0038-エピローグ② (1章 完)
カイがティルと共に音楽室に入るとそこには数人の女生徒がピアノを囲んでいた。
ピアノは部屋の隅に部屋を背にする形で邪魔者のように置かれている。
女生徒の一人が部屋に誰か入ってきたのに気が付いてこちらに顔を向けてきた。
するとティルに気が付いて慌てて礼をしてくる。
他の女生徒達もそれに気が付いて慌ててティルに向き直り礼をする。
「何を弾いているの?」
ティルが女生徒たちに尋ねてみると、一人の女生徒がこれですと楽譜を見せてきた。
それは、カイも勿論知っている曲であった。
「この子が帝国の楽譜を手に入れたから弾いてあげるって言ったから来てみたんですけど。」
一人の女生徒がいたずらっぽく言うと言われた女生徒も「だってこんなに難しいとは思わなかったんですもの…」と口を尖らせた。
そんな仲睦まじい姿にほっこりしながらもカイが「弾いてみましょうか?」と提案する。
「弾けるんですか?」
ティルも驚いてしまうがカイは勿論と席を譲ってくれた女生徒と代わり準備を始めた。
鍵盤をザっと鳴らしてみるが、遊びで弾く程度なら調律は必要ないだろう。
その手慣れた姿に嫌でも期待が高まってしまう女生徒たち…
そしてカイが楽譜を置いて鍵盤に触れた瞬間…
空気が変わった…
そして、メロディーが流れてきた…
カイが奏でている楽器はどうやら先ほどまで女生徒が遊んでいたものとは別物らしい…
そう勘違いをしてしまう程…
夜空に星が瞬いていた…
誰が分かろうか、オタマジャクシが並んだだけの楽譜という紙切れ。
そこに幻想的な夜空の風景が描かれているなど…
そして女生徒たち…いや、観客たちは皆気が付いている。
既に楽譜に書かれていた曲は終わっているはずなのだと…
だが、曲は終わらなかった。
突然、夜空に瞬く星々を使って無邪気に遊びだしたのだ。
カイとしては当然の事をしているだけであった。
この曲を弾けと言われた際の演者の正しい礼儀作法。
それがモーツァルトの変奏曲を弾く…である。
誰が悪いかと言えばわざわざこの曲の楽譜をカイに見せた女生徒が悪いだろうか…
そしてカイの指は久々に出会えたピアノとの再会に喜んでいた。
武器を握るのでもペンを握るのでもなく、音を奏でるのが本来の仕事なのだと訴えるかのように。
錆びついた指をほぐすように、色々な音を試すように音を紡いでいく。
………
……
…
演奏を終え、振り返るカイ…
そこにいたのは硬直したまま微動だにしないティルと女生徒たち…
しかもいつの間にか数が多くなっていた。
ああ、授業開始がもうすぐだからか、と納得したカイ。
「ああ、これありがとうございました」と楽譜を返すが…
女生徒は頬を赤く染め、目には星が瞬いていた。
それはそうと、カイはピアノの位置が気になっていた。
本来、演者とその指が見えるようにと演者から観客席が見えるようにという理由から観客席から見て横を向いて配置するものなのだと説明すると。
「では直しましょうか。」とティルが他の女生徒たちに呼びかけてせっせと直し始めてしまった。
女性にやらせるのは…と言っても「まあまあ」といって自分たちでやってしまう。
そして直し終わると、ティルがカイに尋ねる。
「ところで、カイ様…他に何か曲を弾けるのでしょうか?」
「ええ、勿論…ですがそろそろ授業の時間では?」
カイの質問もティルの「ああ、それはいいですから」という権力によって握りつぶされる。
先程のカイのピアノに誘われてホイホイされてきた他の女生徒たち。
彼女たちもティルとカイのやり取りを見てなんとなく状況を察して次々と席についていった。
皆が席に着くとカイの方を見てサッサと演奏しろという無言の圧をかけた。
なんとなく後ろめたい気はするがそこはカイ。
弾けと言われれば嬉々として弾く人間なのである。
ピアノの前に座り…さて何を弾くかと考えていた。
カーン、カーン、カーン
事務員が鳴らす始業の鐘の音が鳴り響く。
女生徒たちは邪魔をされえて思わず睨んでしまうが、言ったところでしょうがない。
カイも鍵盤に手を置きつつもその鐘の音が鳴り止むのをジッと待つ…
カーン、カーン………
………
…そして、鐘が…再び鳴り始めた。
それは今日までこの音楽室で邪魔な置物でしかなかった代物から鳴り響いていた。
カイの美しい指先が奏でだす音の粒が無数に寄り集まり作り上げる鐘の音。
ティルはこの曲を作り出した天才とピアノの配置を考えた天才に称賛を送りたかった。
いつも穏やかな微笑みを浮かべるカイが見せるピアノに向かい合った真剣な眼差し。
荒々しくも繊細な指先が奏でる音。
体の動き一つ一つ。
美しい容姿…
その全てが合わさって形作る芸術…
ティルたちの心はカイの響かせる激しい鐘の音に打ち付けられた。
この空間は今確かにカイという演奏家によって支配されていた。
………
……
…
演奏が終わると静寂に包まれた。
カイはふと自分の手を眺める。
…大きな手だ。
この体で成長して改めて感じる。
もしこの手を昔の自分が持っていたなら一体どうなっていただろうか…?
