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0054-エピローグ(閑話:冒険者ローラ 完)


「それでてめぇ、おめおめと返ってきたってかぁ!?

ぶっ殺されてぇのか!!」


 スラムの一角に居を構える西竜会の本部。

その一室でこの組織の主であるドランの怒声が響き渡った。

ザンジは親分であるドランに起きた事を説明していた。

その西竜会が一方的に舐められたような無様な報告に怒りを露にしたのだ。


「貴族が出て来たんです…流石に貴族に喧嘩売るわけには…」


「こっちにも面子ってもんがあるんだ、いくら貴族でもやられっぱなしってわけにはいかないよなぁ?」


「へ、へい…相手は、トールソンっていう男爵家らしいです。」


 ザンジの告げた貴族家の名前を聞いた途端、今までの怒りが嘘のようにドランは動きを止めた。


「あん?ちょ、ちょっと待て…その女ってのはどんな奴だったんだ?」


「背は低くて…黒髪黒目の妙に奇麗な顔してましたねぇ、高く売れそうだと思って手を出したんですが…」


その言葉を聞いて完全に固まるドラン。

次第にプルプルと震え始める…

その姿に他の組員が首を傾げてしまう。


「そうそう、そいつから親分に手紙だって渡されたんですが。」


そう言って懐から一通の手紙を取り出してドランに渡す。

震える手で恐る恐るそれを開いてみると、そこに書かれていたのは…


*****************

               

   みぃ~つけたぁ~www  

               

          ろーら    

               

*****************


ガタンッ!!!

突然ドランが後ろに倒れ怯え始める。


「………な、なんで………………………うそだ!!」


「どうしたんですかい?」


明らかに様子がおかしい自分たちの親分に周りの子分たちはオロオロしながら聞いた。

だが、そんな事は耳も貸さずただその手紙に書かれた名前に怯えるドラン。


「酒吞童子…」


「なんであの悪魔がトールソンから出てくるんだよ!!」


――――――――――


 ローラが景気よく金を使った宴会はギルドの酒場を中心に路地まで広がった。

次々に近所の酒場から酒と料理を持ってこさせて、周りの住民たちをも巻き込み既にお祭り状態。

ギルド職員も制御不能と諦め振舞われた酒に口をつけ、警備隊も感謝を理由にローラから酒を注がれいつの間にか参加してしまった。

中には奴隷の首輪を着けた者まで混じっており、次第に噂を聞きつけた孤児やスラムの連中まで寄ってきたが気にせず料理を振舞った事で現場は種族、職業、階級が入り乱れる乱痴気騒ぎとなっていった。


「王女様も手を差し伸べて下さったんだ、感謝して食え食え!!

