0052-西竜会
カッツは足のすくむような気持で西竜会の事務所前に立っていた。
ここが到底払えない借金を負わせて自分と妹を奴隷にしようとしている奴らの根城…
こんな場所に立っているなんて正気の沙汰ではない。
カッツの完全に怯えきった心は戻れと告げている。
やはりだめだ、ここから離れよう、戻って妹を連れて逃げるんだ。
今ならもしかして何とか逃げ切ることが出来るかもしれない…
そんな気持ちで、中止するよう言葉をかけるためローラの方を向いた…その時。
………
そこには何故かローラはいなかった。
いたのは…そう、多分これが女神というやつだろう。
黒髪黒目の女神…
カッツの目が釘付けになる。
自分の顔が火照っていくのが分かる。
もう長らく神に祈る事などしていないというのに、なぜ今頃になってこんな美しい女神が隣に立っているのだろうか?
呆けるカッツにその女神は振り向いて眉をひそめた…
そこでカッツはローラに似ていることにやっと気が付いた。
ローラがポニーテールの髪を解いてそこに立っていただけだったのだ。
「なにボーっとしてんだ、さっさと行くぞ。」
「あ、ああ…」
思考の止まったカッツは既に恐怖など忘れてしまい、ただローラについて行くだけだった。
「たのもーーーー!!」
ローラが西竜会の事務所前で大声を上げ中の人間を呼び出す。
カッツは横であわあわするしかなかった。
しばらくすると中から体の大きな強面の獣人が出てきた。
そしてその男は二人を見てからメンチを切りながら怒鳴り散らす。
「んだぁっこのガキ!ここはテメーらガキが来るような場所じゃないんだよ!さっさと消えろ!!」
完全に委縮するカッツの横でローラはこの獣人に親切な奴だなという感想を抱いた。
多分この獣人はローラの姿を見て厄介事に巻き込まれないよう忠告としてこのような事を言ってくれたのだろうと判断した。
そんなローラは逃げようとするカッツの襟首を捕まえながら要件を言う。
「この西竜会の親分と話がしたいんで通してくれ。」
眉をひそめながらローラの顔をよく見るが…その絵画に描かれているかのような容姿に一瞬気圧された。
ここで追い返していいものかと躊躇してしまい、一応話を聞いてみる気になったようだ。
「親分はこの事務所にはいないな。」
「ありゃ?事務所一つじゃないって事は結構大きい組織なんだな。
まあいいや、ここにいるカッツの借金の事で話があるんだ。
ここのボスでいいから話をさせてもらえないか?」
………
ジロリとカッツの方を見るが、情けない事にローラの陰に隠れていた。
ローラの方を見るが貴族の娘がここに来るとは思えない、どこかの商家の娘か…
美しい少女だがその顔に張り付いている自信満々の笑み。
自分ならカッツの借金をどうにかできると考えているのだろう。
「入れ…」
そう言ってローラ達を通し建物の中を案内する組員。
中に入ると古い建物だが割と広い建物であった。
ローラ達を応接室に案内する道すがらローラがその組員に質問する。
「西竜会って結構大きんだな、何人くらいいるの?」
「あ~今は120人ってところかな…その中の30人くらいがこの事務所いる感じだ。
だから下手な真似するんじゃねーぞ?」
「ほ~ん。」
「お前らはここで待ってろ、今兄貴を呼んできてやる。」
応接室に通されると、ここで待つよう言われる二人。
お茶を出されたが、カッツはローラに習い口を付けなかった。
ローラから何を出されても口に入れるなと言われているのだ。
ついでに交渉は全部ローラがやるので一切口出しをするなとも言われている。
部屋には商人の館ほどでは無いが調度品が飾られていた。
じっくり壺を見てみるが…どうやら商人の館の物よりもローラの趣味に合う感性をしているらしい。
「カッツ、その辺の物には絶対手を触れるなよ。壊れやすくなってるから。」
「ヒェッ!」と思わず声をだすカッツだった…
………
しばらくして現れたのは壮年の身だしなみが整っている男。
顔つきはというと厳つい顔で鋭い眼光を人のよさそうな目でを装い誤魔化している。
