0041-地雷を踏みぬいた男
ギルド中の視線がローラへと降り注ぐ…がローラはそれを意に介さない。
ザっとギルドの中を見渡すとある一点に視線が止まった。
レティは願った。
どうかそのまま自分の憧れが幻想であったと気づいて立ち去って欲しい…と。
ローラが釘付けになったのはギルド併設の酒場…
昼間から酒場で飲んだくれている冒険者の現実を見て目を覚ましてほしい…
だが、ローラの意志は固く軽く頭を振り払うとレティのいる受付の方へと足を向けた。
自分の願いが優先とばかりにレティの願いなどいとも簡単に蹴散らされてしまったようだ。
(ああ~やだなぁ~)
そうは言いつつもこれがレティの仕事である。
それがどんな人間でも犯罪者でもなければ人種も問わず拒まない…それが冒険者というやつなのだから。
現に冒険者の中には獣人やドワーフ族などがかなりの数いるのだ。
レティの受付前にやって来たローラに諦めて定型文で挨拶をする。
「ようこそ冒険者ギルドへ…本日は依頼でしょう…
「よぉ~嬢ちゃん、こんな所にお使いかい?それより俺たちと飲まないか~?」
レティが言い終わる前に、冒険者の一人がジョッキ片手にローラに近づき絡み始めた。
これにはレティも頭を抱える…
相手は冒険者の中でもとりわけガラの悪い連中。
たまに魔物討伐をした後はいつも酒場でたむろしている…要はろくでなし共の一人だった。
この冒険者の失礼な態度にレティは抗議をしローラも口を開いてしまった。
「モーブルさんまたですか!いつもいつも人に絡んで「え、マジで!勿論おっさんのおごりだよな!?」
………
「「「…ん?」」」
三人はそれぞれに違和感を感じ固まってしまった。
新人と見るといつも絡んでいく厄介な冒険者に対して抗議をしたはずのレティ。
酒場で自分達の事を眺め呆れながら受付に向かったガキにわからせようとしたモーブルと呼ばれる冒険者。
タダ酒に呼ばれたらついて行くのが当たり前なローラ。
ローラも何で二人が固まっているのかはわからなかったが、取り合えず物には順序という物がある。
「おっさんちょっと待っとけ」とモーブルを静止させたた後、受付のテーブルをタンタンと叩きながら急かすように要求をする。
「ほらおばさん、登録したいから早くして…酒場がしまっちゃう!」
ピキピキピキ
若干お冠なレティはバンッと登録用紙とペンをローラの前に置く。
ギルドの受付嬢にとってこの対応は職務放棄に等しい。
冒険者というのは読み書きなど出来ないのが普通で、そうでなければもっとマシな職にありつけるのだから。
これにはモーブルも「ヒェ」と小さく息を吸い込んでしまう。
レティもこのギルドで働いて長く、モーブルもよく知っている。
いつも作り物の笑顔を張り付け鉄格子の向こうから事務的な事しか言わないレティをここまで怒らせてしまったのだ。
「お、おいお前さぁ…」とヘタレながらローラに対してもうちょっと言葉を選べとたしなめてくる。
そんな事気にも留めず、渡された用紙に迷わずスラスラと記入しレティにつき替えすローラ。
これに顔を引きつらせるレティ…
字が書けるならこんな場所に来るなよという話だ、冷やかしにしか見えない。
だがレティも一応は仕事だ、記入漏れの無い用紙に舌打ちしつつも事務処理を進める。
「それでは個人証明用の木札を発行しますので少々お待ちください。
なお、登録後1週間以内に登録者用の常設依頼をこなすようお願いします…」
定型文となっている新人への最初の依頼を告げる。
登録者用の常設依頼というのは、南の森で薬草採取やゴブリンなどの魔物を狩って来いという物。
