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0042-天使のラッパ


 ローラがビンフを世界一殴りたい笑顔で見上げてくる…

これに答えを出せず脂汗をにじませてしまう。

そんなビンフを見て「しょうがねーな…」と呟きつつクルリと振り返るローラに引き下がるのか…と一瞬期待するのだが…

酒場にいたモーブル率いるろくでなし共に目配せをしたと思ったら、そいつらに向かってニヤリと笑みを浮かべた。

モーブル達は「なんだ?」と眉をひそめてしまうが次の瞬間、ローラはビンフの背中をそっと押してやる行動にでた。

勿論押した先は崖の下である…


 ローラはバッとギルドの中心に向き直ると、そのよく通る声でホール全体に響き渡るように口上を並べ始めた。


「さあさあお立合い!!ここに居りますはたった今ギルドの中心で愛を叫んだ男の中の男!

名をビンフ!!

だがしかし、この男の目の前には険しくそそり立つ身分の壁!

それもそのはず、ビンフが愛した女は何と自分の奴隷なんだとか…。

その愛を証明するのちょっとやそっとじゃ出来るもんじゃない。

そこで愛を示すために女奴隷を解放してやろうって考えたんだが…

ただこの男、ちょっとばっかし度胸が足りない…!

だから我らで彼の背中を押してあげようじゃ~ありませんか!」


いや違うだろと言葉を遮りたかったが怒涛の言葉に気圧されてしまう。

全てのツッコミどころを勢いだけで押し流してしまったローラ。

そして、この行為が善意からの物であると宣言し止めを刺しに来る。


「さあさあ皆さんご一緒に!!

ここで逃げたら男が廃る!

よっ!か・い・ほう!か・い・ほう!」


手拍子で合いの手を入れつつ「解放」を謡い始めたローラ…

これに一瞬戸惑いつつ、なるほどと理解したモーブル達は次第にその声に参加を始めていく。


「「か・い・ほう!」」「「「か・い・ほう!」」」「「「「「か・い・ほう!」」」」


 そしてその声はギルドにいる冒険者たち全体に伝播していく。

別にビンフがどうなろうと知った事じゃない。

だが、この状況が日々労働をして飲んだくれているだけの冒険者たちに取っては格好の娯楽に見えた。

そして、相手は普段から癇に障っていた上級冒険者と来たもんだ。

先に愛を叫んだのはビンフなのだからコレは善意の行動なのだ。


「「「「「解放!」」」」「「「「「解放!」」」」「「「「「解放!」」」」「「「「「解放!」」」」「「「「「解放!」」」」「「「「「解放!」」」」「「「「「解放!」」」」「「「「「解放!」」」」