ローラの容姿を見た瞬間に目の色が変わるが、慌てて抑え込む。
隣にはカッツの借金を取り立てに来ていた男も同席していた。
そして他の組員も数人がローラ達の後ろにまわりこむ格好。
「ようこそ西竜会へお嬢さん…俺はこの事務所の所長をやってるザンジってもんだ。
会った事は無かったと思うが、名前を聞いても?」
「私は冒険者ギルド所属のローラです。」
そう言ってポケットに入っている冒険者証を取り出し見せる。
相手が相手だ、しっかり見せる必要はないとすぐにしまってしまう。
「それで、そのローラさんの本日の御用件は、そっちのカッツさんの借金についての話と聞きいたが?」
「ええ、彼が奴隷にされる寸前と聞いてその借金をどうにかしてあげようと思いまして。」
「それはお優しい事だ…おい!」
そう言って取り立てをしていた組員から証文を受け取ると、それをよく読む。
「フムフム…しかしこの契約によると、借金はかなりの額になりますが…払えますかな?」
「いくらですか?」とローラが聞くとザンジが組員と相談する…
出てきた答えは大金貨三枚…
カッツはローラが言った通りの金額だったので小さくなるだけであった。
だが、そのお金を用意しているにもかかわらずローラが抗議を始めた。
「高すぎます!そんな大きな金利払えるわけがないでしょ!
カッツを奴隷にするために騙したのですね。
そんなもの神が許すはずがありません!正義の名の下に抗議いたします!
減額しなさい!」
………
一瞬静まり返ったあと…ドッと室内に笑いが巻き起こった。
これにはカッツも焦ってしまう、いつものローラが絶対言わないような言葉を並べているのだ。
髪を解いたら性格まで変わってしまったのだろうか?
これはこれでカッツの手は届かないが理想の女性という感じでいいのだが、今この状況で欲しているのはいつものローラだ。
あの手この手で言いくるめてくれるだろうと期待したのに一体どういうつもりなのか…
問いただしたいが、しかし今はそのローラに何があっても絶対喋るなと言われている。
そしてローラも抗議を続けようとする。
「笑い事ではありません!すぐに…「こっちは仕事でやってんだっ!!小娘がぎゃーぎゃー口だすんじゃねぇ!金を払うのか払わねーのかどっちかって聞いてんだ!!!」
バンッ!!とテーブルを叩き怒鳴り散らすザンジ。
その音と声にローラがビクッと驚き反射的に身を縮こませ、手を震わせた。
それを見たザンジも追い打ちとばかりに「おら、出すのか出さねーのか!どっちなんだ!?」と怒鳴ってくる。
ローラも震える手を抑えながらキリッとザンジを睨み、確認を取る。
「か…神に誓って、借金はそれで全てなんですね?
それを払えばカッツは自由の身となるんですね?
嘘をついたらただじゃおきませんよ!」
ブフッ。
組員が思わず吹き出してしまう言葉…
ザンジも笑いそうになったが何とか堪え「ええ、神にでも何にでも誓いましょう…」
その言葉を聞いたローラは、悔しそうに下唇を噛みながら持ってきた金貨を並べる。
「おやおや、随分な大金をお持ちですね。」
「店の金庫から…」
スッと目線を外しながら少々後ろめたい口調で呟く。
「ハハハッ!ご友人のためにご自分の手を汚す…なんて泣かせる話だ!」
「さあ!それで証文を返してもらいましょうかっ!」
「ええ、構いませんよ。」
そう言って差し出された証文をローラは受け取り中身を確認する。
そしてその証文をカッツに渡し「要件は以上です」と、さあ帰ろうかと思ったその瞬間…
突然組員たちがローラ達の行く手を阻んだ。
「何の真似ですか?」
「いやいや、別に何をしようというわけではないんですよ。
ただ、我々としてもローラさんとは今後も長いお付き合いをしたいなと思いましてね?」
肩にポンと手を置く所長の手を払いのける。
「触らないでください!!」
「お、おい!!ローラに手を振れるんじゃない!!」
ローラが狙われている事を感じ取ったカッツが抗議の声を上げるが…
