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0032-聖なる歌


 ガーヴは苦戦を強いられていた。

純粋な力と力の勝負であれば魔力差もそれほどなく対格差に勝るガーヴが勝っていただろう。

だが、そうはならなかった。

イオはガーヴが考えるよりも遥かに戦い慣れをしていたのだ。

物陰や廃屋を利用しまるで幽霊のように現れては消えを繰り返し攻撃を仕掛けてくる。

ガーヴが突撃をかけたかと思えば、投擲を繰り返し勢いを殺し、足を止めれば斬りかかってくる。

一分の隙も見せられない神経をすり減らす戦い。


そして、自分より小さなガキが自分よりも経験に勝っている…

この事実がガーヴを更にイラつかせる。

そして相手が時間稼ぎに徹して自分を殺そうという気はない事も。


「うらぁ!!」


ガーヴは自分を殺そうとしないイオに無謀な突撃をかけて距離を縮め爪の一撃を入れた。

イオもこれには一瞬戸惑ってククリで弾き返す。

キンッという金属音が辺りに響いた。

対格差があるガーヴに近寄られるとイオでも押し切られる危険があるため何とか距離を取ろうとするも、ガーヴはそれを許さず連撃を加えてくる。

イオがそれを躱し、ククリで受け流し…そうしてるうちにガーヴが語り掛けてきた。


「テメーも獣人だろ!何故王国に…人間(ヒューム)どもに味方する!

獣人としての誇りはないのかよ!?」


「なんで獣人だと人間(ヒューム)に味方しちゃいけないの?」


これに律義に返答をするイオ。

「あぁん!?」とガーヴがなぜわからないのか困惑する。


「イオ・フィドルの誇りは"フィドラークラブ"の一員でプーサ達の家族という事。

獣人の誇りとかよくわかんない。」


その言葉と一緒に、今度は殺意を込めた一撃をガーヴにお見舞いする。

これにはガーヴも反応せざるを得ない…慌てて距離を取る

そして、ガーブの頭に先程イオと一緒にいた少年の顔が思い浮かぶ。

きっとあれがプーサだろう。

目の前の少女、イオの家族…

だが、イオの首に微かに残る首輪の痕は彼女が元奴隷だという事を示している。

それなのに、奴隷として扱ってきた人間を家族と呼ぶ…


「飼い猫がっ!!首輪から解放されたというのに、なぜまた人間(ヒューム)などに従う!お前の意志はないのか!?」


言っておいて、チラリとアマ―リアの顔がよぎる。

だが、すぐさまそれを振り払う。

あの女は既に人間(ヒューム)であることを辞めた人間(獣人)なのだ…。


「獣人だとあなたの命令に従わなきゃならないの?…ちょっと意味がわからない。」


相手が何を言っているのかが本当にわからないイオ。

いつもかみ砕いて説明してくれるプーサが解説してくれるととても助かるのだが今はいない。

一生懸命自分の言葉をひねり出していく。


「カイ様の下でプーサの命令に従うのは…それが今の自分にできる精一杯の意志…だから。」


それは以前プーサが言った言葉。

勿論これが本当の自分の言葉ではないことは百も承知だ…

でも、今のイオがカイの下にいるうえで一番納得いく理由がこれだったのだ。

そしてもう一つ…


「教えて…獣人の誇りってなに?なぜあなたは人間(ヒューム)を敵にするの?

