0027-黒と白の百合姫
劇場内に入るとそこそこ人がいるようだった。
これにはプーサも一安心といったところだろう。
劇場の入り口でもぎりにチケットを見せるようで、既に何人かが列を作って入場を開始していた。
プーサ達も並びながら館内の様子を伺うと、カイ達の姿、そして尾行をしているクルセイやセルゲイについても確認できた。
あちらもプーサ達に気が付いているようで目線を送ってくる。
カイ達がそのままホールの方へ向かうと、二人も後を追っていくのが見えた。
…と思ったらカイが目を輝かせた小さな女の子たちに囲まれ始めた。
カイも頭に「?」を浮かべながらも元来人が良く子供に弱い人間であるため膝を折って対応してしまう。
(何やってんだあの人…?)
演者か本物に間違えられる護衛対象に呆れながらも列は進んでいく。
………
ふと気になるものを発見してしまった…真横に。
既に屋内だというのに帽子を被ったまま…むしろ人が多い空間に入ったものだから帽子を更に深く被ろうとしている。
(せめて室内では帽子取れよ…)
そう思いつつ、イオから帽子を剥ぎ取る。
「え!?」と驚きながらワタワタするイオに帽子を押し付けるように返しながら説教をする。
「室内では帽子を脱げ、そんなオドオドしてると何か悪さを企んでるように見られるだろうが…
獣人だからってのはマナーを守らない理由にはならないんだよ。」
「あぅ…」と言いながら今度はプーサの影に隠れるように身を縮こませてしまった。
そんな姿に呆れながらも自分の番が回ってきたのでもぎりにチケットを渡す。
係員はイオの耳を見て一瞬躊躇するもそのまま何事もなく通した。
プーサとしたら当たり前であるが、イオが今着ている服は結構仕立てがいいものなのだ。
もしこれが貧民街の人間が来ているようなボロボロの服を着ていたなら止められるだろうが…
ただ、それも獣人だからというよりは問題を起こしそうな人間だからであるとも言える。
プーサにはイオがビクビクしている理由が判らなかった。
イオの魔力の高さというのは人間の数%にも満たない一握りの選ばれた人間と言える。
堂々とマナーを守って生きていき、文句を言うやつは張り倒せばいいじゃないか…
プーサのような魔力の低い人間からすればそんな風にしか見えないのだ。
そんなイオにイラついたプーサはイオに対してホールに入る前にお説教をしていた。
「覚えとけ、オドオドびくびくして助けてくれるのは、テメーを見下して自分がいい人に見られたいクズ野郎だけなんだよ。」
耳をペタンと倒しシュンとしながらお説教を聞くイオ…
そんな二人の傍に一人のフードを被った男が近寄ってきて舌打ちしてきた。
「邪魔だそこどけ。」
(あん?)
確かにプーサ達は入口とホールの間で話をしていたが、別に狭い道で話をしていたわけではなかった。
現に他の客たちは横を抜けていく…
そして、フードの男はプーサに対してガンを付けてくる。
ああ、と理解した。
こいつはただ単に喧嘩を売りに来たのだと。
しかし、普段からドラゴンより怖い眼光に耐えているプーサはこれでは怖気づかない。
そして、プーサもいい大人なのだ…
「テメーは横には移動できない魚類型獣人かよ?」
残念ながら大人は大人でもトールソン育ちの大人なわけだが…
プーサの対応はトールソンの大人としては普通の対応であった。
そしてここで素直に道を譲るほど頭がいい大人ばかりならカイは苦労をしていないのだ。
「ああ!?」
「おいやめないか、ここで騒ぎを起こすんじゃない!」
「………ちっ!」
連れと思しき男にたしなめられると、絡んできた獣人はプーサを押しのけてホールに入っていく。
そしてもう一人の男の方もプーサに向き直り言ってきた。
「力もないの者が無駄に強者に逆らわぬ事だ。早死にするぞ。」
「忠告ありがとよ。」
言って中指を立てるプーサ、獣人の理屈なんて知ったこっちゃない。
だったら、さっさと王国に股開けばいいだろという気分である。
だが、その獣人には意味がわからなかったようで、聞き届けたと思われ満足して行ってしまった…
「大丈夫!?」
「ああ…」と答えるがプーサが複数のフードの男たちがコソコソしているのに気が付き警戒する。
わざわざフードを被っているのは獣人と見ていいだろう…
そしてその数が娯楽施設だというのにかなり多い。
この演劇が獣人の琴線触れるとは到底思わない。
プーサは事前のミーティングで獣人の動きに注意喚起があった事を思い出す。
女の子たちに囲まれてしまったため脇に逸れて対応していたカイ達も動き出したようだ。
他の護衛達と目が合ったので警戒を厳にとサインを出す。
「イオ、命令があったらすぐに動けるようにしておけ。
それと、何かあってもすぐには動くなよ。」
「りょうかい…」
………?
