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0031-アマ―リアの過去


 アマ―リアは元々は男爵家の令嬢として育った。

その男爵家は昔からヴゥルムランドとの国境付近を監視する任を受けた家であった。

その頃はまだヴゥルムランドとは敵対関係ではあったが、停戦状態で戦自体はしばらく行われていなかった。

そして、ヴゥルムランドは古来より部族の集合体。

戦となれば多くが協力体制を敷くが、部族ごとにも様々な慣習がありアマ―リアの家が治めていた男爵領の傍の部族は比較的温和で積極的な戦は行われなかった。

男爵家の方も相手が手を出してこないなら戦う理由もないとしてお互い不干渉を貫いていた間柄。


そんな場所で育ったアマ―リア。

元々魔力も比較的高かったため勝気な性格をしていた彼女はその日も馬を駆り遊びに出かけていた。

剣の腕もそこそこあり、魔物が現れても逃げるくらいなら問題ないだろうという自信があった。

その日もそんな調子でどんどん進んでいく。

そしてアマ―リアのちょっとした冒険心が出てしまい、国境付近の森を奥へ奥へと進んでいったのだ。

国境と言ってもその境は曖昧でその辺りをうろついていると攻撃されても文句は言えない場所だ。


朝の鍛錬で男爵家の抱えている常備軍の副隊長を打ち負かしたことも気を大きくしている要因だった。

軍と言っても十数人程で有事の際は近くの村々から徴兵し砦に立てこもり援軍を待つ程度の規模だ。

だがまだ若い小娘一人の鼻を伸ばすには充分であった。

好奇心だけで森を深く深く進んでいき…

だいぶ奥まで来てしまった事に気が付き不安に思い来た道を戻ろうとした瞬間である。


突然魔物に襲われた。

ウルフ型の魔物が現れ馬がそれにビックリして暴れ、アマ―リアは振り落とされてしまった。

そのまま馬はどこかへ走り去るが、ウルフの方は獲物をアマ―リアへと定めたようで群れで囲い込んできた。

アマ―リアの方はというと馬に振り落とされた際に足を挫いたようで走る事は出来ない。


剣を抜き戦うことを決めたアマ―リア。

ウルフの方は囲いをジリジリと狭めようとしてくる。


「ファイアアロー!」


アマ―リアが魔法を放ちウルフの一匹に命中しひとたまりもなく絶命する。

群れの中の一匹がそれに焦り飛びかかってくるとそれを剣で叩き落とし、地面に叩きつけられたウルフに剣を突き刺し止めを刺す。

それでウルフたちは気が小さくなったのか後ずさってしまう。

ウルフたちが弱気になったと感じたアマ―リアは「ハッ!!!」と魔力を一気に解放しウルフたちに威圧をかけた。

それにビックリしたウルフたちは我先に一目散に逃げて行ったのだった。


敵の気配が消え、しばらくの間気を張っていたアマ―リアだったが、もう大丈夫と思った瞬間気が抜けてへたり込んだ。

馬に逃げられ足を挫いて動けない。

しかも場所は森のかなり深い場所と来たものだ。

持ち物も腰に着けた剣と水筒のみ…

木を背にして、絶望感に浸りつつその内に日が暮れてきた。


………ガサ。


その物音にビクッとしてすぐに剣を持つ。

とは言っても足が痛いので立ち上がる事も出来ず、静かに息をひそめるだけ…


ガサ…ガサ…ガサ……。


段々近づいてくるその音にアマ―リアの心拍数も上がる。

そして現れたのは…

一人の青年だった。

頭に獣の耳をつけた豹人族の青年…


アマ―リアは敵である獣人に対して恐怖し剣を構える…が威嚇しようにも声が出ない。

ガチガチと自分が歯を鳴らしているのが分かる。

近づいてくる獣人に対して何もできないアマ―リア。