………


 レティの目の前には悪夢が広がっていた…

これはリンチだ…

今まで一部の上位者であったはずの上級冒険者が大多数の下級冒険者達に囲まれ罵声を浴びせられる光景。

ビンフが愛の証明を行い、その結果として一人の奴隷が解放されるという誰も痛まないように見せている善意の行動。

ローラという天使のような少女が愛という名の善意のラッパを吹きならして行うリンチ。


 この状況でレティに出来る事など何もない。

ここで止めに入って、ここにいる冒険者全てを敵にまわす度胸など誰が持ち合わせいるだろうか…

鍵のかかった檻の中で嵐が過ぎ去るのをただ待つのみである。


 そしてその解放コールの直撃を受けて追い詰められたビンフは何も言えずにいた…

ローラはというと、ふとそのビンフから視線を外し女奴隷の方を見る。

そして…ふっと笑うと再びコールに参加した。


その笑顔を見た女奴隷は…

意を決してビンフに対して声をかけるのだった。


「ビンフ…お願い、無理しないで…」


そう言ってそっと肩に手を添える女奴隷…

これにハッとなるビンフ。

そうだった、自分は彼女に何一つ酷い仕打ちなどした事が無かったのだ。

そりゃあ勿論、夜の営みはしたが…それにしたって乱暴に扱った事などない。

ビンフにとって彼女は相棒で彼女もビンフにいつも笑いかけてくれる…


自分が彼女を愛しているという言葉に嘘偽りなどないのだ…


そんな思いが溢れ…


そして、ビンフは覚悟を決めた。


「いいだろう…彼女を解放する!!」


 これにはギルド中が「「「「わぁっ!!」」」」と湧いた。

冒険者の夢の一つ、奴隷を持つという夢を叶えた男の決断である。

それもその奴隷を愛のために手放すという決断。

これにはギルド中が湧いた。

すぐにビンフコールが巻き起こる。


 レティはこれに対して冷ややかな目で見ていた。

ビンフはこの空気に気圧されて奴隷を解放するという宣言をしてしまったが…

本当にそれでいいのか?と言いたくなる。


 奴隷というのは安いものでは決してない。

上級冒険者と呼ばれる奴隷持ちは、運の良し悪しはあれど皆奴隷を買うために危ない橋を渡っていおり、それはビンフであっても例外ではない。

レティは受付をしているからこそビンフがどれだけ苦労して奴隷を手に入れたのかは理解しているのだ。

決してその場の雰囲気で手放していいものではないはずなのだが…

そんなビンフに対して、酒に誘うノリで耳元で言い放つ。


「じゃあすぐにでも解放しような!」


 ローラは人を崖から突き落とした後に死亡確認をしないなんて雑な仕事はしない主義なのだ。

仕事は後片付けまでしっかり丁寧に…これが兄の教えなのだから。

だがこの言葉にビンフは言葉を濁してしまう。


「あ~、それなんだが…ちょっと待ってほしい…」


ここまで来てなんだと一瞬眉をしかめるが…


「なんというか、言いにくいんだが…金がない…」


「金?」これには首を傾げてしまうローラ。

そして、レティはなるほどと理解しローラに教えてあげた。


「ああ、多分奴隷解放の儀式のための教会に対する寄付金ね。」


 首輪奴隷の首輪というのは国への許可制である。

そしてその管理のほとんどは教会が担っている。

そのため首輪奴隷の契約も解放も教会を通して行われ、そこで契約書なども発行される。

もし勝手に解放をした場合は最高で奴隷落ちもありうる厳しい罰則がある…

勿論違法奴隷というのは別だが、そのような奴隷はギルドなどの国と関係のある組織には寄り付かない。

殆どが、過酷な単純労働や犯罪などに利用される。

そして、教会を通すのだから当然寄付金という物が必要になってくるのだが…

その額…確か大銀貨三枚ほどになったはず。


「ああーそういえば、そんなもんもあったか…」


 これには湧き上がっていた外野もお開きムードになってくる。

それも当然だろう。

大銀貨三枚なんていうのは、ひと家族が一か月家賃込みで余裕で暮らせるほどの額なのだから…

そんなものをこの場でポンと出せる奇特な人間なんてこの場にいるわけがないのだ。


 そしてそれはローラとて同じであり、こんなお遊びで大銀貨を出すほど馬鹿じゃない。

それならその分飲んだくれた方がよほどましと言える。

だがしかし、この場をここまで盛り上げておいてこの幕引きはしらける。

後でビンフにさっさと解放するよう圧をかける事も出来るが…

正直な所面白みに欠ける、鉄は熱いうちに打つべきなのだ。

なので、ローラはお金をひねり出す事にした、要は自分が出さなければいいだけの話なのだから…


ローラは隣にいたモーブルから空になっていたジョッキをふんだくる。


「おいおっさん、大銅貨でいいから小銭出せ。」


「あん?」といきなりのローラのカツアゲに眉をひそめるモーブル。

ローラも「いいからサッサと出せよ」と急かしてくるので、どうせさっきの見世物の礼に一杯くらい奢るつもりだったのだと財布から小銭を出す。

するとローラがジョッキを差し出してくるのでモーブルはその中に小銭を入れた。

次にローラはその隣にいたモーブルの仲間にたかり始め、なんだなんだと首を傾げる彼らにローラは言ったのだ。


「おいおい、けちけちすんじゃねーよ。

同じ冒険者の仲間が一世一代の大勝負に出ようってんだ。

協力してやるのが仲間ってもんじゃないか…」


 その言葉を聞いてモーブルの仲間たちは察してニヤニヤとした笑顔を浮かべながらジョッキに小銭を放った。

そしてもう一つジョッキを手に入れ両手にジョッキを広げ冒険者たちの中を練り歩く。

"ビンフのため"、"同じ冒険者の仲間のため"そんな言葉で小銭で出来る善意を進めてくるローラ。

ここで拒否すればお前は仲間ではないと言わんばかりに。

遠目に気配を殺していた他の上級冒険者たちの所へも赴き"仲間のため"を訴える。

中には間違えて銀貨まで出してしまう冒険者達も出てくるがそんな奴には「よっ太っ腹!」と褒めたたえる事も忘れない。

そして次々に集まっていく小銭たち…


 この光景に頬を引きつらせるレティ。

何せ冒険者というのは毎朝押し合い圧し合い他人を蹴落とし自分の仕事にありつこうとしている奴等である。

中にはクランという徒党を組んで狩りをするような冒険者達もいるが、大体は長くは続かない。

メンバーの中心人物というのは他の引き抜きに会いやすく、すぐに骨抜きになり瓦解するのが殆どなのだ。

偶に優秀なクランが出現する事もあるが、大体の場合ギルドから中抜きをされるのを嫌がる。

そのまま貴族や大商家にやとわれたり傭兵団となったりするのが普通だ。

徹底した個人主義それが冒険者なのだ…


 そんな冒険者達に"冒険者の仲間"を押し売りしていくローラ…

そして、あらかたの冒険者たちから金を巻き上げてから元の場所まで戻ってくる…

レティもやっと終わったかと思った次の瞬間…思いもよらない言葉をレティに向かって吐いたのである。


「ほら、あんたらも…"同じギルドの仲間" だろ?」


………いえ、仲間なんかじゃないですよ?


