0034-悪魔化
「そんな事って…」
アマーリアはこの理解不能な状況に、理解不能な現象に…
この世の不条理を感じていた。
己の全てを…獣人達の命をも賭けて実行した計画が、何もできないまま理不尽にも瓦解したのだ。
「アマーリア…もういいでしょ?もうやめよ?ねえお願い、いつものアマーリアに戻ってよ…」
ティルのその懇願…
だが、それは王族への反逆という行為を考えれば"いつも"に戻る事など絶対あり得ない。
甘っちょろいお姫様のいつものおねだり…
「うるさい…うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!
あなたがそんなだから、私はこうするしかなかったのよ!!」
頭を掻きむしりながら叫び始めるアマ―リア。
「殺してやる!!あの王の大事な物!!奪ってやる、串刺しにしてあいつの目の前に掲げてやる!!!
そして、私の夫と…息子への愛を知れ!!」
剣を取り、自身の魔力を暴走するまま解放する。
誰が見ても様子がおかしかった。
その異常な魔力の増幅とアマーリアの身体的変化。
直感的に危険を感じ取ったプーサがローラに怒鳴り込んでくる。
「ローラ、何やってんだ!早く結界を解きやがれ!」
掴みかかろうとする手をヒラリとかわす。
怒りのあまりに掴みかかってしまったが避けられるのは知っている。
プーサもどさくさ紛れに足をかけてくるローラの足をヒラリと避ける。
あらら、とプーサの成長に感慨深いものを感じながらも答える。
「何言ってんだプーサちゃん…どうせあいつは国家の反逆者、行先なんて決まってる。
どうせ救えねえなら、存分に吐き出させて快便お姉さんにしてやるのが心意気ってやつだろ?」
「それで割喰うのは俺らみたいな三下なんだよ!!」
「なら、ケツ捲って逃げちまえよ。」
クツクツと笑いながらプーサを見下したような事を言ってくるローラ。
「クソが!!」と悪態をつきながらもローラは無視して対応に走り始めるプーサ。
部下を持って初の作戦がローラ対応込みというのはどんな悪夢だろうか…
そして、チラリとイオの方を見るとプルプル震えながらカイの影に隠れている姿。
その初の部下がローラの結界の影響でただいま戦闘不能…
何の冗談かと…
諦めて非戦闘員である人質達に逃げるよう呼びかける。
これから先は足手まといにしかならないのだ…
その間にもアマ―リアの変化は続いている。
肌が変色し、筋肉が膨張、顔が異形の者へと醜く変化。
そして、何よりも背中から翼のように生えてきた幾本もの槍。
カイもその過程を見過ごす事はなく、回収したトマホークを投げつける。
…が、それはいとも容易く背中の槍に弾かれてしまった。
この状況にセルゲイとクルセイも思わずぼやきを入れる。
「ダンナ、どうします?どう見ても悪魔化してるように見えるんすけど…」
「やらにゃ仕方ないだろ…お嬢も酷な事をしてくれる。」
二人は諦めてそれぞれの仕事に取り掛かる。
アマ―リアの変化はローラの固有結界の中で魔力を暴走させ、深層意識を具現化。
その身を悪魔のような醜い姿に変貌させたのだ。
これは魔力を増幅させる系の禁止薬物を摂取した人間にたまに見られる現象でもあった。
理性が飛んで能力が向上…ほぼ魔物のような状態となってしまう。
対処には手間もかかるし危険もある。
積極的に相手にしたくはないというのが本音だ。
プーサもそろそろ警備隊が突入してきてもいい頃のはずとは考えていたのだが一向に来る気配がない…
警備隊が来たなら、そいつらを盾に使えるのだが。
理由はきっとこのローラの結界だろう。
傍から見たら絶対近づきたくない異様な空間になっているのだから。
「アマ―リアどうしちゃったの!?お願い元に戻って!!」
ティルの必死の願いは、アマ―リアの攻撃によって返答された。
アマ―リアの背中の槍が伸びティルに襲い掛かる。
「使え!!」
ローラがティルに向かって"広野の牙"が落としていった剣を拾って投げる。
それを受け取ったティルは剣を構えてアマ―リアの槍を迎撃した。
バキンッ!!という大きな音と共に槍を破壊する。
…実戦であれば手加減など不要なのだ。
「殿下、自分の身を守る事を考えて下さい!」
噴水広場で約束させられたカイの言葉が今のティルには深く突き刺さる。
さっきまであんなに楽しい時間を過ごしていたというのに…
ティルは悲痛な表情を浮かべながら、自分に対して襲い掛かってくる槍を避け、迎撃していった。
「アマ―リア、そんなに私が憎い?そんな姿に自分を変えてまで私を殺したいの!?」