南の森というのは王都の近くある魔物の領域というやつである。
何でそんなものが王都の間近にあるのかというと、その理由は魔石にある。
魔石というのは魔道具の素材になったりそれを動かすための燃料として使われたりする。
最近では帝国から入ってくる魔道具が多種多様となっており、灯り、調理用の火、食材を冷やして保存するなんてものまであるのだ。
このギルドでも灯りの魔道具なんかは使われている。
帝国製で、燃費が大変よく庶民でもそれなりに裕福なら届く値段とあって人気だ。
勿論庶民には手の届かないものが殆どだが、魔石の需要というのが無くなることが無い。
人を襲う魔物が湧く魔物の領域…それと同時に魔石を産むという恩恵も隣り合わせなのだ。
そんな南の森での登録者用の常設依頼なのだが、取ってくる量はほんのわずかで構わない…
要するに単なる度胸試しなのだ。
これは100年くらい前から続いてる風習らしいのだが…
一応仕事を紹介するわけなのだから、これくらい出来ない子供が登録に来られても困るという意味合いもあるのだ。
そんな常設依頼の説明をマニュアル通りに説明しているのだがローラは、はよ終われとばかりにハイハイ聞き流しレティを苛立たせていた。
そしてモーブルもその態度にガラにもなく「ちゃんと聞けよ」とツッコミを入れてしまっていた。
そんな中レティはその他の注意事項についても登録者用紙の説明した個所にチェックを入れつつ説明していく。
「では最後に強制依頼についての…」といちいち癇に障るローラの態度にも屈せず続けていると…
その内に新たなトラブルがやってきた。
…普段はトラブルを諫める方なのだが、これはもう相手が悪かったとしか言いようがない。
「おい、モーブル。お前また新人にちょっかいかけてるのか…?」
「げぇ…ビンフ…いや、俺は別に…」
このビンフというのはモーブルも苦手とする相手…上級冒険者というやつだった。
モーブルが問題を起こすたびにビンフが止めに入る、それがいつもの事。
だからこそ、今回もモーブルが何か問題を起こしているのだと思っただけだ。
不機嫌そうな顔をしている受付とその前にいる少女、その横にはモーブルが何か言っている光景…
誰がこの状況を…
『ローラがモーブルに酒をたかる為にレティを急かしてモーブルがそれを諫めている図』
と見る奴がいるだろうか。
だからこそ「やれやれ…」と思いつつも仲裁に入ろうとしたのだが…
「なんだ、このイカくせぇおっさん。いっちょ前ナンパかよ…
マス掻きたきゃ裏でやってきな。」
(((((ふぁ!?)))))
ビンフに対してシッシッと追い払いレティに対してサッサとしろと机をトントンするローラ。
この言葉に周りの…いやギルド中の人間が目ん玉ひん剥いてしまった。
確かにビンフの勘違いはあったかもしれないが、相手は厚意で自分を助けようとしてくれていた人間である。
それに向かって…
そして、このローラの言葉をビンフとしても聞き逃す事が出来なかった。
ここで引いてしまうと上級冒険者としての面子にかかわるのだ。
「おい、ちょっと待て嬢ちゃん…なにか勘違いがあるようだが、それは一体どういう意味だ?」
これにはレティとしても頭を抱えてしまう事案だ。
いつもは仲裁に入る立場のビンフが今回は当事者になってしまったのだから。
そしてローラはというと…
「あん?…どう意味ってそりゃ、堂々とオナホ連れて歩いてりゃそうなるだろ。」
ピンと指をさす先は…ビンフがいつも連れて歩いている首輪奴隷の女戦士であった。
上級冒険者、それはギルドが腕のいい冒険者と認めて特別に待遇のいい仕事を依頼する冒険者たちである。