なぜ獣人があなたの考えに従わなければならないの?」


「私は自分の持ち主に酷い事を沢山されてきた。

それと同じくらい…ううん、もっと多くの酷い事を他人にしてきた…

それでも、獣人に何かしてもらった事なんて何もない…」


「助けてくれたのはカイ様、誇りをくれたのもカイ様。

私がカイ様の下で力を使う事はそんなにおかしい事?」


カイから貰った宿題…色んな生き方を知り自分の生き方を見つけろ。

これはイオにとって悩ましい事だった。

いつも傍にいてくれるプーサの生き方はイオにとっては難解すぎる。

「いつかビッグになってやる」という途方もない目標を語る姿にどこか遠いものを感じてしまうのだ。

カイに至っては存在自体がよくわからない。


だが、目の前にいる人はどうなんだろうと興味を持ったのだ。

獣人だから…そんな簡単な理由で生き方を決められてしまう。

それは一体どんな意志を持っての事だろうか…と。



だがイオに言ったガーヴ自身、そこまでの大義があったかと言われればそんなわけが無かった…


ガーブは元々ヴゥルムランドに住んでいたというわけではない。

物心つく前、両親から聞かされたことを頭の片隅に覚えていただけ。

いつかは広い平原や森の中を駆け抜けてみたいという…ただの憧れなのだ。


ガーヴの両親も奴隷だった。

奴隷の子供は大体の場合は売られるか物心がついた頃に首輪を着けられる。

それ以前に着けると首輪の原理が理解できずに命令を遵守できず呪いがかかり続け、死に至る事が多いのだ。

そして、ガーヴが首輪を着けられそうになった時…

自分の魔力を始めて使い、暴れて自分を押さえている両親を押し飛ばし脱走したのだ。


その後、スラムをうろつき残飯を漁る毎日。

冒険者など日銭を稼ぐ手段はあるのだが、ガーヴの場合は境遇が脱走奴隷。

人の目のつく事など出来ずにスラムにあった獣人のコロニーで仕事を貰うようになったのだ。

この街のスラムに住む獣人達は皆似たような境遇だ。

勿論街には真っ当に生きて職を持っている獣人は数多くいる。

ただそいつらは昔からこの土地に住んでいる奴らで学もそこそこある。

ガーブ達奴隷くずれとは違うのだ…

飼い猫でも野生でもない…ただの野良猫…それがガーヴ達だった。


だからこそガーヴ達、街に生まれ育った獣人達はアマ―リアの語るヴゥルムランドの本当の姿に心振るわされたのだ。

聞かされるもの全てが王都で聞く獣人の姿とは異なっていた。

自然と共に生き、雄々しく、そして誇り高い…自分たちのルーツの姿。

そして王国の非情な裏切りの真相に怒りを感じる事が自分達が誇り高い獣人である事の証明だった。


だからこそ、目の前の少女…イオの存在はガーブにとって異端者であった。


………


遠くから声が聞えて来た。

イオの持つ獣人特有の聴覚が捉えた街中から上がる悲鳴。

どうやら始まったらしい。

残念ながら時間切れというやつだ。

であれば…


「これでお終い…」


そう言うとヒュッとククリを振り魔力を練り上げる。

一瞬の魔力の増大にガーヴも身構える。


「固有魔法展開、"幻影(ファントム)"!」


イオの魔力が弾けると、次第にイオの体が霧の中に入っていくように消えていった。


「な!!固有魔法だと、畜生!!」


突然目の前のイオが霧のように消えた事に焦るガーヴ。

そして、イオの「これでお終い…」という言葉…

きっとこの攻撃は視認できない所から攻撃を仕掛ける類のものだ。


(きっと俺を刈り取りに来る…)