そして獣人は傍まで寄ってくると足を見ながら話しかけてきた。


「なんだ?人間の小娘じゃねーか。なんだってこんな所に…ケガしてるのか?」


アマ―リアは言葉が出ず…だが首だけで返事をする。


「ちょっと見せてみろ。」


言ってアマ―リアの足に触れる青年。

激痛が走るもここで抵抗したところで今のアマ―リアで勝てるわけもない。

ぶっきらぼうではあったが、ぶつくさ言いながら丁寧に治療をしてくれた彼。

どうやら青年は族長の息子で、腕っぷしで族長が決まる獣人族の中でも次期族長と言われる程の人物だった。

その獣人の青年こそ後にアマ―リアの夫となる人だった。


青年はアマ―リアを自分の部族の村まで連れて行ってくれた。

獣人の部族は時期ごとに場所を変えるため王国側からは所在が分からない。

狩りを生活の糧とする彼らは場所を変える事でその場所の動物たちが減りすぎないようにするのだという。

村ごと移動してしまうので戦相手の王国からしてみれば攻める場所を把握しずらくなってしまう。

拠点というものを持たず攻めるのが難しい…それが獣人との戦いの難しい所。

この時はたまたま国境付近に村を構えていたようだ。


アマ―リアは歓迎こそされなかったものの、だからと言って乱暴に扱われる事もなかった。

自信の身分を告げると夜が明けたら送り返してもくれると言ってくれた。

てっきり身代金を要求されるものだと思って頭が痛かったのだが…

獣人達は特に争っているわけでもない人間(ヒューム)達との揉め事は避けたいのだそうだ。

獣人は野蛮な生活を送っている…そう信じていたアマ―リアだったが、実際に見た生活はどうだろう…

移動して暮らす生活様式のため野性味というのはあるのだが、その生活は穏やかさに満ちていた。


夜が明けて青年に家まで送り届けられるとアマ―リアは父親から一生分のお叱りを受ける事になった。

だが、それで反省するアマ―リアでもなかった。

持ち前の頑丈さで足を治した数日後にはまた獣人の村まで赴いたのだ。

建前は受けた恩を返さなければならないから…だが、本当は未知の生活に興味を持ったからだった。

お礼の品を携え獣人達の村へ行くと、そこには逃げたはずの馬がいた。

どうやら青年が探してきてくれたようで返しに行こうとしていたらしい。

アマ―リアはこのぶっきらぼうで優しい青年に心惹かれていった。

そして、度々会いに来ては一日中話をしたり、一緒に狩りに出かけたり…

次第に二人は愛し合うようになっていった。


二人は結婚を望んだ。

だがそれは勿論両方の一族たちから反対された。

片や男爵令嬢、片や次期族長ともいわれている族長の息子。

だが二人は…いやアマ―リアは一歩も引かなかった。

両親に認めなかったら駆け落ちするし子供の顔も見せないと脅し、獣人が側には自分が嫁入りし偶に両親に子供の顔を見せればよいと言いくるめ…

最後には彼との子供を先に作ってしまうという手段に出た。

これには父親も激怒したがアマ―リアの方もそれを上回る激怒で返し…

だが、母親が倒れてしまった事で二人は冷静さを取り戻した。


結局、結婚は認められた…いや、認めざるを得なかったのだろう。

だが、国境を挟んで隣通しの結婚であり、政略結婚としては機能していたのだから父親も最後には祝福してくれた。

それからアマ―リアは獣人達の中で暮らし、子を産み育て…

時折、実家に戻り子供の顔を見せる。

両親は最初は子供に獣人の耳がついていた事で引きつった顔をしていたが、なんだかんだで孫は可愛くなったらしい。

最後は別れるときに次はいつ来るのかと催促をしてくるほどだった。

最初は苦労したこともあったが、元来勝気で冒険心の強いアマ―リアは獣人達の暮らしが案外性に合っていた。

