0037-エピローグ①
「あんたが仲介役か?」
バーの奥のカウンター席に陣取ってチビチビ飲んでいたセルゲイの横にフードの男が座ってきた。
セルゲイはその男…獣人に見覚えがあった。
確か"広野の牙"のリーダー格の一人だったはずだ。
「いや、単なる話し相手くらいに思ってくれや。
今回の件、うちの坊はかなりお冠でね。
ただ、関係を切るまでではないから顔を見せてるだけだ。」
「…全く、噂の人物があの場所にいるとは随分間の悪い事だな。
巻き込んだことは申し訳ないと思うが、王女暗殺がなればそちらにも都合がいいんじゃないのか?
子供が一人しかいない王家の王女が死ねば継承権争いで国が割れる。
そうすればあんたらだって魔の森から出る事ができるかもしれないだろ?
俺たちはただ先祖代々の土地を取り戻したいだけだ!」
うんざりする話だ。
セルゲイにそんな広い世界の話をされても困る。
そんな国同士のいざこざが理解できないからこその仲介役ではなく話し相手なのだから…
セルゲイにわかるのはせいぜいもっと単純な話だ。
「さあな…そういった難しい話は俺にはわからねぇが、これだけは言える。
別に坊が怒ってるのは巻き込まれたからだけじゃない、単に無関係な人間を犠牲にしようとしたことだろうよ。」
「どうゆうことだ?」
「融通が利かないんだよ、昔から。
自分の身勝手でルールを捻じ曲げる事を良しとしない。
もし平然と民間人を巻き込むような連中であれば共闘なんてできないってな。」
「甘ちゃんってやつか…」
さてどうだろうか、とセルゲイは悩んでしまう。
確かにカイは甘い人間だとは思う事は無数にある。
だが…
世界が思い通りにならないから暴れる人間。
世界を思い通りにするためルールを捻じ曲げる人間。
…そいつらと比べて本当にカイは甘ちゃんなのだろうか?
ルールに準じて涙を流しながら自分が育てた若者の首を刎ねる、そんな姿何度も見てきたのだ。
「これは多分だが、坊はあの場にいたお前ら全員殺すつもりでいただろうな。
お嬢に感謝しとけ、あそこで無差別に暴れてくれなきゃ逃げる隙も無かっただろ?」
「確かにあれで半分以上は逃げることが出来たが…だが、なんなんだあのお嬢さん。」
ローラの領域の影響で現場は大混乱。
その隙に撤退を決めた連中は顔も見られずに逃げることが出来た。
しかも王女の侍女が悪魔化するという大スキャンダル…
悪魔化したアマ―リアの遺体は回収した警備隊に知られており、それと共に流れる王家の黒い噂…
その火消し必死な王家のために捜査は大いに混乱し"広野の牙"はその隙に拠点を変えることが出来たのだが…
「坊はルールに沿って首を切り落とすが、お嬢は慈悲深い…てのも違うかもしれんが、少なくとも融通は利く。
もし下手を打ったと思ったならお嬢に相談してみるんだな。
まあ、仲介料に身ぐるみはがされるくらいは覚悟した方がいいが…」
勿論それはローラの気分次第、酒を奢ればいい事もあるし、人生を破滅させられる事もある。
場合によってはその場で首を刎ねられる事すらある…
ただ、セルゲイのような人間にとってはルールに忠実なカイの方がよほど恐ろしいとも言える。
これでも最近は多少余裕が出来たらしく丸くなってきたのだが…
「俺はそろそろ行かにゃならん、…お嬢の宴会に呼ばれててな。
とにかく今回の事は坊にはあの女にそそのかされたただの内紛、ちょっと若いのが暴走しただけと伝えとく。
暫くは大人しくして頭を冷やせや。」
グヴェイルはスラムで腐っていた連中をまとめ上げ"広野の牙"を立ち上げたメンバーの一人である。
だが、それと同時に彼はヴゥルムランドから派遣されてきたスパイだった。
定期的に情報を…そして王国で工作活動をするための人員。
今回はターゲットが王女でその侍女が作戦に加わるというまたとないチャンスであったために話に乗ったのだが…
結果は"広野の牙"のメンバーの多くを失うという燦々たるもの。
これで本国から最高機密で情報を求められてる相手の機嫌を損ねたとあっては立つ瀬がない…
「助かる。」
素直にセルゲイに対して借りを作る事にしたのだった。
――――――――――
あれから二日後。
学園での昼休憩にアルフィーはいつものように芝生に敷いたシートの上に弁当を広げていた。
そしてカイだがアルフィーが準備をしている最中に、いつの間にか寝入ってしまっている。
………穏やかな寝顔。
今のカイは休暇中という位置づけになっている。
ごくたまに、休みを取る事はあるが、これほど長期にわたる休暇は見たことが無い。
産まれて初めてではないかという長期休暇。
アルフィーはそっとカイのサラサラな髪の毛を撫でる。
カイは一度寝入るとちょっとやそっとじゃ起きてこない。
奴隷以上に働き続ける支配者…
魔無しという身でありながら魔力溢れるこの世界で人を守り続けるカイの寝顔。
それはまるで現世で傷ついた魂を癒しているかのようだ。
この眠りを妨げることなどアルフィーにはできはしなかった。
もしそれをしようという輩がいるのであれば、きっと自分は命を賭してそれを守るだろう…。
