0028-"主殺し"
劇場は異様な雰囲気に包まれていた。
最初は観客も騒いでいたのだが、抗議していた男を犯人グループの一人が殴り飛ばし鎮めると静かになった。
今は子供たちが恐怖ですすり泣いている声が聞こえるだけになっている。
異常を察知して警備隊が来るかはホールからは全く分からない状況であった。
観客は500人収容の劇場で300人程、初公演からそこまで日が経ってないというのに経営が心配にはなるが今はそんな事はどうでもいい。
舞台上では王子役と金陽姫、黒百合姫の演者達を人質にするために犯人の一人がついている。
また、舞台裏に逃げた白百合姫も今は舞台上で首に剣を当てられていた。
そして中央では犯人グループのリーダー格と思われる男女が話をしていた。
「予定より早いんじゃないの?」
「仕方がないだろ…舞台があんなに混乱しちまったらどうしようもない。」
どうやらあの野次は犯人グループにまで迷惑をかけていたらしい…
そしてどうやら彼らの話し合いはまとまったらしく、女の方が指示を飛ばした。
「黒髪の女を連れてきなさい!」
…
……
………
舞台まで連れてこられたのは3人の美少女だった…
ティルとカイ…そしてもう一人は街娘の格好をした黒髪のまるで絵画から飛び出てきたような美少女。
それがどれほどのものかを一言で言い表すのであれば…
"まるでカイを本物の少女にしたみたいな"と言えばわかりやすいだろう。
ティルは心のメモ帳に後で名前と連絡先を聞くという事項を最優先事項として書き込んだ。
きっと今恐ろしい目にあって怯えているだろう、お茶にでも誘って心をほぐしてあげないといけない。
自分の近しい所でお仕事を紹介してあげたいし、出来ればお友達にもなって欲しい。
(…ハッ!もしかしてカイ様の血縁者だったりするのか!?)
この似た風貌からその線が大いにありうると感じたティルはカイの方を伺った。
そこには、天を仰ぎ絶望するカイ、その隣には肩を震わせながら恐怖する黒髪の美少女。
ティルは一瞬美少女に心を持っていかれた自分を恥じた。
今はそんな時ではなかったのだ…
「もう食べられないよ…もう嫌だ…おうち帰りたい…」
「ぶふぅ…お兄ぃ……この状況でまで…女に…」
―――――――――
犯人たちのリーダー格のうち男の方が女の方に尋ねる。
「3人いるが誰なんだ?」
そう言いつつも、カイの方を見て「下手な変装してるこいつか?」と尋ねる。
だが、女が首を振りティルの方を顎で示す。
すると男がティルの頭を掴むと…被っていたカツラを取り払う。
パサッ…と落ちるカツラが落ちるとティルの奇麗な金髪が現れた。
「見ての通り彼女は黒髪ではなく金髪でお前たちの探している人ではない。
早く解放してあげてくれ。」
無理を承知でカイがティルの解放を提案するが、勿論それは却下される。
「いいえ、このお方であっておりますよ…ねえ、姫様?」
「…え?」
その言葉に驚くティル。
勿論、自分を狙った事というのもその一つではあるが、それよりも気になる事。
目の前の女の声、そして目を知っているからだ…
それも身近に…
「あら悲しい…子供のころからあんなに一生懸命お世話をしてきたのに。」
「まさか…アマ―リア…なの?」
ティルのその言葉にアマ―リアと呼ばれた女は口元を露にして質問に答えた。
「ええ、姫様。アマ―リアでございます…今朝ぶりですね。」
ティルには信じられない事が起こっていた。
自分が信頼を置いていた侍女が今まさに劇場の占拠という暴挙の首謀者として現れたのだから。
「アマ―リアこれは何の冗談!?悪ふざけはや「キャッ!!」
言葉は犯人の仲間の一人が白百合姫を小突いて発せられた声で中断された。
