0033-Party Time
阿鼻叫喚
これが今の劇場内の雰囲気を表すのに最も適している表現だろう。
人質を取って立て籠もる…
やり方こそ暴力を使った乱暴なものではある。
だが、これは一種の交渉であり理性の働いたとても人間的な行為とも言える。
だが魔物はどうだろうか?
勿論これらは本能で動き決して交渉などままならない人類共通の敵である。
人質をちらつかせたところで一緒に喰われるのが落ちである。
そして、人質達にとってもそれは同じ。
さっきまで武器をちらつかせて脅してきていた連中だが、彼らは人間であり言葉が通じる。
だが、今何故か突入してきたのは魔物。
交渉など出来ない…そして自分たちを襲ってくる魔物が突然現れたのである。
恐怖度で言ったらこちらの方がよほど恐ろしいし、すぐに対処しなければならない存在だ。
だからこそ、皆恐れ、混乱し、逃げ惑ったのだ。
"広野の牙"にもそれが理解できる。
止まれと言ってこの状況で止まるバカはいないのだ。
"広野の牙"のメンバー達もどうしていいかわからず各々で行動を始めるが…
取り合えず人の流れを止めようとして人の圧に押しのけられる者。
ランドドラゴンをどうにかしなければと、対応を始める者とバラバラに行動を始めた。
観客たちの行動も様々だ。
ある者は魔物から逃げるように移動し。
ある者は出口に近かった事をいい事にそのまま外へ逃げ出し。
ある者は勇気をもって魔物を威嚇し。
ある者は出口の扉を外して取り払い。
ある者は魔物に気を取られている犯人達を静かに後ろから殺していった…
…観客に交じっていたクルセイとセルゲイも行動を始めたのだ。
そう、これはトールソンの人間達にとっては行動開始の合図でしかなかった。
プーサが宿に繋がれていた騎竜を連れてきて突撃させ、劇場内を混乱させたのだ。
この状況を敵の作戦と見抜き冷静に対処できる指揮官が相手にはいないとふんだのである。
プーサの声なき命令の内容は"作戦の優先順位に従い各自の判断で行動せよ"である。
そして騎竜達に出している指示は人間達と鬼ごっこをしろ…
流石に頭がいいとは言ってもこの状況では主人がいないと敵味方の識別は出来ない。
クルセイとセルゲイも自分の騎竜が武器を持ってきてくれたことに感謝しポンポン叩き労う。
しかしながらこの状況は解せない、こんなに可愛いのに…
そんな事を思うトールソン民であった。
プーサ自身も勿論、騎竜と共に劇場に侵入している。
劇場突入の際に近隣住民や包囲していた警備隊に若干の迷惑が掛かった気がするので、現状外への説明は省かせてもらった。
今頃外に逃げ出した人質達の対応をしてくれているだろう。
彼らもプロなのだからこのくらいの混乱の対処くらいやってもらわねば困る。
クレームが入った際どのように上司に責任を擦り付けようか…それが懸念であった。
ちなみに侵入してきたプーサは現在自慢の剣技を披露している所であった。
騎竜をけしかけて後ろからブスッ…
まともに訓練は受けてないようだが、身体能力に勝る獣人達とは出来るだけまともにやり合いたくはない。
舞台にいたアマーリアは劇場の様子を見渡せたため魔物たちの動きがおかしい事に気が付いた。
魔物だというのに一向に人に攻撃を仕掛けようとしないのだ。
そして、常識的に考えてこんな町中に…しかもピンポイントでこの劇場を狙って魔物の群れが襲ってくるはずがない。
軍が魔物を使役していたなど聞いたこともないが…
しかし、今目の前に広がってる光景はどう考えても使役された魔物が劇場内を吠えながらうろついているだけなのだ。
それはローラを見ても明らかだった。
「ヒャッハー!!欠伸の時間は終わりだぜ!」
ローラは既に髪をポニーテールに戻して下品な笑い声をあげていた…
これを見て自分がまんまと時間を使われてしまった事がわかる。
「やってくれたわね!!!」
こうなってしまっては、もう計画どころではない。
作戦は失敗したのだ…それを受け入れるしかない。
まだ何も出来ていないというのに…
