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第26話 金持ちのわがままな坊ちゃん

街の喧騒から少し離れた小さなカフェに、スターたちは腰を落ち着けていた。

店内は柔らかな灯りと客たちの穏やかな笑い声に包まれている。だが――スターの心は、そこに無かった。

彼の思考は、未だアリアナの屋敷に囚われたままだった。


「さて……スター。」

静寂を破ったのは、ケイドだった。テーブルに肘をつき、真剣な眼差しで問う。


「これからどうする? 会えたには会えたが、あれじゃ納得できんだろう。」


「……彼女は、話したくないんだ。」


俯いたまま、スターはかすれた声で呟く。


「それとも。」

エリックが眼鏡を指で押し上げながら言う。

「話せないのかもしれない。」


「……どういう意味だ?」


スターが顔を上げると、エリックは静かに答えた。


「彼女の態度は……冷たいというより、誰かにそう言えと命じられているように見えた。」


ヘンリーも頷く。


「俺もそう思う。……あの父親、妙に冷静すぎた。まるで全部、予定通りだと言わんばかりに。」


「典型的な金持ちだな。」

腕を組んで、ジェイクが吐き捨てる。


「家の名誉と体面しか考えてねぇ。全部、あの親父が仕組んでるに決まってる。」


「じゃあ、アリアナは……屋敷の中で囚われてるってことか。」


スターの問いに、ルナがそっと肩へ手を置く。


「……昔のあなたみたいに、鎖に繋がれてるわけじゃない。でも、ある意味では、同じ。」


その言葉は、スターの胸に鋭く突き刺さった。

長い間、自分だけが縛られていたと思っていた。

あの魔術師の下で、命も心も自由も失っていた日々――

だが今、アリアナもまた、違う鎖に囚われている。

家という名の檻。未来という名の牢獄。

彼女は望んで歩いているのではない。その道は、彼女の意志では決められていない。


「……婚約、してるって……父親が……。」


ぽつりと漏れたその言葉に、周囲は静まり返る。

『結婚』という音が、喉の奥で苦く響いた。理由もなく、胸が痛んだ。


「スター。」

沈黙を破ったのはエリックだ。

「焦るな。これは一晩で解決することじゃない。……だが、本当に彼女を救いたいなら、冷静にならなきゃいけない。」


スターは深く息を吸い、痛む胸に手を当てた。

苦しみの隣に、静かに芽生えつつある感情があった――決意。


「……諦めない。真実を知るまでは。」


その目に灯った覚悟を見て、仲間たちは頷いた。


◆◆◆


カフェの扉がカラン、と音を立てる。

その瞬間、温かな空気が、わずかに冷えた。


現れたのは、如何にも金持ちと分かる若い男だった。

背広は高級品。腕時計は光を受けて煌めき、髪は無駄に艶めいている。

初めから周囲を見下すような態度で、傲慢さが滲み出ていた。


「……なんだこの店は。」

メニューを一瞥し、鼻で笑う。

「貧民しか来ない食堂か?」


店員たちはプロとして微笑みを崩さないが、スターには分かった。

彼らがどれほどこの男に不快感を抱いているか、痛いほどに。


料理が運ばれると、男は更に態度を悪化させた。


「これが料理? ゴミだな。よくこんな下等なもん食えるな。」


「……もし宜しければ、別の――」


丁寧に応じたウェイトレスに、男は冷たく言い放った。


「下らん。俺の時間は、こんな裏通りの店で無駄にする価値はない。」


スターは静かに椅子を引いた。

胸の内で、熱がじわりと広がっていた。

――かつてのような、黒く荒れ狂う怒りではない。

けれど、それは確かに人間らしい怒りだった。


「……なぁ。」


穏やかだが、芯のある声で、スターは呼びかけた。


「気に入らないのは構わない。でも、ここで働く人たちを貶す必要はない。」


男はゆっくりと顔を向け、スターを値踏みするように一瞥した。


「……誰だ、お前。」


「……働く者を、尊重する人間だ。」


男は嘲笑した。


「尊重? そんなものに意味はない。金も、力も、コネがなければ何も手に入らん。」

カウンターに肘を置き、得意げに言い放つ。


「俺たちの会社は、もうすぐ彼の会社と提携するんだ。この先、誰も手出しできない。」


「……彼?」


スターの眉がひそむ。


