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0029-二人だけの部隊


 子供たちは順調に解放されていった。

途中、子供を金で買おうとした商人か貴族の男が犯人の一人に殴られたトラブルはあったがそれ以外問題は起こらなかった。

プーサ達も観客席から成り行きを見守った。

まだ動ける時ではないのだから、全員隙が出来るのを待っている状態だ。

勿論子供が先に解放されるのを邪魔するわけがなかった。

何か行動をするにしても足手まといにしかならない子供がいるのといないのでは天地の差があるのだから。


………


しばらくすると犯人の一人がプーサ達の前で止まった。


「おいガキ、お前も行け。」


その言葉は明らかにイオに放たれたものだった。

その男をよく見ると…先ほどホール前で絡んできた男ガーヴだった。

同じ獣人に対する情だろうか…それ以外に考えられなかった。

それに対してイオはプーサの方を見てオロオロする。

これにはプーサも頭を抱えてしまうが、それはガーヴとて同じようで…


「そっちのガキもいいから行け!」


ギロリと睨んでくるガーヴにプーサも睨み返すがここで喧嘩をしてもしょうがない。

イオを連れて素直に席を立った。

ふと劇場にいる仲間たちを確認するとそちらもプーサ達に気が付いているようで様子を伺っていた。

プーサは全員に向けてコッソリと"待機"の指示を出す。

カイは勿論セルゲイもここで事を起こす事は出来ないため、自由に動ける人間がプーサとイオだけとなる。

先程カイからティルとカイを拘束するような行動に出たら反抗しろと命令があったが、それはあくまで最終手段に過ぎない。

よって、この場で自由に動けるプーサが指揮権を引き継ぐことにしたのだ。


プーサとイオは子供達とその親らの後ろから劇場の外へと向かった。

劇場の出入口付近では係員を人質にとって立てこもっている"広野の牙"のメンバーとすれ違う。

外には既に警備隊が集っており子供たちが解放され一時混乱しており、また先に子供たちの親が事情聴取されているようだ。

ここでプーサはイオを連れてすぐに動いた。

警備隊に捕まって事情聴取を受けた場合、警備隊の指揮権などプーサが持っているはずもない。

その場で拘束され何も出来ずにタイムアウトになってしまう恐れが強かったからだ。

故に、警備隊に気付かれないように隙を見てその場から離れた。

勿論警備隊が先に動く可能性はあった、それほど迅速な対応が出来るのであれば任せるのもありだ。

だが、その可能性に頼る事は出来ない。


裏道に入り、迷わず向かうのは一軒の宿だった。

そこはカイがもしも体を要求された場合のために用意してあった休憩所。

プーサはイオの手を引いてその宿に入り、その宿の主に声をかけた。


「おい親父、借りてた部屋使うぞ。」


そう言って返事も待たずに二階に用意していた部屋に入っていった。


「マセガキが…」


昼間から飲んだくれているその店主の言葉は勿論プーサには届かない。


―――――――――


 部屋に入ったプーサとイオは部屋に準備をしていた武器などを引っ張り出す。

これはもしカイが王女暗殺を決定した場合必要になると思いプーサが用意していたものだ。

とは言ってもそれほど数があるわけではない。

ククリとウォーハンマーが一つずつあるだけ…

その両方をイオに持たせた。


これから行うべき作戦の大筋はここに来るまでに既に組み立てていた。

わざわざ相手から時間制限を付けて多少の犠牲を無視してでもこちらが突入する大義名分をくれたのだから活用しないわけにはいかない。

そして、プーサは先ほどの劇場での一件を観察しながら相手の評価を行った。

それは、相手は手段にこだわった思想犯であり、大した指揮官はおらず、そもそも指揮系統がハッキリしていないという辛めの評価だった。


そんな集団が何故機能するのかというと、それは獣人の本能的な習性が要因としてあげられる。

獣人は基本的に強いものが一番上に立つという習慣があるのだ。

揉めた場合は群れの中の一番強い奴の言う事を聞く…これが獣人の集団というものだ。

そして、その群れの一番強い奴は誰かというと当たり前ではあるが、魔法兵となるのだ。

つまり一番強い魔法兵だけを引き離してしまえば、混乱した際に明確に指示を出せる人間がいなくなるため、まともな指揮官不在の弱兵となるはず。

あの女が指揮を執る可能性はあるが、能力的には不適格というのがプーサの見込みだった。

念のためイオに犯人グループの中に魔法兵が何人いたか確認してみる。

すると返ってきた答えはプーサの見解と同じ1人という答えだった。


「ミーティングで一応の説明があったけどイオの固有魔法って姿を消す魔法ってことであってるか?」


「うん、使ってみる?」


「負担がないなら見てみたい。」


「わかった」と言って魔法を展開するイオ。

一瞬の魔力の増大に魔力の低いプーサであってもピリピリしたものを感じてしまう。


「固有魔法展開、"幻影(ファントム)"!」


そう言ってイオの魔力が弾けたと思ったら、次第にイオの体が霧の中に入っていくように消えていった。

プーサは酔ったような感覚のずれを感じる。


(なんだ…これ…)


姿が消えるだけならまだしも…

イオの気配が…いや、存在そのものがかすむ。

手をかざしても空を切るだけ…


…とある疑念がプーサの胸中に訪れてしまう。


そもそも、ここにイオなんていたっけ?