…いや、この命が果てようとも魂が残る限りカイのそばで守り続けたいと願う。
それは生き汚いトールソンの人間たちからしてみれば異端なのかもしれない。
トールソンでは最後の瞬間まで生き抜くことを諦めないしぶとさのようなものが美徳とされるところがある。
そして、それは今生きている人間たちで為さなければならないことであり、死者にいつまでも縋ることは恥ずべきことである…と。
死の神ハディアスに祈りを捧げ墓を作って終わり。
死んだ人間にいちいち構ってられなかったほど、その日その日が命がけだったことでできた習慣だっただろか。
はたまた、人を蹴落とし蹴落とされまいとしがみつき、死者からの復讐やああなりたくないと恐れたことによる拒絶反応だったのか…
…ただ、実際はというと情けない話だがカイを蹴ってでも起こさなければならない事というのは存在する。
今、この場所に近づいてくる存在が正にソレといえる。
ティルがそこを通りかかったとき、赤髪の美しい女性が芝の上で座っているのを見つけた。
顔の傷であの時の女性だというのがすぐ分かった。
物凄く目つきが悪いという印象だったのだが…
今見る限り全くそんなことはなく、そこには注意してみればわかるくらいの微笑を浮かべた優し気な女性の顔があった。
顔の傷がなかったら貴族の男たちから引く手あまただっただろう。
その視線の先には…なるほど、彼女の主であるカイがうたた寝をしているようだった。
近づいていき話しかけようとすると、こちらに気が付いてカイを起こそうしていた。
ティルはそれを手で静止するよう伝えると、アルフィーに対して先日の剣術授業の一件の謝罪をした。
「先日の剣術授業では申し訳ありませんでした。」
「自分はカイ様の従者で指示に従ったにすぎません、謝罪を受け取る身ではないんですよ。」
「では言葉を替えますね。先日は助けていただきありがとうございました。
危うくこの手でカイ様を殺めてしまうところでした。」
これにはアルフィーもふんとしながらも受け取らざるを得なかった。
「よろしければお名前を伺ってもよろしいですか?」
「アルフィー・フローレルだ。」
「フローレル様…」
「呼ぶ必要なんてないが、もし呼ぶならアルフィーの方で呼べ。…フローレルって名前は自分にゃ荷が重い。」
その名を名乗るたびにアルフィーに圧しかかる重圧。
フローレル…カイの母親でトールソンの英雄の一人、フローラから取った名前。
カイが母親の形見である剣を代わりに帯びるのを許している事示すための象徴。
"剣の守護者"なんて仰々しい呼び方まであるが…
人に頼らなければ自分の力の使い道すらわからない金魚のフンになんて名前を付けてくれたものだ…
そして、そんな抗議もトールソンでは誰も聞いちゃくれないという現実に嘆く日々である。
――――――――――
夢を見ていた…
その夢は多分自分が産まれた時の夢…
隣には消え入りそうな命の灯。
その命から聞える「生きたい」という微かな声。
自分は十分幸せだったのだ…
だからこの命が「生きたい」と望むのであれば…
………
……
…
「う、う~ん…」と寝ぼけながらも目を開けるとそこには…
「…ティル様?」
その寝ぼけたカイの声に食いつくティル。
「はい!ティルですよ!おはようございます。」
正直寝起きにはつらい鼻息荒いティルの圧力に自分の失態を悟った。
「失礼をしました王女殿下…」
「ティルでいいのに…」
その声を無視して話を始めるカイ。
「殿下が何故ここに?」
「先日の劇場の件…報告のためにお父様と話はしましたが…ただの狂言だと…」
そう言って、何とも言えない顔で俯いてしまうティル。
「正しさなどそんなものです。」
例えアマ―リアの訴えが本当であってもそれを聞き届ける人間がいない限り狂言でしかないのだ。
そしてそれをティルがどう受け止めるかはカイが何か言う事など出来はしない。
後はティル自身の問題である。
頼りない部分があるとしても、自身で解決しなければならない問題というのはあるのだから。
それが王族ともなればなおの事…
「アマ―リアが悪魔化した理由も…」
これにカイは目を伏せながら答える。
「悪魔化自体前例がないわけではありませんし、実は原理も獣化と変わらないって話もあります。
特に最近ではそのような薬も出回っていますし…勿論トールソンでは禁止されていますが。」
「薬物…後でそれについて教えていただいても?」
「勿論です、トールソンでも手を焼いていたものですから情報の提供を惜しむことはありません。」
「…犯人グループについても、捜査は難航しているようです。
捕虜が取れなかったのが痛いですね。」
「あの状況です…観客の命を優先した結果ですので捕虜の事までは…」
「勿論咎めているわけではありません…」
ちなみにカイの事は女友達とこっそり演劇を見に行った事になっており、観客の証言とも一致したため普通に信じてもらえた。
あの大スキャンダルに加え、ティルが男とデートという話が広まるのは許容オーバーだ。
「ところで、カイ様はここで何を?」
ティルが見る限り食事が並べられているように見えるが…こんなところで食べるのだろうか?