だが、そんな考えは即座に否定する。
自分の音楽家としての道は本物の天才を知ったことで終わったのだ。
この世に残すべき音はあの音なのだと感じさせられてしまったことで…
その時から自分の音楽も人生も全てを捧げると誓いそのようにしたのだ。
それに悔いなどあるはずが無かった。
だが、戦闘訓練で出来たマメや傷。
練習不足による錆びついた技術。
勿論それに悔いがあるわけでもないが…
それらに思うところがないわけではない。
席を立ち観客に向かってお辞儀をする。
………
少し間を置くが…。
そうか、自分の技術はそこまで錆びついてしまったのかと、流石にショックは隠せない。
なにせ拍手一つも引き出せなくなっているのだから…
カイが顔を上げ、恐る恐る観客を見るが…
(ん??流石にここまで無反応だと傷つくんだけど…。)
無表情な令嬢たち…
何故か最初より観客の数が多いような…?
あれは教師かな?
カイが観客を見ていると突然部屋のドアが”ドンっ”と大きな音を立てて開いた。
驚いてそちらを見ると…
鬼の形相をしたアルフィーが入ってきた。
「あれ?アルフィーぃぃーーー???」
アルフィーはカイに何かをしゃべらせる前に部屋の外へ連行した。
…があまり意味があったとは言えないかもしれない。
なにせ怒鳴り声が部屋の中まで聞こえてきていたのだから。
「お前はアホかぁーーー!!!練習曲を弾けっつったろうが!!!!」
「はぁ???言った通り俺が弾いたのはリストのエチュードじゃないか!」
「どこの世界に今日産まれて初めてピアノを聞いたような連中に超絶技巧練習曲を聞かせるアホがいるんだ!!」
「初めて聞いたのだからこそ最高の音楽を聞かせようって思うだろ普通!」
「ああそうだったな!初めてピアノ作った時も弾いてたの忘れてたわ!
おまけにローラにせがまれるまま10時間も弾き続けてピアノぶっ壊わしやがって!!」
「それは手探りで10時間も耐えられるピアノを作った技術者たちを褒めるところだろ!」
「テメーのせいでその技術者が何で泣いてるのかがわからなくなったっつってんだ!
あそこのやつらにゃ、チューリップでも弾いてりゃ十分なんだよ!!!」
「はぁーーー!!???チューリップ馬鹿にしてるのか!?名曲じゃないか!!」
「馬鹿にしてんのはテメーの甘ったるいプリンで出来た脳ミソだけだこのアホが!!」
………
……
…
しばしの口論の末、戻ってきたカイ。
顔を真っ赤にして頬を膨らませる"おこ"状態でやってくると、不貞腐れながらピアノの席にドシンとすわった。
アルフィーも部屋に入ってきたが、どうやら監視のようでカイの方を睨みつけている。
二人の視線が合うとカイはプイッと視線をそらして鍵盤に向かった。
そして流れてきたメロディーは…
さっきとは全く異なる単純な音から構成される…多分童謡であった…
言うなれば…脳ミソが受け入れを許可する音楽と言えばいいだろうか。
………
……
…
渾身の童謡を弾き終えると先ほどと同じように席を立ちお辞儀をする。
一瞬間を置いたと思ったらアルフィーが拍手をし始めた。
…?