戦争好きの国王陛下とは違う…民想いのティルセニア王女殿下にカンパーイ!!」


「「「「王女殿下にカンパーイ!!!」」」」


先程の騒ぎの際に現れたティルの名前も勝手に広めて次代の王たるティルの功績をでっち上げ景気の良い話に仕立て上げてしまうローラ。

祭りの中心でローラはギターと歌を披露し、周りの人間がそれに合わせて机を叩き口笛を鳴らし合いの手を入れる。

ただ楽しむ事しか考えていないカオス。

理性のある者が見ればただの醜態…それがこの場所であった。



 ローラが娼婦のお姉さんたちにも声をかけていたため、稼ぎ時と商売を始めていたようだ。

物陰には所かまわず合体している男女。

それらを横目にローラは路地裏で待っていた一人の男に会いに行った。


「証文の筆跡に見覚えあったからヤマを張ってみたんだが…。

へぇ、ご本人が登場なんて殊勝な心掛けじゃねーか。

しっぽも奇麗に治ったみたいで何よりだ"東高飛びトカゲ"さん…」


男は頭に火傷の後のあるスキンヘッド、西竜会の頭目であるドラン。

そのドランが怯えるようにローラに応える。


「今はドランで通ってる。…もう逃げられねぇんだろ?」


「まーな、つってもここはトールソンじゃねーから、

 いい子にしてるんなら手は出すつもりはないよ。」


「いい子…ね。奴隷関連からは手を引く…エルフに関しては多少情報があるだけだ、全部渡す。

それでいいな?」


「奴隷の方は王都でどうこうする義理はねーんだけどな。心象良くしたいならそーしとけ。」


「どこをシマにしてるんだ?」


「ああまだ借宿だから決まってないんだわ、来たばっかなんだ、情報くれよ。

あと、お兄ぃが学園に通ってるからそこは近づいたら…わかるな?」


「何で『鬼子』まで!!………もしかして王都を落とすつもりなのか!?」


「え、なんで?そんなのやる意味ネ~じゃん。

お兄ぃどこまで怖がられてんのさ…」


「何やってきたか考えろよ。崇めてるのは真っ当な奴らで、

俺らみたいな奴らにとっては恐怖だ!俺の仲間は生きたまま焼かれたんだぞ!

………頼む、情報については協力するから命だけは助けてくれ。」


「あーそんな事もあったっけ…

あれ、見せしめとかじゃなくて、お前んとことまともにやるとこっちに被害でそうだからってだけだぞ。」


 ドランの脳裏にあの焼かれた建物を冷徹に見つめる黒髪の少年の光景が目に浮かぶ。

怯えながら身を隠し様子を伺うしかなかったあの時の自分。

そして、自分の頭に熱い油をかけ火をつけ楽しそうにゲラゲラ笑い声を上げる少女…その成長した姿が目の前にあった。


「お兄ぃはトールソンに秩序っての作っただけなんだけどなぁ?」


「お前たちの言う秩序ってのは正しさを決めてズルした奴を皆でぶん殴るってシステムだろ?

つまり正しさを決めようとする奴がいたら、そいつは警戒すべき危険人物だ。」


「まるでお兄ぃが危険人物みたいな言い方だな?」


「当たり前だろ、でなきゃ俺らが漏らしながら逃げ惑う必要なんてない。」


「ほーん…」


興味深そうにニタニタ笑いながらドランを覗き込むローラ。


「まあいいや、今回は見逃してやるよ。」


「本当だろうな…」


「秩序を受け入れられない人間を全く許さないようならこの世界に興味はねーよ。

例えそれが元々神の言葉であったとしても、それを扱うのは人間で人間は間違える生き物なんだ。

秩序を作るのも所詮人間…保身、名声、金、地位、女、人気…そんなもんで動いてる奴等ばっかだ。

私は神様は信じてもそれを伝える人間の言葉は信じてないからな。」


「全員で同じ方向を向いてついた先は谷底ですってのは笑えねーだろ?

そもそも、"カレー味のう〇こ"や"う〇こ味のカレー"が嫌だから"う〇こ味のう〇こ"を食べたがる変態も多いしな…」


「勿論、秩序を維持する側としては役目として法を犯したら処罰するけど、従順なポチだけの潔癖症しかいなくなったらそれはそれで病気なんだよ。

奴隷以下の家畜と酒飲んでも旨かねーだろよ。」


「俺達みたいのでも利用価値がまだあると?」


「それが分かったら苦労しねーよ。

可能性を残すって意味でしかないんだから鼻つまみもんってのに変わりはねーよ。

分かってたらテメーなんざ真っ先にぶっ殺すに決まってんだろ?

手札に加えてやるから精々無様に生きて見せな。

真っ先に切り離せる手札だけどな。」


「そうさせてもらう。

連絡はどうすればいいんだ?」


「こっちからお前んとこに顔出すよ。うっかり喧嘩売るなよ?