思わずそちらに注意が逸らされ言葉を中断する事になったティル。
そして、その隙にアマ―リアが発言を始める。
「お待ち下さい姫様…まずは話を聞かなければ後悔なさることになりますよ?」
何をと思いつつも人質をちらつかされて動けるティルではない。
アマ―リアもそのティルの性格は重々承知なのだろう。
そしてアマ―リアは自分の着けている覆面を外し、首についている首輪を見せた。
「先ずはこれをご覧ください。」
「首輪…まさかそれは!」
ティルはカイが何に驚いているのかがイマイチわからなかったが、アマ―リアの奴隷の首輪にはいつもと違う物がついているのはわかった。
奴隷の首輪についている小さな箱…
「それは何なのですか?アマ―リア、答えなさい。」「殿下いけません!」
この状況に憤りを覚えるティルは思わず命令をしてしまう。
常時魔力を展開しているティルの命令は自身の奴隷であるアマ―リアにとっては呪いの命令となる。
「あら、そちらのお嬢さんはこれが何なのか知っているようですね。
ご安心ください。勿論お答えしますので…」
ホッとするカイ、何のことなのかさっぱりなティル。
そこですかさずカイは忠言する。
「殿下、しばらくの間口を開かぬようお願いします。でなければ多分人が死にます。」
「な!………。」
カイのその言葉でアマ―リアはニヤリと笑いながらティルにゆっくり説明を始めた。
「正解です。…ではご説明いたしますね、この"主殺し"の効力を。」
―――――――――
"主殺し"
その名の通り、奴隷の主を殺すための道具として作られた。
だがそれは主に首輪の呪いを返すといったようなスマートなものでは決してない。
機能は至って単純、奴隷が命令違反を犯し首輪の呪いが発動した瞬間、それに反応して箱の魔道具が起動するだけ、要はトラップの一種である。
起動する魔道具は爆発や毒ガスのような物が多いが…この劇場のように広い空間で使うとなると広がるのに時間がかかるガスより爆発系と見た方がいいだろうか。
勿論起動した場合は首輪をつけた本人は生きてはいない自爆攻撃だ…
回りくどいやり方ではあるのだが、それはこのトラップが首輪奴隷たちの恨みを具現化した魔道具であるからだ。
使い勝手や目的よりも手段を優先させた思想武器というべきだろうか。
そして、恨みや怨念によって作られた魔道具は得てして強力な物が多い傾向にある。
この劇場くらいは吹き飛ばす性能を持っている可能性すらあるのだ。
首輪奴隷で溢れていた過去のトールソンでもこの"主殺し"は使われたことがあった…
というより本当の起源はわからないがもしかするとトールソンという土地が生み出した道具なのかもしれない。
そしてこれがカイが首輪を禁止にするために指摘した欠陥の一つに挙げた物でもあった。
勿論、コレは欠陥の一つにしかすぎない、生産能力の著しい低下などもっと重要な欠陥はあったのだがこの道具は目に見える要因としては有効だったのだ。
それを聞いたティルが当然の選択をする。
「アマ―リア、あなたに課している命令を全て解除します。」
「ありがとうございます…ですが、姫様は何も命令されいないので無意味ですけれどね。」
「!…なら何で!?」
ここでカイがティルの前に立ち言葉を遮る。
「殿下…ここからは俺が話します。殿下が話すとうっかり聞き届けられない命令になる恐れがありますので。」
「っ!!…わかりました。カイ様にお任せします。」
悲痛な面持ちでカイに交渉を委任するティル。
「それで、アマ―リア殿と言いましたね。何故このような事をしたのか…説明してくださいますね?」
勿論アマ―リアとてそのつもりであった。