疑問に思いつつも、取り合えずアルフィーがしている事を真似てみるティル。
それにピクリと反応するカイ…
次第に他の生徒達も真似をして拍手を始めると、パァとカイの顔に笑顔が広がった。
なるほどと観客全員が理解して全力の拍手をカイに贈る事にした。
「どうだ見たかアルフィー!やっぱりチューリップは名曲だろ!?」
拍手で聞こえなかったが、なんとなくアルフィーが発した言葉が理解できてしまうティルであった。
――――――――――
その部屋は古城にある執務室、以前は質素な物しか置いていなかった部屋だった。
だが、部屋の主が変わった際に権威を示すためという建前の下、気品ある華やかな絵画や調度品で彩られるようになっていた。
そしてその部屋の今の主が執務室の机に座り書類にサインをしていた。
若さを感じる容姿をしている割にはその佇まいは歳を重ねなければ得られないような落ち着きを感じる。
ウェーブがかったプラチナブロンドの髪と女性であってもつい引き寄せられてしまいそうな豊満な胸。
彼女の表現するのに色々な言葉を並べたとしても、結局の所いう事は一つだろう…美しいと。
その女性が今書類に目を通しサインしつつも部下からの報告を受けていた。
「カイ様からの通信は以上です。」
「そう…カイ様がいつも通りなのが心配ではありますが…
通信機は問題なさそうですね、流石は世界初の通信士と言ったところでしょうか。
…それにしても王都からの情報がタイムラグ無しで受け取れてしまうとは本当に末恐ろしい装置ですね…」
「ええ、カイ様が中佐の初陣でアレを使わせて勝利に貢献したという話です。」
「妖精国での戦でしたね。
戦の話を知った時、何故勝てたのか全く理解が出来なかったのを覚えておりますよ。」
「あと、ヴゥルムランドの戦況ですが、劣勢だった戦況を押し返すことに成功。
今は戦況としては均衡を保っている状態のようです。」
「そう…、それなら戦は長引くことになりそうですね。こちらが支援したかいがあるというものです。
出来る事なら永遠にやっていてほしいものですが…
ヴゥルムランドの情報は逐一帝国に流しなさい。長引かせればそれだけうちが安全になりますからね。」
恐ろしい話である。
自国のためにやっているはずの戦が他国に介入され利用されているというのだから。
終わりの見えない戦を永遠と…
「帝国と妖精国の方はいかがなさいますか?
どうやらどちらの姫君も爆発寸前らしいのですが…」
ついでに意識合わせをしておく。
あちらの大使と会うと事あるごとに遠回しな催促が来るのだ…
本国からの催促に対するあの悲痛な表情を見ると同情したくもなる。
「そちらはうまく引き伸ばすのがいいでしょう。
折角カイ様が自分で外堀を埋めている事に気が付いていないのです。
このまま玉座まで制してしまえば逃げることも出来なくなりましょう。」
これには秘書官も苦笑い。
カイは未だに妻は一人と決めているのだが、周りはハイハイ聞きながら「ンなわけねーだろ」と心の中でツッコミを入れているのだ。
護衛としてついて行った側近の中佐殿が事あるごとに"アホ"と言っている気持ちがわかる気がしてしまう。
ともあれ、家宰閣下が前向きというのは大使達にとっては朗報であろう。
なにせこの家宰閣下は今現在このトールソンではカイの次に権力を持っているとも目されている人物なのだから。
ちなみに男爵であるバルデルと妹のローラに関しては権力とかいう常識的な枠組みとは別次元の生物なので見えないし聞こえない。
「概ね問題はなさそうで何よりです。
それでは予定通り交易路と王都での拠点作りのための人員と物資の輸送を順次行います。
ファティマを呼びなさい。」
そう言ってサインを終えた書類を押し付ける。
秘書官が部屋を出ると、一息ついて立ち上がり窓の外を見る。
そこから見える景色を眺めていつも思う事がある。
全く末恐ろしいとはこの事だろう…と。
窓の外には穏やかで活気のある街並みが広がっていた。
不意に部屋の扉がノックされた。
「ファティマです…」
「入りなさい。」
ふと、部屋の肖像画に目を向ける。
そこに飾られていたのは黒髪黒目のまるで女神のような女性の姿絵。
「フローラ…あなたは本当にとんでもない子供達を産んだものね…」
どこか悲し気な表情を潜ませつつも、そんな言葉が口に出てきたのだった。
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