聞くと、カイがお弁当だと説明して興味深々というティルに「食べてみますか?」と尋ねる。
それに元気よく「食べます!」と返事をしたティルにアルフィーが分けていくのだった。
「あれ?アルフィー、自分の分用意するの忘れてるぞ?」
「アホですか?カイ様だけならまだしも王女殿下がいるのに侍女が一緒に食べられるわけがないでしょうが。」
「…私は気にしませんよ?」
「周りが気にするに決まってるでしょうが…。少しはもの考えてしゃべってください。二人ともアホですか?」
おおらかすぎる二人に囲まれて、面倒になり一緒くたにアホ呼ばわりするアルフィー。
「それにしても色とりどり…美味しそう!」
「意外と見た目は大事ですからね。
はい、アルフィー。タコさんウィンナーだぞ、好きだったよな?」
さあ、あーんして食べろと言わんばかりに口元にタコさんウィンナーを差し出すカイ。
先ほどの思いは気の迷いだったかもしれないと絶望的な顔をしてしまう。
目の前の見せつけられるカイとアルフィーの中むずまじい光景にティルも若干引いてしまう。
「ええっと、もしかして私お邪魔でした…?」
「めんどくせぇな…、いいから黙って食え。」
「めんど…!」
ティルも聞いたこともない暴言をうっかり口にしてしまうアルフィー。
勿論悪びれるなんて殊勝な心は持ってはいない。
これに焦ったカイは何とか言い繕う。
「あぁー!ほら!訛りです訛り!トールソン訛り。
どうもトールソンの方言って王都では失礼な言葉遣いに聞こえてしまうらしくて…!」
「あ~なるほど。カイ様も時々わからない言葉使うときありますしね。」
「はははー。これでも注意はしてるつもりなんですけどね。」
「カイ様の話はトールソンでも理解されねーすけどね…?」
――――――――――
ティルのあの落ち込んだ表情はきっとお腹が減っていたからだったのだろう…
そんな事を思ってしまう程、ティルは「美味しい美味しい」と言いながらバクバク弁当を食べた。
そして一口毎に表情が明るくなっていく…
カイとしても自分が作った料理で喜んでくれるのは大変うれしい事なのだが…
コッソリとアルフィーの分を取り分けておくことにしたのだった。
アルフィーが一杯食べるだろうと少し多めに作った弁当は取り分けた分を残して完食。
ティルはその勢いで「いつもここで食べているんですか!?」と聞いてくる。
…とんでもない者を餌付けしてしまったのかもしれない。
…ふと、アルフィーがキョロキョロと辺りを気にしているのが目についた。
「どうかしたのか?」
「あーいえ、どこかでピアノらしき音が聞こえてきたので…」
耳を澄ますと確かに聞こえてくる。
「ピアノだな…?」と首を傾げるとティルが答えた。
「音楽室でしょうね、帝国からの輸入品を学校に置いてあるんですが…
弾き手がおらず置物状態になっているんです。
きっと誰かがイタズラしているじゃないでしょうか…」
そうだろうか…?
音を聴いているとたどたどしいが、何とか楽譜を辿って音楽にしようとしているように聞こえる。
「そういえばカイ様、音楽が分かるんでしたよね。
次の授業は自由選択で音楽鑑賞の授業がありますから一緒に行きませんか?」
音楽鑑賞の授業…なんだそれはという授業であるが、要は貴族の嗜みとして音楽を知るという授業なのだとか。
自由選択の授業とは個人の技量を高めるためにあてられた授業枠で、各々自身の裁量でどこかの授業に参加すればいいとしている。
学年問わずごった煮の授業で、例えば剣術や魔法を鍛錬する場所になっていたり、戦闘訓練としてより実戦的な訓練をしたりもしている。
他にもただ単に図書室で読書をしたり、侍女志望のための授業、子育て関連、その他もろもろ。
休まず参加すれば"優"が付くおおらかさのため皆その日の気分や興味によって参加する授業を変えているのだ。
音楽鑑賞の授業はカイとしても興味があり一度は行こうとしていたのでもちろんと了承する。
………?
「どうした?アルフィー、苦虫を嚙み潰したような顔して…。」
「いえね…。
昔はヴァンパイアは招待しなきゃ家には来ないって話を聞いて、そんなもん招待するバカはいねぇだろって笑ってたんすけど。
なるほど、こうやって忍び込むんだなと感心してただけです。」
これには首を傾げてしまうカイ。
それはともかくとして「アルフィーはどうする?」と尋ねる。
「自分はここかたしてから行きますんで…
カイ様…くれぐれも言っておきますが、弾くのは練習曲程度のものにしておいてくださいね?」
「………ああ、そうだね。勿論わかってるよ。」
わかっているに決まってじゃないかと笑顔で答えるカイであった…。