「いいぜぇー、飼い猫に獣人の誇りってもんを見せてやる!」


それは、アマ―リアが教えてくれたヴゥルムランドの獣人達が使うという力。

これが使えるようになった時は皆が涙し喜んだ。

これこそが自分が獣人である誇りの象徴ともいえる魔法。


「血統魔法、"獣化"!」


その声と共に、ガーヴは己の魔力を体にまとわせ…

次第にその体が変容していき、二本足の黒豹へと姿を変えたのである。

こうなった獣人は強い。

勿論これは獣人にとっての切り札であり、そう何度も使えるものでもない。

まだ、慣れていないガーヴは一度使えばその日は戦えない事も覚悟の上だ。


「さあ、どっからでもかかってきやがれ!!」


一発貰う事は覚悟の上で、姿を現した瞬間を狙い全力で叩き潰すと決めた。

肉を切らせて骨を断つ作戦で、しばし周囲の気配を伺い相手が現れるのを待った。


………


……




……


………ふぅ…


「ド畜生!!あいつ逃げやがった!!!!」


とっぷり5分ほど警戒し、ようやく気が付き悲しみの雄たけびを上げるガーヴ。

出来る事と言ったら獣化を浪費させられ戦闘不能となった怒りを地面に叩きつける事だけだった。



――――――――――


 劇場は支配されていた。

それは"広野の牙"達によるものではない。

そしてその支配は物理的に拘束するようなものでもない。

劇場のホールにいる全ての人間の心が支配されていたのだ…


舞台の中央に立つ一人の少女、ローラの歌声によって…


その歌声は一言で表すならば"神聖"だろう。

その声は聴くもの全てを祝福した…

絶望に落とされた者達に救いを授けた…



観客たちはこの歌声に聴き惚れていた。

皆気付いてしまったのだ、ここまでのいざこざはこのローラの歌声を届けるための前座だったという事に。


"広野の牙"達はこの歌声に聴き入っていた。

彼らは決死の覚悟でこの場所にいるというのに。

いや、彼らは決死の覚悟だからこそ最後にこの歌だけは聴きたいと思わされてしまった…


ティルは見惚れていた。

舞台の真ん中で、思い描いた物語の主人公が女神のように歌を唄っているその神々しい姿に…


アマ―リアは…涙を流していた。

ローラの歌…異国の言葉で紡がれるマリアという名の神に捧げる歌に。

言葉の意味など分からない。

だが、他国に嫁いだアマ―リアだからこそ分かるものがある。

この聖歌に込められた祈り…それが全ての人にとっての共通の祈りであることを。

そしてそれは残酷にも復讐に生きると誓った自分もまた同じである事を思い出させることでもあった。

アマ―リアにとって復讐は家族への、夫への、そして息子への愛の証。

王国に裁きの鉄槌を…

そのためにティルの命を…

そう願うアマ―リアに隠れたもう一つの願い…


………


……



歌が終わり、ローラが優雅にお辞儀をする。

劇場にいた全ての観客たちはただ茫然とするだけだった。

ただただ歌が名残惜しい…


アマ―リアも自分が流していた涙に気が付き、それを拭く。

そしてそこでようやく自分の役目を思い出す。


「もう満足したでしょう…」


そう言ってローラを舞台から引きはがそうとする…が。


ドン!!


ホールに響き渡る大きな音。

その音に観客たちも現実に引き戻される。

そうだった、自分たちは今人質にされているのだったと…


ドン!!ドン!!


音はホールの扉から聞えてきており、扉を封じている閂が悲鳴を上げていた。

突破が目前とみて"広野の牙"達も慌てて身構える。

多分、警備隊が無理な突入をしてきたのだ。

これには思わずアマ―リアも叫ぶ。


「愚かな!!こっちには人質もいるのよ!?」


まるで人質の命を何とも思わないようなその突入に憤りを覚える。


ドン!!ドン!!ドン!!


そのあまりの強い力に扉を封じていた閂がとうとう限界を迎えた。


バキッ!!!!


そして、そのままなだれ込んできたソレに劇場は絶叫に包まれることとなった。

その絶叫は観客たちだけではない…

"広野の牙"すらも巻き込んだもの。

そして、アマ―リアすらもその混乱には抗えなかった。

突入してきたソレは、観客を助けるための警備隊などでは決してなかったのだ。


突入してきたのは…魔物の群れ。


それも竜種であるランドドラゴンの群れ。


観客たちは人類共通の敵に相対し、悲鳴を上げ混乱する正当な理由を得たのであった…


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