バキッ!と組員の一人がカッツに拳を食らわせ、倒れた所を数人がかりで蹴りはじめた。
「やめなさい!!」
ローラの必死な叫びもむなしく、ボロボロになったカッツ。
そして他の組員がカッツを二人がかりで腕を掴み動けないようにする。
「カッツを放しなさい!!」
「動くんじゃねぇ!!」
カッツが人質に取られ言う事を聞くしかないローラ。
そんなローラを舐めまわすようにジロジロ見た後、顎を手でクイッと持ち上げ顔をよく見ながら言う。
「随分と奇麗な顔してるじゃねーか。こいつは変態貴族に高く売れそうだ…」
その手を振り払いながらローラは再度訴える。
「触るなと言ったはずです。
それから、カッツはもう関係ないはずです!早く解放しなさい!!」
「指図すんじゃねぇ!立場分かってんのか!!」
ザンジのその言葉にビクッと身を震わせたちまち不安そうな顔となるローラ。
その顔に満足したザンジは組員に言い渡す。
「おい…そっちの男はもう用はねぇ、さっさと放り出せ。」
そのザンジの言葉に「「へいっ!!」」と返事をし、組員たちがカッツを引きずっていった。
「ローラに手をだすじゃねー!!コラ放せ!!」
「うるせぇ!!」
暴れるカッツが再度殴られ黙らされて、引きずられていく…
「さあ、お嬢さん。これからの仕事の話をしようか…」
カッツが連れていかれる時に最後にローラの方を見ると、ローラはカッツに微笑みかけていた…
………
……
…
カッツは叩きだされた西竜会の事務所前で呆然としていた。
借用書は自分の手元にあるため、ローラの言う通り借金からは解放された。
だが、その代償としてローラが西竜会に捕まってしまったのだ。
別にカッツは自分だけが助かりたかったわけじゃない。
もしかしたらローラなら妹だけは助けてくれるかもしれないと期待があったからこそ助けを頼んだのであって、ローラを身代わりにするために連れてきたわけじゃない。
カッツにだって譲れないものはあるのだ。
父が仕事中の事故で死に、病弱な母も後を追うように死んだ。
両親と死別し、妹と二人住んでいた部屋を追い出されスラムの住人となった。
スラムなんて場所はロクな所ではない。
周りの知り合いたちもドンドンと悪い連中にそそのかされて犯罪に手を染めていく。
だが、カッツは犯罪に手を染めようとは思わなかった。
自分の死んだ父親は警備隊として街を守っていた…その父親はカッツにとって誇りだったのだ。
だからこそ、絶対自分は犯罪者にまで落ちぶれてはいけない、それがカッツの唯一のルール。
そして、そこまで落ちぶれたくなかったからこそカッツは冒険者になったのだ。
それがどんなに底辺の仕事であったとしても…
まともな仕事をしている奴らに怒鳴られ笑われたとしても、犯罪者にだけはならないために。
そして真っ当に稼いだ金で妹だけは何とか生活させてやると…
その妹がどっか仕事を持った男の嫁にでもなって欲しいというのがカッツの願い。
自分が体を売って稼ぐと言った時には思いっきりひっぱたいた事もある。
そんな妹が自分の愚かな行いで奴隷にされそうになっていると知った時。
ローラがどんな悪魔であっても構わなかった。
それがどんなやり方であったとしても…
ローラがどんなにクズな人間であったとしても…
自分を助けてくれたのはローラだけだったのだ。
あの時自分を助けてくれると言った人に魂を捧げても良いと思ったのだ。
カッツは自分の無力さを嘆く…
だが嘆いたところで何も変わらない事をカッツは知っていた。
………
カッツは走り出した。
向かう先は冒険者ギルド。
――――――――――
冒険者ギルドの扉を派手に開けて飛び込んで来たカッツが開口一番言い放った。
「助けてくれ!!」
これになんだなんだと冒険者や受付嬢達が注目した。
そして、その声の主が先ほど意気揚々と出て行ったローラに連れていかれたはずのカッツ。
あからさまにトラブルである。
本当であれば関わりあいたくない…だが、内容も気になってしまうのは悲しい所。
「西竜会の連中にローラが捕まっちまったんだ!!