一口に上級冒険者と言ってもその内情はいくつかにグループ分けされている。
例えば読み書き計算、その他特別な能力を持っている場合。
これは冒険者と言っても殆どの場合、安定した仕事をすぐに見つけることができる。
そのためギルドとしての仕事は仲介だ。
勿論仲介料はかなり多く取る事になるが、貴族や商人達に口利きしてやるのだ。
なので、冒険者である期間は物凄く短い。
次に高魔力を持った変わり者。
本来高魔力を持っている場合は貴族や大商人に取り立てられ高給取りになるのが普通だ。
だが、冒険者になって活動を続ける変わり者というのも中に入るのだ。
組織に入るのが性に合わないだとか、貴族や商人に顎で使われるのが癪に障るだとか…
大変羨ましい話ではあるが、こいつらは自分の価値観でしか動かない。
一般人ではどうしようもない魔物が現れた時に遠方だったり山道だったりで国が軍を派遣するより安上がりと見込めばギルドに下請けに出すことがある。
そんな時に頼りになるのが高魔力を持った上級冒険者だ。
ギルド上層部としては依頼料がそれなりでやるのは中抜きだけだからと受けてくるのだが…
その上級冒険者たちを説得するのは誰かと言われればレティ達受付嬢なのだ…
何度彼らの手を握って「さすが上級冒険者様ですね!」と言った事か…
勿論そんな変わり者もポンポンいるわけもないし、フラフラと違う街に行ったりするのも多く捕まえる事は容易ではない。
しかも現在は戦争中という状況である。
そのため国や貴族がしつこくスカウトをかけてしまい、人材を取られるか拒否する場合は最近では王都にもあまり寄り付かなくてきた。
最後にビンフのような奴隷持ちの冒険者というやつである。
彼らはひたすら危険な仕事を行う事でお金を貯めたり、運が良かっただけだったり…
その経緯はそれぞれだが、奴隷を手に入れその奴隷と共に冒険者をやっている奴等である。
彼らもまた上級冒険者に分類される。
何故かというと、彼らは2人分の仕事を1.5人分程度の報酬でやってくれるからだ。
ギルドとしては一番おいしい人材と言える。
彼らが上級と言われる理由は、ギルドとして上客である事から来る上級である。
勿論そんな内訳はギルドの内部情報で冒険者個人に対してそんな話をするわけがない。
一緒くたに上級冒険者としていい気分になってもらうだけ。
なお、高魔力者たちは「実は他とは扱いが違うんですよ~」とヨイショするのは忘れない。
そんな上級冒険者であるビンフの奴隷…
一般の冒険者にしてみれば奴隷を持つことなど憧れの対象、羨ましいとしか思わない。
だが、そんな奴隷に対してローラは難癖をつけ始めたのだ。
…ちなみにオナホについては何のことかは知らないがこの場面で聞ける度胸は誰も持ってはいなかった。
そしてローラは更に口撃を加えてきた。
「首輪着けてなきゃ女一人抱けない寂しい男なんだろ…
ああ、わりぃ娼婦行くのが怖くなるくらいの短小ってだけか。
気にしなくてもいいのに、姉ちゃん達皆口が堅いって設定なんだから。
ったく、いい大人がダッチワイフ連れて歩いてるなんてみっともないぞ…」
プルプルし始めるビンフ…
そりゃ殴りたいだろう、だがここで暴力に訴え出ることがいかに惨めか。
目の前のたかが小娘の言葉に腹を立てて殴る…
外聞が悪いにもほどがある。
しかもこの少女、困ったことに容姿だけは物凄く整っている。
ビンフがここで手を出した場合、確実に悪者は自分だ…
だからこそ、この小娘には自分の言葉で言い返さなければならなかった。
「誰が娼婦などの所に行くか!
そして、彼女を性処理道具なんかでは決してない!