それは嘘偽りなく幸せな時間だっただろう。


………


その事件は息子が7歳になった頃の事だった。

エルデバルド王国とヴゥルムランドは数年の間小競り合い程度の戦闘しか行われなくなっていた。

以前の戦で大きく疲弊した両者はもう一度あの戦を始める事に抵抗を感じ和平の道を考え始めていた。

勿論賛否は両論あり獣人側も族長たちが集る族長会議で相当揉めたそうだ。

その頃のアマ―リアがいた部族の族長はアマ―リアの夫に代替わりしており、和平に賛成の立場を取ってくれた。

そして最後まで態度を保留にしていた力ある部族の長が賛成の立場にまわった事が決めてとなり結論は出た。

結果的に族長たちは次代の若者たちの歴史を血の歴史にしない事を願い和平案を受け入れる決定をしたのだった。


王国側はというと病床の国王の名代として時の王太子、今の国王が交渉の場へと出てきた。

先の大戦では大きな手柄を全て一人の傭兵に奪われてしまった。

そのため多くの貴族に加え王太子までもが大した手柄が建てられないという醜態をさらしたのだ。

王太子としては戴冠前に何某かの手柄が欲しかったのだと推察された。

それはつまり、次代の王が親獣人となる可能性を示唆したものでもあったのだ。


その時のアマ―リアは自身が獣人と人間の懸け橋になれるのだと本気で信じていた。

そして、持ち前の行動力で獣人達と王国側を取り持つために精力的に動いた。

自分達と同じように獣人と人間が手を取り合う希望の未来を夢見て…


交渉の場はアマ―リアの実家である男爵領とヴゥルムランドの間の国境付近。

アマ―リアが夫と出会った場所の近くにある古代の遺跡あとがある比較的開けた場所で行われることとなった。

なので男爵領の人間やアマ―リア達の部族総出で会場設営に協力することにした。

皆歴史的瞬間に立ち会えるのだと喜びを胸に…


そして運命のその日がやって来た。

王太子や族長達が集まるため、両軍ともそれなりの兵を連れてきてはいたがそれも仕方がない事だろう。

和平の交渉団には王国側からは王太子が、ヴィルムランド側からは数人の族長とアマ―リアの夫も選ばれた。

交渉とは言ってもその内容は既に事前協議にてすり合わせが出来ており、この場所はいわばセレモニーである。

ここでやる事と言えば協定の最終確認と調印だけ。

それでもここまで尽力したのは夫であり、アマ―リアも王国の慣習に疎いヴゥルムランドの補佐に息子と共に同席した。

息子を連れてきた理由はこの歴史的瞬間を…

そして父の偉大な姿を目に焼き付けて欲しかったから…


………


交渉は順調に進んでいき、後は調印を残すのみという所でそれは起きた…

…突然、付近で騒ぎが起こったのである。

何事かとアマ―リアの胸にも不安がよぎる。

しばらくすると報告の兵士が会場に来て言った。


「獣人達が攻めてきました!!」


………は?

アマ―リアには意味がわからなかった。

だが、頬けている間にも事態は進む。


「謀ったな!?」


「し、知らない!何かの間違いだ!」


机を叩きつけて怒鳴り散らす王太子。

それに対して潔白を訴える夫。

次に舞い込んだ報告は…男爵である父が打ち取られたという悲報…

そして遂には反乱を起こした獣人達に呼応して徹底抗戦をうたっていた部族の獣人達が攻撃に参加。

その戦いの火はあっという間に王国に反感を持つ獣人達全体に燃え広がってしまった。

激怒した王太子は机を蹴飛ばし交渉の場から去り、軍に反撃命令を下した…


(なんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ!!)