そんな思考に支配されていく。

ふと、プーサの脳裏に悪魔のささやきが聞こえてくる…



"騙される方が悪いんだよ…プーサちゃん…"


………


…!!


(何騙されてんだ俺!!)


(イオはここにいる!いるはずなんだ!)


もう一度手をかざし、そこにイオがいるのだとハッキリと認識して前に出す。

するとどうだろう…


そこには暖かくて柔らかい何かに触れる感触…

イオの体がそこにある…とホッとするプーサ。

ほっぺたか?

いや、服の感触あるし二の腕とかかな?

まあいいや。

手を引いてイオに「もういいぞ」と告げる。


魔法を解除したイオ。

なんだか俯いて顔が赤いような…


「おい!もしかして今の魔法体に負担が大きいとかだったのか!?」


「え?えええっと、そんなことないないないない!大丈夫だから!!

えとえと、魔法使ってるときに触られたのってカイ様以外で初めてだったからビックリしただけでだから。」


「お、おう?ならいいけど…」


特に問題なしというイオの言葉を一応信じるが、注意は必要だ。

イオは特務兵であり、特務兵というのは軍の主軸と言っても過言ではない。

そして、その人材が現れるのは完全に才能任せであり、プーサのような頭だけの人間とは違って育成によってどうにかできるものではない。

それだけ貴重であり、こんな作戦ですり減らしていい人材ではないのだ。


以前軍学校での試験でのこと"カイとアルフィーはどちらの方がトールソン領にとって重要人物か?"というとても性格の悪い嫌らしい問題が出た。

その際のプーサの回答は"既に成長して安定してきたトールソンにとって必要なのは軍事力を安定させるための力でありアルフィーの方がより重要人物と言える"という道筋で回答した…

だが今でもそれが本当に正しかったのかがわからない。

わかるのは何も判断をしない無回答というのが確実に間違いであるという事だけだった。

要はそんな問題が成立してしまう程、特務兵とは貴重な存在なのだ。


イオには自身の安全を確保する事を念頭に入れさせ作戦の説明を行う。


………


「イオ、作戦の優先順位はわかるな?」


「一番がカイ様、二番は皆…あとは…わかんない。」


「とりあえずそんだけわかっときゃ上等だ。俺が突入した後は、すべんなきゃ状況不明になる。

始まったと思ったら、今の命令は放棄して優先順位に従って各自アドリブで行動しろ。」


「わかった。」


言われたことをブツブツと繰り返し口にするイオに若干の不安を覚えるが、最悪失敗しても何とかなるだろうという目算もある。



「イオ特務中尉、これより我々は劇場突入攪乱作戦を開始する。

王族だ貴族だ奴隷だヒュームだ獣人だって、そんなんで人に迷惑かけてる奴ら、全部まとめてひっくり返してやろうぜ!」


「いえっさ!!」


たった二人の部隊はお互い敬礼をして部屋を飛び出し、各自の任務へと向かったのだった。


部隊としての初陣…だがプーサにとって作戦の遂行については余裕があった。

そもそもこの戦いは既に勝利条件を満たしているのだ。

後は、カイを無傷でどの程度観客の命を救えるかどうかの話だけだ。

なにせカイの傍には既にあの悪魔が控えているのだから…


そして思うのだ。

あんな毒物を腹に溜めていたのではきっと…いや確実にあいつらは腹を壊すだろうと。

プーサですら既に胃がキリキリ痛むというのだから…



―――――――――


 劇場のホールでは子供たちの解放が滞りなく終わった。

カイも激痛から復帰したようで今は舞台の上で座り込んでいた。

そんなカイに向けてアマ―リアは一つの命令を出した。


「それではあなた…カイとか言いましたね。ではカイ、あなたから姫様に障壁を消すよう説得なさい。」


カイは苦虫を嚙み潰したような表情でその命令を聞き、ティルの方を向き直った。


「殿下…どうかご自身の障壁を一度消していただけませんでしょうか…」


「!!」


ティルには信じられなかった、さっきまで自分に絶対障壁を消すなと言っていたはずのカイがその言葉を撤回し自分に障壁を消せと言ってきたのだから…


「どうか…殿下…どうか…」


まるで縋るように言ってくるカイの必死な表情から思わず目を逸らしてしまうティル。

カイのために障壁を消すべきか…という考えが頭をよぎるが心を強く持ちその考えを振り払う。

…だがこのままではまたカイは首輪の呪いに侵されてしまうのでは?