「私が憎いのは姫様の"血"ですよ!!」
そう言って自ら剣で斬りかかっていくアマ―リアとそれを受けるティル。
「奴隷の身で王を殺す機会などなく。
ようやくめぐってきた復讐の機会が一人娘を殺し、王家の跡継ぎを絶やすという事。
その相手が姫様だったというだけの事!」
…それしかアマ―リアに与えられた復讐の方法が無かったのだ。
つばぜり合いをするティルとアマ―リア。
アマ―リアが力任せにティルを押しのけると、ティルが吹き飛ばされる。
ティルもこの空間に違和感を感じ本能的に自分の力を抑え込んでいた。
カイからしてみれば暴走しないだけで上出来と言ったところだ。
隙が出来た事でカイはそのまま走り込みがら空きの腹にハンマーを叩きいれる。
「ぐぅ!!」とアマ―リアが一瞬唸るが、腕力だけのカイの一撃では致命打にはならない。
攻撃を仕掛けてきたカイに対し今度はアマ―リアが反撃に出る。
…がそれはならなかった。
カイに気を取られた隙にセルゲイが槍で強烈な打ち下ろしを入れてきたのだ。
咄嗟に背中の数本の槍を盾にするが、お構いなしに叩きつけられる。
避けるのは無理とアマ―リアが左腕でそれを受け止める。
「がぁぁぁ!!」と叫び声を上げてしまう。
カイの攻撃とは違ってセルゲイの攻撃は重い。
これにはたまらず後ろに下がる…が。
そこに更に追い打ちをかけるようにロープが絡まってくる。
今度はクルセイがアマ―リアに対して拘束するように投げつけたのだ。
「今度は何!?」
そう言いつつもロープを嫌がり反射的に力任せに引きちぎろうと引っ張る。
当然その先に固定されているものの抵抗があるはず…
だが、それは思ったほどの抵抗はなく…
不審に思ってそちらを見てみると、なんと客席の椅子が飛んでくるではないか。
これを避ける事が出来ずにもろに椅子の一撃を喰らってしまうアマ―リア。
クルセイがわざわざ観客席の椅子の固定を取りはずしロープに結び付けていたのだ。
ドタバタしている内に今度はしっかり固定されているロープを投げつける。
次第にアマ―リアの怒りも頂点を迎えてきた…
――――――――――
カイ達が戦っている間にローラは別の動きをしていた。
まずはイオの下に駆け寄りククリをスリ取る。
「イオ、武器借りるぞ。」
「ふにゃ?ふにゃーーーー!」
本格的にただの猫になってしまったイオはもう戦うどころではなく涙目で耳をペタンとさせ物陰に隠れてしまう。
そして、ローラは舞台上から観客席を眺め…狙いを定めた。
舞台上から観客席に精霊光をまき散らしながら飛び出す。
その生き着く先は…まだ劇場に残っていた獣人達の下であった。
彼らは混乱した観客達で一時崩壊した包囲網が既に復帰した事で逃げ遅れたのだった。
戦いにも参加する出来ずただそこでアマ―リアの戦いを傍観してしまっていただけ。
そして彼らの下にたどり着くと…
「悪いがタイムアップだ…」
そんな言葉が届く間もなく獣人達の首は刈られていった。
それはまるで単に死神が死者を決めただけのようにも見えた…
アマ―リアの怒り、背中の槍を次々と伸ばし辺りの人間に向かって突き刺しに行った。
カイ達はそれを避けつつ、地面に刺さった槍についてはハンマーで叩き壊し相手の戦力を削ぐ事に専念する。
「坊!攻撃が厚い…少し下がれ。」
セルゲイが言う通り少々攻撃の量が多く、流石のカイも自らの安全を確保するため大人しく下がる事にする。
ただ、後方に下がる際にも槍で壊れた床材から石を頂戴していく。
そして十分離れた所から今度はスリングを懐から取り出しヒュンヒュンと遠距離攻撃に専念しだした。
悪魔化しているアマ―リアに投石を当ててもそれほど効果はないだろうが元は生身の人間。
頭を狙えば反射的に避ける行動に出てしまうものだ。
遠距離から投石や拾った武器を投擲しとことん嫌がらせをするのだった。
カイが後ろに下がったことで的は少なくなったが、セルゲイもクルセイも場数が違った。
怒り狂って冷静さを欠いた槍の攻撃に当たる事はなかった。
そしてそれは起き上がってきたティルも同じだ。
ティルは戦闘経験など皆無であるが、避ける事については得意中の得意であった。
「鬼ごっこでアマ―リアに負けた事なんてないんだから!」
そしてトールソン民のやっている事の見様見真似で地面に突き刺さった槍を剣で壊していった。
アマ―リアとて魔力が無限というわけでもない。
次々と槍を背中から放ってはいるがいつかは枯渇するはず…
一方アマーリアはというと、槍で相手を足止めしつつも自分に絡まったロープを剣で叩き切る。
だが相手に着実に槍を破壊されて言っている事で焦りを感じ始めていた。