アマ―リアの中で最悪が次々に更新されていく。

事態は混乱の極みとなった。


何とか事態を収拾させるためアマ―リアと夫は部族の皆を連れて最初の反乱を起こした獣人達の鎮圧に向かうのだが。

だがそこで見たのは…ボロボロの獣人達が悲痛の面持ちで暴れまわる姿だった。

アマ―リアも必死に止めようとするも獣人達は何も言わず涙を流しながらただ暴れるだけ…

仕方なしに一人を切り殺すと、理由が分かった…

その獣人達は皆、首輪奴隷だったのだ…

捕えて事情を話させようにも、捕えただけで呪いが発動する…

苦痛で転げまわる獣人達を見ていられず殺す事しか出来なかった。


急いで他の部族長達へ伝令を飛ばすも、冷静な部族以外は既に戦いを始めてしまっていた…

突如始まった戦は一方的な展開となった。

獣人達も次々に参加しそれなりの数となったものの、まとまりのない烏合の衆とかし、ただ無暗な突撃を繰り返すだけ。

王国軍の、それも王太子を守る近衛軍の敵ではなかった。

和平会談として設けられたこの場所は一瞬で血の海と化したのだった。


そしてその中心地にいて戦う意思の無かったアマ―リア達の部族は取り囲まれることになった。

獣人達の裏切りと王国軍の見事な反撃…

この時になってようやく自分たちが騙されたという事に気が付いたのだ。

王太子が欲したの名声は和平を締結した事によるものではなく、和平交渉の場を使い卑怯な裏切りを行った野蛮な獣人達に戦で完勝したという強さとしての名声…。

人の善意を利用し、獣人達の血を啜る。


(これが人のやる事か!!!)


アマ―リアは怒りのあまり剣に手をかける。

今なら敵兵を何十人であっても殺せる気がしていた…だが。

だがである…

怒りで震える手を抑え後ろを振り返ると、そこには大切な家族である部族の皆…。

それに愛する夫と息子の姿。


アマ―リアには一時の感情でこの人たちを殺す事など出来はしなかった。

だからこそ…全ての自身の感情を押し殺してアマ―リアは命乞いをした。


「どうか部族の者たち、そして私の家族の命をお救い下さい。

そのためならこの身がどうなろうと構いません…」


そして、王太子は条件を出した。

それはアマ―リアが奴隷の首輪を着けて奴隷へと身を落とし生涯仕える事。

王国側にはアマ―リアの魔力が高い事が伝わっていたのだろう。

それを手駒にできるならば…という事なのだろう。

勿論夫は止めたが、だからこそ彼が…そして息子が死ぬような事は耐えがたかった。


家族と…そして二人に別れを告げ。


アマ―リアは首輪を着けられ奴隷として連れていかれた。


………


……



その夜。

与えられたテントの中でアマ―リアは妙な胸騒ぎがした。

だが、今のアマ―リアはこのテントから出る事を禁じられている。

それでもだ…

この胸がザワザワする嫌な感じ…

これを確認しなければ絶対に後悔するという確信があった。

だからこそ…

アマ―リアはテントから出た。


(っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)