「さっき何があっても障壁を消すなと言ったばかりなんだ、消してもらえるはずがない!命令を撤回してくれ!!」


カイは達成不可能とみて今度はアマ―リアの方へ命令の撤回を懇願し始めた。

この光景を観客たちからはどう見えただろうか…

カイの急な態度の変化に不快感を持っただろうか?情けないと感じただろうか?

それとも首輪に対する恐怖を覚えただろうか…?


アマ―リアは目の前のカイに対して明らかな不快感を持った。

先程まで自分が誇り高き貴族であるという態度で自分達に要求を突き付けてきた人間が、首輪の呪いを一度受けただけでこの豹変ぶりだ。

勿論アマ―リアとて首輪の呪いが如何なるものかは理解できるため、カイの豹変ぶりをそれほどおかしいとは思わない。

だが、もう少し抗う姿を見せるかとも思っていたのだ。


「命令を撤回します…代わりに頭を擦り付けて跪きなさい…」


貴族に対する命令では決してない…

そして、貴族であれば死んでも実行しないような命令。

だがカイはこの命令を震えながら忠実に実行するのだった。

アマ―リアにとっては滑稽でしかない。

貴族というのがあれほど気高さを語っていながらやっている事は今も昔も変わらない。

このような血が自分にも流れていると思うと吐き気がしてくる。

アマ―リアはカイの頭を踏みつけながら吐き捨てた。


「王国貴族の誇りなど所詮この程度、自分のためならさっき言った事すら忘れることが出来る…」


足をぐりぐりとねじ込みながら続ける。


「哀れですね…」


この姿に哀れと思えるだろうか…

子供を解放するために奴隷の首輪を着けて見せたカイの姿を。

観客たちの胸中に浮かんだのは哀れみよりも怒りであった…

そして誰よりもそれを感じていた人間がいた…


「足をどけなさい。」


ハッとティルの方を見るアマ―リア。

今確かに命令をしたのだ。


「それは命令でございますか?」


念のために聞き直すアマ―リア。

ティルが自分の過ちに気が付いてすぐに撤回するだろうと踏んだからだ。

アマ―リアとてこんなところで終わらせるつもりもなかった。


だが、それはなかった。


「ええそうです。」


ティルは正真正銘、怒っていたのだ。

そしてその怒りを劇場全体にまで響くほどのしっかりした声でアマ―リアに伝えた。


「その方の誇りは奴隷であろうと王族であろうと何人たりとも踏みにじる事は許しません!

エルデバルド王国第一王女、ティルセニア・ディルソル・エルデバルドとして…

この劇場全ての人間の命をかけて命じます、その足をどけなさい!」


ホール全体にピリピリとひりつく魔力の波動。

隠すこともなくアマ―リアに浴びせられるティルの魔力の津波。

言葉を発した瞬間漏れ出る光の残滓…その覇気に思わずおののき足を放して後ろへ一歩下がってしまった。


………


アマ―リアはしまったと思いティルの覇気に負けてしまっていた気をしっかり持つ。

そして、苦し紛れにカイをティルの前に蹴り飛ばした。


「カイ様!!」


アマ―リアは焦っていた。

つい昨日まではティルはただのお人好しとしか思っていなかったのだ。

いつの間にここまで成長していたのだ…?

そして、直接巨大な魔力を見せつけられて確信した。

この魔力障壁をどうにかしないと、ティルの暗殺など決して成りえないのだという事を。


ここに来てアマ―リアは自分の失敗を感じていた。

子供を解放するべきではなかったと…

ティルのお人好しぶりであれば、子供も大人も関係なく交渉材料になると考えていた。

だが、今のティルを見るとどうだろうか…

果たして現状でティルが障壁を切るほど心にダメージを与えることが出来るのだろうか?


しかし、まだ時間はある…

ティルを見る限りカイというカードは確実に効果があるのだという事も見て取れるのだ。

そう思い、再びティルの方を向き直ろうとした…


その時である…


本来動くはずのない人間が行動を始めたのだ。


まるでそこにはいないかのように今まで沈黙を守っていた少女。


劇場内にいた誰もが忘れていた、ただ美しいだけの少女…


ホール全体に響き渡り全てを凍り付かせる清らかなる声…


その少女が口を開いた。


いや…開いてしまった…



「便秘ババア。」



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