王都に住む獣人達を巻き込んでしまった事に今更ながらに後悔する。
いや…巻き込むこと自体はずっと思い悩んでいた。
出来れば一人で完結させたいと…
だが、どうあっても一人ではティルの魔法障壁を破ることが出来そうもなかったのだ。
ティル自身もアマ―リアに言われ障壁を消そうと努力したこともあったのだが、臆病なティルの心がそれに応じず結果は無残にも失敗。
だからこそティルの弱点を使う必要があったのだが。
そして、獣人達が命をかけてアマ―リアの計画についてきてくれたのだ。
失敗したのであれば覚悟を決めなくてはならない。
もしかしたら無傷で終わってしまうとしても、ティルの命を刈れる欠片の可能性が残されているのであれば…
アマ―リアは覚悟を決めた。
首輪を引きちぎろうとすれば首輪が反応して"主殺し"が爆発するが、それでは劇場の他の人間達が死ぬだけでティルは無傷で終わる可能性が高い。
であれば、やるならティルにできるだけ近づく事の出来る、王族への反逆行為の違反をするのが一番だろう。
そう思いティルを見据える。
ティルはオロオロと劇場に起きている現状に戸惑っていたがアマ―リアが近づいてくることに気が付いて後ずさりを始める。
近づきながら腰に着けている剣に手をかける。
自分がこれから死ぬのだという事の恐怖。
そして失敗してはならないという緊張感。
心拍数があがり額に脂汗がにじむ。
ハッハッと呼吸が苦しくなるが、それでも進む。
ティルを手にかけるのだ…絶対に一人では逝かさないからと…
そして…
ポトリ…
何かが落下した…
首に感じる違和感からてっきり自分の首が落とされたのかと勘違いもしたが…
それは違った。
ただ単に、アマ―リアが奴隷から解放されただけだった…
………
床に落ちたものを確認すると、どう見てもアマ―リアが身に着けていた首輪…
(………はぁ?)
………ハッ!と振り返るとそこには…カイの姿があった。
「………え?」
アマ―リアが言葉を発する間もなくカイは次の行動に移った。
上着の下の背中にいつも忍ばせている携行武器を取り出す。
ロクな身体検査も拘束もしなかった犯人達のズボラっぷりに感謝である。
勿論それにはティルが素手で人を殺せるしロープも引きちぎれてしまうため、意味がないという事も影響しているのだが…
その身一つで王家の血を守る事の出来る砦、それがティルなのだ。
取り出したのはトマホークと呼ばれる小型の斧。
トールソンでククリが流行る以前に使われていた武器でカイは使い慣れたこれを今も使っている。
そしてそのトマホークを犯人の一人に投げつけた。
王子、金陽姫、黒百合姫の三人を人質にしていた犯人である。
トマホークは突然の事で呆けてしまった犯人の頭に見事命中し、その頭を勝ち割った…
絶命…していればいいが、もしかしたらしばらく苦しむかもしれない。
だが、結局死の運命は変わらないだろう。
その惨状には人質三人も思わず悲鳴を上げ逃げ出していった。
そんな事はお構いなしにカイは白百合姫の方へ走り出す。
狙いは白百合姫を人質にしている犯人の一人だ。
途中でずっとそこにいたイオからウォーハンマーを受け取り距離を詰める。
男は焦った、突然カイが駆け寄ってきたかと思ったら、いつの間にかそこにいた獣人の少女から武器を受け取り間近まで迫ってきたのだ。
「止まりなさい!!」「そこで止まれ!!」
アマ―リアと男は同時にカイに向けて命令をする。
普通なら嫌でも止まるはずがそれでも苦痛で顔を歪めてるわけでもなく止まらないカイ。
何とか対応しようと慌てて武器を構える。
そんな時に突然ローラが叫び声を上げた。
「いっけぇぇぇっ!必殺*の字突きだぁっ!!」
「品の無い事叫ぶな!!」
焦っていた犯人の男はうっかりローラの口撃に反応してしまった。
ピックが付いているとはいえあろうことかウォーハンマーの突きを警戒してしまったのだ…
結果は無残の一言であろう。
カイの力任せのウォーハンマーの強撃は容易く男の頭を勝ち割りそのまま舞台の下へ落ちて行った。
