0047-職場訪問①
ローラにペースを乱されながらも、胃に穴をあけるような思いで日々の業務は過ぎていく。
こんな職場でレティにまともな出会いがあるわけもない。
受付で口説いてくる冒険者達は自分達より遥かに収入が低く、仮に高い人間がいたとしてもそれは都合が悪くなるとすぐに他の街に逃げてしまうような上級冒険者。
コッソリやめとけと忠告はしているのだが…たまに口説かれた受付嬢が泣いているのを目にすることがある。
冒険者がダメなら同じ職場では?…となるのだが、これまたレティには縁が無かった。
ギルドには受付嬢以外にも貴族や商人達から仕事を貰ったり口利きしたりするための男性職員というのはいるのだ。
だが、その男性職員達がレティに声をかける事は無かった…
彼らが声をかけるのは、仕事が出来る上に文句も言ってくるようなレティではなく、仕事を教えてくれと頼んでくる扱いやすいように見える若い受付嬢たち…
自分より後に入ってきた受付嬢達が次々と寿退社していくのを眺める日々…
だが、そんな日々にも潤いというのは確かにあった。
例えば…
その瞬間、多くの冒険者たちの集まるこの汗臭いギルドが一瞬でフローラルな香りに包まれたように感じた。
そしてその気配を感じた奥で作業していた受付嬢達もすぐに反応して、椅子取りゲームのように空になっていた受付が埋まる。
今日あたりだろうと思って、いつも譲り合いになる人の少ない時間帯の受付業務を引き受けたレティ。
席に座れなかった女たちが恨めしそうにレティ達を睨むが、頑として席を譲る事はない。
席を譲ってほしいと言って来てももう遅い。
そんな泥臭い駆け引きなど、その人物は知らないだろう。
ギルドに入ってきたのは学生服に身を包んだ黒髪黒目の青年。
学園の生徒である事から貴族か裕福な商人の家の子であることは明白。
そしてその優雅な足取りと気品に満ちた表情…これぞ貴族と言わんばかりの出で立ち。
いつもはすぐにでも絡んできそうな冒険者達もそちらを一瞥すると一瞬で関わらないことを決めてしまっていた。
貴族に喧嘩を売るほどの命知らずなどここにはいないのだろう。
彼の名はカイ・トールソン。
ここ最近学園に通うために王都に訪れて、たまにギルドに依頼するために訪れるようになった超絶美男子である。
物腰も柔らかで女性に対しても立てるような会話をしてくる。
始めて訪れた際は貴族令嬢の戯れで冒険者の活動のまねごとをしに来たのかとも思ったのだが…
そうではなく依頼を頼みに来たついでに自らギルドがどんなものか興味があったのだとか。
その後もたまに訪れるようになったのだ。
しかも、それとなく確認したら男性であることも確認できた。
始めてきたときはどこの王子様かとレティも含め受付嬢達が裏で熱狂したものだ。
トールソンという名前に思う所はあってもきっと何か事情があるのだろうとどんな女でも察することが出来るだろう…
そんなわけだから受付嬢達も少しでもお近づきになりたいと頑張るのだが…
向かう先は…レティの受付だった。
これには他の受付嬢達も舌打ちしながら受付を後にする。
…計画通り。
思わず高笑いをしそうな気持を抑えるもニマニマとしてしまう表情を何とか受付嬢の笑顔に戻すレティ。
こんな事もあろうかと以前カイが受付に来た時に根回しをしておいたのだ。
自分の所に来れば事情を分かっているから話が早いですよ…と。
そして、人のいない時間を教え次いつ来るかも大体の日付で聞いておいたのだ。
だからこそ今日この日この時間に受付業務をしていたというわけである。
仮に受付にいなかったとしても、カイはきっとレティを呼び出すであろう。
戦いというのは始まる前にどれだけ準備をするかにかかっていると言っても過言ではないのだ。
「お久しぶりです、レティさん。以前依頼をお願いした…」
「いつもご依頼ありがとうございます。カイ様、今日もご依頼でよろしかったでしょうか?」
カイが自分の事を覚えていないかもしれないと確認してきたが、それが言い終わる前にレティは挨拶をする。
こちとら自分の事は覚えていて当然という態度で高圧的に接してくる冒険者達を日夜相手にしている身。
謙虚な上に眼福なカイを覚えていないわけがないのである。
「はい、先日は大変いい冒険者の方々を紹介してくださって本当にありがとうございます。
今日はその仕事の更新をお願いしにまいりました。」
「こちらから定期的に伺いましょうか?」
「いえいえ、散歩がてらという奴です。
学生の身で大きな仕事は抱えておりませんので時間があるうちに色々見ておきたいんですよ。」
そう言って微笑むカイに思わずウヘヘと涎が垂れそうになる。
いかんいかんと意識を戻し仕事に取り掛かるレティ。
カイの依頼というのは変わっており、定期的にゴブリンの死体を仕入れて欲しいという物であった。
最初その依頼を聞いたのは他の受付嬢だったのだが、判断に迷ってレティに相談してきたのだ。
それでレティも話を聞いてみたのだが、どうやら騎竜と呼ばれる飼いドラゴンの餌にするのだとか。
それを聞いてまた厄介なのが来たと追い返したかったが相手が貴族とあってそれも出来ず…
こちらが渋っているのを見て「では騎竜を実際ご覧になってから受けるかをお決めになっては?」と言われ、面倒な相手から逃げたい男性職員の代わりにレティが確認に行くことになったのだ。
後日言われた宿に向かったレティ。
