。


「いろいろあったよ」

小さく笑いながら言う。

「君がいなくなってから……仲間がずっとそばにいてくれた。人と話すこと、少しずつ練習して……知らない人と会話するだけで、心臓が止まりそうになってたのが、嘘みたいにね。一年くらいかかったけど」


アリアナはほっとしたように微笑んだ。


「今のあなた、すごく自信があるように見えるわ」


スターは首を傾げてから、ふっと笑う。


「……成長したのかもね。エリックやニア、ヘンリー……みんながいろんなことを教えてくれた。料理とか、街とか、仕事のこととか。それで、魔法を使って人を助ける仕事を始めたんだ」


最初はささやかな手助けだった。だが、少しずつ感謝の声が集まり、それがやがて、大きな波になった。


「まさか自分が舞台に立つようになるとは、夢にも思わなかったよ。でも……今の自分がいる」


アリアナは、懐かしさと誇らしさが入り混じった表情で、彼の言葉に耳を傾けていた。


そして、スターが逆に問いかける。


「……アリアナはどうしてたの?」


アリアナは視線をカップに落とし、静かに語り始めた。


「……あなたと別れてから、本当に大変だったの」


両親は、彼女の言葉を信じなかった。

彼の存在を「幻想」と切り捨て、望まぬ将来を押しつけた。ステータス、名誉、家名——そんなものばかりを重視する家だった。


「ずっと……閉じ込められてるような気がしてた。あなたに連絡することも、話すことすら、許されなかった」


スターは唇を噛みしめながらも、彼女の話を黙って聞いていた。


「でも……例の事件の後、少しだけ、両親が変わったの。完全にじゃないけど、自由が増えた。それで……教師になろうって思ったの」


スターの瞳が優しく細められる。


「先生に?」


「ええ。人に何かを教えることが、すごく自然に感じたの。きっと……あなたのことを思い出したからかもしれない」


その言葉に、スターは胸を打たれたように黙り込んだ。


「……君は、あのときから、ずっと僕を助けてくれてた。あの時のこと、忘れたことなんてない」


アリアナは小さく息を呑むが、すぐに笑みを浮かべた。


「あなた、本当に変わったのね。昔のあの怯えてた少年とは、まるで別人」


スターは俯きながらも微笑む。


「君も……変わったよ。あのとき、僕を救ってくれた女の子とは違う。今の君は……もっと強い」


また、沈黙。


けれど、今度の沈黙には、どこか温かい余韻があった。


ふいに、アリアナが問いかけた。


「ねぇ……あのとき、私が逃げようとしたのを、どうして止めたの?」


スターは一瞬だけ驚いたような顔をし、ゆっくりと答えた。


「……君に家族を失ってほしくなかったから」


「たとえ、その家族が私を傷つけていたとしても?」


その問いに、スターはまっすぐ彼女を見つめて言う。


「僕には家族がいなかった。だから、君に自分から捨てさせたくなかった。いつか……後悔するんじゃないかって、そう思ったんだ」


アリアナは唇をきつく結び、胸の奥で何かが揺れるのを感じた。


——二人は、長い時間をかけて語り合った。

失った時間。積み重ねた苦しみ。

そして、それでも手に入れた、小さな幸せ。


太陽が西の空に沈むころ、確かに一つの答えが見えていた。


---


数日後――。


心の中で何度も深呼吸を繰り返しながら、アリアナは一つの決断を下した。


スターを、もう一度、両親に紹介する。


かつて「孤児の少年」として誤解され、冷たくあしらわれた彼を、今度は“成長した一人の男”として。


スターは少し戸惑いながらも、彼女の思いに頷いた。


そしてその日、彼と共にその場に立ったのは――

エリック。今や冷静沈着な弁護士。

カイド。国家代表選手として名を馳せるサッカー選手。

ルナ。音楽業界で注目されている新星のアーティスト。

ジェイク。かつての荒れた日々を捨て、今は安定した職に就く真面目な青年。


彼らはスターの親友として、何も言わず共に立ち会った。

それが、どれほど彼にとって力強いことかを知っていたからだ。


アリアナの実家――数年前、スターが門前払いを食らった場所。

だが今回は違った。彼は一人ではなかった。


玄関のドアを開け、アリアナが彼らを招き入れる。


居間では、厳格な雰囲気を纏った父と、品はあるが鋭い視線を持つ母が待っていた。


スターの胸は緊張で高鳴っていたが、彼は背筋を伸ばし、静かに口を開く。


「……お久しぶりです。お父様、お母様。お目にかかれて光栄です」


しばし、沈黙。


その空気を和ませたのは、エリックだった。


「初めまして、弁護士のエリックと申します。スターとは長年の友人でして」


カイドが笑顔で続く。


「カイドです。サッカー代表選手やってます。スターにはいつも謙虚にされっぱなしですよ」


ルナが柔らかく微笑みながら頭を下げる。


「私はルナと申します。音楽活動をしています。スターは、私の一番の応援者なんです」


最後に、ジェイクが気楽そうな口調で一言。


「ジェイクです。今は普通の仕事してますけど……みんなと出会えたおかげです」


アリアナの両親は、戸惑いながらも彼らの姿に心を動かされた様子だった。

かつて見下した少年は、今や信頼され、支えられる存在へと変わっていたのだ。


そして、父がようやく口を開いた。


「……立派になったようだな」


スターは頷く。


「はい。簡単ではありませんでしたが、支えてくれる人たちがいました」


母がやや鋭く尋ねる。


「今は、何をしているの?」


「魔法を使って、人々の助けになっています。最初はささやかなものでしたが、やがて多くの人に知ってもらえるようになり……今では公演なども行っています。けれど、本当にやりたいことは、誰かの生活を少しでも楽にすることです」