俺だけじゃどうしようもない、頼む助けてくれ!!」
それを聞いた冒険者達がざわざわとお互いの顔を伺い始める。
「ローラがまた何かやったんだろ?自業自得じゃねーか。」
モーブルが冷たい言葉を投げかける。
だが、それは冒険者ギルドの人間達全員の一致する意見でもあった。
「それは違う!ローラは確かに無茶苦茶な奴だったけど、西竜会の連中には何もやっちゃいない。
俺の借金の肩代わりしてくれただけだ!
なのにあいつらローラの容姿を見て…」
それを聞いたレティはギョッとした…
それはいくら何でもやりすぎだろう。
何せ、ローラは貴族なのだ。
手を出せばただじゃすまない事くらい相手だって分かっているはずだ。
カッツは辺りを見回してたつけてくれそうな人間を探す。
そして、見つけたのがビンフ。
「あいつらからローラが取り返してくれた借金の証文だ!
これをやるから頼む!!
ローラを助けてくれたら俺はどうなっても構わない!」
そう言って、床に頭が擦り付けるくらい跪いて頼み込み…
そして最後に周りに訴えるように言うのだった。
「なあ、頼むよ…同じ冒険者の仲間だろ…」
"冒険者の仲間"…これはローラが初めてこのギルドに訪れた時に言い放った言葉。
それは人から小銭を掠め取るために使った言葉だったはず。
だが、あの時なんでここにいた人間達はあの言葉に逆らうことが出来なかったのか…
それは、一人きりであがいている冒険者という個人主義の人間達もやはり人とのつながりを切り捨てる事が出来なかったからだ。
誇りというわけではない、だが冒険者という括りが自分の居場所であるという証明が欲しかったのだ。
勿論、レティはヘイト回避のためでしかなかったが。
ローラが気に食わないと思う事は多々ある、だがローラと飲む酒がマズいという事は殆ど無い。
それは、あの小悪魔は自分の所に寄ってくる人間は全て仲間として受け入れてくれるからだ。
そして、首の回らなくなったカッツすらも助けて見せた事も事実…
例え仲間だとしても冒険者である自分達にそこまでしてくれる人間などいないだろう。
忌々しい事に"冒険者の仲間"を小銭を掠め取るために使った少女こそが唯一"冒険者の仲間"のためにその身を張ったというのだ。
………
冒険者達がため息をつきながら次々とギルドから出て行ってしまう。
説得は失敗…カッツがそう思ったが…
それにビンフがカッツを立たせながら声をかけた。
「おい、お前が場所を教えないと皆どこへ向かえばいいのか分からないだろうが。
ローラのためというのは癪だが、お前がそこまで頼むなら少しは手伝ってやるから。」
その言葉にハッとなったカッツ。
「あ、ああ!!」
それを見届けたレティ達受付嬢達。
そしてレティも動いた。
ギルドとしても何もしませんでしたでは済まされない。
「私はカイ様の所へ行ってくる。あなたは警備隊に連絡を!」
レティは後輩を捕まえてそう言うとそのままギルドを出て走った。
この時間だとカイは学園にいるだろうか?
別にローラが心配だからという意味で行動を起こすのではなかった。
普段であれば冒険者自身が起こした問題にギルドが動くなんてことは余程のことが無い限りはあり得ない。
だが、今回の件はその余程の事に該当するため、ギルドとしても何もしませんでしたでは済まされないのだ。
何せローラは貴族なのだから…
西竜会の連中は何を考えているのだろうか。
貴族に手を出す、コレがどのような意味を持つかわからないでもないだろうに…
西竜会は既に詰んでいる…レティにとってこれは責任がこちらに及ばないようにする保身のための戦いなのだ…
酒場に1グループだけ冒険者が残っていた。
それはいつもローラと飲んでいるモーブル達…
そしてそこにカリーウも一緒にいたため、なんとなく残ってしまったのだが。
「ね、ねえ…モーブルさんはどうするんです?」
「え、だってローラだろ…?俺はかかわりあいたくねぇし…」
そう言って、いつもローラと飲んでいる一団は頷きあいながら放置を決め込み酒場から動かなかった…
…残念なことに、多分彼らの選択が一番賢い選択だった。