アルフィーは怖いからなぁ~。」


「『血濡れの傷(ブラッディ・スカー)』もかよ…。あー、鬼子がいるならいるか…。

…アホが多いから出来るだけ穏便なやつを頼める?」


「あいよ…そうそう、お前"音の出ない楽器"って聞いて何か思い当たることあるか?」


「ンなゴミどうすんだよ?」


「七つ集めると願い事を叶えてくれるんだよ…知らねーなら別にいい。

もし何か知ったら真っ先に私に教えろ…何ならトールソンでの恩赦もくれてやるから。

…お前も飲んでくか?」


「冗談言うなよ。化け物の隣でどうやって酔えってんだ…。」


「そうかい…」


 ヒラヒラ手を振りながら宴の場へと戻っていくローラ。

その後姿をが消えていくのを確認し、ようやく緊張を解くドラン。


 ドランは幼い頃のローラをトールソンの地で知っている。

幼い頃は父親に似てまるで隠す事の無かったあの暴力的な魔力は成長して完璧に制御し抑えていた。

だが、その魔力はむしろ刃物を研いだような鋭さを隠す鞘を手に入れたに過ぎない。

そして、変わらないあの全ての人間を見下すような気配。

容姿こそゾッとするほど美しく成長したが、昔と変わらないあの目。

まるでこの世界を箱庭にした女神が戯れで人間界を覗き込み観察するような視線。

幼いローラにはあの視線を向けれた後、ゲラゲラ笑いながら茹でた油をかけられたが、今でもあの悪魔の笑顔の恐怖を夢に見る事がある。


 だが、今日この日に限っては無事に見逃されたようだ。

しかし、あの気まぐれな性格を知っているからこそ一度見逃されたからと言って安心も出来ない…

体は冷え切って、頭の火傷の跡が妙にうずく。

ドランはトールソンから逃げ出し命からがら王都までたどり着いたその時以来、久々に死の神ハディアスに祈りを捧げ、今日この日、死の運命を見逃してくれたことを感謝するのだった…


日は落ち、いつの間にか焚火が用意され…


愚か者たちの歌が響き渡る宴はいつまでも続くのだった…




翌朝…


 冒険者もギルド職員もギルドの人間は皆二日酔いの頭痛で動けなくなっていた…

その日の依頼は誰も受けることが無く、程なくギルドに対して冒険者が誰も来ないと方々からクレームが来ることとなった。

レティ達受付嬢には頭痛の原因は二日酔いだけではなかった…


――――――――――


 早朝の鍛錬。

 それはカイ達の毎朝の日課であり、最近ではローラも参加するためハードな訓練となるが…今日はそのローラがいない。

結局、昨日はローラが帰ってこなかった、ローラの事だからケガなどは無いと信じているが…

だが兄としてはやはり心配なものだ。

そんな不安を振り払うかのようにカイは木剣を振っていた。

しばらくして、カイの前にひょこっと現れたローラはすまなそうに言った。


「お兄ぃ…、ごめん金貸して~」


………?


「あー、いやさー昨日あの後みんなで飲みに行ったんだけどさ~

衛兵さんたちも合流したりしてね、すっごい盛り上がったんだよ、いやー楽しかったなー」


「んで、まあちょこーっと調子に乗っちゃってね?

ついつい、奴隷商人から金を借りるのに自分を質草に入れてたの忘れて持ってたお金全部飲んじゃったんだよね~、アハハー!」


( ……………………… )


「ってわけで、お金ちょーだい!

あ、うんちょっと二日酔いで頭痛いから拳骨は勘弁してね…ってお兄ぃ?」


( ……………………… )


