0030-〇秘ババア
「便秘ババア。」
その言葉でホール全体に静寂が訪れた…
光が反射し一瞬天使の輪を持っているのかと錯覚してしまう程の美しい黒髪。
それをみすぼらしい魔石が付いた紐でポニーテールとしてまとめ、どこでも買えそうな街娘の服を着ている…
出で立ちと中身が不釣り合いな少女。
街ですれ違えば必ず一度は振り返ってしまうよう美少女から発せられた耳を疑うような言葉。
これはアマ―リアの耳にも当然入ってきたのだが…
「あら、お嬢ちゃんまだいたんでしたね…それで今なんて?」
ピクリと頬が動くも、所詮相手は小娘。
大人の対応で聞き流してあげようと少女に対して優しい言葉をかけてあげる事にした。
だが、そんな事はお構いなしと少女は畳みかけたのだった。
「あれ~?ボケが始まってるうえに耳まで遠かった?」
ピキ
「え~そんな歳にみえな~い、あ、これが美魔女ってやつですね!!」
ピキピキ
「すご~い、若さの秘訣聞きたーい。60年後くらいには役に立つよね~?」
ピキピキピキ
遠目からでもアマ―リアの額に青筋が立つのが分かる、それほどのただただ腹が立つだけの言葉…
だが、何とか堪えて少女を睨む…が。
「あー、もうそんなに睨まないでくださいよ~。」
自分で言っておいて、勘弁してくれ自分を巻き込まないでくれというジェスチャーを交えながら更に言葉を重ねる。
「だって~、クソみたいなわだかまりをずーっと抱えて…
それを吐き出せずに今までため込んできたから、イライラでこんな癇癪起こしちゃったんでしょ?」
少女は芝居がかった仕草を交えながら言葉を言い終えると…
「だから…便秘ババア」
最後に溜めを入れてから止めの一言を入れた。
観客も思わず吹き出す…
笑ってはいけないという状況で突然繰り出される特大の嫌味。
先程まで悲劇だったはずなのに少女が言葉を発した途端喜劇に代わってしまった。
中には耐えきれずに観客たちの数人からクスクスといやらしい笑いが湧き出る。
その観客たちをアマ―リアがギロリと睨みつけるも、それすらも観客たちには滑稽に見えてしまった。
アマ―リアは憤ったが、小娘一人の言葉にこれほど精神をかき乱されるなどあってはならない。
年端もいかない小娘に自分や獣人達の苦しみなどわかるわけがない。
アマ―リアとてこれからティルが自らを犠牲にさせる選択をさせなければならないのだ。
自分の生い立ち、そして王家が…ティルの父親が自分達に何をしたのかを思い知らせてやらねばならなかった。
だからこれは丁度いい事でもあったのだ。
「いいわ、教えてあげる。」
そう宣言し、アマ―リアは自分の過去を語りだしたのだった。
―――――――――
ガーヴは舞台上で繰り広げられているドタバタに呆れながらもアマ―リアが過去を語る事を止めようとは思わなかった。
こちらが拒絶しているというのにアマ―リアはガーヴをとりわけ親しく接してきた。
迷惑とは思いつつもなんだかんだで絆されていったガーヴ。
…というよりか「犯すぞ!?」と脅したら「こんなおばさんを?いいわよ。」と女を教えられただけなのだが。
ただ、アマ―リアはベッドの上でガーヴの事を他の男の名前で呼ぶような女だった…
何度目かのある日、突然自分の過去を話したことがあった。
その過去があるからこそ、ガーヴもアマ―リアを仲間として受け入れていた。
そして、王家であるティルも彼女の話を聞くべきであるとも考えていたのだ。
他の仲間達もガーヴがアマ―リアを止める素振りを見せないのを見てそれに倣っていた。
それとは別にガーヴは周囲に異常がある事を察知していた。
「おいグヴェイル、ちょっとここ頼んだ。ネズミが入り込んだらしい…」
「ネズミ?…わかった。」
グヴェイルに後を任せてガーヴは劇場内で下手な誘いを繰り返している奴の所へ向かうのだった。
………
……
…
―――――――――
「プーサの言った通りしてみてるけど…うー、バレるのって苦手だよ~」
イオはウォーハンマーを一本背負って劇場の裏から潜入していた。
イオの任務というと敵の中にいた魔法兵を引きつける役割なのだが…
気配を出したり消したりして敵に見つかるようにしてみているのだが、はたしてこれで正解なのかがわからない。
イオ基準では魔法兵ならこれですぐ気づくはずなのだが…
途中敵とすれ違ったりもしたのだが、プーサからはバレたら殺していいとは言われていたがバレていないから殺せない…
倉庫だったり控室だったりがある通路をコソコソと進んでいく。
護衛任務のミーティングの際に劇場の図面については説明があった…
だが、その図面を頭に入れる前に既にミーティングで脳の許容量をオーバーしていたイオ。
図面を覚えてるはずもなく…うっかり見通しのいい玄関ホールに出てしまう。
マズいと思いすぐに来た道を引き返そうとしたその瞬間であった…
イオは直感に任せてその場から飛び退いた。
ガスッ!!
一瞬前までイオがいた地面は鉄の爪で床が切り裂かれ大きな爪痕を残した。
どうやらホールから出てきたガーヴに見つかったようだ。
この場合は見つけてもらったが正しいのだが…
「さっきから、下手糞な挑発しやがって。ムカつくから来てやった。」
(やた、いい人だ!)
「あん?このガキは…!?」
ガーヴが何かを言うのも待たずにイオは動いた。
イオの獣人としての瞬発力をもって一気にガーヴとの間合いを詰める。
それに対してガーヴもイオが攻撃を仕掛けるのに反応した…が。
イオが背負っているウォーハンマーを確認していたガーヴは直感的に長物の一撃が来ると待ち構えた。
だがイオはそこから一歩踏み込んでくる。
手に持っていたのは背負っているウォーハンマーではなく奇妙な形のナイフ。
(しまった!)