酔狂でこんなことはしないし、"広野の牙"のメンバーがこれだけ多くアマ―リアの計画に賛同しているのだ。
それもこれが終われば確実に死が待っている事を分かった上で命をかけるほどに…
「その前に先に警告しておきます。
首輪の命令は別に姫様だけから受けているわけではないという事を知っておいてくださいね。
例えば私が首輪を外そうとしたり姫様に危害を加えようとするだけでボン…ここにいる皆さんが犠牲になります。
それに仮に私を拘束したとしても、他の仲間が観客を殺す手はずになっている事もお忘れなきよう。」
カイが真実を確認するためにティルに目線を向けると、ティルもコクリと頷く。
「要求は奴隷からの解放か?」
「勿論違います。解放されたとしてもそのあとすぐに殺されて終わりなのに何の意味もありません。
それと、コレは正規の首輪ですから契約書と紐づけられていますのでココで首輪を外すことは不可能だと思ってくださって構いませんよ。」
「…それで要求は?」
それを聞いたアマ―リアはティルに向かってゆっくりと要求を告げた。
「私の要求…それは姫様が常に纏っているその魔法障壁を取り払う事です。」
それなりに魔力を持っている人間なら嫌でもわかるティルの魔法障壁。
それは、暗殺を企てる人間にとっては最大の悩みの種であった。
例えば毒殺を考えたとしても同じだ。
魔力の高い人間は毒すらも効き辛いというのは常識で、それがティル程の魔力を持っているなら猶更。
ティルの暗殺に必要な絶対条件はその魔法障壁を取り払うことなのだ。
つまりアマ―リアの目的はティルの暗殺という事になる…
「ちなみに、姫様覚えていますでしょうか?本日の私の予定を…」
アマ―リアの言っている意味を考えたティルはハッとその意味を理解した。
「そう…私は本日、教会の鐘が六つ鳴る刻までに王宮で殿下の近況を報告する義務があるのです。」
つまりタイムリミットは教会の鐘が六つ鳴る刻、およそ後2時間ほどであるという事だった。
アマ―リアの要求を聞き、カイはならばと口を開く。
「そうですか…では、殿下、今展開している魔法障壁は決して消さないようにお願いします。
殿下が亡くなった場合に流れる血はここの劇場にいる人間の数よりも遥かに多い事をお忘れなきよう…」
「さて…お人好しのお姫様がこの状況にいつまで耐えられるでしょうかね…?」
下唇を嚙みながらアマ―リアの言葉に耐えるティル…。
アマ―リアがずっと傍にいたからこそ理解できるティルの民を想う優しさと未熟な心。
この状況下では確かな弱点として表に出てきてしまっていた。
カイは身振り手振りを加えながら劇場の観客全てに聞こえるような声で"広野の牙"達に語り始めた。
「先ずは女子供を解放しろ、話はそれからでしか成り立たない。」
「何を言うかと思えば…」
アマ―リアが鼻で笑うが間髪入れずに畳みかけるカイ。
「話し合いをしたければ譲歩をしろと言っている。
女子供を解放する事も出来ない程に血も涙もないのであれば話し合いの余地などない。
この劇場全ての人間がお前たちの敵となる。
数はこちらが上なのだから負ける道理などない!」
「何を!?」と思いつつ反射的に観客たちを見てしまうアマ―リア。
それに更に追い打ちをかけるようにカイは観客たちに指示を飛ばした。
「この劇場の勇敢なる王国民に告げる!
今よりこちらにいるティルセニア王女殿下と交渉役であるこの俺をこの逆賊共が捉えようとした場合、交渉決裂と見て構わず全員で全力をもって抵抗をしろ!!」
「黙りなさいっ、死にたいの!!!???」
「既に死にかけているから言っている!!!
こちらが交渉のテーブルにつく条件を提示しているだけだ!