「あ、あの…それはさすがにシャレにならないっていうか、その、ご、ごめ(スパーーーーーン!!!!!)」


 カイの木剣が石頭を叩いた事で見事に粉砕された。

ローラが幼い頃はあの手この手で罰を与えたのだが、成長してくるとあまり強すぎる攻撃は本能的に魔力障壁を展開して防いでしまうようになった。

だからこそ普段カイはギリギリ障壁が展開されない程度の拳骨でローラに説教をするのだが…

本日の怒りはその度を超えたものであった。


「ローラァーーーお前という奴はっ!!!」


ローラに怒鳴りつけるカイの怒声が早朝の街に響き渡るのであった。


――――――――――


 元女奴隷は西へ西へと旅をしていた…

向かう先は悪名高きトールソン。

気でも狂ったのかと言われたら否定が難しい…

女は貰った紹介状を見てあの日の事を思い返した。


 あの自分が突如奴隷から解放されたあの日。

酒の席を抜け出しそのまま逃げようとした時に声をかけられた。

それは、自分をビンフの奴隷という身分から解放するよう仕向けた張本人。


「お前さん、復讐でもしようって?」


自分を追いかけて来てそのような言葉をかけてくるローラをギロリと睨みつける。


「別に止めはしねぇーよ、首輪はもうないんだ勝手にしろって。

自分で死ぬのも、他人を殺すのも自由にできるようになったんだ。

殺しはダメですっつって分かってくれるほど若くもないだろ?」


「お前さんが一人でもクソ野郎を道連れにしてくれりゃあ、こっちとしては世界が奇麗になって助かるんだ。

ただ、まあその世界にお前さんの居場所はなくなるけどな。」


そう言ってニヤニヤと女を覗き込んでくるローラ。


「じゃあ、どうしろっていうのさ。まさか、あの男と一緒になれって?」


「別にいーんじゃね~の、悪い奴じゃないだろ?

頭と顔と収入は悪いけど…

まぁ、仕事欲しいってんなら紹介してやらんでもないけど…うちの地元だから遠いぞ?」


仕事という言葉に思わず反応する。


「地元ってどこさ?」


「トールソン。」


「うぇ…ああ、なるほど…だからこんな。」


 トールソン…昔聞いたことがある、落ちぶれ者達の行き着く先。

領主が盗賊共に殺され王国からも見放された事で魔物と犯罪者のたまり場となった場所。

昔、まだ自分が子供の頃に領主が変わったと聞いたことがあったがそれきり噂を聞かなくなった。

統治がうまくいっているとは思えないのだが、そんな場所の仕事とは一体何なのだ?

だがしかしと考えると、自分の様な元奴隷にとってはむしろ住みやすいのかもと思うのだ。


「…まあ、行ってみるかな…そのトールソンってとこ。私にとっちゃこんな嫌な想い出しかない場所よりは良い所だろ。」


「紹介状書いてやるよ。門番に見せな。」


「字は読めないけど平気かい?」


「あー、読めた方がいいな。向こうで軍に入れば教えてくれるから腕っぷしに自信あるなら軍に入隊すればいいぞ。

そこそこの魔力持ち…だろ?」


 ハッとする女…

ビンフの奴隷をやっている時ですら隠していた自分の魔力。

それを見透かしたように言ってくるローラ。


「ばれてたの…?」


「でなきゃ、奴隷上がりなんて面倒なもんスカウトなんてしねーって。」


ヒラヒラと既に用意されていた紹介状を見せられる。


「ペテン師が…ま、解放してもらった礼の分くらいは働いてみるさ。」


「それとほら、金も必要だろ。」


 そう言って自分の財布を放ってくるローラ。

中身を見ると冒険者達から掠め取った金が入っており、細々と使えば路銀としては十分だろう。

その中から大銅貨を一枚出して「冒険者の登録料が必要だぞ」と渡しておく。


「おっ、サンキュ。出発は早朝にしとけ…

それと、どうせだからあのおっさんにもいい思いの一つはさせてやれよ?」


そう言ってギルドの中に戻っていったローラ。


一体何者なのか?