頭を勝ち割られしばらくビクンビクンしている男、彼の運命もまた死だろう…
力なきカイは相手の死に様を気にしていられるほどの余裕はないのだ。
周りの敵を確認し、一先ず安心とふぅ…と一息つく。
そして、カイの目に震えあがっている白百合姫の姿が目に映った。
逃がすにしても少し緊張を解してやらねばならない…
手を差し伸べながら声をかける…
「白百合姫様…お助けに上がりました。
手荒な救出になってしまい申し訳ありません、どこか痛むところはありますか?」
突然紳士的に差し伸べられた手…
そこにいるのは自分を助けようと獣人に立ち向かってくれた超絶イケメンの王子様…
白百合姫はカイの顔を見ながらうっとりとその手を取る。
そして答えた…
「………はい…胸が。」
おっと、随分ノリのいいひとだな。
大丈夫そうだったので、近くに逃げて来た観客の男性に押し付けて劇場から退場してもらう事にした。
男性におぶられながらも「私の王子様ぁぁぁぁ!!!」と叫ぶ彼女はきっとどんな苦境でも生きていける気がした。
――――――――――
一時は大混乱の中にあった戦況も冷静な者から段々と落ち着いてきた。
だが、もはや元の状況には戻らないだろう。
観客達の中からも勇敢なものは"広野の牙"達が落とした武器を手に取り戦おうと立ち上がっている。
中には攻撃魔法を使えるものもいたようで、魔法で援護を始める者もいた。
この段階まで来ると、プーサも騎竜に騎乗して獣人達と戦って見せた。
観客達に竜達が敵ではない事を見せつけたのだ。
"広野の牙"達にもバレてしまうが、それは仕方がない。
下手をすると観客と獣人が一緒に騎竜を討伐しようとする危険性もある。
観客達より大事な騎竜を傷つけるわけにはいかないのだ。
その甲斐あって観客達もターゲットを獣人達に絞っていった。
そして、"広野の牙"もグヴェイルを中心にまとまろうとしていた。
グヴェイルも一向に襲ってくる気配のない魔物たちに違和感を感じたのだ。
「獣化を使って対抗するんだ!!人質が逃げるのを止めろ!」
その声で"広野の牙"のメンバーも正気に戻ったようで各々が獣化を始める。
プーサとしても獣化は厄介なのは理解できている。
だがそれは、相手がその切り札に頼らねばならない程追い詰められているという証拠でもあった。
このままホールの扉を制圧し観客たちを全て逃がす。
もしくは相手に制圧されてもこちらがすぐにはやられない状態までもっていけば勝ちだ。
もうすぐ外の混乱も収まり警備隊の突入部隊が突入してくるだろう。
そうすれば相手が扉の前で留まっているなら挟撃して一網打尽にできる。
そしてこちらには最後の切り札…
人質を取られた事で思うように動くことは出来なかったローラ。
ローラがまともに戦闘に参加しさえすれば、もはや戦況は一方的なものなるだろう…
そのためにはプーサも残った戦う意思のある観客達を取りまとめて戦力にしなくてはならない。
そう思いホール内の見渡すと…
………
プーサは思い違いをしていた…
プーサが見たもの…それは…
ゴブリンよりも下品にニタニタとこちらを眺めている災厄の悪魔ローラ・トールソンの姿…
それを見た瞬間ヒュッっと息を吸い込み、自分が恐ろしい思い違いをしていた事に気が付いた。
「ヒューヒュー!!プーサちゃんやるぅ~!最っ高のアンコールじゃねーか!!
私もこうしちゃいられない!いっちょこの会場に華を添えてやろうじゃないか!」
「は?ちょっ!何やろうとしてやがる!」
「さあさあお立合い!これからから披露しますはトールソン名物、観客参加型エンターテイメント!
イクぜ固有魔法展開!」
その瞬間ローラのバカみたいな自己主張の強い魔力がホールを包み込んだ。
プーサは忘れていた…
ローラの制御などプーサが出来るはずが無かったのだという事を。
ローラがまともに戦闘に参加しさえすれば??
何を馬鹿な事を言っているんだ…そんなの無理に決まっているじゃないか…と。
「誰かあのバカ止めろぉーーーーー!!!」
"【魔力暴走領域】"!!!