残念ながらカイは学園に行っていたためそこにはいなかったが、カイの部下という少年に案内された。
そしてそこには驚いた事に完全に飼いならされた魔物であるはずの竜がいたのだ。
種類はギルドにある図鑑で見た事もあるランドドラゴン…
普通の冒険者だったら出会ったら逃げれればいい方、囲まれたらお終いという危険な魔物である。
調教方法こそ中途半端に広まると危険もあるため秘密と言われたが、どうやら主食はゴブリンなのだそうだ。
少年が乗って見せてくれて、レティにも興味を持って遊んでくれとじゃれついてくる頭の良さ。
狐につままれた気分ではあったが、レティにも危険はないと判断できるほどよく調教されていたのだ。
そして何よりが、先日の起こった劇場占拠事件の解決にも協力したという実績もあった事だ。
一応警備隊にも確認したのだが、警備隊と一時的に協力関係となり突入の先陣を切ったのだとか…
その時の褒章として何とその場にいた王女殿下から直々に撫でて頂いたという話も聞かされた。
王女殿下がお認めになっている物をレティ如きがとやかく言えるわけもなく依頼は問題なしとしたのだ。
勿論、ギルド長に報告し許可も取ってある。
金額の交渉こそその少年に旨く値切られてしまったが仕事内容は定期的に納品すると言ってもゴブリン討伐でしかない。
いつもやっているゴブリン討伐でボーナスが出るのだから冒険者にとっては旨味しかないのだ。
本当の所を言うとトールソン領軍が護衛としてついてきているので訓練で森に入った時についでに狩ってくればいいはず。
だが、冒険者ギルドの方にも話が通ってないと、訓練にいけない場合城壁内に魔物の死体を持ち込む際にトラブルが起きるからという話なのだ。
契約の更新はスムーズに進んだ。
カイの方からも特に問題は無かったという話だし、普段文句しか言わない冒険者達も次の更新の時も絶対指名してくれと圧をかけられたほどだ。
報酬も多いうえにどうやら宿でご飯をご馳走になったらしいのだが…
滞りなく更新が終わるとカイの方から手に持っていた包みを渡された。
「それと、これ今朝焼いたクッキーなんですが…」
包みから甘い匂いが広がり、クッキーと聞いたギルドの職員達の視線がこちらに集まった。
よくぞ戻ってきてくれた我が愛しのスイーツタイム…
「一応皆さんの分に足りるよう多めに焼いてきましたので良かったら皆さんでどうぞ。
…あ、多すぎた分はレティさんの方で処分しちゃってください。」
「ありがとうございます!」
満面の笑みでレティはその包みを受け取る。
他の受付嬢達もざわざわと喜びが広がっていくのが分かる。
レティでも甘味という奴は休日だけの楽しみである…今月は無くなってしまったが。
「宿にいる子がお手伝いしてくれたんですよ~」とニマニマしながら語る姿に子供好きが見て取れる。
そんな姿に女性職員達も、子供がお好きなら私が産みましょうか?という気分だ。
ただ、そんな暖かい…熱い?空気も一瞬で覚める一言をカイが投下した。
「そう言えば、このギルドに妹が仕事しに来ているはずなんですが仕事ぶりはどうなんでしょうか…
ローラって言うんですが。」
ろー…ら??
レティは…いや、全職員、そしてうっかり聞いてしまった冒険者達もその場で凍り付く。
よくよく見ればローラとカイは眉目秀麗、外見のみは似ている。
…単に兄妹という事に魂が拒絶していただけなのだが。
だが、当の兄は自慢の妹が頑張って仕事をしている姿を想像していたのだろうか…
「妹はやんちゃですけど冒険者みたいな仕事をやらせたら凄い能力を発揮すると思うですよね。
あ、もしかしてもうSランクとかになっちゃってたり?」
笑顔でそんな想像の話をしてくるカイ。
Sランクが何なのかは知らないが、きっと物凄い評価を受けていると勘違いしているのだろう。
勿論そんなランク何てない、あるのは内部評価だけで、特別な依頼をする時のみ使うものだ。
そして、もしローラをそのようなランクで評価するのであれば…ダントツで最階位であろう。
何せ…
「あの…カイ様?ローラ…さんはあそこにいますが。」
そう言って震える手でローラのいる場所を指で指し示す。
その方向というにはギルド併設の酒場…
そしてそこには昼間から飲んだくれている、ろくでなしの冒険者達と…
「「「ウェーーーイ!!」」」
その中心にいるのは…そのカイの妹であるローラだった。
「彼女…このギルドに登録してから一度も仕事をしないであそこで偶に来ては毎日飲んだくれてます…」
………
『冒険王に私はなる!!』目をキラキラさせてそんな言葉を口にした妹。
カイはそんな妹が色んな体験を経て成長に繋がるのであればと渋々許可を出した。
妹は普段はめちゃくちゃな事をするが、あれで全く考えが無いというわけでもないのだ。
天才肌というのはカイのような頭の固い人間では理解できない。
だからこそ自分からやりたいと言いだした事に関してはなるべく邪魔はしたくはない。
そう思い信じて送り出した妹の姿…
テーブルに足を投げ出し他の冒険者達を巻き込んで昼間から酒を飲んで騒いでいる…
ゲラゲラと下品な笑い声をあげて、周りから迷惑そうな目を向けられながら…
そんな妹の姿を見たカイの表情はみるみるうちに変わっていく。
先程の爽やかな笑顔が鬼のような表情へと…
レティは思わずヒェッという声を上げてしまうのだった。