ガーヴは身体能力だけを頼りに踏み込んできたイオの一撃を避ける…。
イオのククリの一撃がガーヴの頬を掠め薄皮一枚を切り裂く。
苦し紛れに蹴りのカウンターを入れるもヒラリと躱され慌てて距離を取る。
その一撃でガーヴはイオの力量がかなりのものだと理解した。
「クソ!こいつ、ソレスか!!」
玄関ホールにいた数人の仲間達も駆け寄ってくる。
「なんだと、ソレスがこんなに早く駆けつけて来たのか!」
それを見たイオは小さな金属球をスカートの下のレッグバッグから取り出しその仲間に投げつけた。
ヒュン!
特務兵から投げつけられる投擲武器は殺人級のスピードで犯人の仲間に襲い掛かる。
一般兵がくらえばタダでは済まないソレを何とか鉄の爪で弾き返すガーヴ。
数を減らす事には失敗したが敵の魔法兵を引きつける事は出来たとして、来た道を戻る形でその場を離れるイオ。
「こいつは俺が何とかする、お前らはココを守れ!」
ソレスの襲撃…それに対応できるのは同じソレスのガーヴだけだろう。
そして相手がすぐに引いたという事はそれが誘いである事は明白であった。
だが、それでもガーヴは追いかけざるを得なかった。
敵のソレスを自由に行動させることなど出来ないからだ。
イオの動きを見るからに隠密専門の魔法兵というやつだろう…
放置して置くといつの間にか仲間がいなくなっていた何てことになる。
人質を使うにしても、ティルがホールにいる時点で相手は死に物狂いで取り戻しに来るはず。
一人や二人の命で話し合いになるはずもない…
あの人質はあくまでティルを脅迫するためのものなのだ。
そして、あの襲ってきた少女…
あれは自分が同じ獣人だからと解放したはずの子供だった。
「全く、こうも下手を打つなんてな…クソッ!」
仲間達もガーヴが抜けるのは痛いが仕方なしと送り出す。
ソレスの相手など一般兵には無理なのだ。
出来れば打ち取ってすぐに戻ってきてほしい…
だが、そのまま戻らないでほしいとも思う。
何故なら自分たちはこれから死にゆく運命なのだ。
まだ若く、力の強いガーヴが自分たちの意志を継いでほしいと…そうも願うのだった。
イオは劇場の裏手から外に出る。
そこにはVIPの休憩用に作られた小さな庭園があり劇場周辺は塀で囲まれている。
庭園には犯人グループの仲間が数人警戒をしていたが、イオは無視して走り去る。
塀にヒョイと昇ると外には既に警備隊が取り囲んでいた。
警備隊と衝突すると面倒なのでそのまま他の家の屋根へと昇る。
ふと、劇場の方を振り返ると先程の獣人は素直についてきているようだった。
イオは安心して劇場から離れるように屋根を伝っていった。
(いい人で良かった…)
イオ達の事を解放したこともあり、ガーヴの事を怖い顔をしていても本当はいい人なんだろうと感じていた。
今は敵なのでそれでどうするわけでもないのだが…
そういえばあの人プーサと見つめあってたがあれは一体何だったのだろうか。
そんな事を考えつつも劇場からかなり離れている事に気が付く。
劇場に入る前にプーサから聞かされた周辺の情報によると、イオが今いる辺りはスラム地区に近い場所で人も少ない。
そして、これ以上離れてしまったら帰る時に迷子になってしまう…
そう思ったイオは丁度いいだろうとこの場所でガーヴを迎え撃つことにした。
ガーヴは苛立っていた。
それは目の前を走るイオに対して…そして己に対してもだ。
目の前を走る少女は完全に自分を誘っている。
それもガーヴが追わなくてはならないことを知った上で。
そしてその少女を檻から出したのは紛れもなく自分なのだ。
そんな苛立ちを怒りに変えガーヴは足に魔力を溜め込むと…
イオが一瞬スピードを緩めた瞬間を狙って突撃をするように一気に地面を蹴った。
イオがガーヴを迎え撃とうと振り返った瞬間、ガーヴが一気に間合いを詰めてきた。
咄嗟に障壁を張りつつ避けようとするが、タイミングが悪すぎた。
避けるのが一瞬間に合わず、ガーヴの対格差を利用したぶちかましにイオの小さな体はいとも簡単に吹き飛ばされる。
そのまま屋根の上から落下していくが、何とか体制を立て直し着地をする。
イオは王都の地図を作るためにクルセイが調査をする際に護衛でついて行ったことがあった。
スラム地区に近いこの場所はその時にも立ち寄った事があったので見覚えがあった。
普段のイオなら隠れられる場所が多いこの場所はやりやすい場所ではある。
だが、今は逃げる事を考えるよりも相手を足止めする事が任務だ。
怒りに任せて落下の力を使い爪を打ち下ろしてくるガーヴ。
それをヒラリと躱し、お返しにククリの一撃をお見舞いする。
ガーヴがそれを鉄鋼で弾き返すとキーンという金属音が人気のない道に響き渡った。
構わずイオが連撃をお見舞いするがその全てを鉄鋼で受けきると今度はガーヴが攻撃を放った。
左手についてる爪を使って低空からのアッパー。
だがこれもイオが紙一重で躱した事でスカートを少し切り裂いただけに終わった。
そのままバックステップで距離を取るイオ。
数合打ち合った結果、イオは自分のミスに気が付いた…
………しまった。
(殺してしまってもいいのか聞き忘れた…)