彼女が奴隷であろうと関係ない、俺は彼女を愛しているんだからな!!」
このギルド中が響き渡る声で宣言された愛の告白。
ビンフとて将来は妻にして家庭を持つという人生設計のために女奴隷を買ったのだ。
これにはもちろん周りは驚きだ、遠巻きにしていた他の受付嬢達もなんだなんだと寄ってくる。
そして奴隷の女の方も思わず「ビンフ…」という言葉を漏らしてしまう。
この言葉にはローラも勿論…
「はいはい、お人形さんゴッコたのちいでちゅね~、
ママはち〇ち〇のしごき方も教えてくれなかったんでちゅか~?」
何も心には響かなかったようだ…
(((((うわぁ~、最低だぁ~)))))
これには外野もドン引きである。
人の心を持たぬ悪魔の所業である。
だがこの一連のローラの口撃に心動かされる人間も僅かにいた…
それはこのギルドで最底辺とされる、昼間から酒場でチビチビやってるモーブルのような冒険者たちである。
彼らは日頃からビンフのような上級冒険者たちから見下され、周りからは邪険にされてきたような連中。
魔物を狩ってきては酒場で飲んだくれる、たまに大金が入ったら娼館で遊ぶ…そんな毎日。
別に犯罪に手を染めてるわけでもないのに、大して変わらない仕事をやっているビンフのような奴等から真面目にやれだとか、遊ばずに金を貯めろだとか小言を言われる…
相手の方が腕っぷしは強いから言い返せないが、鬱憤はたまっていくのだ。
そんな彼らにとってローラの言葉のなんて気分がいい事か。
飲んだくれてないで金を貯めて奴隷を買って真面目に働け…
そんな事を言ってくる相手に対して「奴隷を連れて歩いてる奴はクズ」と言わんばかりにまくしたてる。
奴隷を使うやつは悪という思想…
何も持っていない自分達からしてみれば何も傷つかない考え方。
しかも、なんとなく自分たちの方が正しそうな気がしてくる優越感…
そんな甘い香りに誘われ、ニタニタとゴブリンのような笑顔を浮かべながら酒場から人が寄ってくる。
それにつられてギルドの他の連中も何が起こるのかと興味本位で集まっていき…
いつの間にか底辺冒険者たちが上級冒険者たちを囲う。
そしてそれを従えるのは黒髪黒目の美少女…
肩身が狭いのが奴隷持ちの上級冒険者たち。
…いつもとは違う異様な空気がギルド内を漂ってきたのだ。
そしてその中心にいるローラは今度は女奴隷の方をジロジロ見ながら…
途端にニヤニヤと下品な笑顔を浮かべると。
「あ~でも、いくらオナホ相手でもこんな公共のど真ん中で愛を叫んでるのを疑っちゃ可哀そうってもんだよな…」
この言葉にローラが態度をひっこめたのかと一瞬がっかりする外野。
…だがそんな事はなかった。
「んじゃあさ、その愛を証明してみろよ…その奴隷を解放して…な?」
………これは面白くなった。
ビンフと女奴隷は所詮は首輪で繋がれただけの関係。
それを奴隷を解放することが愛の証明して見せろと…
このローラが無理やりねじ込んだ愛の定義。
もしビンフがこれを拒否すれば、それはビンフが先ほど叫んだ愛はただの戯言。
女奴隷はただ自分の性欲を満たすために買っただけの人形であることを認めてしまう事になる。
だがしかし、この挑発に乗るという事は自分が血の汗を流してようやく手に入れた奴隷を手放すという事…
一番正解に近い解答は目の前の糞ガキを殴り飛ばす…である。
だが、それを許さなかったのがローラの容姿だ。
庶民が一度でも話しかけられれば一生の自慢になるであろう美少女…
そんな少女を殴ったらどうなるか…
言動からしてないとは思うが、もしかしたら相手は貴族の関係者か大商家の娘という事もあり得るのだ。
もしそんな人間を殴ってしまったら物理的に首が飛ぶ…
外野からしてみれば、コレはビンフが自らの愛を証明するための大義ある行動でしかないのだ。
例えコレがいけ好かない上級冒険者達から奴隷を奪う行為であったとしても…だ。
仮に奴隷を解放するならばよし、もししなかったとしても今後ヘタレ野郎としてビンフはこのギルドで大きな顔が出来なくなるだろう…
しかも外野としては何一つ手を汚すことなく…である。
勿論この状況で他の上級冒険者たちが助けに入るなどという事はない。
誰が進んで巻き込まれたいと思うのか…
そしてギルド側も現段階ではただの口喧嘩の域でしかない。
こんな事にいちいち仲裁に入っていてはキリがないとしていつも放置している立場…
雇われ人でしかない受付嬢達がここで仲裁に入る義務も度胸もメリットもない。
「ん~?どうしたのかな~?さーはやく~」
………
……
…
ああ、殴りたい、この笑顔…