男は不快な笑みを深める。


「俺のフィアンセの父親さ。名前は……そう、アリアナ・リュシアンだ。」


スターの時が止まる。


アリアナ――

彼女の父の名を、この男は誇らしげに口にした。


「結婚すれば、家同士が一枚岩になる。こんなゴミみたいな店、泣いて土下座でもしに来るさ。」


男は続ける。

「……あの女なんざ、道具だ。俺の都合で、好きに使ってやる。それが現実だ。」


スターの拳が震えた。

胸の奥で、黒い魔力がざわつく。

けれど、彼は必死にそれを押し殺す。

今の自分は、あの日の怪物ではない。


「……彼女は、道具じゃない。」


低く、静かに言い放った。


男は鼻で笑った。


「人間? 笑わせる。結婚すれば、全部俺のものだ。言うことを聞かせる。それが常識だ。」


スターの背で、エリックが声をかけた。


「……もう、帰れ。」


男は肩を竦め、最後に冷たく笑った。


「いいさ。下層の人間は、分を弁えてればいい。」


そう吐き捨て、彼は店を後にした。


カフェには、重たい沈黙だけが残った。


スターはしばらく、その場に立ち尽くしていた。

胸の内を渦巻くのは、怒りか、悲しみか、分からない。


けれど、ただ一つ。

確信だけは、はっきりと芽生えていた。


――彼女は囚われている。

己の意志ではなく、他人の都合に縛られている。


かつて、命の淵で自分を救ってくれた少女。

今度は自分が、彼女を救う番だ。


◆◆◆


夜、仲間たちは密かにアリアナ邸を監視していた。

車の出入り、警備の人数、時間……細かく記録を取り続ける。


そして翌日――

昼時、一台の黒塗りの車が到着する。


降りてきたのは、アリアナ。

上品だが控えめなドレス。

表情は硬く、どこか人形のようだった。


その後ろには、あの男が付き従うように現れる。


「……あいつか。」

スターが低く呟く。


「……気に入らねぇ。」

ケイドも同意した。


アリアナの父が出迎え、数言を交わす。

男は何やら下品に笑い、彼女を伴って屋敷へ消えた。


エリックが手帳に時間を記す。


「昼、イベントか何かだな。つまり、決まった行動予定がある。」


「次の外出先を探そう。」

ニアが言った。


スターの視線は、屋敷の扉から離れない。


「必ず……会いに行く。」


仲間たちは動き出した。

情報を集め、手掛かりを探す。


そして、エリックが告げた。


「……明日の夜、チャリティイベントがある。リュシアン家は出席予定。……奴も、当然来る。」


スターの心が騒ぐ。


「……そこだ。」


ヘンリーが腕を組む。


「……厄介だぞ。招待制、警備も厳重だ。」


「……上等だ。」

スターは静かに言い切った。


◆◆◆


次の夜。

煌びやかな会場、赤絨毯。

高級車が並び、金と権力を誇示するかのように光が溢れていた。


スターたちは遠巻きに群衆に紛れ、様子を窺う。


「……警備は厳重だな。」

エリックが冷静に分析する。


「……突入は無理。」

ヘンリーが言う。


「なら、忍び込むまでだ。」

ケイドが不敵に笑う。


スターは首を振る。


「騒ぎを起こす気はない。彼女を救うためだ。無駄な問題は起こさない。」


そこへ、あの男の車が到着した。

カメラの前で笑い、堂々と降り立つ。


そして――アリアナが現れた。


美しかった。

けれど、その瞳には光がない。

誰かに操られる人形のように、ただ静かに従っていた。


スターの拳が、無意識に握りしめられる。


「必ず……話す。」


仲間たちは即座に動いた。

ケータリングの搬入口。

そこから、慎重に内部へ潜入した。


中は眩いばかりの光景だった。

豪華なシャンデリア、絢爛たる料理、嘲笑う上流階級。


アリアナは舞台近くの席に座り、父と男に挟まれていた。

笑わず、言葉もなく、ただ俯く。


スターの胸が痛む。

――彼女は、独りだ。


エリックが囁く。


「……隙を待とう。たった一瞬でも。」


その時だった。

アリアナが、小さく入り口を振り返った。

指が、机上を不安げに叩く。

まるで……誰かを、待っているかのように。


◆◆◆


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