――――――――――
プーサは観客の避難誘導を終えたが、かといって戦闘に参加できるわけでもなかった。
頭脳労働担当の仕事はほぼ終わり、アマ―リアに剣で攻撃を仕掛けてもプーサの腕では返り討ちにあって終わりだろう。
そこでプーサは考えていた。
それはアマ―リアに対して攻撃をする方法でもあるのだが、同時にどうにかローラに対してもギャフンと言わせてやる事は出来ないか…と。
そして考えたのはローラのこの空間の事…
プーサは以前にも何度かこの"魔力暴走領域"を喰らった事があった…
そして、その度に痛い目を見てきたことから、何とか攻略できないものかと研究していた代物だ。
その結果、分かった事は…ローラの空間の本質は魔力の波だ。
波の増減を繰り返すことで人の魔力をかき乱す根性のひん曲がった悪魔の力。
だがそれは逆に言うと波である限り増減の増の部分があるという事でもあった。
そしてその発生源はローラ自身。
あの悪魔は産まれた時からカイの傍で育ち音楽と共に生きてきた。
音楽が無くてはならない存在となっているローラ。
それはすなわちこの波すらも出鱈目などではなく無意識に音楽というルールに乗っ取ったリズムを刻んでいるという事。
つまりこの波はプーサにだって読み取れるはずの波だという事だ…
意識を集中させる…
リズムを読み取り自身の魔力をその波長に合わせる…
そしてプーサは願った…このクソッたれな悪魔の空間に目に物見せてやると。
その力を自身の右手に具現化…
するとビートを刻む炎の矢がプーサの手の中に現れた。
だが、この矢では溢れ出る魔力の波の器としては足りない…
そこで認識を改め…再度具現化する。
すると矢よりも更に大きな炎の槍が現れた。
「喰らいやがれ!!フレイムジャベリン!!」
音が最大になるタイミングでその槍を怒りまま投げつけた。
そしてそれは、完全に足を止めていたアマ―リアの右腕に見事直撃。
劇場に激しい爆撃音が鳴り響く。
アマ―リアの叫び声も劇場内に響き渡り…
その痛みは剣を取り落すほどだったようだ。
その魔法はプーサが普段打てるようなものでは決してない"中級魔法"と呼ばれる魔法だ。
本来のプーサが放てる魔法は目くらましにしかならない程度のファイアアローである。
プーサの魔力量からすればそれすらも凄い事ではあるのだが…
今の"中級魔法"はこの空間を逆手に取り、ローラの魔力を最大活用してやる事で打てた代物である。
ではなぜファイアアローではなかったのかというと、直感的に魔力消費が追い付かず暴走させそうという理由だ。
なので、あえて魔力を使い切れるであろう中級魔法を選んだのだ。
そのおかげで、プーサはそのまま動けなくなってしまったのだが…
しかし、プーサの目には確かに「マジ?」と呟くローラの顔が目に入ったのである。
そりゃあ、魔法何て言う高尚なものを普段使わないトールソン民。
しかもカスみたいな魔力しか持っていなプーサがこんな魔法を打てば誰だって驚く。
自分だって本当に出来てしまって驚いているのだから…
…動けない体を何とか動かしてこちらを呆然と見ているイオに対してこっちこいとジェスチャーを送る。
(暇なら引きずって安全圏まで逃がしてください…)
――――――――――
戦っていた全ての人間の度肝を抜いたプーサのフレイムジャベリン。
その威力は強力であった。
障壁の無い人間であれば跡形もなかっただろう。
爆炎と煙で視界が悪くなりアマ―リアが視認できなくなってしまった。
だが、あの攻撃ではいくら悪魔化しているからとは言っても無事ではないだろう。
「やったの!?」
ティルがトールソン軍では縁起が悪いとして禁止ワードになっているソレを言ってしまう。
視界が悪く飛び込むわけにはいかないので、煙が散るのを待っていると…
「!!」突然煙の中から槍が飛び出てきた。
狙いはフレイムジャベリンを放ってきたプーサ。
イオが回収のために起こしている所だったために反応が出来ない。
反射的にイオがプーサを庇う。
ガキンッ!!
迫ってきた槍は寸前で切断され空中を舞った。
…イオとプーサの目の前にはローラの姿。
ローラが槍に反応してククリでそれを切断して見せたのだ。
「イオ、さっさとソレを下げろ!」
「は、はひーー!!!」
ローラに怒鳴られて完全に委縮するイオが慌ててプーサの足を引きずって後ろに下がっていく。
(痛い痛い!!)
ガンガン打ち付けられる頭。
心の中で苦情を言いつつも、すぐに下がらなければならない身の上のため文句も言えないかったプーサであった。