父の視線が厳しくなる。


「……アリアナと、どういう関係になりたい?」


その言葉に、場の空気が凍りつく。


スターはわずかに目を見開いたが、一歩も退かずに言った。


「私は、彼女を傷つけるつもりはありません。アリアナは、ずっと私にとって大切な存在です。でも今日は、“奪う”ためではなく、“頼まれて”ここに来ました。それだけです」


それは決して模範的な答えではなかったが、嘘のない言葉だった。


しばらくの沈黙の後――


父は小さく息を吐き、「……昔とは違うな」と呟いた。


母も、渋々ながら頷いた。


「人は……変わるものなのね」


歓迎とまではいかない。だが、それは確かな“前進”だった。


アリアナはそっと微笑む。


やがてその場は、少しずつ穏やかな空気に包まれていく。

エリックは話術で雰囲気を和らげ、カイドは冗談で場を盛り上げ、ルナは優しく空気を整え、ジェイクは静かに寄り添う。


そしてスターは、堂々と胸を張っていた。


別れ際、父がわずかに頷いた。


それは“認めた”という証。


帰り道、カイドがスターの肩を叩く。


「いやー……緊張感すごかったな!」


エリックが笑みを浮かべる。


「でも悪くない結果だったよ」


ルナが言う。


「追い出されなかっただけ、進歩ね」


ジェイクが笑って答える。


「間違いない」


その隣で歩くアリアナが、そっと囁いた。


「来てくれて……ありがとう」


スターは彼女を見つめ、静かに答える。


「……いつでも」


もう彼は、玄関先で怯えていた少年ではなかった。


彼は――スター。


そして今、彼の周りには“家族”がいる。


***


翌日。


スターは、アリアナに“ある場所”を見せようと決めた。


それは――彼の新しい家。


都会の高台に建てられた豪奢な邸宅。広々とした庭に、洗練されたデザイン。けれど派手さではなく、“落ち着き”を感じさせる美しい屋敷だった。


エリック、カイド、ルナ、ジェイクも一緒に高級車に乗り込む。


道中、カイドがニヤリとしながら言う。


「昔はカップ麺ばっか食ってたのにな……今は革張りシートとはなあ」


ルナが微笑みながら続ける。


「レストランで注文するのに緊張してたのに……今や有名マジシャン、だもんね」


スターはただ、静かに微笑む。


「ここは僕の家じゃない。僕たちの家だよ」


それは嘘ではなかった。


この邸宅は、彼の成功の証ではなく、仲間全員の“もう一つの帰る場所”だった。


そして邸宅の前に着くと、アリアナが思わず息を呑んだ。


「……これが、あなたの家……?」


スターは頷く。


「うん。でも、君の家でもある」


そのとき、玄関から二人の人物が姿を現す――


ヘンリーとメイだった。


今や著名な画家として活躍するヘンリーと、魔術師を辞めて女優として新たな道を歩むメイ。


「驚いた?」と、メイが笑顔でギフトバッグを手にする。


ヘンリーも微笑む。


「ちょっとしたお祝いを持ってきたんだ」


そして、アリアナは更なる事実に目を見開く。


「……二人って、結婚してたの?」


メイがヘンリーの腕に手を添えながら笑う。


「もうすぐ2年目よ。最初は秘密だったけど……今は、堂々と“夫婦”よ」


ヘンリーがそっと言う。


「彼女は、僕にとって最高の出会いだった」


あまりに多くの出来事が一度に押し寄せて、アリアナの心は揺れていた。


そこへスターがリモコンを手に取り、リビングのテレビを点ける。


画面に映ったのは、見覚えのある少女――ニア。


今は料理ブログを開設し、少しずつ人気を集め始めていた。


「まだ始めたばかりだけど……いつか彼女は、大きくなると思う」


エリックがソファに身体を預けながら笑う。


「ニアなら、いずれレストランチェーンくらい余裕だろうな」


皆が笑う――懐かしさと温かさに満ちた、家族のような笑い声。


しかし、次の瞬間。


カイドがニヤリとしながら、スターの脇腹を小突いた。


「さてさて……俺たちの話はこれくらいにしてさ。スター、お前の番だ」


スターが目を瞬かせる。


「……え?」


ルナがクスクスと笑いながら言う。


「ほら、“あの気持ち”のこと。アリアナと再会したあの日から、ずっと考えてたでしょ?」


ジェイクがぼそっと加える。


「それが原因で、働きすぎてぶっ倒れかけてたしな」


スターは、言葉に詰まりながら、視線をアリアナへ向けた――。






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