なんてこの状況で言えるわけが無かった…

ローラの後ろには既に小銭を掠め取られた冒険者達が控えているのだ。

彼らとしてみればせめて他の人間も巻き込んでやるという心境だろう。

ここで不用意な発言をしたら彼らの憎悪が全てこちらに向いてしまう…

同意しなければ集団から排除される善意など強要であり搾取と同じ、そこに悪意が無くとも悍ましい偽善だ。

今この場はその搾取を受け入れる事で大多数の善意の"冒険者の仲間"となった人間達がまだ搾取されていない人間に善意を強要する場所と化していた。

恨めしく思いながらも小銭程度でこの場を切り抜けるならば…と財布の銅貨に手をかける。

…が。


「まさか、銅貨なんてみみっちい事言わないよな?冒険者なんかよりずっと高給取りのくせに…」


オイバカヤメロ

うん?と数人の冒険者達がこちらを向く。


「あはは…何言ってるのかしら、実はそこまで高くないのよ?」


 そう言いながらも、冒険者からは隠すように銀貨をジョッキに入れる。

受付嬢の給料が冒険者達より遥かに高い…

そんな事広まっても得な事など何一つない。

受付で座って事務処理をしているだけの女が、外で過酷な労働をしたり命がけで狩りをしている人間よりも高給取り…

そんな話を聞いていい顔する人間がどこにいるというのだろうか?

レティも新人指導をする場合にはまず初めに"給料自慢をするな"という事をしっかり教え込む程だ。

そしてそんな強迫を黙らせるために、そっと銀貨を入れてやったのだ…

さらば愛しのスイーツタイム…


 その光景を見ていた他の受付嬢達も顔を引きつらせながら銀貨を入れていく…

何人目か続いた後に新人で家族に働けないくらいの弟や妹達がいる子の番になる。


「あのー、今月ちょっとピンチで~」


申し訳なさそうに言ってくるその子に対して、ローラは優しい笑顔で返すのだ…


「ああー、別に少しでかまわねーぞ。

こうゆうのは金額の大小じゃなくて気持ちが大事なんだから。」


「金額の方が大事に決まってんだろ!!!!」…とは言えないこの状況。

レティのストレスが過去一の速度で溜まっていくのを感じる。

これなら上司に嫌味でも言われていた方がいい…だろうか??

そんな事もありながら受付嬢達も小銭を入れていく。

ちなみにその新人の後は皆銅貨を入れていた………

取り合えず、ここにいない休憩室逃げた奴等は明日から強く当たるかもしれない。


 受付嬢達への恐喝を終えた所でローラはジョッキを持ってビンフに向き直る。

ここでレティはある意趣返しを思い付いた。

このままやられっぱなしは癪に障るのだ…


「ちょっと待ちなさい…あなた銅貨一枚だって入れてないわよねぇ?

貴方も…"同じギルドの仲間" …なんでしょ?」


ニヤリと笑いながらローラの腰の財布を指差しながら言い放つ。

するとギルド中の視線がローラに集まるが…そんな視線に対してローラは眉をひそめる。


「いや…だって私まだ冒険者じゃないし?」


((((………をや?????))))


ギルド中がその言葉に凍り付くが、ローラは呆れた顔で続ける。


「あんたの仕事待ってるんだって…お局で仕事できないとか、始末に置けねーぞ…」


………ぶちん


「だれがお局じゃこのガキィ!私はまだ20代だーーー!!!!」


 椅子を持ち上げてガンガン檻を叩くレティを「先輩抑えて、婚気が逃げます!」と必死で止める後輩たち…

冒険者数十人が押し寄せても耐えるこの檻が今は憎らしい。

後輩たちがレティの次の誕生日を祝うべきかを休憩室で真剣に話し合うのを盗み聞きしてしまった…

そんな悲しい女の魂の叫びがギルドに響き渡った…


 そんなどうでもいい事は放っておいてローラはビンフに向き直る。

そして小銭がパンパンに詰まった二つのジョッキをビンフに押し付けて言う。


「ほらよ…後足りないのは銅貨数枚とあんたの度胸だけだ。」


若干後ろで受付嬢がわめいているのが気になるが、それでも恐る恐るその小銭を受け取る。


「ちゃんと皆にお礼言えよ?礼儀だぞ…」


「う、うむ…感謝する…?」


するとローラが突然拍手を始める。

ローラが一人拍手をしているのを見て、また一人、また一人と…

その拍手の輪はギルド中に広がっていき…


「ほら、男の一世一代の勝負の時なんだ胸を張れや!」


そう言って背中を押してやるローラ。


「お、おう!!」


ビンフもその声と拍手に釣られて声をあげ、女奴隷を連れて意気揚々とギルドを後にした。


………


……



そして、ローラもビンフがギルドを出る瞬間を見計らって突然声をあげたのだ。


「しゃー!さあ、はった!はった!

あの男ビンフがこのまま金を持ってとんずらするか!

はたまた本当に奴隷を解放するのか!

いやいや、解放もせず、逃げる度胸もなく戻ってきてしまうのか!

一口大銅貨一枚からだ!さあ、はった!はった!」


(((( Oh ……… ))))


これにはギルド中が空いた口をふさぐ手段を忘れてしまった。

最早何も言う気力もなく、ただただローラに言われるがまま賭け札を買うのみだった。


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