「どうかしたのか?」
少し落ち込んでいたのに気が付いて何かあったのか尋ねる。
イオは少し躊躇したが、ポツリとその疑問を言葉にした。
「…プーサもいい人に見られたいの?」
「………知らね」
そんなクソみたいな質問をする人間を放っておいてさっさとホールに入っていったのだった。
―――――――――
~黒と白の百合姫~
王子の婚約者候補には金陽の姫と白百合姫という二人の姫君がいた。
しかし、王子が恋に落ちたのは二人よりも遥かに身分の劣る黒百合姫。
そして、黒百合姫は金陽の姫に仕える騎士でもあった。
王子との仲に嫉妬した白百合姫は黒百合姫へ数々の嫌がらせをする。
様々な嫌がらせを黒百合姫は金陽の姫と共に力を合わせて乗り越えていく。
そして白百合姫を断罪し、白百合姫は家から追放処分とされてしまう。
困難を乗り越えた二人、その友情は硬いものとなった。
そして黒百合姫は王子への想いを封印し忠義のために金陽の姫と王子との間を取り持つ。
王子の気持ちを知っていた金陽の姫は黒百合姫が側室になることを望んだが、黒百合姫は国のためにならないとそれを拒否。
自身は戦で手柄を立てた男の下へ嫁ぎ姿を消したのだった。
…というのが王都で出回っている"黒と白の百合姫"のあらすじだ。
これを知った時のカイの感想はというと「俺の知ってる話と違う…」であった。
まあ、それ自体はどうという事はない。
随分王家に都合のいいように書き換わっているなとは思うが、国が変われば表現に対するルールが変わる事なんて多々ある。
ましてや誰が書いたか知らないが、王家に対する批判のようにも取れる内容が書かれていたのであれば、内容の大幅改定も致し方がないともいえる。
なので、それにとやかく言うつもりはないしむしろ後で読んでみようかなくらいには思っていた。
では何が問題あるかというと、それはこの劇自体にあった。
この気持ちを一言で表すとするならば…チョーつまんねぇ(吐血)…である。
衣装を着た演者がポーズを取ってほぼ棒読みのセリフを言うだけ。
音響効果が陳腐で、太鼓と銅鑼のようなものがシーン毎になるだけだ。
正直へっぽこすぎて「そこ変われ」と言いたくなる出来であった。
多分カイが演じた方がかなりマシな劇になるだろう。
そして、何が一番厄介かというと…それは隣のお姫様である。
こんなクソげふんげふん…斬新な劇を見ても目をキラキラさせているのだ。
これが、面白いものを二人で見ていたなら「面白かったね~」と会話ができる。
二人ともつまらなかったと評価しているなら、この劇のつまらなかった論議に花を咲かせることも出来よう。
だがしかし、かたや高評価、かたやクソという二人が会話したらどうなるか…
宗教戦争待ったなしである。
…それはマズい、相手が悪い。
褒められる所が全くないというわけでもない所がせめてもの救いだが。
段々と観客の方も空気が悪くなってきて野次が飛ぶようになってくる。
「そんなヘタレ王子のどこに惚れたんだ~!?」
「これならガキの学芸会の方が面白しれーぞ!」
「ひっこめ~へっぽこ役者~!」
ちなみにこの劇の唯一の良心は何かというとそれは白百合姫である。
彼女一人、演技が真に迫っているというか、まるで本当に憎しみがこもっているかのような演技をするのだ。
特に黒百合姫を虐めているシーンは本当にイキイキしている。
だからなのか、悪役であるはずの彼女の登場シーンは「よっ!待ってました、白百合姫!!」と掛け声が上がる。
それらの野次に段々と顔が曇ってくる隣の王女様…
確かに野次というのは褒められた行為ではない。
ただ、何とも言えないのが聞こえてくる野次はよく見ているなと思える物も多いのだ…
トールソンでも演劇や歌劇は人気で頻繁に公開されるが、やっぱり野次が飛んでくる。
無論、公演中の野次は非推奨であるのだが、トールソンというのは土地柄からまあ野蛮な連中が多いのだ。
野次を飛ばすなと言って止まるはずがない。
ではどうするのか?…止めるのである、物理的に。
簡単に言うと、野次が気に入らなかったらその客を他の客が殴って追い出すのである。
野次を言う方も言わなくする方も命がけである。
そして演者も自分たちの演技がへっぽこだと、パーティータイムが始まってしまうので必死である。