譲歩する気もない人間と交渉など出来ないと言っている!」
芝居がかった言葉であったがカイのその気迫に気圧されるアマ―リア。
カイは交渉のテーブルに相手を引き込む事に専念した。
そしてカイが提示した交渉を始めるにあたっての最低条件が女子供を解放し交渉の余地がある事を示せである。
もしそれがないのであれば、こちらはそちらと同様に命をかけて抵抗すると脅しをかけたのだ。
カイの言いたいように言われてしまうアマ―リア…所詮彼女も一介の侍女でしかない。
命をかける覚悟はあってもこのような交渉事が得意なわけもないのだ。
アマ―リアはもう一人の男のリーダー、グヴェイルと相談をする事にした。
正直に言って子供を巻き込む事にはあまり気が乗らなかったグヴェイルも判断に迷ってしまっていた。
しばらく相談をしていると、犯人の一人ガーヴがその話し合いに加わる。
「おい、何揉めてんだ…、邪魔にしかならないんだから別に子供くらい解放したってかまわねぇだろ。」
「しかし、相手の要求を一方的に飲むわけには…」
「…あいつが邪魔だな…おい、確か首輪を一つ持ってきていたな。」
「あれは姫様に使う予定で…」
「自分で効くかどうかわからないって言ってたじゃねーか。
あっちの小娘を黙らせるのに使うならちょうどいいんじゃないか?」
………
「…異論はないようだな。」
三人はしばし考えた後、意見が一致したことを確認した。
―――――――――
「いいでしょう、そちらの要求飲ませてもらいます。ただし条件があります。」
そう言ってカイの方へ首輪を投げてよこす。
それが何なのかを理解し思わずティルが息をのむ。
…奴隷の首輪。
「着けなさい。そうすれば子供とその親は解放します。」
「女性もだ!」
「子供とその親だけです。それ以上はありません、随分な譲歩だと思いますが?」
勿論カイとて全ての要求が通るとは思ってはいなかった。
子供がいなくなるだけでも随分な収穫ではある。
それはこれからかかるであろうティルの心的負担という意味でも…
「…いいだろう、ただし約束は必ず守ってもらうぞ?」
「カイ様!!!」
ティルは静止するが、カイの決意は変わらなかった。
「この方は貴族ですよ!それがどのような意味か理解できているのですか!?」
その言葉に思わず笑ってしまうアマ―リア。
「貴族!そう貴族だったの。容姿端麗だからそうだとは思っていましたが…
子供のために首輪をつける貴族…泣かせる話ではないですか。」
そう言いつつも「さあ!」と要求してくるアマ―リアにカイは素直に聞き届ける。
首輪を手に取り身に着ける。
「契約書はないのか?」
「違法な首輪というやつです。契約書が無くても動作しますからお気になさらずに。
主は私を含めメンバー全員登録済みです、お気を付けくださいね。」
そう言って、カイが首輪を身につけた事を確認するとアマ―リアは最初の命令をする。
「以後その首輪を外すことを禁じます。」
それを命じた後に更に次の命令をする。
「では確認をしてみましょうか…、空を飛びなさい。」
「何を馬鹿な!そんな事出来るわけ…!!!!」
カイは即座に達成不可能な命令に対して撤回を求めようとするが…
どうやら首輪はその行為を命令違反とみなしたようだった。
「ぐぅっ!!!あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
カイは叫びながら舞台上を転げまわった。
その姿はティルが今まで見てきた冷静で優雅なカイの姿とは似ても似つかない…
奴隷の首輪がもたらす苦痛。
一説には魂が傷つけられる痛みとも表現される程の耐えがたい苦痛だという話だ。
それを今目の前のカイが味わっているのを見せつけられている。
「カイ様!!!何てこと、アマ―リア!!!」
言って、ハタと気づく…
今はアマ―リアに命令をしてはいけない状況であったことに。
ティルにはもだえ苦しんでいるカイを見ている事しか出来なかった。
劇場内にカイの悲鳴だけが響く。
観客たちもその姿に皆悲痛の表情を浮かべていた。
ティルには懇願しかできなかった。
「アマ―リア!アマ―リア!!お願いだから!!!」
いい加減カイをそのままにしておくわけにも行かないのでアマ―リアは命令を解除する事にした。
「命令を解除します。」
そう言って解放されたカイだったが、痛みのため動けないのかその場でうずくまったままであった。
それに満足したアマ―リアはどうやら約束は守る気があったようで"広野の牙"達に指示を飛ばした。
「子供とその親だけを解放しなさい…。」