もしかしたらこの紹介状も偽物かもしれなかった。

それでもどうせ行く当てなどないし、王都で生活するのも嫌だった。

だから、騙されてみようと思ったのだ。



 しかし、その不安を和らげる出来事が起こった。

旅の途中で寄った町で幸運な事にトールソンから来たという一団に出会ったのだ。

不安に思った女はその紹介状をその一団に確認してもらったところ、突如対応が急変しその一団のリーダーの所へ連れていかれたのだった。


 そのリーダーを目にした瞬間、その美しいプラチナブロンドの髪を持つ女性に思わず跪いてしまったが…

「わたくしは貴方様が跪かなければならない様な相手ではありませんよ。」とクスクス上品に笑われてしまった。

今は平民だと説明されたが…

なるほど、トールソンという土地を考えるとそのような事もあるのかもしれない。

確かに装飾品の類は左手の薬指に地味な指輪をはめているくらいでほとんどつけてはいない。

だが、女の自分ですら魅了され直視するのを躊躇うほどの美貌に元は大貴族か王族だったのだろうという事が容易に予想できた。


 一瞬その男を惹き付ける容姿と体をみて「娼婦でもやったら一晩で大金持ちになれそうですね!」という下ネタが頭に浮かんだ。

だが、もしそれを言葉にしていたら自分はこの世にいなかったかもしれない。


 その人からローラが元気にしているかと色々聞かれたが…

正直一度しか会っていなかったから答えられる事は少なかった、元気かどうかで言えば元気だっただろう。

代わりに王都の様子などについての話をし、その後はその人達からトールソンの事を色々教えてもらえることが出来た。


 話し上手でついつい話過ぎた気もするが、奴隷上がりでしかない自分を部下の人たちも含め対等に扱ってくれた事のお礼だ。

話を終える頃にはこの紹介状一通でそんな待遇を受けるなんて、女は自分がどうやら凄い幸運を手にしているのだと思えるようになっていた。

そして、その希望を胸に西へ西へと旅を続けるのだった。



――――――――――


 ノール達のパーティは結局復活する事は無かったようだ。

その後、カリーウはどうやらモーブルの借りている部屋に寝泊まりするようになっていた。

男の趣味が悪いなとは思うが、レティがとやかく言う問題でもないだろう。

そもそも女が冒険者をやるなど奇麗ごとではない。

そういった生き方が出来るからこそ女冒険者なんてものが出来るのだ。


 そしてメディエはカイの所で気に入られ使用人として正式に採用されたらしい。

仕事の都合と安全上の問題から馬小屋ではなくカイの借りている宿に部屋を用意されそこで住み込みで働くようになった。

一般的な冒険者の夢である定職、しかも貴族家に仕えるという大出世だ。


 最後にノールなのだが…

何でも出来ると思って冒険者になった彼は結局、仲間に謝る事とプライドを捨てる事が出来なかったようだ。

そして何より彼の冒険者としての願いを叶えるには決定的に魔力が足りなかった。

偶にメディエが訪れてお金を渡されていたが、うだつの上がらない下級冒険者を続けるのが嫌になったのか、しばらくするとその姿も見なくなっていった。



とある雨の日


 ギルドはいつもとは打って変わってガラガラだった。

雨の日は外での活動は危険を伴うため、すぐに金が必要か期限のある依頼を受けている冒険者たち以外は

皆休みにして日ごろの疲れを癒すのだ。

だが、仕事がないわけでもないから受付嬢は残念ながら出勤である。

とある貴族令嬢に50年ローンを組まされ毎日の歯磨きと酒場であったらたまに奢る約束をさせられたカッツはこんな日も働きに出ている。



 併設の酒場からギターの音が聞こえてくる。

仕事もしないで猫のようにフラッと現れて酒場で飲んだくれている彼女には雨の日も関係ないのかもしれない。

ただ、今日は周りに人がいないため、静かな空間に静けさを引き立てる情緒的なギターと清らかな歌声だけが鳴り響く。

口を閉じろと言ってきた全ての人間の口を閉じさせてきた歌…


 テーブルにはマスターからおひねり代わりに貰ったホットワインが置かれていた。

給仕の娘も今日は積極的に客席の掃除に勤しんでいるようだ。

降りしきる雨の中、大空に虹をかけて見せるこの少女はきっと神にでもなったつもりなのだろう。


 曲の合間には雨音の拍手。

受付嬢も今日やらなければならない書類仕事を終わらせると、労働の喜びは明日の自分へと譲り自己犠牲の精神で怠惰という罪科をその身に受ける事にした。

大体、他の職員もサボっているのがほとんどなのだ、皆がサボっている中一人で仕事をしている奴はアホである。

酒場にいる事を伝える矢印と文字の看板を受付に置き酒場へと向かう。


カウンター席に座り何を頼もうかと思案していると少女の歌声から提案がなされる。

こんな雨の日にはホッと一息…


「マスター、ミルクティーを頂戴。」


冒険者ギルド併設の酒場の主人としての答えは簡潔明瞭だ。

レティの前にホットワインを置きながら言う。


「んなもんねーよ。」


デスヨネー


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