それこそ本当に命がけ…
死者が出てないのが不思議…
野次と喧嘩が絶えない劇団を視察に行ったときは酷かった。
金返せコールを浴びせられる演者たちの死にそうな顔と言ったら…
まあ、演目見てるより楽しかったとは立場上言えないが…
ではどう止めればいいのかとなるとこれがまた難しい。
お行儀よく鑑賞しましょうと言った所で、トールソンの連中はそもそも土台として、お行儀良くしなければならないという認識を持っていないのだ。
呼びかけたところで「何で?」と返されるのがトールソン品質。
だからこそ学校や軍で"躾"を徹底的に行っている。
お行儀よくする文化は、10年とかではなく100年以上の積み重ねが必要になるだろう。
なので、今のトールソンで出来るのは棒で叩いて黙らせるか、そもそも喧嘩にならない公演しやがれと言うしかない…悲しいことに。
まあ、しかしながら、劇団長に「どうしたらいいでしょうか…?」と聞かれた際にうっかり「潰れちまえ」と返してしまったのは今でも失言だったと思う。
劇団長が首をつりそうになったので、演出指導をしてあげる羽目になってしまったのだ。
演出指導と言いつつ、つまらなかったので台本を一から新しく書き起こし音楽もトールソンや王国で伝わっていた曲を編曲したり歌を付けたりして用意。
結果、満員御礼とはなったが、その後はお察し…
劇団長がもう一度訪ねてきた時にはキッチリ「潰れちまえ」と言ってあげた。
その劇団は今でも同じ演目をマイナーチェンジを繰り返し公演し続けている。
…まあ、百年もやれば伝統芸能になるだろう。
ちなみにその演目というのが"黒と白の百合姫"である。
これはトールソンで絶大な人気を誇る母フローラの昔話をそのまま物語にしただけだったりする。
領主家の人気取りと若干の情報操作…要はプロパガンダというやつだ。
…というより、そんな理由付けでも無いと時間と予算が欠片も取れなかったというのもあるが。
なので、王都で伝わっている内容が全く変わってた事には残念に思う所もある…
そんなもんだから、今この状況で言える事は大したことはない。
ただ、隣の頬を膨らませてる王女様に気休めくらいは言ってあげようかと呟くカイ。
「彼らも民衆から罵倒される苦しみを少しは理解している事でしょう…
人殺しだの、子供を返せだの言われながら石投げられるよりよっぽどマシだと思ってほしいです。
ほんと…吐きますよ?」
…あ、これはただの愚痴だな。
カイの言葉に思わずギョッとしてしまうティルだった。
野次がヒートアップすると流石に演者たちもイライラが募って調子を崩してくる。
そして、ここで痛烈な一撃が飛び込んだ。
「王子様、がんばえ~!シンディーちゃんも見てるぞ~!!」
(ブチ!!!)
これにキレたのが金陽姫である。
「はぁ?シンディーって別れたんじゃなかったの!?」
「え?あ、いや、あれは…!」
そして黒雪姫が参戦。
「ちょっとあんた、何彼女面してるのよ後から来たくせに図々しい!」
度重なる野次によりフラストレーションがたまっていた演者たちが、鬱憤晴らすように内輪もめ。
さあ舞台は俄然盛り上がってきました。
よしやれもっとやれ。
ちなみに三人の関係を知っていたであろう白百合姫は既に脱走している。
ふと、カイは野次を入れている観客席の方を振り返ってみたが…すぐに向き直り見なかったことにした。
観客たちの中でガラの悪い連中は煽り立てる。
「「やれやれーー!!」」
面白くないのは王女である。
ほっぺを大きくしてぷるぷるお怒りモードである。
まあ、この演劇を楽しみにしていたのだから無理もないだろう。
怒りが頂点に達して注意をしようと立ち上がろうとした瞬間。
ドンッ!
扉が開く大きな音共に何人もの人間がホールに流れ込んできた。
そいつらは皆顔を隠し、全員が抜き身の武器を手にしていた。
「キャー!」
思わず観客の女性が叫び声をあげる。
そんな観客たちを無視して連中の一人が声をあげた。
「全員その場から動くな!!」
そして舞台裏からは先程逃げたはずの白百合姫が首に剣を当てられ顔に恐怖を浮かべながら出てくる。
………どうやらこの劇場はこの男たちによって占拠されたようだった。