「ローラ、テメーぶっ殺す!!!」
ローラを中心に精霊光をまき散らしながら広がる歪な魔力空間。
その空間はそこにいる人々の魔力を強制的に制御不能レベルで増減させる波であった…
プーサもその魔力の高まりに吐き気のようなものを感じる。
魔力酔いというやつだ。
以前にもローラにこれを喰らって酷い目にあった事を思い出す。
そして、慌てて自分の戦いのために使っていた魔力を遮断し、ローラの魔力にあてられないよう精神を統一する。
知ってさえいれば暴走させない為の対処自体は簡単なのだ。
だが、それを戦闘中…しかも今のような混乱した状態でされた場合はどうなるか…
それが今プーサの目の前に広がっていた。
あらぬ方向へ全力以上の魔法を放ってしまう者。
魔力制御に失敗しその場で爆発させてしまう者。
うまく走れずに敵に頭突きをかましてしまう者。
それはまるでティルが魔法の制御に失敗する様を規模を小さくした現象が所々で巻き起こる…
既に勝ち筋が見えていた戦況だというのに嬉々として混乱の火種に燃料を投下したローラ。
「ギャー!!」「ぐゎーーー!!」「なんだこれわぁ!!!!」
ドーン!!ドーン!!
プーサにはもうなす術が無かった。
この状況でいくら呼び掛けても戦える人間などいようはずもなく…
騎竜もプーサを振り払い怯えて隅っこに逃げ込み固まってしまっている。
何なら敵すらも獣化の行き過ぎで理性を失い同士討ちを始め、獣化を解く事に成功した者から散り散りに逃げ出し始めていた。
虚しく鳴り響く爆発音と叫び声…
「あーもう滅茶苦茶だよ…」
そう言ってプーサはこの状況に白目を剥くしかなかった。
――――――――――
舞台上から見せつけられる敵味方問わず壊走していく様…
グヴェイルでさえ無理を悟って仲間を引きずって外へ逃げだしている。
アマ―リアはただ茫然と見つめるしかなかった。
ふと、舞台の傍で転がっている仲間が視界に入った。
ウォーハンマーに頭を砕かれ、死を目前にしても死ねていない獣人…
傍に駆け寄るも…どうすることも出来ない。
せめてと自身の剣を引き抜き止めを刺す…
「あ…が…と…」
………
「なぜ、なぜ!!何故首輪が外れるの!何故命令が利かないの!!!」
目に涙を溜めながらキリっとカイの方を睨みつけ叫ぶ。
本来ならあり得ないはずなのだ。
奴隷の首輪は命令と契約書によって結び付けられ、法的にも呪いとしても奴隷を縛っているはずだ。
契約書が存在しない今、首輪を外す方法などなかったはずなのだ。
まさかこの短時間で王宮から契約書を持ってきたわけでもあるまい。
そして、今目の前にいるカイ…
首輪を着けているはずなのに全く命令を受け付けない。
先程まであれだけ呪いに苦しんでいたというのに…
そんなアマ―リアにローラが答えを教えてあげた。
「魔無しのお兄ぃに魔道具の効果なんて効くわけないじゃん、ぜーんぶ演技だよ。」
「演…技?」「…へ?」
アマ―リアと、そしてティルすらも何を言っているのかわからないという風に頬けてしまう。
この世界の常識からはあり得ない現象なのだ。
「そそ、これがお兄ぃの、こゆーまほー、名付けて"不感症"。」
「みそっかす言うな、悲しいから。」
言いながらカイは自分についている奴隷の首輪を自分で外して見せる。
首輪を外せる、首輪の命令が利かない。
そしてイオの固有魔法ですらも何をやっているのかわからないレベルで普通に見えてしまう。
この世界の理から外れた存在と言えるだろう。
それもこれも完全な"魔無し"という特殊な存在だからだろう。
正直、今このローラの空間で皆がパニックになっている感覚というのがわからないのだ…
「足で踏まれるなんざお兄ぃにとってはご褒美でしかないし。」
「お前は兄をどうしたいんだ?」
…ちなみにイオはというと目下カイの後ろに隠れてプルプルしているだけの存在になっている。
この空間は魔力を急上昇と急降下を繰り返しており、ローラの領域内で魔法を普通に使える人間はそうはいない。
魔力の急上昇に慣れている高魔力者たちにとっては「不快」というだけなのだが…
精神力に難ありのイオにとっては魔力の波にビビり散らかす地獄の空間であった。