その瞬間、強烈な苦痛がアマ―リアを襲う。

魂が傷つけられる痛み。

叫び声を上げそうになるもそれを精神力のみで抑え込む。


「カハッ!!」


耐え続けると口から血が出てきた…が、それすらも無視して歩き出す。

監視などいなかった。

当たり前だろう…こんな苦痛に耐えられる人間などいないはずなのだから。

魔力が高いアマ―リアだからこそまだ辛うじて歩けるだけだ。

体中の全てから血が噴き出しているのではないかと思うような感覚。

一歩一歩に激痛が走り、まるで地獄の中を歩いているかのよう…

だがそれはまだ地獄などではなかった。


そして…


それはアマ―リアの目の前に広がった光景…


裏切りの報復と見せしめのために貼り付けになり槍で串刺しにされた家族である部族の仲間達…


そしてその中には…愛する夫と息子の姿…


………地獄はここにあった。


………


……



その後は捕えられた獣人達の一部は捕虜となり、奴隷として使われるようになったらしい。

アマ―リアはその魔力を買われ王宮で奴隷として使われた。

あの後、何も知らないふりをして元の場所に戻り、度々夫と息子に会わせてほしいと頼む姿を見せた。

そして、人一倍従順に尽くしてみせたのだ。

それも全ては"復讐"の二文字を成就させるため…


王太子は一つだけミスを犯した。

それは獣人達の怒りが予想以上に大きかった事。

そして獣人達にとって感情の高揚はそのまま力の強化になるのだ。

そのためこの事件を機に開戦された戦で王国は苦戦を強いられ、結果今の泥沼状態となったのだった。


涙などとうに枯れている。

アマ―リアはひたすら自身の感情を押し殺し仕事をつづけた。

その内にティルのお世話係の話がアマ―リアの所に舞い込んできてティルの侍女として働くようになる。

そして、ティルが学園の寮住まいになりフリーの時間が増えた事により計画の準備を進める事にしたのだ。

あの日からずっと刻み続けた恨み…

必ずあの国王に自分の愛する子供が殺される苦痛を味合わせてやる…と。


―――――――――


 話を聞いて静まり返るホール。

アマ―リアも話し終えてティルの方を見る。

ティルは「アマ―リア…」と呟きながらもどう感情に表していいかわからない。

それでも、ここで確認しないわけにはいかなかった。

ティルは震える声でアマ―リアに命令する。


「アマ―リア…正直に答えて…今の話は本当?」


アマ―リアはそのティルの言葉に、悲し気な表情を浮かべながら答える。


「ええ…姫様…残念ながら全て本当の事です。」


そして、黒髪の少女の方を見て言い捨てる


「これで満足…お嬢ちゃん?」


年端もいかない少女には少々酷な話をしたとは思うが自分が振った事なのだ。

アマ―リアとしてはこれに懲りたら黙っていろ、そういうつもりで少女に言った。

…だがその少女の故郷の辞書は落丁しており"懲りる"という言葉が書かれたページは存在しなかった。


「ババアなんて言って悪かったよ…

でも溜まってたもの吐き出せてスッキリしたでしょ…下痢ピーおばさん?」


………


その言葉を聞いてようやく理解した。

この世界には言葉で言ってもわからない人間はいるのだという事を…

目の前の小娘には言葉ではなく体にわからせなければならないだと。

アマ―リアはスタスタと少女の前に進んでいき、思いっきり平手打ちを打ち込んだ…


…がその平手打ちは空を斬る。


は?っとその状況に気付く間もなく少女は後ろにまわっていた。

少女が避けたのだ。

そしてアマ―リアを馬鹿にするように舞台上を舞う。


「捕えて。」


その命令で二人の獣人が捕えようとするも、ヒラヒラとまるで殺陣でも魅せられているかのように躱していく。

少女はいつの間にか舞台の中央を陣取っていた。

そして、手を広げよく通る声で観客に向けて声をかけた。


「 Ladies and gentlemen!!

本日はお日柄もよく絶好のパーティー日和となりました!

お初にお目にかかります皆さま、私めはトールソン音楽隊"フィドラークラブ"にて歌姫を務めさせて頂いております、ローラ・トールソンと申します。

以後お見知りおきを…」


そう言って美しいカーテシ―で観客に向けて挨拶するローラ。


「そして、本日の涙無くして見られない上演に心より感謝を申し上げるとともに、

ご来場の皆様と出演者の皆様に私からささやかなプレゼントを贈らせていただきます。」


「あの娘を止めさせろ。」


男たちがローラを止めようと舞台に近づいていく。

だが、それは叶わなかった。

なぜなら、そのローラによって動きを止められたから…

決して魔法を使ったわけではないのに、まるで魔法にかかったかのように。


ローラただ、髪を解いた。

ただ、それだけで劇場中のすべての人間の動きと思考が止まった。


それを見た瞬間に…

"広野の牙"は自分達が愚かな行いをしてしまったのだと嘆いた。

きっと神の怒りを買ってしまったのだと…


観客たちは確信した。

舞台はまだ終わっておらず、今までのこれはただの演出だったのだ…と。


「黒百合姫…」


そしてティルがポツリと落としたその呟き。

先ほどまでのへっぽこな演技をしていた黒百合姫ではない…

本物の黒百合姫がそこにいた。



先程まで舞台上には美しい少女しかいなかったはず。

それが一瞬のうちに目の前に女神が現れた。


黒髪黒目の街娘の服を着た【黒百合姫】…


ローラ・トールソンという名の女神が…



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